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EP.164



ドッガーーーーーンッッ!!バキバキィッ!


私の蹴破った扉が豪快な音を立て、木っ端微塵に吹き飛ぶ。

飛び散ってきた木片から咄嗟にバリアを張ってクラウスと自分を守ったレオネルが、険しい顔でコチラを睨んできたが、私の顔を見るなり一瞬でたじろいだ。


「………レーオーネールー……アンタ……このっ!玉無し野郎っ!!!」


悪鬼の如く咆哮を上げると、クラウスの執務室がビリビリと振動で揺れた。


咄嗟に両耳を塞ぐレオネルとは対照的に、クラウスが涼しい顔でこちらの様子を眺めている。

ハァハァと肩で息をつく私に、レオネルが目を白黒させながら、戸惑った声を上げた。


「一体、何事だ。急に押しかけてきて、そんな言葉を……お前、頼むからアロンテン家の令嬢として淑女の慎ましさを身につけてくれ……」


お馴染みの説教の流れに持ち込もうとするレオネルを、一蹴するかの如くギヌロッと睨み付けると、流石のレオネルもその私の気迫に息を呑み、口をつぐんだ。


うるせぇーーーーーーーーっ!

今はそんな事、どぉっでもっ!いいんだよっ!

馬鹿野郎めっ!


カッカッカッとヒールを響かせ、レオネルの所に足早に歩いて行くと、私はその胸倉を掴み、ギリギリと締め上げた。


「アンタ、知ってんの?

リゼが婚約したわよ?アンタ以外の男とねっ!」


ギリギリッと睨み上げると、レオネルは自分の耳を疑うかのように一瞬呆けた顔をしたのち、直ぐに驚愕にその目を見開いた。


ちっ、やっぱり何も知らなかったか。

この間抜けめっ!

舌打ちしながら掴んだ胸倉を離してやると、レオネルは真っ青な顔でフラフラとソファーに座り込むと、何故かものすごく綺麗にそこに座った。

ピンと背筋を伸ばし、ピシッと揃えた両膝の上に、これまたピシッと両手を添える。


……なんか、様子が変だな?

不思議に思ってその顔を覗き込むと、目が恐ろしい速さでグルグルと回っていた。

ヒェッ!怖っ!

ナニコレッ!

キモっ!


その異様なレオネルの様子に、部屋の中がシーンッと静まり返る。

ややして、いつもより高い、聞いた事も無いようなレオネルの声が聞こえてきた。


「……本日はお日柄も良く、リゼ嬢のご婚約に際し、大変喜ばしく………。

益々のご健勝と、ご発展を願い………。

リゼ嬢のご婚約を、心よりお祝い申し上げ……。

万歳三唱にて……、皆様お手を拝借………。

よーーーーーぉっ!」


「やめてあげてっ!」


最初の私の咆哮で目を回して気絶していたジャンが、飛び起きると共にレオネルに抱き付いた。


「お前っ!もっと配慮した伝え方があっただろうっ!

壊れちゃったでしょっ!お兄ちゃんっ、再起不能になっちゃうでしょっ!」


涙目で訴えてくるジャンに、私はデッカい鼻息で返した。

やかましわっ!

何故私が玉無し野郎に配慮してやらんとならんのじゃっ!

なっさけない奴め。

そんな無様な姿になるくらいなら、もっと本気でリゼを口説き落としておけよっ!

モジクサモジクサした文通をいつまでも続けおってからにっ!

お前がそんなだから、リゼを何処ぞの馬の骨に掻っ攫われちまったんじゃねーーーかっ!


ガルルッ!と噛み付かんばかりにレオネルとジャンを睨む私の服を、キティがツンツンと引っ張った。

なんだよっ!と振り返る私に、キティが鼻息荒く詰め寄り、小声でボソボソと喋る。


「ちょっと、貴重なレオネル×ジャンの邪魔しないで。

ウルスラ先生への供物として録画中なんだから」


早口でそう言うキティの手には、記録水晶が………。

今っ!そんな腐撮影会に付き合ってる気分じゃないんだよねぇっ!

