EP.168
あれから数日後、珍しくテレーゼから呼び出された私達は、宮廷の魔術師庁に出向いていた。
広い応接間でノワールとテレーゼを待ちながら私は首を傾げながら口を開いた。
「まだ機密事項の研究を急遽見せてくれるだなんて、本当にいいのかしら?」
私の言葉にレオネルが顎に手をやり、同じように首を傾げる。
「魔術師庁はほぼ研究施設のようなものだしな。
本来なら足を踏み入れるには何重にも許可が必要なのだが。
こんな簡単に招かれるような場所では無い筈だがな」
不思議に思いながら顔を合わせあい、う〜ん?と首を捻る私達。
私はチラッとエリオットとクラウスを見た。
「もしかして、アンタ達が特権でも使った?」
私の問いに、ブンブンと頭を振るエリオットと、否定するように肩を上げるクラウス。
なんだ、違うのか。
王家の特権を行使すれば、魔術師庁であろうと手続き無しで足を踏み入れる事は容易いが、今回はどうやらそうでは無いらしい。
ふむ、ではテレーゼはどうやったんだろう?
やはり不思議に思っていると、ガチャリと応接間の扉が開き、ノワールとテレーゼがそこに姿を現した。
「テレーゼ、何だか久しぶりね」
ニッコリ微笑むと、早速キティに抱きつかれながらテレーゼも微笑み返してくれた。
「ごめんなさい、何だかバタバタしていて。
本当は皆んなとゆっくりお茶をする時間くらい作りたいんだけど」
申し訳無さそうに睫毛を伏せるテレーゼに、私はいやいやと手をヒラヒラ振った。
新婚早々、旦那にも構ってられないくらい忙しいテレーゼに、お茶する時間を作ってもらうなんてとんでもない。
ノワールに氷漬けにされちゃうわ。
私達の事は気にしないでほしい。
本当に全然、全くっ!
気にしなくていいからっ!
「それで?私達をここに呼んだ訳を話してくれない」
早々に要件を聞き出そうとして大変申し訳無いがっ!
テレーゼの隣に立つノワールからの圧が凄いのよっ!圧がっ!
さっさと話し終わって二人っきりにしてくれって、圧がねっ!
「あっ、そうね、忙しい皆んなにお時間を取らせちゃいけないわよね」
ハッとするテレーゼに、私は内心血の涙を流した。
違うんですぅっ。
私らはゆっくりしたいのよ、私らはね。
でもね、隣に立ってるおたくの独り占め気質の旦那が、それを許してくれそうも無いんですよぅっ。
ってか、どんだけ放置したらそんなに病んだ旦那が出来上がるの?
会う度病んでいってんだけど、それはそういうプレイなの?
夫婦の嗜みに口出す気はさらさらないけど、流石にヤバいよ、おたくの旦那。
で、テレーゼ本人はそれに気付いてないっぽいとこがもうね………。
ノワールって、拗らせるべくして拗らせたんだなぁ……と、流石にちょっと同情してしまう。
テレーゼの研究者体質を前にしては、囲み系男子ノワールもお手上げなようだ。
「あのね、実はこの子達を皆んなに見せたくて」
テレーゼがそう言いながら、小さなヘアゴムのような物をポンと空中に放ると、それは丁度サッカーボールくらいの大きさまで広がり、輪の中に別の空間が浮かび上がった。
そしてその空間から、小鳥のような生き物が2羽(?)私達の方に勢い良く飛び出してきた。
えっ?何?
羽をパタパタさせているけど、鳥じゃない。
薄く透けた羽は翼というより、これは………。
「よ、妖精っ!」
私が驚いて声を上げると、その二体の妖精は顔を見合わせクスクスと可愛らしく笑い合う。
真紅の髪に、ボトルグリーンの瞳の妖精と、ピンクローズのふわふわの髪に、エメラルドグリーンの瞳の妖精。
……いや、ちょっと待て。
この二人、いや二体?
どっちでも良いが、もの凄くどっかの誰かさん達にクリソツなのだが?
「ねぇ、これってもしかして……?」
その妖精達を指差してテレーゼに問い掛けると、テレーゼは嬉しそうに笑った。
「そう、幼い頃の私のお友達、ノアとテティよ」
ニッコリ笑うテレーゼに、私はクラァっと目眩を感じた。
いよいよテレーゼの空想に、私達まで引き込まれてしまったのだろうか?
