EP.167
今後の方針も決まった事で、私達はそれぞれ動き出す事にした。
ゴルタール家には元々エリオット付きの間者が潜り込んではいるが、それに加えてクラウス付きの間者であるソル・サイドレンが加わる事になった。
皆さん、覚えてらっしゃるだろうか?
キティのファンクラブに副会長として忍び込んでいた、そうあのソルである。
ちなみに、クラウスにはまだちゃんと名前を覚えてもらっていない。
ソルは隠密系の特殊スキルの保持者でレベルもかなり高い。
顔を変える事など造作もない事なので、会うたびに見た目がコロコロと変わる。
クラウスはソルを認識する事に興味が無いらしく、今ではソルの存在を覚えておく事さえ諦めたようだ。
実にもったいない……。
マジ、もったいない。
キティ以外に意識を集中出来ないクラウスになど与えておかず、私にくれっ!
と何度も訴えた事があるのだが、残念ながらソル自身の希望でクラウス付きのまま。
あんな奴のどこが良いのかと不思議で仕方ないが、それがソルの意思ならもう仕方ない。
ゴルタールの懐に潜り込む事は、スキル持ちのソルにとって非常に危険な事なのだが、それでもソルは快く引き受けてくれた。
人のスキルを奪えるシャカシャカとの接触には十分に気を付けるとの約束の元、ソルはゴルタール家に潜入した。
そして、一連の動きをリゼに伝える為、私とキティはリゼと我が家でお茶をする事にした。
ちなみにレオネルは気を利かせたのか、はたまた自分が耐えられる自信が無かったのか、休日であるにも関わらず宮廷に出かけて行った。
うん、腰抜けである。
が、まぁ無理もない。
ここはそっとしておくところだと、流石の私にも理解出来る。
「そんな事になっているのですね。
我が家の問題で皆様のお手を煩わせるなど、申し訳なくて、もうどうしたらいいのか……」
一連の説明を受けた後、リゼは恐縮したように俯いてしまった。
リゼは合理的な人間なので、自分がグェンナ商会の息子と婚約し後に婚姻すれば全てがシンプルに片付くと思っていたようだ。
自分の感情を優先しないところや、婚約するからには必ず婚姻するものと、ゴルタールに急かされ宣誓書にサインする事に否は無かったところなど、実にリゼらしいと言えばリゼらしいのだが……。
「私的な事だからと遠慮したリゼの性格は理解しているわ、だけどその上で言わせてもらうなら、私の側近であるなら、まず私に相談して欲しかったわね。
もちろん、側近だからといってプライベートな事を全て報告しろと言っているんじゃないわよ?
ただ今回の事に私達と因縁のあるゴルタールが絡んでいる以上、事を成す前に私に報告するべきだったわ」
厳しいようだが、本当にそうしていてくれればと、どうしてもそう思わずにはいられない。
私のキツい口調に、リゼは縮こまり私に向かって深く頭を下げた。
「申し訳ありません。私の家の事情にまでシシリア様に頼る訳にはいかないと思い込んでしまい。
私が浅はかでした……それで逆にこのようにご迷惑をお掛けしているのですから」
恐縮しきりのリゼに、私は浅い溜息を吐きつつ、だがしっかりと頭を振った。
「いえ、ゴルタールとの事に貴女達を巻き込む事に躊躇していた私が悪かったわ。
どうしたって巻き込む事になると分かっていたのに……。
ごめんなさいね、リゼ。
せめて貴女達にもう少しゆっくり鍛錬する時間をあげたかったんだけど。
でも、ゲオルグからの報告で貴女がかなり魔法も戦闘も上達してきていると聞いたわ。
だから、貴女には、いえ、ユランにも直ぐに話す事になるでしょうけど、先に貴女に話しておくわね。
ゴルタールと私達の因縁について」
そこから私はリゼにゴルタールの事を話して聞かせた。
まずはゴルタールを党首とする貴族派について。
それから娘であるアマンダを強引に側妃にした事。
これにより、ゴルタール家から初めて王族を輩出した事。
以前の学園がゴルタールの太い資金源になっていた事。
テレーゼが出品された人身売買オークションも、裏ではゴルタールの資金源になっていた事。
それに、スカイヴォード家とゴルタール家の歴史。
私達が今まで、そんなゴルタールとどんな風にやり合ってきたか、その全てを話した。
もちろん、シャカシャカやニアニアについての詳しい話は出来ないが、それでも話せる部分は全て。
聞き終わったリゼは、その体を小刻みに震わせ、怒りとも侮蔑ともとれるような表情で私を見上げた。
「……随分と、ゴルタール公爵家は腐ってらっしゃるようですね……」
まぁ、合理思考の塊であるリゼは、以前の非合理的な学園の在り方に随分思うところがあったようだし、人身売買などを高位貴族である公爵家が自身の収益として裏で操っていたなど、到底許せるものではないのだろう。
潔癖なリゼであれば尚更だ。
今後は、家格がいくら上であろうと、完全に侮蔑しきった冷たい目でゴルタールを見てくれる事だろう。
その目にちょっとゾクッとしちゃった事はお兄ちゃんには秘密よ?
