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EP.165



翌日、もはやお約束のエリオットの執務室。

なんでいつもここなのかと言うと、単純に1番広いから。

うち、なんだかんだ言って大所帯だからなぁ。


「さて、リゼちゃんの事だけどね、端的に言って今のままでは婚約破棄は厳しいね」


開口一番のエリオットのこの言葉に、レオネルの額に青筋が浮かぶ。


「……それは、理由を聞いても?

スカイヴォード家は古くからこの国を支えてきた錬金術の名門ですよ?

そのような由緒正しき家門の、それも本家のご令嬢が、平民と婚約した上に、伯爵家の貴族位をその者に継がせると言っているのに、何故そんな婚約が有効だと言われるのですか?」


竜巻を巻き起こしそうなレオネルに、エリオットは小さく溜息を吐いた。


「確かに、スカイヴォード家は由緒の正しい家門ではあるけど、この王国が建国され、それ程時を置かずしてゴルタール家に抱え込まれた家なんだ。

当時、まだ魔法の力が強かった王国内では、錬金術の評価が低かった。

それもそうだよね、治癒魔法があればポーションは必要無い。

その他の事も、だいたい魔法で解決出来るんだから。

対価の必要無い魔法の方が重宝されるのは当たり前の事だったんだよ。

だけどそんな錬金術に目を付けたのがゴルタール家だった。

ゴルタール家は代を重ねる事に急速に魔力を失っていっていたからね、魔法の代替えとして錬金術、つまりスカイヴォード家を必要としていたんだ。

時が流れると共に、他の貴族家の魔力も失われてきた。

魔法を使える人間は減少し、負傷した兵士を治癒魔法で癒す人間も希少になり、このままでは軍の維持にも支障をきたすのでは無いかと危ぶまれてきた時、ゴルタールが懐刀のスカイヴォード家を抜いたのさ。