えっ?ってかこれ空想魔法?
私達、テレーゼの空想魔法で幻覚を見ているとか?
頭の上でクエスチョンマークがぐるぐると回る私の周りを、ノアとテティがキャッキャッとはしゃぎながら飛び回っている。
「うふふ、実は、私の属性の土魔法で生成した人形に、空想魔法で構築した術式を埋め込んであるの。
まるで本物の妖精みたいに愛らしいでしょ?」
テレーゼの説明を聞いて、やっとその妖精が幻覚では無いと理解し、私はホッと胸を撫で下ろした。
こんなクリアな幻覚見せるとか、テレーゼの空想魔法、心底怖えっ!とか思っちゃった事は秘密だ。
「なるほどね、元は土人形って事ね」
指を差し出すとそこにテティの方がちょこんと座り、大きな瞳でこちらを覗き込んでくる。
おい、待て待て。
我が推し(ビジュアル)がミニサイズになって私の指に座っている。
か、可愛い………。
何これ、可愛い………。
えっ?ちょっとポケットに入れて持って帰ってもバレないんじゃない?
い、いいよね?
だって前世から推してるんだし。
このくらいのサイズなら、なんか許される気がする。
お家に持って帰って、あんな事やこんな事してキャッキャッうふふしても………。
邪さ100%でゴクリと喉を鳴らした瞬間、異様な視線を感じて、私は嫌な予感を抱きつつ、恐る恐る、そちらを振り返った。
………そして、秒で振り返った事を後悔した………。
めっちゃ見てるっ!
クラウスがコッチをめっちゃ見てるっ!
カッと目を見開き、瞳孔パッカーンしてめっちゃコッチを見てきてるっ!
あかんあかんっ!
これ、あかんやつやっ!
捻り潰されるっ!
これ以上テティと戯れていたら、魔王に捻り潰されてしまうっ!
迷わず〝イノチダイジニ〟を選択した私は、そっとテティをクラウスの方に送り出した。
テティは不思議そうな顔をしながら、私に促されるままクラウスの方にパタパタと飛んでいき、そのクラウスと目が会うとビクゥッとその体を激しく震わせた。
そのテティの反応に、クラウスはハッと我に返るとその顔に穏やかな微笑みを浮かべ、テティに向かって優しく優雅に微笑む。
おいでと言うようにそっと指を差し出すクラウスに、テティはビクビクしながらそっとその指に腰掛けた。
瞬間、またクラウスの目がカッと見開かれ瞳孔がパッカーンと開く。
テティが小さな悲鳴のような声を上げて、アワアワガタガタと震え始めた。
「あらあら〜、すっかりクラウス様と仲良しさんね。
実は、先程はテティと紹介したけど、それだとテティが二人になってしまうでしょ?
だからその子はティティと呼んでいるのよ」
うふふ〜っと微笑ましそうに笑うテレーゼに、私はタラリと冷や汗を流した。
テレーゼお姉様〜〜〜っ!
テティ改めティティちゃん、どう見ても魔王に怯え切っていますけどっ!
助けてくだしゃい………ってプルプル震えながらコッチを見てますけどっ?
おっきなお目目にうりゅ〜って涙をたくさん溜めてますけどっ!?
……って、可愛いな、マジで。
何アレ、可愛過ぎんだろ。
魔王が魔王を隠せない気持ち分かるわ、マジで。
急に瞳孔パッカーンになった私の隣で、キティがまるで我が身の危機を感じ取ったかのようにアワアワガタガタ震えていた。
その時。
テレーゼが創り出した別空間から、矢のように早く何かが飛び出し、一直線にクラウスの方に向かうと、ティティに飛び付いてクラウスから守るように抱きしめた。
それは、キラキラと太陽のように輝く金髪に、アイスブルーのような瞳の妖精。
おや、あれは?
もの凄くどこぞの魔王にクリソツなのだが?
「その子はラスよ。ティティの事が大好きなの」
やはりうふふと笑うテレーゼに、私は一人頷いた。
やっぱり、クラウス型の妖精か……。
魔王を妖精化させるなど、貴女が最強か?
