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EP.163



「あまり顔を出せなくて申し訳なかったわね」


久しぶりに顔を出した学園の生徒会室で、皆に頭を下げるとユランとリゼが慌てたように両手を振った。


「いえっ!私達の方こそ、エクルース伯爵令嬢、の偽物でしたが。

その女性の起こした事件を解決して下さり、ありがとうございました。

知人の夫人もご子息が正気に戻り、大変喜んでおられます」


深く頭を下げるリゼとは正反対に、マリーがヘラヘラ笑いながら片手を振る。


「シシリアおっつー。お陰で酷い目に遭った令嬢達の溜飲も下がったし。

彼女達に以前より良い縁談まで紹介してくれてありがとね。

細かいアフターフォローまで、痛みいるわ」


流石情報の早いマリーに、私はニヤリと笑い返した。

そりゃ、王家とアロンテン家で総力を上げて用意した縁談だからね。

フランシーヌの毒牙にかかった男どもの方が、以前より格を下げても縁談が纏まらないと、あちらこちらに泣きつく事になる結果になった。

どんな理由があれど不貞はいかんよ、不貞は。

その被害者である令嬢方の方が、婚約破棄された傷物と言われ泣きを見るなど、到底納得がいくものじゃ無いからね。

エクルース家に対しての禍根も残したくなかったし。


「それにしても、エクルース女伯爵を助け出し、叙爵まで滞り無く行った手腕。

本当に尊敬します、シシリア様」


キラキラとおっきな目を輝かせ、ジーッと私に尊敬の眼差しを送ってくるユランに、満足気に頷く。

ああっ!色々あった後のショタのあざと可愛いキラキラお目目っ!

そうそうっ!これこれっ!

癒される〜〜〜ぅ。

お陰で諸々整った私は、わしゃわしゃとユランの頭を撫でつつ、自分の執務机に座る。


(主に)リゼとユランのお陰で生徒会としての仕事に滞りは無いようだが、それでも私が目を通さなければいけない書類が山積みになっている。

キティもキティで、山のように積まれた会計書類に早速埋もれている状態だ。


ちなみに、私とキティは実は学園での高等課程を既に終了している。

入学前にこの国トップクラスの家庭教師についてもらっていたのだから、それも当然の事だった。

ゆえに出席日数なんかは免除されているので、実はいつでも卒業出来る状態だったりする。

大学課程に進むなら出席日数は必要になるが、残念ながら私とキティにそれは許されていない。

キティは卒業したら直ぐにクラウスと婚姻して、王子妃となる予定だし、私はアロンテン家の令嬢として、フリードとサッサっと婚約破棄して新しい婚約を結び直さなければならない。


まぁ、冒険者になる夢を諦めるつもりは無いが、それは必ずしも自分の立場を捨て無ければ実現しない夢では無いと、今ではそう思っている。

以前レオネルに言われた通り、私にはアロンテン家の人間としての責務がある。

今まで与えられる物を享受してきたのだから、学生で無くなれば、それに向かい合う覚悟を持って然るべきだと思う。


そんな訳で、私もキティも、もちろん大学課程には進まない。

というか、女性でそこまで進む人間はこの国にはほぼ居ない。

それどころか、高等科に在籍中に婚約、婚姻を結び高等課程を切り上げる女性徒が殆どだ。

とはいえ、学園の在り方を大幅に変更したので、今この王立学園に通っている女生徒は身分や性別などを超えた優秀な人間ばかり。

女生徒から見れば、婚姻までの箔付けや腰掛け程度だった以前の学園とは違う。

これから、この学園から大学課程に進む女性達も増える事だろう。

そうなれば、この国もますます発展、進化するってもんだ。

良きかな、良きかな。


うんうんと1人満足気に頷きつつ、私の決裁待ちの書類に目を通していく。

新規に立ち上げ要請をしてきている部についての書類に目を通していた私は、その手をピタっと止め、マジマジとある一枚の書類を眺めた。


『同性同士の友人、友愛のあり方についての表現を模索する同好会〜略して同人会〜』


新しい同好会として部室を要求してきている書類なのだが……。

私はそこに書かれている会長名に目を落とし、スッと決裁可否の判子に手を伸ばした。


会長……マリーベル・デオール。


はいっ、却下ーーーっ!

