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EP.166


「さてと、レオネルを揶揄うのはこの辺にして」


頭からピューピュー血を吹き出しながら、エリオットはニッコリと優雅に微笑む。

それを溜息混じりに治癒するミゲル。


レオネルの竜巻と共にお空に還ったエリオットは、しかし自力で帰ってきた上に、荒れた執務室まで元に戻し、まるで何事も無かったかのように自分の机に戻ってきた(チッ)。


「今舌打ちした子は、誰かな?」


ニッコリとこちらを見つめてくるエリオットから慌てて顔を逸らし、私は明後日の方向に乾いた口笛を吹く。


「まずは僕から現状打破の為の提案なんだけどね。

エリクサー研究の為に必要な材料を、国内では無く、国外の商団に依頼するのはどうだろう?」


ふふっと首を傾げるエリオットに、ジャンが呑気な様子で問い掛ける。


「それって、帝国の商団って事?」


そのジャンの問いに、エリオットが人差し指を立て、チッチッチッチッと左右に揺らす。


「帝国は大陸を挟んで諸々の国と睨み合ってる最中だからね、それは無理な相談さ。

だからね、もういっそ大陸の向こうの商団と取引するのさ。

元々エリクサー研究の為の材料はあちらにあるんだからね。

その材料だって、魔法も錬金術も無いあちらでは唯の薬草程度だから、取引自体は快く受けてもらえると思うよ」


ニコニコ笑うエリオットに後光が差して見えて、私は思わず拝みそうになってしまった。

そもそもが、大陸を渡る許可証を持っているのがグェンナ商会であり、だからこそ公爵家であるゴルタールと懇意に出来ているのだ。

更に伯爵令嬢であるリゼとの婚姻まで言い出すほど増長しているのも、その辺の事情が関係している訳で。

で、あれば、材料をこちらから買い付けに行くのでは無く、向こうから持ってきてもらえば確かに万事解決。

スカイヴォード家にとって、グェンナ商会、ひいてはゴルタールはお払い箱となる。


「実は、もうある商団に目を付けてあるんだ。

大陸の向こうで頭角を現してきた商団で、ある国の侯爵家の後ろ盾を得て、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を遂げている商会だよ。

なんでも、その侯爵家の嫡男の夫人の従姉妹が、今は商団主となった会長の夫人だとかで、貴族の婚戚にまでなったような人間なんだ。

頭も切れる上に広いネットワークを有している、しかも他国とはいえ貴族、それも侯爵家の縁者であれば、王家の僕と取引する資格は充分。

僕の方から、その侯爵家の侯子に正式に申し込めば、直ぐに取り次いでもらえると思うんだ」


ニッコニッコ笑うエリオットに、流石にこの辺りから皆が懐疑的な目でジトッと見つめ始める。

皆の気持ちを代表して、とりあえず私が口を開いた。


「随分手際が良いのね。まるで元から、ゴルタールからスカイヴォード家を引き離す為に準備していたみたいじゃない?」


私のジト目に、今度はエリオットが明後日の方向に乾いた口笛を吹いている。


「そこまで準備が出来ていたなら、何故もっと早く動かなかったんですか?」


般若の如くゴゴゴッとエリオットを睨み付けるレオネルに、エリオットはハッと鼻で笑い返した。


「あのね、僕らは水面下でスカイヴォード家の奪還計画を虎視眈々と練っていたんだよ。

スカイヴォード家はゴルタールにとって太い金脈の一つだからね、他の金脈を断てば必ずそこに皺寄せがくると、早い段階から危惧していたんだ。

とはいえスカイヴォード家は研究にしか興味の無い学者気質の家門。

政治的利用価値は皆無。

せいぜいポーションの買取価格を更に下げて、国への卸価格を上げるとか、そんなとこだろうと踏んでたんだけどね。

ただ、当主の娘であるリゼ嬢には使い道がいくらでもあるから、そこだけは気を付けてはいたんだけど、とはいえレオネルがいるから大丈夫だろうと思っていたんだよね。

いくらゴルタールでも、同じ公爵家とはいえ家格が上のアロンテン家、その嫡男と関係のある令嬢に手は出せないだろうってね。

それなのに………」


はぁ〜っと大袈裟に溜息を吐くエリオットから、青い顔を素早く逸らすレオネル。


「関係ってアレか?清く正しいペンフレンドってアレ?」


呆れ声のジャンに被せるように、ミゲルが片手で頬を押さえ溜息を吐く。


「結局、まだ一度も食事にも誘ってませんよね?

