EP.161
「はっ?なに?内乱陰謀罪?何それ。
くっだらない、そんな理由付けしたって、人殺しは人殺しじゃない。
アンタらって、本当にマヌケだよね。
自分の欲に忠実なサンス達のがよっぽどマシ。
ただの人殺しになるのが嫌で、ぐちゃぐちゃと理由付けしちゃってさーー。
あ〜〜、つっまんないっ!」
拗ねたようにそう言って足をブラブラさせるシャカシャカに、私は驚きで目を見開いた。
……何だ?誰だ、これは。
今世で再び対峙してから、ずっと違和感が拭えないままだが、こんな風に子供のように拗ねた横顔を見ると、流石に嫌な汗が背中を伝う。
私の知っているシャカシャカは、無表情、無感情な奴で、無機質な人形のような、感情の無いロボットのような奴だったのに。
今世では大口を開けて笑ったり、楽しげにしたり、拗ねてみたり………。
随分と印象が変わってしまった。
私はその蜂蜜色の瞳をジッと見つめ、掌にじっとりと汗を滲ませた。
……いや、やっぱり、何も変わっていないのかも知れない……。
コロコロと変わる表情とは相反して、その瞳の奥には底の知れない闇が広がっていた。
その闇に囚われ引き摺り込まれれば、魂さえ奴に明け渡し、声を上げる事も出来ないまま、闇に侵食されてゆくのだろう。
シャカシャカは、ノワールをその闇に飲み込もうと、テレーゼに手を出したに違いない。
だが何故、そんな事が出来るのか?
何故そんな力があるのか?
今世では、魔法やスキルを持っていても不思議では無いが、前世では間違い無く、コイツも唯の人だった筈だ。
そんな不可思議な力など、あの世界には存在していなかった……筈、だが。
………いや、前世でもう既に、唯の人では無かった……?
私達の知らない、普通の人にはあり得ない力を持っていたのか?
確かに、そうとでも考えなければ、あのニアニアの様子は説明出来ない。
「お前………一体、何なんだよ……?」
ゴクリと唾を飲み込み問いかける私に、シャカシャカは小首を傾げて少し思案した後、あっけらかんとして答えた。
「さぁ?」
全く含みの無いその返答に、思わず目を丸くしていると、シャカシャカはまたクスクスと笑い始めた。
「産まれてすぐに意識があって、思考も出来たけど、感情は無かったんだよね。
喜怒哀楽を感じた事が一度も無いけど、別に困ったりはしなかったかな。
赤ん坊の頃から、私には人の淀みが見えた。
黒い点々だったり、薄いグレーだったり、真っ黒だったり、色々ね。
そしてある時、それを自分の好きに出来ると気付いた訳よ。
それからは人の淀みを増幅して、悪意や欲望を極限まで高めて遊んでたんだけど、別に楽しいとかは感じなかったなぁ。
ただ他にやる事も無いから、やってただけで」
意外な程にペラペラと自分の事を話し始めたシャカシャカに、私はゾッとして全身に鳥肌を立てた。
……やはり、前世からコイツは碌でも無い力を手にしていたんだ。
その力でニアニアをあそこまで追い込み、狂わせ、希乃の命を奪った………。
だが、これでは………。
冷や汗を流す私に、シャカシャカは楽しそうにその瞳の奥を禍々しく歪めた。
「で?それをどうやって立証すんの?
アンタらが言ってる、内乱陰謀罪、だっけ?
それを私が犯したと、どう証明すんのよ?
私は実際、何もしてないんだけど。
サンス達と一緒になって、テレーゼを虐げた訳でも、オークションにかけた訳でも無い。
ガーフィールドみたいにテレーゼを辱めようともしてない。
私はただ、サンス達の淀みを解放してやっただけ。
もちろん、全ての原因はそれだけど、じゃあそれをどう証明して立証すんの?」
楽しげにクスクス笑うシャカシャカを、ぶん殴って空の彼方に吹っ飛ばしたい衝動を懸命に耐える。
ノワールでさえ耐えているのに、私が手出ししてどうする、と兎に角耐えるしか無かった。
「それにさぁ、私のやってる事を悪だ罪だと誰が決めんのよ?
私は自分の出来る事をやってるだけよ?
誰だって特別な能力があれば、それを活かして楽しく生きたいと思うでしょ?
何で私はダメな訳?
人の悪意がダメなの?欲望は悪なの?」
コテンと首を傾げるシャカシャカに、私は乾いた喉から意地で言葉を捻り出した。
「……誰にでも、欲くらいあるわよ。
だけど皆、その欲に飲み込まれないように必死に耐えてんの。
それを無理やりほじくって、勝手に解放してるアンタが悪じゃなければ、何が悪だってんのよ」
ギッとシャカシャカを睨み上げると、シャカシャカは不思議そうに目をパチクリとしている。
「そう?じゃあ、悪や欲の為に人を傷つける人間全てが罪だって言うの?