美人のゴミを見る目って、クルよね?
えっ?私だけ?
変態的思考?
ちょっ!私が何か毒されてきてるみたいな言い方やめてっ!
普通に傷つくからっ!
3日くらい病んで落ちるからっ!
「そのような事があったとは知らず、短慮にも相手の思う壺に嵌ってしまい、本当に申し訳ございませんでした」
更に深々と頭を下げるリゼの肩を、私は安心させるように優しく撫でた。
「さっきも言ったけど、貴女に話すのが遅れた私のミスよ。
貴女は巻き込まれただけなんだから、そんな風に思わないで」
申し訳ない気持ちでいっぱいの私に、リゼはフルフルと頭を振った。
「いえ、シシリア様の側近である私の察しの至らなさのせいです。
二度と同じ過ちは犯しません。
この後は如何なる指示にも従いますので、どうか私にも王太子殿下の計画に参加する許可を下さい」
真っ直ぐに見つめられ、私は少し微笑んだ。
頼もしい後輩にして側近。
頭の回転も良く、切り替えも早いのに、自分の事になると途端に鈍くなり、家門の為にその身を犠牲にしようとしたりする……。
そんな危なっかしいところのあるリゼには、レオネルのような男の側が1番合っていると思ってたんだけどな。
合理的で完璧主義で潔癖、似た者同士だからこそ、そんなお互いの孤独を埋め合える、お似合いの2人だと思っていた。
………それなのに。
私は少し目を細めて、リゼの髪を優しく撫でた。
「計画が上手くいって、婚約が無事に破棄出来たら、貴女の今後のキャリアの為にも次の相手を早めに選んでおいた方がいいわ。
私達が責任を持って縁談を纏めるから、どんな相手が良いか、希望を教えてくれない?」
将来官吏になった際に必要な事だと、聡いリゼは直ぐに気付いたようで、申し訳無さそうに眉を下げた。
「そんな、傷モノになる事が決まっている私なんかを娶って下さるだけで十分です。
お相手の方には何も望みません。
どうか、シシリア様の良いと思う方でお決めになって下さい」
そのリゼの言葉に、グッと込み上げるものを耐えながら、私は小さく微笑む。
「……そう、分かったわ………」
力無い私の声に、もう耐えられないといった感じでキティが口を開いた。
「リゼちゃんっ!それでも、自分が好きだと思える相手を探した方がいいわっ!
事情が事情なんだから、相手の方も絶対にリゼちゃんの事を傷モノ扱いしたりしないわよっ!
シシリィならそんな人を必ず紹介してくれる。
だから、その中から、少しでも好ましいと思う殿方を……リゼちゃんが………」
勢い良く喋っていたキティは、リゼの顔を見て段々と言葉を失っていった。
リゼが今にも泣きそうな顔をしていたからだ。
いつも真っ直ぐな眼差しで、表情を崩さないリゼのそんな顔を、私達は初めて目の当たりにした。
「……キティ様、ありがとうございます。
私にそのような方が、また現れるといいのですが………。
私、もうあの方以上に誰かをお慕い出来る自信がないんです………。
ですから、お相手の方には本当に何も望みません、いえ、望む資格などありません。
私の心は、きっとこの先もずっと……あの方一人のものでしょうから………」
そう言ってハラハラと涙を流すリゼを、たまらずに胸の中に抱きしめた。
この、か細く震える肩を抱きしめる役目が私では無い事は分かっている。
それでも、強く抱きしめずにはいられなかった。
本当は誰も悪くないのに。
私に報告しなかった事を責めたりしたが、リゼは何も悪くない。
それに、レオネルだって。
二人は二人だけのペースで密かにゆっくりと愛を育んでいた、それだけなのだ。
どんなに時間が掛かっても、二人ならいつか穏やかな形で結ばれていた、その筈だった。
それを戯れに壊したシャカシャカが憎くて憎くて堪らない。
この私の感情とて、奴にとっては楽しみの一つだと分かっていても、自分の感情を抑える事が出来そうも無かった。
静かに涙を流すリゼと、キティの啜り泣く声。
胸が抉られるような、永遠とも思える時間が流れ、庭園に訪れていた小鳥でさえ、その鳴き声を顰めていた。
ややして落ち着きを取り戻したリゼが、ゆっくりと顔を上げた。
「取り乱してしまい、申し訳ありません。
ありがとうございます、もう私は大丈夫ですから」
目を赤く腫らして健気に笑うリゼに、私はもうそれ以上何も言えず、微かに笑い返した。
「ではまず、私に出来る事を教えて下さい」
すっかりいつもの調子を取り戻し、冷静な表情に戻ったリゼに、私は顎に手をやりう〜んと首を捻った。
「そうね、ではまず、スカイヴォード家の後継問題に関して、詳しく教えてくれない?
ゴルタールに言われてグェンナ商会の息子に伯爵位を譲る予定よね?
では、当主はどうするつもりだったの?