こんな腐れ同好会に与える部室などありませーーーんっ!

この学園内で、薄暗くジメッた部室でドゥフドゥフ言いながら虹制作されてたまるかっ!

侵略し過ぎなんよっ!

いくら何でも手を広げ過ぎですわっ!

誰が許すかいっ!こんな要求っ!


却下判子を頭上高く持ち上げる私の腕に、マリーがまさに食らい付かんばかりに飛び付いてきた。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってっ待ってっ!

同好会とはいえ、会員の数も部と変わりないくらいにいんのよっ!

空き教室をウロウロ徘徊するのももう限界なのっ!

欲しいのっ!自分達のユートピアがっ!

堂々と道具類を持ち込める場所がっ!

お願いっ!お願いだから、下さいっ!部室っ!」


必死の形相で訴えてくるマリーを、チロッと横目で見て、私は呆れた声を出した。


「いつの間に学園内をそんな腐らせてくれた訳?

アンタさては、生徒会の仕事をリゼとユランに放り投げて遊び呆けてたでしょ?」


私の言葉にマリーはギクリと体を揺らし、目をキョロキョロと泳がせ、滝のような汗を流している。


「そ、そ、そんな事は無いかなぁ……。

私だって、ちゃあんとお仕事してましたよ?」


そう言いつつ決して私とは目を合わせようとしないマリーをジト目で見つめていると、後ろからリゼが溜息混じりに口を開いた。


「はい、本当にマリーは仕事をしていました。

自分の仕事を、必要最低限」


ちょっと棘のあるリゼの言葉に被せるように、今度はユランが口を開く。


「そうですね、自分の仕事を最速で、しかし正確にこなしていましたよ、必要最低限」


やはりこちはも棘のある言い方に、私はマリーをギロリッと睨んだ。

私達がテレーゼの事でなかなか学園に来れない間、エリクエリーとゲオルグも卒業して、追加メンバーも決まっていない状態で3人だけで頑張らせてしまった事に、本当に心を痛めていたってのに……。

リゼとユランの仕事を分担もせず、自分の仕事だけを必要最低限こなしていたと……。

ほうほう。

その仕事を最速でこなして、やっていた事がこの同好会の立ち上げだったと……。

ほうほう、ほ〜〜う?


しがみ付いているマリーの腕をフンッと払いのけ、容赦なく却下判子を書類に押そうとした瞬間、シュババッとマリーがその判子と書類の間に体を滑り込ませ、書類を守るように抱え込んだ。

……お陰で、マリーの背中に却下の判子が……。

いや、あながち間違ってはいない(人として)ので、別に良いのだが。


しかし、虹の為ならスライムの如くゲル状態になれるとは知らなかった。

虹の為に人を諦めるのやめてくんない?マジで。


「私が悪かったのは認めるわよぅ。

毎日残業している同僚を尻目に、定時上がりしていた非情な人間よ、私は。

でも、でもね?私にとって、学園での生活を潤わせる唯一の光なのっ!これはっ!

学園でも腐のシャワーを浴びてないと、もうやっていけないのっ!そういう性質なのっ!

あちらこちらに散りばめられた腐シーンを脳内で楽しむだけじゃっ、もう限界なのよっ!

紙にっ!お願いだからっ!紙に写させてっ!

記憶が鮮明な内にっ!」


涙ながらにそう訴えてくるマリー。

神聖な学舎で何をやっとんじゃっ!

生徒達をその脳内でどんな事に変換してんだよっ!

男子生徒が肩を組んでるだけで発動する腐レーダーの為に同好会まで作りおってっ!

その犠牲になったリゼとユランに誠心誠意、膝折って謝らんかいっ!