叩き割ってやろうか?その水晶っ!

ブルブルと拳を振るわせる私の耳に、何故かマリーの声が聞こえてきた。


『良いですよっ!キティパイセンッ!

もう少し、もう少しだけ2人の密着した体にフォーカス当ててみましょうか?

そうそうっ!それですっ!

あぁぁぁぁぁっ!漏れるっ!漏れてはいけない何かが私の中から漏れ出る〜〜〜〜ぅ』


しかもライブ配信かよっ!

キショい漏れ障害起こしてんじゃねーーーよっ!

やかましいしキモいわっ!


私は手を持ち上げると、躊躇なく手刀をキティの持っている記録水晶目掛けて振り下ろした。

スパーンッ!と真っ二つに割れた記録水晶を驚愕の目で見つめ、キティがガタガタと震える。


「酷いわっ!シシリィッ!ウルスラ先生の乙女な心をこんな風に真っ二つにするなんてっ!」


そんな腐ったもんを乙女心とか、厚かましいにも程があるわっ!

謝れっ!

ちゃんとした乙女の皆様に謝れっ!

そして二度と乙女を語るなっ!

貴様らなんか例え清い乙女だったとしても、ユニコーンでさえ尻尾巻いて逃げ出すわっ!

腐臭振り撒いてユニコーンの聖域を腐らせるに決まってるっ!

ってか、ユニコーン擬人化本とか光の速さで出しそうだな。

えっ?知ってる?聖域の意味?


……しかし、マリーはいつの間にキティにこんなもんを仕込んでやがったんだ?

これでジャンを盗撮させまくっていたのかと思うと、奴の腐った執念もいよいよジャンに差し迫ってきてるな……と若干心配になってきた。

自分には1ミリも関係無い事だが、流石に寒気を感じて私はブルリと体を震わせる。



「おいっ!レオネルッ!しっかりしろっ!

死ぬなっ!レオネルーーーーッ!」


レギュラーメンバーがとうとう非業の死を迎えたらしい。

ジャンの悲壮な叫びに、私は呆れた顔で真っ白に燃え尽きているレオネルを横目で見つめた。

いや、真っ白になられても。

自分の不甲斐無さに真っ赤になって恥いるならまだしも。

墓標には『生涯〇〇、ここに眠る』と刻んでやるから、安心して眠れ。

ところで、生娘とは言うが生息子ってのもあるのだろうか?

ふ〜む、とどうでもいい事で首を捻っていると、ジャンの呼びかけにハッと我に返ったレオネルが震える唇を微かに動かした。


「そ、それで……リゼ嬢の相手はどんなヤ……男なんだ?

伯爵令嬢であるリゼ嬢に似合う相手なんだろうな」


真っ青な顔をしつつも、コチラをギラッと睨み付けてくる辺り、徐々に復活してきていると言えるのか。

いや、目尻に涙が滲んでる……。

こりゃ駄目だな。

私はハァッと溜息を吐きつつ、緩く首を振った。


「残念ながら、全く釣り合いの取れていない相手よ。

相手の男は、大商団を抱える商人の息子で、つまり平民だから」


私の言葉に、レオネルがガタンッと音を鳴らしてソファーから立ち上がった。


「なんだとっ!一体それはどういう事だっ!

スカイヴォード伯爵家のご令嬢が、何がどうしたら平民と婚約すると言うんだっ!」


激昂するレオネルに、私は今日リゼから聞いた話を全て話して聞かせてやる事にした。

そう、リゼが婚約した事を告白した、その後の話だ。













「眩しいっ!」


卓上ライトを顔に向かけると、リゼは目を細め、咄嗟に自分の顔を両手で庇った。


「さぁ、全部吐いてもらうわよ」


何処からか(収納魔法だが)取り出したサングラスをかけ、机を挟んでリゼと向かい合いその顔にライトを当てながら凄むと、リゼは眩しそうに目を細めながら恐る恐る顔から手を離した。