せめてお茶にくらいお誘いしておけば良かったのに……」


残念そうなミゲルの隣で、ノワールが優雅に、しかし冷たい微笑みを浮かべていた。


「以前クラウスの生誕パーティーでパートナーになってもらった後、噂好きな人間達からどんな関係なのか散々聞かれたのに……。

レオネル、君、シシリアの側近だからパートナーを頼みやすかっただけだって答えてたよね?

あの時少しくらい含みのある言い方をしておけば、勝手に噂が大きく広がって、勝手に周りから固める事が出来たのに……。

何がしたかったのかな?君は」


ニッゴリと黒薔薇を咲かせるノワールだが、やり口が卑怯過ぎると思うんですが……。

その思考回路でテレーゼを囲ってんの?

えっ?やだ、怖い。

ってかアレだよね?

前に同じ手口でクラウスにキティを囲われた時は、王宮の庭園を氷漬けにする勢いでブチギレてたよね?

止めに入ったジャンも半殺しにしかけたよね?

その場には居なかったけど、何故か知ってんのよ、私は。


とはいえ、ノワールの言っている事もまぁ一理ある。

今まで正式なパートナーは伴わず、私やマリーでお茶を濁してきたレオネルが、正式に申し込みエスコートしたリゼに、あの時はいよいよアロンテン公子も婚約か、婚姻かと、社交界では騒ぎになっていたというのに。

