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EP.162



「迂闊なノワールのお陰で、相手の能力が垣間見えた、と言う訳か……」


顎に手をやり、神妙な顔でレオネルがそう言うと、ノワールはソファーに座ったままカチンと体を硬らさせた。


「まぁ、ノワールの迂闊っぷりも役に立ったんじゃないか?」


両手を頭の後ろに組んで、ニヤニヤとノワールを見るジャンに、またしてもノワールがコチンと体を硬らせる。


「うっかりも度が過ぎているとは思いますが、まぁ、そういう考えも出来ますね」


ミゲルにギロリと睨まれ、いよいよ冷や汗をダラダラと流すノワール。


「皆様っ!もう許してあげて下さいっ!

このままでは、お兄様の二つ名がうっかりノワールになってしまいますわっ!」


ギュッとノワールに抱きつき、涙ながらに皆に訴えるキティ………。


あっ、今のがトドメだったな。

とうとうガクーッと前に倒れ、真っ白に燃え尽きるノワール……。


翌日、皆に昨晩の事を報告すると、やはりと言うか何と言うか。

ノワールは針の筵状態。

ニースさんなんか、氷河期か?ってくらい肌に刺さる冷たい目で、無言でジッとノワールを見ている……。

いやぁ、もう笑っちゃうくらい怖い。

あたちもチビりそうでしゅ。


ガクガクと震えながらニースさんからソッと目を逸らし、私は皆から呆れた目で見つめられ続け、あり得ないくらいに小さくなっているノワールを一応フォローしてやろうかと口を開きかけた、その時。


「おい、うっかりノワール。

どうでもいいから、キティをこちらに戻せ」


一瞬早くクラウスが口を開き、ノワールがピキッと青筋を立てながら顔を上げた。


いや、どっちかっていうと、今どうでもいいのはお前の言ってる事の方なのだが?

いきなり別次元の話をぶっ込まれて、信じられないものを見る目でクラウスを見ていると、ノワールがハッと鼻で笑った。


「キティはまだローズ家の令嬢なんだけどな。

戻せと言うのはコチラのセリフだと思うけど?」


ニッコリ黒薔薇を背負うノワールに、クラウスもアホらしそうに鼻で笑い返す。


「キティは俺の婚約者だ。

直ぐに俺と婚姻して家族になるのだから、俺の側にいるのが普通だろ?

お前こそ婚姻して嫁が出来たと言うのに、まだ妹離れが出来ないのか?」


クククッと馬鹿にした笑いを浮かべるクラウスに、そもそもノワールに抱き付いてんのはキティの方ぞ?と突っ込むべきかどうか悩んでいると、ノワールが負けじとニッゴリますます黒薔薇を咲き誇らせた。


「それこそ、テレーゼとキティは本当の姉妹のように仲が良いのだから、キティをローズ家に帰してくれれば全てが丸く収まるものを。

邪魔者は誰なのかも分かっていないようだね」


ニッコニッコ黒く笑いながら冷気を漂わせるノワールと、黒い靄を漂わせ始めるクラウス……。


イヤイヤッ!おいっ!

一応、闇魔法の力って禁忌ぞ?

飲み込まれれば魔族に堕ちるって言われてるよねっ⁉︎

人型の魔族(完全体)を人は魔王と呼ぶんですよっ⁉︎

それを簡単にだだ漏らしてんじゃねーーよっ!

早く身につけてっ!常識っ!お願いだからっ!


あわわわわっと皆が青ざめる中、微動だにしない氷河期ニースさんとエリオット。

エリオットはやれやれと軽く首を振りながら、パチンと指を鳴らした。

瞬間、ノワールの隣からクラウスの膝の上に瞬間移動するキティ。

それをすかさずギュッと抱きしめて、途端にご機嫌になるクラウス。


……良かったなぁ。

キティ一つで魔王化が治るとか、本当に便利だなぁ、お前はよぉ。

何だかドッと疲れてガックリ肩を落としていると、世界を凍らせれるんじゃ無いかって程の冷たい声で、ニースさんが淡々と口を開いた。


「もう、気が済みましたか?