鬼の形相で睨み付ける私に、マリーはヒッと口の中で小さく悲鳴を上げ、それでもしどろもどろになりながら尚も食い付いてくる。


「そ、それにっ、あのっ、新メンバーだって、凄く優秀な子達に当たりをつけてんのよっ!

演算の天才に、庶務の達人っ!

2人ともまだ中等部の三年生だから、正式加入は来年になるけど、絶対に確保しとくから、私がっ!

だから、ね?その為にも同好会の部室を許可して欲しいな〜なんて。

2人とも、うちの同好会に所属してるし〜〜」


デヘデヘと媚びるように私を見上げるマリーを、蔑むように見下ろしつつ、しかし私は内心う〜むと思案にくれた。

こう見えてマリーの人を見る才能は抜群なのだ。

リゼを新生徒会役員にどうかと紹介してくれたのもマリーだったし。

そのマリーが言うなら、その2人も間違いなく飛び抜けて優秀に違いない……。

しかし、リゼとユランが大変な時に、1人ドュフドュフと自分の欲望を優先させていたマリーを、ここで許して認めても良いものか……。


媚びへつらうようにゲスゲス笑うマリーを睨みつつ、私は親指と人差し指でその問題の書類を掴み、スーッとマリーの体から引き抜くと、眉に皺を寄せしげしげと眺めた。


……と、そこに書かれている副会長の欄に目が止まり、あらっ?とその意外な名前に目を見開いた。


「副会長はフィリナ・ドナクル子爵令嬢なのね。

彼女、こういった事に興味があったんだ。

どうなの?彼女、楽しそう?」


私の問いに、マリーが嬉しそうに笑った。


「もちろんっ!フィリナは既に私のマブダチよっ!

同好会だって、私が行けない時はフィリナが纏めてくれてるんだからっ!」


ニカッと笑うマリーに、私は書類をヒラヒラとさせながら、小さな溜息を吐いた。

フィリナは私とキティの同級生の令嬢だ。

クラスこそ違えど、フィリナはAクラスで成績も良く、優秀な人間なのだ。

が、本人が超のつくほど内向的。

人と目を合わすどころか、常に物陰に隠れて他の生徒達の目に入らないようにする徹底ぶり。

2年前、つまり学園の改革前はアーバンのような横暴な人間に揶揄われ小突かれ、こま使いのような扱いを受けていた。

成績の良さを妬まれていたので、陰湿な虐めの的になってしまっていたのだ。

そのせいで内向的な性格に拍車がかかり、今のような状態になってしまったのだが……。


その彼女がマリーの発足した同好会の、しかも副会長だなんて、随分思い切ったものだ。

あのフィリナが自分の好きな事に目覚めて仲間達と楽しくやっているのは、大変喜ばしい事だ。


顎に手をやりヒラヒラと書類を揺らし迷っていると、ボソッとユランが何かを呟いた。


「……あの、恐怖のワカメ女……」


震えるユランの声にそちらを振り向けば、ユランが真っ青な顔で自分の体を抱きしめながらガタガタと震えている。

そのユランの態度に首を傾げていると、マリーがコソッと私の耳に耳打ちをした。


「フィリナはユラン氏ガチ勢なのよ。

ユラン氏単推しの永久指名で病みガチってる上に、本人はそんな自分が今までの人生の中で1番輝いてるってイキイキしててね。

ユラン氏の全ての情報を手に入れては、先回りして物陰から常に拝んでる訳ですよ。

もちろん、本人に気付かれていて心の底から嫌がられている事さえ、フィリナにとってはご馳走でしかない訳です。

正真正銘、ユラン病みガチ勢ですな」


うむうむ。なるほど?

あのフィリナがそんなに積極的に行動しているとは、うん、大変喜ばしい。


まだ机の上で寝そべったままのマリーを片手でどかして、私は持っていた書類にバンっと判子を押した。

許可のふた文字を。


「いやぁっふぅ〜〜〜っ!