流石にただの平民に、一流錬金術師を束ねる当主の座までは譲れないでしょ?」
私の問いにリゼは勿論だと言うように頷く。
「はい。元々我が家門では錬金術が一番優秀な人間が当主になる事が決まっています。
他の家門のように世襲制では無く、能力によって当主を選ぶのです。
勿論その際、本家である我がスカイヴォード伯爵家と養子縁組する決まりですが、今回の私の婚約の条件が、相手方に伯爵位を継承させる事なので、次期当主は我が家には養子縁組せず、そのままの爵位で当主となる事になります。
今の所、私の従兄弟が次期当主となる予定です」
その話を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。
伯爵位を譲らせ、ついでに家門の当主の座まで要求されてはたまらないからだ。
そんな事になったら、スカイヴォード家の錬金術が内から完全にゴルタール達に掌握されてしまう。
まぁ、婚約は破棄にするのだから、その心配はハナから無いが、それでも念の為確認しておきたかった。
「実は、私は元々その従兄弟と婚姻する予定だったらしいのですが、従兄弟が嫌がったのでその話は無くなったんです。
年も離れているし、どうやら生涯独身でいたいらしく」
リゼのおまけ追加情報に、私はへーっと声を上げた。
なるほど、確かに世襲制では無く能力で次期当主が決まるなら、婚姻や跡取りなどは必ずしも必須では無い。
堂々と、とまではいかなくとも、そこに縛られず己の主義を主張する事もできる訳だ。
まぁこれも、魔法に頼らないスカイヴォード家だから出来る事だな。
王国では、魔力量の低い子供しか産まれなくなってから久しい。
その為、貴族達は躍起になって魔力を繋ごうとしているが、スカイヴォード家のやり方であれば、貴族とて自由に生きる事が出来るんじゃなかろーか。
などと考えている私本人が、この王国の失われつつあった魔法を復活させようとしているのだから、矛盾しているにも程がある。
いや、元々そんなつもりは無かったのだが。
異世界転生したからには、自分は自由に魔法が使いたかったし、たまたま周りにも魔力量の高いメンバーが揃っていたし。
魔法に必要性を感じてなかった奴らを焚き付けて、ちょこっと最強魔法軍団を作り上げたりはしたが、別に王国をかつての姿に戻すつもりは全く無い。
そもそもが、帝国の皇子と忠臣達が興した国だが、国民の大半は当時の大戦で家を失った北の避難民や、他国からの流民。
帝国の人間も流れてきてはいるが、王国で相手を見つけて婚姻した者などは次に魔力を繋げない。
皇子と共に戦い、王国の貴族位を賜った忠臣達の子孫とて、長い時の中で緩やかに魔力を失ってきた。
帝国とは違い、この王国で魔法が消失する未来は避けられない長く大きな流れなのだ。
私がそこに否を投じ、魔法復活を目論んでいる訳では決して無いっ!
ただただ純粋にっ!自分が使ってみたかっただけだっ!
まぁ、巻き込みまくったけど。
周りを巻き込みまくったけど。
全く後悔はしていない。
そんな訳で、王国貴族の、魔力量が貴族のステータスだなどという時代はいずれ終わりを迎えるだろう。
その時にスカイヴォード家の能力主義は良いモデルケースになるかもしれないなぁ。
ふむと顎に手をやりながら、私はチラリとリゼを見た。
「分かったわ。当主の座が安泰であれば、リゼの婚約を破棄しようが、スカイヴォード家としては無傷って事になるわね。
後はエリクサーの材料さえこちらで用意出来れば、ゴルタールもグェンナ商会も用無し。
っと、その前に、グェンナ商会に潜入させている〝梟〟とエリクとエリーからの報告を待って、ちょっとリゼにはお願いしたい事があるの」
私の言葉を瞬時に読み取ったリゼは、真面目な顔でコクリと頷いた。
「私が婚約者である内に、グェンナ商会を偵察なさりたいのですね。
分かりました、いつでも仰って下さい。
あちらのご子息に私からお願いしてみますので」
1言っただけで10返ってくるこの感じ。
本当に優秀過ぎて、泣ける。
意味が分からず私とリゼの顔を交互に見ながらワタワタしているキティに、爪の垢でも煎じてやりたい。
これだけ頼れる人間を、我がアロンテン家に迎え入れられないとは、本当に悔しい。
「では折を見て、友人が直接グェンナ商会の商品を見たいと言っているとでも吹き込んでおいて。
ちなみに、そのご子息とやらにはエリクとエリーがガッツリ張り付いてるから、相手が調子に乗って貴女に手を出そうとでもしようものなら、どっからか石やナイフが飛んでくるから、安心して」
ニッコリ微笑む私に、リゼは自分の両手の指の関節をパキパキと鳴らしながら小首を傾げた。
「あら?それくらいなら私、自分で何とか出来ますのに」
あっ、うん。
ソウダネ。
でも待って。
まだエリクエリーの方が手加減うまいから。
貴女そのまだ辺ザルでしょ?
力加減出来ずにそのご子息とやらの息の根止められても困るのね?
「……ごく普通のご令嬢に擬態しておく事。
これがこの計画での貴女の役目よ……」
「はい、畏まりました、シシリア様」
良い子のお返事がリゼから返ってきた事に、私は思わず深い深い溜息を吐いたのだった………。