スカイヴォード家のポーションのお陰で軍を滞りなく運用出来るようになり、スカイヴォード家のポーションを国が買い取るシステムが出来上がった。

特に代々当主のみが生成出来るハイポーションは高額で買取り、国が完全に管理してきたんだ。

その市場の全てを握っていたのがゴルタール家って事さ。

ゴルタール家はポーションを国に卸す事を皮切りに、軍で使用する武器などにも口を出し始め、軍で利用する全ての取引を掌握していった。

かなり強引で汚いやり方でね」


そう言えば軍の武器や魔道具の取引はゴルタール家が仕切ってきたんだった。

それを得たきっかけがスカイヴォード家の錬金術のお陰だったなんて。

確かに、当時のゴルタール家の先見の明には感服するが、そのスカイヴォード家のポーションを二束三文で買い叩き、国に高額で売り付けるやり口は頂けない。

まさにゴルタール家らしいやり口と言えば、そうなのだが。


「それで、何故リゼ嬢の婚約を破棄出来ないと仰るのでしょうか?」


エリオットの話を聞いて、その理由を薄々感じ取っているだろうレオネルだが、それでも厳しい態度を崩さないところに、リゼへの未練がありありと浮かんでいる。

そのレオネルを悲しそうに見つめ、エリオットが再び口を開いた。


「スカイヴォード家は完全にゴルタール家に掌握され、子飼いの状態になっているからさ。

生かさず殺さず、まさにゴルタール家に蹂躙され続けてきた。

当のスカイヴォード家といえば、そんな事に全く関心は無いようだけどね。

今まで錬金術に必要な物は惜しみ無くゴルタール家に与えられてきて、それだけで満足してきたような、研究にしか興味の無い家門だからだろうね。

そのせいで、宮廷の貴族達から見れば、スカイヴォード家はゴルタール家の従属に見えているのさ。

スカイヴォード家の問題をゴルタール家を押し退け口出ししようとする者はいない。

いくらスカイヴォード家が名家であれ、令嬢の婚姻に関する事さえゴルタール家の一存で全てが決められるのが当たり前だと、それを問題視する人間がいないんだ」


エリオットの返答に、自分でもそこに辿り着いていたのだろう、レオネルはムッとした顔で押し黙った。


「それを良い事に、ゴルタール家はエリクサーの錬金という国にとっても重要な研究を、意図も容易くスカイヴォード家から取り上げた。

ゴルタールにとっても、更なる金の卵の誕生となるような研究を。

エリクサーの開発は、スカイヴォード家のみならず、ゴルタール家の悲願でもある筈なのに。

実際今までは、エリクサー研究に必要だと言われれば、大陸を超えてでもその材料をゴルタール家は用意してきたんだ。

エリクサーがこの世に生まれれば、まず間違いなく国宝級の金額を払ってでも国が所有する事になる。

スカイヴォード家を管理しているゴルタール家なら、いくらでもその値を吊り上げる事が出来る。

それなのに、今回リゼ嬢をグェンナ商会の息子と婚約させる為に、それを中止させたんだ」


続くエリオットの話に、ジャンが首を傾げて横から口を挟んだ。


「何でそんな事した訳?

エリクサーが完成しなかったら、今までの努力も水の泡じゃねーか」


そのジャンに、レオネルがイライラした口調で素早く答えた。


「資金難の状態に陥ったからだ。

エリオット様を始め、我々は今までゴルタールの資金源を潰してきた。

窮地に陥った奴は、グェンナ商会の莫大な金に目を付け、今まで以上に密な関係になろうと目論んだのだろう。

グェンナ商会の当代が貴族位を欲している事を知っていたゴルタールが、リゼ嬢との婚姻話を持ちかけた。

グェンナ商会の息子が伯爵位を賜れば、公爵である自分とも釣り合いが取れて、今後の付き合いももっと大っぴらに出来る、一石二鳥だと考えたのだろう」


苦々しげなレオネルの顔から、ジャンがスッと目を逸らした。

公爵家のご嫡男から出ちゃいけないような、禍々しいオーラに耐えられなかったのだろう。

いやぁ、私もレオネルが本気で怒ると、こんなネチっこ……エホンエホンッ!

こんな人を呪いで殺れそうな勢いがあるとは知らなかったわ。

あ〜〜根暗〇〇は怖い怖い。


「あの、そもそもさ、エリクサーなんて凄いもんを作れちゃうかもしれない家門なら、国が直接支援しても良いんじゃないの?

なんでゴルタール越しな訳?

ゴルタールから保護出来ないの?スカイヴォード家」


決してレオネルの方は二度と見ないぞ、という固い意志を感じるジャンからの問いに、エリオットが申し訳無さそうに首を振った。


「そうするには時間が経ち過ぎてしまったからね。

ゴルタール家とスカイヴォード家の関係は、長い歴史の中で、他の貴族にとって不可侵となってしまっているんだ。

それは王家も同じこと。

今更スカイヴォード家をゴルタール家から引き離せば、貴族派が黙っていないだろうね。

国が混乱して立ち行かなる程の反発が起きる事は目に見えてるよ。

それに、当のスカイヴォード家から、何の不満の声も上がっていないのに、一方的に動けばスカイヴォード家の錬金術に目を付け、横暴なやり口でゴルタール家から利益をむしり取ったと言われて終わりさ」


エリオットの言葉に、私はハッと鼻で笑った。


「スカイヴォード家の利益をむしり取って貪ってんのはゴルタールの方じゃない。

どの口が言うのよ、あの悪徳貴族」


ケッとヤサグレる私に、エリオットはまーまーと手で宥めるジェスチャーをしてから、残念そうな溜息を吐いた。


「スカイヴォード家の錬金術が必ず必要になる時代が来ると、早々に気が付いた、いや、知っていたんだよ、ゴルタール家は。

そしてそれが自分達に富をもたらす事もね」


流石にゴルタール家の金の亡者っぷりにうんざりした様子のエリオットに、ミゲルが首を傾げた。


「ゴルタール家は何故そのような事を先んじて知る事が出来たのですか?」


ミゲルだけでは無い、皆がそう疑問に思った事は言うまでも無かった。

皆の視線が集まる中、エリオットは皆に向かって左手の掌を向け、その人差し指を反対の手の指でトントンと叩いた。


「前にパトリシアが言っていただろう?