今にも餓死しそうな子供を抱えた母親が、パンを持った人間を襲ってそれを奪うのも悪で罪って言っちゃうの?
倫理観のせいで、目の前で自分の子供が死んでいっても?
私がその母親の欲を解放してやれば、その子供はパンを食べれて死なないかもしれないのに?
それを見過ごせって言うの?
アンタがそんな非情な人間だとは、知らなかったなぁ」
アハハハハハッと笑うシャカシャカを、唇を噛んで睨み付ける私の前にエリオットが出て、その背中に私を庇うようにして立った。
「リアは君と違って、自分の持っているパンをその母親と子供に与えるだろうね。
例え自分が餓死しようと、そうするよ。
まぁ、それじゃ気が済まないって言って、川で魚を獲ったり、山で食べれる物や動物を狩ってきて、その母親と子供のお腹を一杯にするだろうね。
君の基準でリアを語る事は無理だ。
君が人を悪にしか染められないなら、リアは何処までもそれを救おうとするだろうね。
君とリアじゃ、何もかもが違い過ぎる。
対話の意味も無い。
君を楽しませる為だけに、これ以上リアと話させる訳にはいかないな」
いつにないエリオットの真剣な声に、思わずその背中に縋り付きたくなる衝動をグッと耐えた。
コイツはどうして、私の欲しい言葉を欲しい時にくれるのだろう……。
気を抜くと涙が滲みそうになって、私は必死で目に力を込めそれを押し込めた。
「獣のくせに、随分偉そうな事言うのね。
アンタに利用価値さえ無ければ、1番に壊してやったのに、本当に残念」
打って変わって不機嫌そうな低い声でそう言うシャカシャカに、エリオットは逆に楽しそうに笑い声を上げた。
「ハハハッ、君こそ人のなり損ないのくせに随分とリアに気安い。
僕はこれでも随分我慢しているんだけどなぁ。
僕を壊せるものなら壊してごらん。
君の精神がそれに耐えられる保証は無いけどね」
エリオットは穏やかな口調の筈なのに、ゾクリと体が震えた。
ノワールも同様のようで、ピクリとも動けず、ツッと額から汗を流している。
異様な気迫をぶつかり合わせていたエリオットとシャカシャカだが、ややしてエリオットがフッと笑った。
「君、輪廻の記憶があるんだろう?
だけど、肝心の元となるルーツだけが失われている。
それを取り戻したくて、リアに固執しているね?
失われた何かが語りかけてくるのかい?
リアを手に入れろ、自分だけのものにしろ、と」
エリオットの言葉に、初めてシャカシャカが焦った顔になり言葉に詰まった。
それを確認してから、エリオットは小さく頷く。
「やっぱりね、君は醜い妄執に囚われたまま、輪廻を渡り続けてきたんだ。
そしてその忌まわしい力を使い続けてきた。
何度も生まれ変わっているなら、一度くらいその力を使わない人生だって選べた筈だ。
だけど君はそれを選ばなかった。
残念だよ、とてもね。
君が悪意と欲望の底に堕とした魂達が今も君の周りを彷徨いている、自分で気付かないかい?」
憐憫の滲んだエリオットの声に、シャカシャカは初めて動揺の色を見せた。
「アンタ、唯の獣じゃなかったの……。
一体、アンタは何者?」
ギリギリッとエリオットを睨み付けるシャカシャカ。
だがエリオットは微塵も焦る素振りは無い。
「僕はエリオット・フォン・アインデル。
この国の王太子で、リアのペットだよ」
背中を向けられていて確認は出来ないが、見なくても分かる。
相手を最高にイラつかせるあのヘラヘラ笑いを浮かべているに違いない事を。
「ふんっ、まぁ、いいわ。
どうせ私には意味の無い薄っぺらい記憶しかないし。
どの人生でも、私の生涯に意味なんて無かった。
どれも同じ。色の無い唯の無声映画。
感情が無いってだけで、あんなにもくだらないもんになんのね、人の生涯って。
ただ生きてるだけじゃつまらなさ過ぎて、人の淀みで遊んだりしたけど、それだけ。
そんな輪廻の全てを覚えているからって、それがナニ?
自分の悪意と欲に飲まれた人間が、魂だけになって私の周りを彷徨いていたって、それが何なの?