「吐けと言われましても……。

あの、一体これはどういった状況なのでしょうか?」


すっかり日が暮れた薄暗い教室で、サングラス姿の私達に囲まれ、リゼは怯えた顔で縮こまっていた。


「唯の事情聴取だから、安心しなさい。

いいから、今回急に婚約する事になった経緯を話しなさいよ」


トントンと机を指で叩き、若干苛つき始める私に、リゼは慌てて口を開いた。


「良くある政略的な婚約なんです。

相手の方は、大陸横断を国から許可された数少ない商会であり、そして大商団のご子息です。

親御様が貴族の爵位を欲していまして。

それも、伯爵位以上を………。

いくら大富豪とは言え、普通の伯爵家では平民などでは相手にされず、白羽の矢が当たったのが我が家でした。

私の父の、いえ、我が家門の先祖代々の悲願はエリクサーの錬金を成功させる事なのです。

その材料となり得る植物が大陸を越えなければ手に入れる事が出来ず、その大商団、グェンナ商会にしか手に入れる事が出来ない物でして。

今までは国からの依頼として、手に入ったら優先的に我が家に下ろしてくれていたのですが、1ヶ月前くらいでしょうか、急に取引を中止したいと言われまして。

あまりに一方的な申し出でしたが、私とご子息が婚姻を結び、スカイヴォード伯爵位を夫となるその方に私から譲るのであれば、今まで通り取引を続けると言われ………」


リゼが話せば話すほど、私の顔がどんどん険しく、般若のようになっていくので、その口調もどんどんとオドオドとした怯えたものになっていった。


「あ、あの、シシリア様……。

勝手な事をして申し訳ありませんでしたが、返答の期限が短く、その植物が無ければお父様の研究が立ち行かなくなってしまう為……。

一応、スカイヴォード家門で緊急親族会も開いたのですが、皆、エリクサー研究が暗礁に乗ってしまう事に気落ちしてしまって、まともな話し合いにはならず……。

私の独断で、お相手の方との婚約を決めました」


恐る恐ると言った感じで、私の顔を覗き込んだリゼが、ヒッと小さな悲鳴を上げて、近くに立っていたマリーに抱きついた。

悪鬼の如き私の表情に恐れをなしたのだろう。


「無効よ、そんなもの。

今すぐ白紙に戻しなさい」


厳しい口調の私に、リゼは怯え切った顔で震える声を返した。


「……申し訳ありません……それは、出来ません」











「何故出来ないんだっ!!」


そこまで話した時、レオネルが怒鳴り声を上げ、悪鬼の如き顔で私に詰め寄って来た。

なるほど、リゼが怯えていたのは、この顔か。

顔が似ている分、今のレオネルはあの時の私を鏡に写したようなものだろう。


「もう、婚約宣誓書にサインして教会に提出しちゃった後だからよ」


腕を組み、レオネルに負けじと鬼の形相で答えると、レオネルは驚愕に目を見開き、フラフラと後ずさるとドサッとソファーに腰掛けた。


「提出……したのか?宣誓書を………?」


ワナワナと震える声で、力無くそれだけ呟くと、レオネルは顔を両手で覆い俯いてそれ以上の言葉が出ない様子だった。

分かる、私もそうだった。

生徒会室でその話を聞いた時、私も目の前が真っ暗になって途方に暮れた。


教会に提出する宣誓書とは、どんな物であれ容易く取り下げる事など出来ない。

やっぱり辞めます、が一切通用しないのだ。

よっぽどの理由がない限り破棄は出来ない。

その為、婚約関係であっても、ギリギリまで宣誓書を提出しないのが常だ。

婚姻式の日取りが決まってから、やっと婚約宣誓書を教会に提出する事も珍しい事では無い。

ゆえに、婚約宣誓書を提出してしまえば、既に夫婦のように扱われる。

一緒の邸に住む事さえ許される程だ。

フライングして、その前から王子宮にキティを囲っていた、クで始まりスで終わるような名前の奴もいるが、本来ならそこまでして、やっと正式な婚約、そして実質夫婦であると扱われる。