ゴルタールは左手の人差し指に家紋入りの指輪をしているって」


そう言ってエリオットがニッと笑い、皆はますます首を傾げた。

パトリシアというのは、テレーゼの義母、と勝手に名乗っていたサンスの愛人の事だ。

確かに、サンスに近付いてきた魔道具コレクターの正体がゴルタールだと、パトリシアが見抜けたのはその指輪のお陰だが、それが今どう関係あるのか。


皆が疑問を浮かべる中、エリオットはピッと人差し指を立てた。


「あの指輪は、王国建国時に、初代国王からゴルタール家が賜った由緒正しい物で、初代国王はゴルタール家に公爵位を与える際、ある条件を出した。

それがあの指輪を肌身離さず身に付ける事。

つまり、ゴルタール家の当主としての資格は、あの指輪を常に身に付けている事のみ、なんだよ、実は。

それは、一瞬でも肌から離せば、公爵家当主の資格を失う程の効力がある。

ゴルタール家が公爵位でいられるのはあの指輪のお陰、それだけだと言っても過言ではないんだ」


あまりの荒唐無稽なエリオットの話に、私のみならず皆が口をあんぐりと開けてエリオットを見つめた。

えっ?ゴルタール家の本体って、その指輪なの?

指輪をしているだけで当主?

指輪があれば、公爵家と名乗れる?

えっ、じゃあ、その指輪が失くなる……または破壊されたりなんかしたら、大変じゃ〜〜ん。

ニヤリと黒くほくそ笑む私とレオネルにいち早く気付いたエリオットが、メッと諌めるように軽く睨んできた。


「ゴルタール家当主の証であるあの指輪はね、リストレイントリングという、特殊な物なんだ。

持ち主以外が不用意に触ると、両目が潰れ、耳と口が爛れると言われている。

もちろん、指輪を狙って攻撃しても同じ事だよ」


エリオットの説明に、私はヒェッと変な声を上げ、レオネルは苦々しい顔で悔しそうに舌打ちをした。


「ゴルタール家は随分初代国王に重宝されていたのですね?