テレーゼに向かって畏怖の目を向ける私に、しかしテレーゼは全く気付いていない。
ラスはクラウスからティティを守るように胸に抱きしめ、鋭い眼光でクラウスを睨み上げている。
ティティはそんなラスにギュッと縋り付いて、涙目でクラウスとラスをキョロキョロと交互に見つめ、やがてプシューっと頭から湯気を立ててクタッと力尽きてしまった。
あっ、キャパオーバー起こしちゃった。
クラウスがよく見たらラスにそっくりだと気付いて、脳がバグったんだね。
うん、アホ可愛い。
「あらあら、ティティったら、うふふ。
ラス、その方はこの国の王子殿下です、そんな風に睨んでは失礼にあたりますよ」
クスクスと笑うテレーゼが、ティティとラスを自分の掌の上に移し、メッとラスに注意した。
が、ラスの方は知るかって態度で、まだクラウスが気に入らない様子で睨んでいた。
う〜ん、クラウスの子供の頃を思い出すなぁ。
生意気な感じが瓜二つ。
ってか、あんなもん二人もいらないのだが、ぶっちゃけ。
まさかのミニ魔王降臨に、いやこれどうすんの?っとテレーゼを見ていたら、テレーゼは悪戯っ子のように片目を閉じた。
「この子達はただ愛らしいだけじゃありませんのよ?
ノア、おいで」
テレーゼがそう言うと、ノアがピュンと飛んできて、テレーゼの肩に乗った。
「ふふ、良い子ね、ノア。
それじゃあテティ、ティティとラスをお願い」
そう言われて、キティはテレーゼから二人を受け取ると、首を傾げた。
「皆さん、ちょっとだけ失礼致しますわね」
ニッコリ笑ってテレーゼは、ノアと一緒に部屋を出て行ってしまった。
「えっ?ちょっと、どういう事?」
テレーゼが出て行った扉を指差し呆然とノワールに問うと、こちらも意味ありげにニコニコと笑っている。
「テレーゼの凄さを目の当たりにするだけだから、安心して」
ノワールはそう言ったきり、ニコニコ笑うだけでそれ以上は何も言わない。
一体、何の事かと首を傾げていた時、キティの肩に座っていたティティの羽がブルブルと震え出し、擦り合う羽からリンリンッと高い音が鳴ると、なんとティティが口を開き言葉を喋り出した。
『皆さん、聞こえますか?
私、テレーゼです。今、ノアとティティを通して離れた所から皆さんとお話しています』
その声に皆が驚愕して顔を見合わせた。
確かに、ティティの口から発せられたその声はテレーゼの声だった。
「聞こえるわっ!テレーゼッ!これはどういう事っ⁈」
ティティに向かって興奮気味に話し掛けると、テレーゼのクスクス笑いがティティ越しに聞こえてくる。
『実は、妖精を介して離れた場所にいる者同士で会話が出来るように、術式に組み込んでみたの。
どうかしら?うちの子達、シシリア達のお役に立つと思うのだけど』
テレーゼの言葉に私とキティは密かに目を合わし、小さく頷き合った。
これは………まさかの携帯電話っ!?
この世界に携帯電話爆誕の瞬間っ!
す、す、凄すぎるっ!
テレーゼ、ヤバい、ヤバい、テレーゼ………。
感動にブルブルと震えながら、私は勢い良くティティに向かって喋りかけた。
「凄いわっ!テレーゼッ!
お役に立つなんてもんじゃないわよっ!
あると無いとじゃ全然違うわっ!