その後2人が全くそんな素振りを見せないもんで、その噂もいつの間にか消えてしまっていた。

あの時ちょっとでも気のある素振りを示していたら、ゴルタールだってリゼには手を出せなかっただろう。

今更だが、それが大いに悔やまれる。

レオネルも同じ気持ちでいるのか、体を縮こませて真っ青な顔で皆の視線をただ黙って耐えていた。



「まぁ、いいわ。アンタがそこまでお膳立てしていてくれたなら、そのままの計画でいきましょう。

とにかく、スカイヴォード家からグェンナ商会を引き離し、ゴルタールも引き離す。

リゼの婚約の件は、その後定例議会で意義を申し立ててなんとかするしか無いわね。

いくらなんでも、伯爵家に平民の婿なんて無理が過ぎるわよ。

しかも伯爵位まで譲るなんて、そもそもがあり得ないわ。

皆がスカイヴォード家の後ろ盾がゴルタールだと思っているからこその強行でしかない。

エリクサーの材料となる薬草を国が取引出来さえすれば、スカイヴォード家は王家の保護下に置ける筈。

そうなれば、リゼとグェンナ商会の息子の婚姻なんて誰も認めはしないわよ」


私の言葉にエリオットは静かに頷いた。


「そうだね。やはりこちらの計画はこのまま進めよう。

大陸の向こうのその商会と繋がる事が出来たら、皆に直ぐに知らせるよ」


エリオットの言葉に皆が頷き、少し安堵した空気が部屋に流れた。

ややして、レオネルが眉間に皺を寄せ、ボソリと呟く。


「……やはり、ゴルタールにリゼ嬢に狙いを定めさせたのは、ニーナ・マイヤーの仕業だろうか?」


苦しげなその呟きに、私も眉間に皺を寄せながら頷いた。


「十中八九間違い無いわね。

いくらゴルタールでも、伯爵家に平民をあてがうなんて思い付きもしない筈よ。

ゴルタールなら都合良く扱える子爵家や男爵家を押さえているだろうし、グェンナ商会だってそれで十分だと思っていた筈。

それをニーナが例の力でも使って、欲を増幅でもさせたんでしょうね。

そんな事をしたのは、リゼが私の側近であり、レオネルの想い人だったからに間違いないわ」


ギリッと奥歯を噛み締め、怒りに顔を赤くする私とは別の意味でレオネルが真っ赤になってその場に立ち上がった。


「おっ!想い人だなどとっ!」


真っ赤になりながらアワアワしているレオネルを、皆が冷た〜い、呆れた目で見つめる。

そこにクラウスが淡々と、しかし確実にレオネルに呆れ返っている様子で口を開いた。


「お前がそんなだから、今こんな事になっているんじゃないか?」


皆の気持ちを見事に代表したその一言に、レオネルはシュルシュル〜っと力を抜いて再びソファーに座り込み、先程までより更に小さくなって俯いてしまう。


「……面目ない………」


本当になっ!!

レオネルの力の無い呟きに、盛大にツッコミつつ、私はハァッと深い溜息を吐いた。


「とにかく、エリオットの計画通りにスカイヴォード家からゴルタールとグェンナ商会を引き離して、リゼの婚約を必ず破棄させるわよ。

でも、私達に出来るのはそこまで。

流石にその先はどうする事も出来ないわ」


非常に残念な話だが、私達ではレオネルとリゼをくっつける事はもう出来ない。

今回の計画が上手くいって、リゼの婚約を破棄に出来ても、2人が結ばれる事は難しいだろう。

正式に教会に婚約宣誓書を提出し、受理されてしまった婚約を、破棄する事自体異例だし、かなり難しい。

しかしリゼの場合、状況が状況だし、相手が相手だ。

長年ゴルタール家がスカイヴォード家を虐げ、不当に利益を得ていた事実を白日の下に晒した上で、スカイヴォード家を王家が支援する事になれば、平民との婚約なんて破棄に出来る筈だ。


……だけど、出来るのは破棄する事まで。

白紙には戻せない、絶対に。

それが宣誓書の効力であり、重みなのだ。

そしてリゼは、婚約を破棄された傷モノとなってしまう。

事情はどうあれ、社交界ではどうしても、そういった認識になってしまう。

そしてレオネルは、アロンテン公爵家の嫡男であり、後継に確定している人間。

そのレオネルの将来の伴侶に、傷モノとなってしまった令嬢が収まる事は、まず、出来ない。


両家の口約束の段階での婚約破棄なら、理由によってはまだ良い縁談を選ぶ事は出来るだろう。

先の、テレーゼの事件で、フランシーヌに手玉に取られた令息達の婚約者であった令嬢達が正にそれだ。

その段階で、理由が理由だったからこそ、王家とアロンテン家でより良い縁談を繋ぐ事も出来た。


だが、既に宣誓書を交わしてしまったリゼはそうはいかない。

どんな理由であれ、婚約破棄すれば正真正銘の傷モノとなってしまう。

私達の力で新しい縁談を纏めるにしても、伯爵家……いや、かなり無理して侯爵家、ならどうにか出来るかもしれないが。

公爵家は無理だ。

更に我がアロンテン家は王家との血が濃い。

他の数少ない公爵家の中でも、トップの家格となるような家だ。

そのような家の、次期公爵夫人が傷モノという訳には……。


ん………いや、待てよ。

かなり強引かつ社交界の存在まる無視で、元平民の女性を公爵夫人にまでのし上げた変人がいたわ、1人………。

あの人に連絡をとって、その辺の強者過ぎるスピリットをレオネルにご教授願おうか……?


ムムムッと眉を寄せながら、私はいやいやと軽く首を振った。

いや、流石に非現実すぎるか……。

一応、連絡はしておくけど。



「……現実的に考えて、ゲオルグ辺りが妥当よね」


自分でも無意識に呟いた、小さな私の呟きにレオネルが敏感に反応して、ギラリとこちらを睨んできた。


「何故そこで、ゲオルグの名前が出るんだ?」


過剰反応するレオネルにちょいビビりつつも、私はやれやれと首を振った。


「リゼの次の婚約者候補よ。

2人とも私の側近だし、家格も釣り合うでしょ?

