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EP.154



「そ、そうだっ!この女は全てを知っていて、エクルース伯爵夫人の顔をして偉そうにしていたんだっ!

セレンスティアが戦死した時も、これでエクルース家を乗っ取れる、貴方がエクルース伯爵を名乗ればいいと私に囁いたのもこの女なんだっ!

私はこの女に操られていただけの、被害者でしかないんだっ!」


急にサンスがそう叫ぶと、パトリシアはそのサンスをギリッと睨みつけ、その顔を醜く歪めた。


「よくもそんな事言えたわねっ!

アンタがこれでエクルース家は自分の物だと先に言ったんでしょっ!

今日からお前がエクルース伯爵夫人だ、エクルース家の金も使い放題だと言ったんじゃないっ!

それなのに、金なんか碌になくて、それもアンタの放蕩のせいですぐに使い果たしちゃったじゃないっ!

私はコイツに騙されただけよっ!

私は何も悪い事などしていないっ!」


パトリシアがそう言い返すと、サンスがまたパトリシアを口汚く罵り、2人は醜い言い合いを始めてしまった。


見かねた近衛騎士がそれぞれの顔を床に押し付けて、無理やりに喋れなくすると、やっと静かになった。



次にノワールがチラリとフランシーヌを蔑むように見て、凍えつきそうな声を出す。


「それから、先程から自分はテレーゼの姉だと主張しているが、なら何故お前は両親のどちらにも似ていない?」



ノワールの言葉にテレーゼがハッとした顔をしている。


実はこれは事前に情報を共有してしておいた事だ。

あのオークションの時、私はフランシーヌの違和感に気付いた。

サンスとパトリシアは一般的な焦茶の髪色に、瞳はブラウン。

だけどフランシーヌは金髪にヘーゼルの瞳。


顔立ちもパトリシアよりも整っていて美しい。

その美貌で数々の男と親しくしていたようだが、サンスに似ているところが一つもない……。


そして、フランシーヌはパトリシアにもあまり似ていない……。


それは、一体何故か。


例え小さな違和感でも、もう絶対に逃しはしないと決めていた私は、あの時直ぐにレオネルに頼みパトリシアとフランシーヌについて調べてもらった。


その結果は………。


ノワールの言葉にテレーゼが首を捻っていると、陛下の隣に立つエリオットがクスクスと笑った。


「ノワール、随分と意地が悪いね。

とっくに調査済みだと言うのに」


チラッとノワールを横目で見るエリオットに、ノワールはツンっとそっぽを向いた。


ノワールのそんな不敬な態度に、テレーゼが見るからにハラハラしていると、エリオットは少し肩を落として申し訳無さそうに口を開いた。



「まだ許してもらえないのかぁ。

まぁ、僕が酷かった事は認めるけど、あの時はああするしか無かったんだよ……」


シュンとしてしおらしい表情になるエリオットを、ノワールは見もしないで、憮然な声を出した。


「許しならテレーゼに乞うて下さい」


そのノワールの言葉にテレーゼは驚愕して目を見開いている。

そりゃそうだ。

王太子に許しを乞われる自分の姿など、普通の人間には想像も出来ないだろう。


訳が分からず2人の顔を交互に眺めるテレーゼに、エリオットがクスッと笑った。


「もちろん、全てが終わればテレーゼ殿に許しを乞うつもりだよ」


そのエリオットの言葉にテレーゼはますます首を捻っている。


まぁ、その辺の事情はおいおいね。

エリオットなりに、ノワールとテレーゼを想っての計画であり、行動だったのだが。

間違いなく、テレーゼのトラウマに一役買っている事は言うまでもない。


這いつくばって許しを乞うしか無いな、うん。

それでも許して貰えなかったら、私が肩くらい揉んでやろう。


エリオットの辛い立場くらい、今はもういい加減理解出来ているし。



不思議そうにするテレーゼに、微かに眉を下げながら、エリオットはフランシーヌに向き直り、厳しい声で告げた。


「フランシーヌよ、お前はサンスとは血が繋がっていない。

つまり、こちらのエクルース伯爵とも血の繋がりは無い。

縁もゆかりもない赤の他人って事だ」


テレーゼが驚いてエリオットを見て、次にフランシーヌの顔を見る。

フランシーヌも驚いた様子で目を見開いていた。


混乱するテレーゼの肩をノワールが優しく抱き寄せ、自分に振り向いたテレーゼの瞳を気遣うように見つめている。


「サンスとその妻娘について徹底的に調べている過程で分かった事実だよ。

君の姉を騙るあの女と君に、血の繋がりなど無いんだ。

あの女は、母親がサンス以外の男との間に作った、君とはまったく関係ない、ただの他人だ」


テレーゼの気持ちを慮るように優しくそう言うノワールに、テレーゼは信じられないと言った顔でノワールを見つめた。



「鑑定魔法で調べたからね、間違い無いよ」


エリオットがそう言った瞬間、サンスが床に押し付けられたまま、パトリシアに向かって怒りの滲んだくぐもった声を上げた。


「お前、よくも私を騙したなっ!