どうせ私に何も出来やしないのに」
ハッと鼻で笑いシャカシャカは、ユラリと木箱の上で立ち上がる。
「興醒めしたから、私帰るわ。
じゃ、シシリア。今度は誰が私に狙われるか、楽しみに待っててよね」
チラッと私を見下ろして、シャカシャカはつまらなそうに欠伸をすると、次の瞬間にはその姿を消していた………。
「ごめんね、シシリア。
僕の軽率な行動のせいで、嫌な思いをさせて」
ノワールの申し訳無さそうな声に、ハッと我に返る。
どれだけの時間、呆然とシャカシャカの消えた場所を見続けていたのだろう。
エリオットとノワールが心配そうに私を覗き込んでいた。
「あっ………いや……大丈夫……。
テレーゼの事を持ち出されれば、そうなる気持ちも分かるし」
気持ちを持ち直し、真っ直ぐにノワールを見つめると、ノワールはますます申し訳なさそうに眉を下げた。
……まだ胸がドキドキしている。
シャカシャカにまともに対峙したのは、これが初めての事だったから。
正直なところ、関わらなくて良いなら今でも関わりたくは無い。
だが、そうはいかない事がこれでハッキリした。
私の気持ちなど、向こうはお構い無しなのだから。
向こうはどうやら私に用があるらしい。
その為に、私の周りにいる人間が邪魔なのだ。
周りから私を孤立させる為に、誰よりも先にテレーゼに辿り着き、ノワールを絶望に堕とす為にサンス達を操るくらいに。
ただ孤立させるだけでは足りないのだろう。
周りが不幸になり壊れてしまうくらい、徹底的に潰しにきている。
……そして、それをシャカシャカの中で囁いているナニかがいる………?
私は自分の頭の中に響いた、あの警鐘のような低い男の声を思い出した。
妙に胸を騒つかせるあの声……。
もし、シャカシャカの中でも、あんな声が聞こえているなら?
それは一体、何だ?
あの声は一体、私達をどうしたいのか。
神妙な顔で考え込む私の肩を、エリオットが気遣うように抱いた。
「リア、今は彼女の事で一杯だろうけど、そんな時こそ1人で抱え込んでは駄目だよ。
皆で一緒に考えよう。
リアには味方が沢山いる、大丈夫、皆と一緒なら彼女の好きには出来ないから」
穏やかに語りかけてくるエリオットに、私は微かに微笑んで頷いた。
エリオットの言う通りだ。
シャカシャカの力が前世から持っているものだった事が分かった。
そんな力に対抗する術の無かった前世では、頼れる人間もいなかったが、今は違う。
力なら私達にもある。
皆の力を合わせれば、きっとシャカシャカを退ける方法も見つかる筈だ。
抗う術も無く、好き放題にされた前世とは違う。
今度こそ、アイツを止めてみせる。
もう、奴の好きにはさせない。
私の瞳に力が戻った事を確認してから、エリオットはヘラッと笑った。
「気弱に微笑むリアも新鮮でクルねっ!
僕はどんなリアでも好きだけど、今のはちょっときちゃった。
こんな場所で無ければ、押し倒すのもアリだって首筋がゾクゾクしちゃったよっ!」
イケメンアイドルも顔負けの爽やかな笑顔に、私はふふっと微笑み返し、身体強化した拳でその顔面をぶん殴った、無言で。
私の拳が顔面に減り込み、鼻血を噴きながら吹っ飛んでゆくエリオットに、ノワールが深い溜息を吐く。
「場所云々の前に、僕もいる事を忘れないで下さいね」
人前で嫁を抱き上げくるくる回っていたノワールでは、全くもって説得力は無いのだが、まぁ、正論である。
いや、どんな場所だろうと、人前じゃなかろうと、押し倒させたりはしないがなっ!
「……リアったら、恥ずかしがり屋さんなんだから」
ポッと頬を染めるエリオットの息の根を止めようとする私を、ノワールが必死に止める。
「シシリアッ!お願いだから、エリオット様に対する耐性をもっと持ってくれっ!
エリオット様の命がいくつあっても足りないよ、これじゃっ!」
真っ黒な微笑みを浮かべながら、目の光だけをギラギラと光らせ、最大級の炎魔法を詠唱する私に、ノワールが泣きつくように叫ぶ。
……ちっ、今日こそコイツを滅する理由には十分だと思ったのに。
腹の底から残念がる私に、ノワールが深い深い溜息を吐いた。
「とにかく、明日にでも皆と今日の事について情報を共有しておこう」
一番冷静さに欠け、単身突っ込んで行った筈のノワールに宥められながら、何か釈然としないまま、私達はその場を後にした。
依然謎は残るものの、シャカシャカについて多くの事を知れた。
まさかこんな急展開があるとは思っていなかったので、その面ではノワールの功績と言えなくも無い。
唯の得体の知れないナニカだったシャカシャカの輪郭を掴んだような、そんな実感があった。
が、しかし。
問題はエリオットが更に謎の存在になったって事だ。
コイツは何故、シャカシャカの輪廻の事まで見抜いたのか……。
いや、知っていた、ような言い方だった。
エリオットについては、前世から私の周りを浮遊していた塵とか埃って事で一度納得したものの、やはりそれだけでは無さそうだ。
まぁ、聞いたって真面目に答えはしないだろうが。
こんな得体の知れない奴を次期国王にするより、やっぱりここで滅しといた方がいいような気もする。
世の中の為に。
密かにノワールにジェスチャーで、エリオット、滅しとく?と聞いてみると、物凄く残念そうな顔をされたのだが、何でだ?
私は世の為人の為に提案したってのに。
ノワールにそれが伝わらない事に首を捻りつつ、私達は帰路を急いだ。