これを覆すには、よっぽどの事が無いと無理だ。

そして、もしそのよっぽどの事が起きたとしても、一度受理したものは全くの白紙の状態には戻らない。

お互い、元婚約者のいた人間、特に女性の方は例え男の方が有責であろうと、神に誓った縁談を破棄した人間、傷物として扱われてしまう。

正式に宣誓書を提出していない状態でも、そこまでに至らなかった事で傷物令嬢だなんだと陰口を叩かれてしまうのに、宣誓書を交わした後に破棄となると、その令嬢に縁談の話は二度と持ち込まれないだろう。


実際、宣誓書を提出した後に破談となるケースは、ほぼ無い。

大変稀なケースとなってしまう。



「……だが、由緒正しき歴史のあるスカイヴォード家の縁談が、どうして宮廷の議題に上がらなかったんだ?

そうすれば、スカイヴォード家の令嬢と平民の男の婚約など、絶対に許可など降りなかったのに」


ギリギリと歯軋りをするレオネルの肩を、ポンッと叩いて私はその顔を覗き込んだ。


「許可なら下りたわよ。それもなんと、公爵家から。

教会への書類を急いでミゲルに調べてもらったんだけど、しっかりあったそうよ、証人欄に、アゼル・フォン・ゴルタール公爵の名前とサインがね」


ふふっと真っ黒な顔で微笑む私に、レオネルがバッと顔を上げ、その顔を苦々しそうに歪めた。


「……そうか、そういう事か………。

全てゴルタールの謀だという訳だな」


スゥゥゥッとその顔から表情を失っていくレオネル。

怒りの向こう側に到達してしまったらしい。

逆に穏やかに見えなくも無いその無表情に、初めてレオネルに対して本物の恐怖を感じた。


あーーー………。

人ってこの状態になっちゃうと、もう手がつけられないんだよなぁ………。

などと考えつつも、特に焦りなどは感じなかった。

元より、アロンテン家の総力を上げてこの縁談をぶっ潰すつもりでいたので、レオネルがその気になってくれる事に異論などあろう筈がない。


ヤッチマイナァ………。

としか思えないのだが?



「ゴルタールだけでは無く、あの女も絡んでいるんじゃないか?」


それまで一言も言葉を発さなかったクラウスが、突然そう口にしたので、私はゆっくりとクラウスを見つめ、次にレオネルに視線を移すと、静かに頷いた。


「まず間違い無く、ニーナが考えついた事ね」


私の言葉に、レオネルは落ち着いた口調で応える。


「………だろうな。で、どう対処した?」


直ぐに切り返してくるレオネルに、ニヤリと笑い返し、私はそれに答える。


「グェンナ商会には〝梟〟を、そこの息子とやらにはエリクとエリーを付けてるわ。

グェンナ商会と国との関係はエリオットに調べさせているから、とにかく明日、皆で集まるわよ」


私の返答にレオネルは満足そうに頷いた。

うん、殴りたいその笑顔(笑顔では無いが)。

そもそも、お前が文通とかでジレジレジレジレもたくさしてたからこんな事になったんだろうが。

男なら、もっと早く唾つけとけや、この玉無し野郎。

その辺について、実はもっと言いたい事はあったのだが、今のレオネルの様子を見てぐっと堪えた。


まぁ、本気になったらなら、何より……か?

いやっ、かなり、大分、めちゃくちゃ遅いけどなっ!

やっぱりコイツには、コンコンとそしてネチネチと言いたい事が山ほどあるっ!

邸に帰ったら覚悟しとけよっ!馬鹿野郎っ!


密かに拳をギリギリと握る私に、だが全く気付かない様子のレオネルは、静かに真っ直ぐ前をただ見つめていた。

その先にリゼの姿を思い浮かべているのだろうが、そんなに思い詰めるくらいなら(以下略)。

とにかく、レオネルには本気になって戦ってもらわねばならないのだ、色々と。


この先、レオネルとリゼが結ばれる事は、ほぼ叶わなくなったのだから。






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