それに2人はよくバディやパーティーを組んで魔獣討伐に行っているし。

リゼはゲオルグを先輩として慕ってて、信頼関係はしっかり出来上がってるから。

まぁ、他にも何人かは候補に挙げておくけど、今の所の有力候補はゲオルグになるわね」


腕を組み、ギロリと睨み返す。

何?なんか文句あんのっ⁉︎

この腰抜けっ!


リゼの幸せの為、レオネルの睨みなどには負けていられない。

無事に婚約破棄が出来れば、次の婚約は急いだ方がいい。

もちろん、宣誓書の提出まではしないが、両家で取り決める所までは特急で進めたい。

一度傷モノ扱いになってしまうリゼが、長く独り身でいる事は避けたいからだ。

時間が経てば経つだけ、次の婚約に不利になる。

下手したら一生独り身で過ごす事になるかもしれないのだ。

それが悪いとは言わないが、リゼの夢は官吏になる事。

そこで順調に出世していくには、婚姻している事が必須条件になる。

悪辣なゴルタールの計画の為に、リゼの将来まで潰されてたまるかってんだっ!


国の筆頭貴族である私や皆がリゼに用意した縁談なら、異を唱える者もいないだろう。

もちろん、リゼの気持ちを最優先にして相手を探すつもりだ。

………どうしても、レオネルは無理だけど。


反論があるならいくらでも聞いてやろうじゃねーかっ、という気持ちを込めて、ギッとレオネルを睨み返すが、意外にもレオネルはその顔を哀しそうに曇らせ、何かに耐えるように自分の膝の上で服をギュッと握った。

日頃、自分の着ている物に皺一つ許さないレオネルがそんな事をするなんて……。

それに、レオネルのそんな哀しそうな顔、初めて見た………。


思わず息を呑む私から、レオネルはそっと顔を逸らし、まるで血を吐くようにこう言った。


「……お前に任せる。

必ず、彼女が納得出来る、彼女を幸せに出来る相手を探してやってくれ………」


そんな苦しげな声も初めてで、何かにギュッと心臓を鷲掴みにされたように苦しくなった。


………そうか、レオネル、お前……。

私達が考えていたよりも、もっとずっとリゼの事………。


誰も何も言えず、シーンッと静まり返る室内。

そんな中、唐突にエリオットの呑気な声が響いた。


「さて、リゼちゃんの今後についても、何となく纏まりつつあるところで」


その声に、私は驚愕に目を見開き、人外の者を見る目でエリオットを振り向いた。


おっ、おまっ!お前っ!

よくこの空気の中で、そんな呑気な事言えんなっ!

サラッと1番レオネルに残酷な事言っちゃってるしっ!

えっ?人なのっ?

コイツは本当に人なのっ?

人の皮を被った何か別のもんじゃないの?

いやっ、いっそそうであってくれっ!

コイツと同じヒューマンという括りにされんのが、吐くほどツラいっ!


絶望の目で見つめる私などお構い無しに、エリオットはやはり平気な顔で口を開く。


「リゼちゃんの婚約破棄をより正確なものにする為、ここは一気にゴルタールを叩いた方がいいと思うんだ」


ニッコリ微笑むエリオットに、皆が一様に首を傾げる。


「と、言いますと?」


1番に問い掛けたミゲルに、エリオットはニヤリと黒く笑った。


「ゴルタールの武器商権を奪うところまで、一気にいこうと思うんだけど」


そこで言葉を切り、皆をグルリと見渡した後、ニッコリと微笑みエリオットは続けた。


「どうかな?」


ハイっ!喜んでーーーーーーーーっ!

激アツ系居酒屋バリに、喜んでーーーーっ!


良いじゃんっ!良いじゃんっ!

やったろうぜっ!

ぶっ潰してやりましょうぜっ!


鼻息荒く皆を振り返ると、それぞれエリオットに賛同するかの如くその瞳に炎を燃やしていた。


よしよしよしっ!

漲ってきたーーーーっ!

やってやんよっ!

首洗って待ってろよっ!

ゴルタールッ!

そんで、シャカシャカーーーーッ!






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