さて、我が国の騎士団、一番隊隊長であるローズ卿の失態とも言えない程愚かで浅はかな行動については、後に私から話をさせて頂くとして」


刺し殺されそうなニースさんの視線から、バッと目を逸らしガタガタ小刻みに震えるノワール。

この後ニースさんから長い長いお説教を頂く事が決定した訳だが、かの人の視線から逃れたところで、それからは決して逃れられないとノワールとて分かってはいるだろう。


「事はより切迫したという事を、皆が自覚する必要があるでしょうね。

ニーナ・マイヤーの能力は大変危険な物です。

そして、その力の使い方は的を得ている。

実際、9年も前からエクルース女伯爵に目をつけ、ローズ卿を陥れる算段を立てていたのですから。

通常ならそんな事はそうそう上手くいかない筈ですが、しかし彼女はそれを難なく成し遂げています。

その力を持っているだけでは到底無理でしょうね。

平然と成し遂げられたのは、彼女に感情が無い故でしょう。

人を悪意で潰す事に一切の躊躇が無く、事を成せ、また狙いはその相手本人では無く、むしろ何の関わりも無い人間にそこまでの悪意を差し向けられる。

それによりローズ卿を潰す事もまた真の目的では無く、アロンテン公女を孤独にする為だけの布石……。

一見遠回りで的外れなようで、しっかり的を得ている。

その全てを冷静に淡々とこなしている辺り、彼女の能力の高さが伝わってきますね」


機械のように冷静に分析するニースさんに、いや貴方も感情あります?と皆が思った事は言うまでもないが、確かに、ニースさんの言う通り、シャカシャカの行動は嫌なくらいこちらの的を得ていた。

それに翻弄されたこの半年程を振り返り、奴の残した傷痕がまだ色濃く残る事に歯軋りする思いだった。


「それに、我々の誰もがエクルース女伯爵やローズ卿のように陥れられる可能性があると言う事でもあります。

エクルース女伯爵だけでは無く、他の人間の関係者、それもその人間にとって最大の痛手になるような、そんな人間に向かって既に何かを仕向けている可能性もある訳ですから」


ニースさんの言葉に、皆が同時に息を呑む。

既に標的になったキティとて、アレで終わりとは言い切れない。

その事を一番に理解しているのはキティ自身だった。

小刻みに震えるキティを、包むようにクラウスが優しく抱きしめた。


「でもさ、幼過ぎて悪意から逃れる術の無かったテレーゼとは違って、俺らの周りの人間はそれなりの猛者しかいないじゃん?

貴族社会の魑魅魍魎を相手に今までやってきた奴らばっかだぜ?

いくらニーナに悪意を強化された人間が近づいて来たところで、余裕でかわしちゃうんじゃね?

サンス達みたいな小物が適う相手じゃねーよ?

実際、うちの母ちゃんや姉ちゃんなんか、なんかありゃ自分達の新作スィーツの試作品を口に突っ込んでは相手を黙らせてんぜ?」


そう言ってヒョイと肩を上げるジャン。

怯えるキティを励まそうとしたのだろうが、それ物理なんよ。

どこまで行っても物理的なのよ。

あらあら〜そんな事よりコチラの私達の新作スィーツ(試作)をお召し上がりになって下さいまし〜〜。

ごめん遊ばせ〜〜オーホッホッホッホッ、もう一ついかが〜〜。

と、笑いながら相手の口にスィーツを突っ込むジャン家の最強女性陣を思い浮かべ、うん、それかわしてるんちゃう、物理的に黙らせてるだけや、と小さく頷いていると、他の皆もう〜ん?と首を捻っていた。


「確かに、僕らの周りには心理戦に長けた人間、相手に隙を決して見せない人間、悪意より凶悪な図太い神経の持ち主が揃ってはいるけどね、それでも警戒は最大限レベルに引き上げるべきだと僕も思うよ。

今回ノワール君は思いもよらなかった形で、最大の急所を突かれた訳だからね。

僕らにだってそれが全く当てはまらない訳無いと思うんだ。

ニーナが狙ってくるのは、人の一番柔らかいそして何より大事な部分。

そこはどうしても強化出来ないような、そんな場所だよ」


エリオットの言葉に、皆がゴクリと息を呑む。

シャカシャカ、あの野郎。

相変わらずやる事がエグい。

前世の私の時も、幼少の頃からずっと観察していたのだろうか。

いつでも私を苦しめられるように、ニアニアという手駒を育て、実際それを使って私が慕っていた先輩を攻撃させたりもしていた。

そして希乃が現れた事で、私の最大の弱点が出来たと舌なめずりしながら動いたのか。


アイツの標的は今も昔も私で間違いないが、直接私に手を出さないやり方も変わっていない。

確かにそのやり方が一番私を抉り、効果があるのも間違いないが……。


「アイツが私を孤立させたいのはもう分かりすぎるくらい理解したけど、孤立して1人になった私を、どうして自分が手に入れられると思ってんのかしら?