ざっすっざっすっ、シシリアさんっ、あざまーすっ!」


私の手からサッと書類を奪い去り、マリーはそれを頭上に掲げてクルクルと回っている。

不真面目かつ薄情なマリーの事などどうでも良いが、フィリナがイキイキと生きられる場所を提供出来るのなら、まぁ、良しとしよう。

そこで彼女がその日のユランへの付き纏いの成果を爆発させ、明日への活力にしてくれるなら、腐った同好会の部室の一つや二つ、なんて事ない。


「いやっ、あのっ!シシリア様っ!

何故あのワカメ女の所属する正体不明の同好会の為に部室を許可したのですかっ⁉︎

僕としては、あのワカメ女にこれ以上増長して欲しくないのですがっ!」


悲鳴のような声を上げるユランに、私はニッコリ微笑んだ。

ちなみにユランがフィリナの事をワカメ女と呼んでいるのは、恐らく彼女の艶やかな深緑の髪の事をいっているのだろう。

ただでさえ艶やかな髪に、彼女は何故かネトネトした香油をたっぷりと付けている。

それ以外は特に手入れもしていないのだろう、ギトギトした長い前髪がワカメに見えなくもない。

が、女性の容姿についてとやかく言った上に、あまつさえそれを揶揄するとは。

大変紳士として嘆かわしい幼さである。

見た目ショタでも、既に成人した立派な紳士である以上、そんな事は許されない。


そんな奴には黙ってフィリナの供物になって頂こう。

今後もフィリナのユランへの付き纏いは、生徒会から正式に許可して、容認する事とする。

うん、後でその旨リゼに書面として残しておいて貰おう。


ユランのせいでリゼに無駄な仕事が増えた分、リゼの仕事をユランに大量に回し、もう余計な事は言えない状態にしておいた。





その後、各々自分の仕事に忙殺され、気がつくと夕日がすっかり傾いている時間になっていた。


「皆、今日はここまでにして、また明日から頑張りましょう」


私の言葉にそれぞれ息を吐き、手元からペンや書類を机に置くと、いそいそと帰り支度を始める。


そんな時に、リゼがアッと小さな声を上げ、忘れていたとばかりに口を開いた。


「そうですわ。私、実はこの度婚約を致しました」


リゼの突然の言葉に、皆がピシッと固まり、信じられない目でリゼを見る。

当の本人は特に顔色を変える事も無く、スンっとした態度のままだった。


おいおいおい………。

おいおいおいおいお〜〜〜〜〜いっ!

何だよっ!アイツっ!いつの間にっ⁉︎

澄ました顔してやる事やってんじゃんっ!

でかしたっ!レオネルッ!!


「そうなのっ⁉︎おめでとうっ!

やぁーーー、いつの間にっ!

もぅっ!義理とはいえ、リゼが義姉になるなんてっ!

ちょっと照れるけどっ、もちろん私はウェルカムよっ!」


踊りだしそうなステップでリゼの所までピョンピョン飛び跳ねながら近付くと、その手をガッと握り、満面の笑みでそう言った。

が、しかし。

リゼはその私の言葉に不思議そうに首を傾げている。


「シシリア様の義姉になるとは?

一体、何の事でしょう?」


そのリゼの心から不思議そうな表情に、満面の微笑みを浮かべる私の顔にダラダラと汗が流れる………。


「……えっ?だって、婚約したんでしょ?

うちのレオネルにプロポーズされたんじゃないの?」


恐る恐るそう聞くと、リゼは一気に真っ赤になって、焦ったようにブンブンと頭を振った。


「なっ、そんなっ!レオネル様とだなんて、滅相も御座いませんっ!

私が婚約したのは、別の方ですっ!」


リゼの焦ったような大声に、部屋がシーンッと静まり返った………。



……はっ?えっ?

レオネル……じゃないのっ!

別の男………?

と、しちゃったの……婚約?


えっ?えっ、えっ?

ええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!








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[気になる点] えーレオネルとじゃないんかーい( `・д・)っ))ナンデヤネンッ
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