ありがとうっ!テレーゼッ!」
今までは記録水晶に録音や録画したメッセージを送ったり、小鳥型の伝言魔法を使ったりしていたけど、この妖精達がいれば離れていてもリアルタイムな会話が可能になる。
まさに携帯電話と同じ使い方が出来るって事だ。
前世では当たり前の事だったけど、この世界ではもの凄く画期的な事だ。
テレーゼは間違いなく、後世に語り継がれる偉業を成し遂げた事になる。
魔道士になり、魔術師としても研究を始めてまだ数ヶ月でコレって………。
しかも、私達みたいな前世持ちの存在も知らず、その前世の便利なテクノロジーの存在も全く知らない。
そんな状態での、この発想。
見た目からは全く想像出来ないが、テレーゼの中身が人より飛び抜けてぶっ飛んで……いやいや、自由な発想で溢れている事がこれでよく分かった。
『それじゃあ、そちらに戻るわね』
ティティは口をパクパクとさせて、テレーゼの声でそう言うと、受信が終了したのか、羽を震わせ、目をぱちくりさせると、ヘニャッと笑った。
その可愛い仕草に、若干3名(うち一人妖精)がカッと瞳孔をパッカーンさせた事は言うまでも無い。
ガチャリと扉が開き、テレーゼが再び顔を覗かせた瞬間、ワッと歓声が部屋に上がった。
「凄いわっ!テレーゼッ!貴女は天才よっ!」
私の言葉にうんうんと頷きつつ、ジャンも興奮気味に口を開いた。
「何だよっ!今のっ!すげーーーっ!
なぁ、これって魔力のない奴とかも使えんの?」
ジャンの問いにテレーゼはニッコリと笑った。
「ええ、私の構築した術式を埋め込んであるから、魔力が無くても使えるわ」
そのテレーゼの返答に、ますますジャンが興奮する。
「マジかよっ!じゃあ、めちゃくちゃ便利じゃねーかっ!
騎士団の中で伝言魔法を使える奴は限られてんだよ。
しかも精度も低くて、大事なメッセージが正しく伝わらないと大変な事になるからさ。
結局早馬が主流なんだけど、やっぱ情報は速さが命だからさ、これがあるとめちゃくちゃ助かるよ」
キラキラとしたジャンの瞳を、テレーゼは嬉しそうに見つめ返しながら、例の別空間と繋がっている輪っかに話しかけた。
「ヤン、出てきてちょうだい。
ミルとレオ、エリアス、シシーもよ」
テレーゼの呼び掛けに一番に飛び出してきたのは、深いブルーの髪を短く刈り込み、燃えるような赤い瞳のジャン型の妖精。
ヤンと呼ばれたその妖精はジャンと目が合うと、ニカッと笑い小さな拳をジャンの拳にコツンと当てた。
拳と拳を合わせて、同じ顔で笑い合う二人。
ここにマリーがいたら、発狂しながら汁を垂れ流し記録水晶をバッシャバッシャいわせていた事だろう。
次に顔を出したのは、背中の中ほどまである淡い水色の髪に銀色の瞳の、ミゲル型の妖精ミルと、金色の瞳に長い漆黒の髪のレオネル型の妖精、レオ。
二人もそれぞれのオリジナルの所に飛んでいった。
そして、次に輪の中から姿を現したのは、透けるような淡い金髪に、濃いロイヤルブルーの瞳、ヘラヘラとした軽薄そうな笑い方まで本人そのままの、エリオット型の妖精、エリアス。
エリアスは私に気付くと、カッと目を見開きもの凄い速さでこちらに向かって突進してきた。
その、我が欲望の為なら人外な力を発揮するところも嫌なくらいにオリジナルにそっくりだ。
私の胸目掛けてあり得ない速さで突進してくるエリアス、が、甘いっ!
私はその羽をパシッと掴み、エリアスの目的を咄嗟に阻止した。
悪いが私はそれくらいの動きなら、オリジナルの方に鍛えられているんでね。
めちゃくちゃ残念そうにしょんぼりするエリアスを目の前でブラブラさせて遊んでいると、本物の方のエリオットが、輪の中を覗き込みながら、鼻の下を伸ばしそうな勢いでデレているのが目に入った。
「やぁ、小さなマイレディ」
そう言って優雅に微笑むエリオットに、一瞬にして悪寒が走る。
しまったっ!
早速奴の毒牙にっ!
焦って私が手を伸ばすのと、輪の中からチラリとパープルブラックの長い髪が見えたのが同時だった。
嬉しそうにグイッと顔を近づけるエリオット。
そこに、小さな拳がボグッとめり込む。
エリオットの顔の中心に、熱い拳をめり込ませながら姿を現したのは、長く艶やかなパープルブラックの髪に、アメジストの瞳の、もちろんこの私、シシリア・フォン・アロンテン型の妖精、シシー様だった。