何なの、その気味悪い自信は。

普通に考えて、自分の周りの人間を傷付け、自分を孤立させた張本人に私が懐く訳がないじゃ無い。

ぶっ殺してやりたいとは思うだろうけど」


シャカシャカについて考えるのは無意味じゃ無いのかと思いつつも、浮かんだ疑問に首を傾げる私に、エリオットが困ったように眉を下げる。


「リアみたいな健全な人間には理解出来ないだろうけど、周りに誰も居なくなれば相手が自分の物になると思い込む人間が居ない訳じゃ無いんだよ。

それがニーナを動かしている唯の妄執だとしても、残念ながら彼女のその考えが変わる事は無いだろうね。

それが例え、心の奥底では無理な願いだと理解していてもね」


エリオットの言葉は、私には到底1ミリも理解出来るものではなかった。

不条理で無意味で嫌悪感しか湧かない、只々気持ちの悪い感情にしか思えない。

例えばの話、そんなやり方で手に入れた人間を、その後も他者を寄せ付けず、たった2人だけの世界でどうやって生きて行くと言うんだ。

そんなの、ただ静かにゆっくりと狂っていくのを待つだけの関係じゃないか。


悪いが、私はそんなのごめんだ。

絶対にそんなものになりたくは無い。

そんなものになるくらいなら、相手をボコボコにして逃げるっ!

この世にたった1人になる事になっても、絶対にその方がマシだっ!


うげっと嫌ぁな顔をする私に、エリオットがクスクスと笑った。


「リアはそのままで良いんだよ。

リアのその健全さが、必ず最後の武器になる。

例え誰に何が起きようと、決してリアのせいじゃない。

そして、何が起きようと、僕らは必ずそれを阻止出来る。

リアを孤立させるなんて、ニーナの儚い妄想だと、必ず分からせてやろうね」


ニコニコと笑うエリオットに同調するように、皆が力強く頷いてくれている。

それだけで私には十分な力になった。


誰一人、シャカシャカから無傷で守り切る事は無理かも知れない。

テレーゼの事でそれを悲しいくらい痛感した。

だけど、それでも必ず最後には守り切る。

救ってみせる。

私だけでの力では到底無理だけど、ここにいる皆となら、それを必ず成し遂げられると信じている。

いや、確信出来る。


「とにかく、次に誰の何が狙われるかは分からない。

これからは今まで以上に、互いについて些細な事でも報告し合っていこう。

今までは個々の力が強い分、ある程度の個人プレーは当たり前の事だったけど、これからはそれは無しで。

身近に起きたどんな小さな違和感も見逃さないように報告して欲しい、いいかな?」


エリオットの言葉に皆が慎重に頷いた。

流石に今回のテレーゼの事は、皆にそれぞれに衝撃を与えていた。

そしてそれがシャカシャカにより、故意に仕組まれたものだと判明した今、それぞれの大事なものを守る為に、ここにいる皆で協力し合い、互いの背中を守り合う事に異論のある者はいなかった。













「ねぇ、アンタって前世の私についても詳しいわよね?」


皆と解散した後、王宮の庭園を二人でブラつきながらエリオットを見上げると、何の事かな〜っと白々しい顔でエリオットは下手な口笛を吹き始めた。


「いや、そういうのはいいから。

あのさ、私昨日シャカシャカと対峙した時、頭の中で声がしたのよ」


私の言葉にエリオットは焦ったようにバッとコチラを振り向いて、私の両肩を痛いくらいに掴んだ。


「声ってどんなっ?その声は何て言ってたっ!」


珍しく本気で焦っている様子のエリオットに気押されながら、私はおずおずと口を開いた。


「えっと、何か……近付くな、とか、話すな、とか、あと、見るな、囚われるな、とか」


私の言葉にエリオットはホッとしたように体の力を抜いた。


「……そっか、うん……なら、大丈夫だね、良かった。

リア、その声はね、リアの敵じゃないから気にしなくて良いよ。

ただ……助けてくれる何かでも無い。

その声の言う通りにする必要も無い。

リアに言っている言葉は、唯の願いに過ぎないから。

聞くも聞かないも、リアの自由だし、今の状況では、話すなとか見るなとか無理だしね」


フゥッと安堵の息を吐きながらそう言うエリオットに、私はますます訳が分からなくなったなと思いながら、眉根に皺を寄せた。


「本当にアンタって、何をどこまで知ってんの?

いつか話してくれるって約束は守ってくれるんでしょうね?」


ギロッと下から睨み付ければ、エリオットは誤魔化すように空を見上げ、困ったような乾いた笑い声を上げる。


「そうだね、お許しさえでれば直ぐにね」


その困り切った声に、私も無意識にエリオットと同じように空を見上げた。



……何か、核心の部分をはぐらかす感じが、どっかの誰かに似てんなぁ………?


訝しげに空を睨み上げ、私はクリシロに向かって密かに心の中でそう呟いた。






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