そのような貴重な指輪を与え、公爵位の存続を先の世まで約束する程に」


ミゲルが意外だとでも言いたげにそう言うと、エリオットは頬杖を吐きながら溜息混じりにそれに答える。


「ま〜ね、何と言っても当時のゴルタール家の当主は大戦の英雄だからね。

初代国王を毒の矢から庇い、その毒で命を落としたんだ。

初代国王はそのゴルタールの忠義に報いる為、その息子に公爵位とリストレイントリングを授けた。

ちなみに、何故侯爵位では無く公爵位だったのかと言うと、彼が初代国王の腹違いの弟だったから。

この辺は皆はとっくに歴史書を学んで知っているとは思うけど」


エリオットの言葉に、私はキラリと目を光らせた。


「その辺は確かに知ってるけど、それにしても指輪さえあれば何をしても公爵家として存続出来るなんて特権、異例過ぎない?」


何か裏にまだありそうな気がする………。

そう訝しむ私に、エリオットはまたもニッと笑った。


「特権?確かに特権かもね。

リストレイントリングは、初代国王が若い頃にダンジョンで手に入れた、曰く付きの強力な魔道具なんだ。

その指輪を付けると徐々に魔力が失われていき、それは家門にも影響する。

更に繁殖能力も失っていくという、呪われた指輪なんだ」


ふふっと楽しそうに笑うエリオットに、皆が呆気に取られ、部屋はシーンと静まり返った。

ややして、おずおずと手を挙げたキティに、エリオットがニコニコ笑いながら振り向いた。


「はい、何かな?キティちゃん?」


ご機嫌な様子のエリオットに若干怯えつつ、キティが口を開く。


「あの、何故弟であり命の恩人でもある方の息子に、そのような呪いのかかった指輪を?」


至極もっともなキティの疑問に、エリオットは残念そうに、しかし芝居のかかった大袈裟な動きで首を振った。


「実際のところは分からないけどね。

まぁ、大戦の英雄の話も唯の美談では無かったって事だろうね。

立場上、ゴルタール家に何も与えない訳にはいかなかった、国王の、腹違いとはいえ弟であれば、公爵位を与えるのが順当……しかし、それは初代国王にとって、いや王国にとって身の内に蛇を飼うようなものだったんだと思うよ。

今のゴルタールのみならず、歴代のゴルタール当主がこの国を内から好き勝手に蝕んできた事を考えると、その当時から初代国王がゴルタール家を警戒していたと言われても可笑しい話じゃない」


そのエリオットに皆激しく同意するように、ブンブンと頷いた。


「だからね、初代国王があえて身の内に蛇を飼ったのは、その力を削ぐ為さ。

長い時間をかけてゆっくりと、でも確実にゴルタール家の魔力と血脈をこの国から消し去る為に、あの指輪をゴルタール家に与えた。

その証拠に、ゴルタール家の直系の血筋はもう、娘のアマンダと孫のフリードしか残っていない。

現ゴルタール公爵も、それまでの当主同様、精力的にあちらこちらで子作りをしていたが、結局はアマンダ1人しか子を成せなかった。

ゴルタール家のリストレイントリングは、何世代にも渡ってその効力を発揮し、今ようやくその役目を終えようとしているのかもしれないね」


黒くニヤリと笑うエリオットに、皆が同時にブルリと体を震わせた。

何そのエグい話………。

怖すぎてもう吐きそう。

ゴルタール家の真っ黒な歴史より更に闇ってる。


「まっ、指輪の効力、多分魔力を失う方だろうけどね、それに後のゴルタール当主が気付いたんだろう。

それで錬金術に目を付け、スカイヴォード家を抱き込んだ。

先見の明というより、のっぴきならない事情が故さ。

そんな禍々しい指輪は捨ててしまいたいが、そうすれば公爵位を失ってしまう。

己が権力と天秤にかけ、代替え案を手に入れた。

それがゴルタール家とスカイヴォード家の関係の始まり。

因果が更なる因果を呼び、今、1人の令嬢がその犠牲になろうとしている……。

さて、そんな事を見過ごすような人間はここには1人としていない訳だけど、現状打破する糸口は一体どこにあるのだろう?」


そう言ってジッとレオネルを見つめるエリオット。

レオネルは悔しそうに力無く俯いた。


「……私が、もっと早くリゼ嬢に正式に申し込んでいれば、アロンテン家の力を使ってスカイヴォード家からゴルタールを引き離せた。

グェンナ商会との取引も、我が家門に引き込む事も出来た……そういう事ですね?」


自分の不甲斐なさに顔を歪めるレオネルに、エリオットは目を丸くしたのち、大口を開けて笑い出した。


「アッハッハッハッ!まさかっ!違うよ。

リゼ嬢にだって選ぶ権利があるからね。

彼女が選んだのはグェンナ商会の息子、君じゃない。

確かに、ゴルタールの思惑あっての縁談だけど、結局は選んだのはリゼ嬢本人じゃないか。

嫌だなぁ、レオネルったら。

そんなに自分に自信があったのかい?」


揶揄うようなエリオットの口調に、レオネルが真っ赤になって震えている。

おい、この馬鹿、やめろ。

うちの兄ちゃんをあんまり虐めてやるな。

ネチッこい上に呪いまでかけてくるんだぞ。


瞬間、レオネルの放った竜巻があっという間にエリオットを飲み込み、窓ガラスをバリーンッ!と蹴破り空の彼方に凄い勢いで飛んでいった………。


ほらな?言わんこっちゃない。






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