私と血の繋がらない娘を私の子だなどと……絶対に許さんぞっ!」


ゴゴォッとサンスの身体の周りに魔力が渦巻き、テレーゼが咄嗟にそちらに手を伸ばした。


サンスが自分の持つ土属性の魔法を発動しようとしている。

王宮での魔法の発動は御法度だというのに、頭が沸いてんのか?この野郎は。

いや、沸いてんのは知ってるけども。


一瞬で緊張感の漂ったその場で、私達は余裕の笑みを溢した。


その瞬間、エリオットがパチンと指を鳴らすと、サンスの魔力がサァッと一瞬で掻き消えた。


何が起こったのか分からず、目をパチクリさせるテレーゼに、エリオットが密かに片目を瞑って指を口元に立てている。


驚いたままのテレーゼと同様、サンスも呆気に取られていたけれど、ややして陛下に向かって惨めな声を上げた。



「陛下、私はこの者共に騙されていた哀れな被害者です。

全てこの者共に唆されてやった事なんですっ!

どうか私だけはお助け下さい。

それに私を失う事は、この国にとって大きな損失となる筈ですっ!

なんせ私は、この魔力量を欲したエクルース家に乞われて婿になった程の男なのですからっ!」


自信を滲ませるサンス。

先程の自分の魔力に余程自信があるらしい。

意図せずそれを見せ付けた形になった為、王宮内で魔力を暴走させかけた事など棚に上げて、自分自身の価値を売り込む事にシフトチェンジしたらしい。


本当にしぶといなぁ。

そのご自慢の魔力とやらは、エリオットの指パッチン一発で消された訳だが?

まさか、それさえも気付いてらっしゃらない?


全てを知っている陛下は、自分の顎に手をやり撫でながら、面白そうにニヤニヤしている。


「ほぉ、貴様が、失えば国の損失になる程の魔力量を有していると?

そして、その魔力量を欲したエクルース家が貴様を婿に乞うたのだと、そう申すか?」


陛下の言葉にサンスは必死の形相で答えた。


「その通りにございますっ!」



絶対の自信を持っている様子のサンスに、陛下は笑い出しそうな口元を手で覆い、威厳ある声を上げた。


「魔道士長、この者の言っている事は誠か?」


陛下の言葉に応えるように、貴族達の中から立派な老紳士が前に出てきた。



「そうですな、本来なら魔力量を数値に表すような事はしないのですが、分かりやすく説明致しますと、一般的な魔力量が百前後でしょうか。

生活魔法を難なく使える数字です。

そして、恐らくその男の魔力量は、千を少し超えるといったところですな」


陛下に魔道士長と呼ばれた老紳士の言葉に、サンスは弾かれたように笑い出した。



「アッハッハッハッ、これでお分かりでしょうか?

私はこの魔力量をエクルース家に認められ、婿に乞われた程の人間ですぞ?

そのような人間を、処刑になどしては、あまりに損失が大きいのでは?」


勝ち誇ったようなサンスの笑いに、老紳士は不快そうに顔を歪め、それを打ち消すように言葉を続けた。



「ちなみに、我々魔道士、または魔術師になれる条件が、魔力量一万相当を超えている事で、その中でも歴代最高と呼ばれた、セレンスティア・エクルース様は、およそ五十万相当の魔力量の持ち主でしたなぁ」


老紳士がなんて事ないように言った言葉にサンスが途端に真っ青になり、代わりに陛下が弾かれたように笑い出した。


「ハッハッハッハッ!そうかそうか、五十万とな。

やはりあやつは化け物よなぁ」


楽しそうに笑う陛下に老紳士は恭しく頭を下げると、そのままで口を開く。


「恐れながら、そちらにいらっしゃる新しきエクルース家ご当主様は、そのセレンスティア様を超える魔力量の持ち主かと」


老紳士の言葉に、サンスが目を見開きテレーゼを見た。


テレーゼが信じられないと言った顔で老紳士を見つめる。



「ハッハッハッハッ、そうかっ!

お主は当然、既にテレーゼに目をつけていると言いたいのだな?」


陛下の軽快な言葉に、老紳士は頭を下げたまま、恭しく口を開く。


「いやいや、そのような……。

ただご本人にその気さえございますれば、我々魔道士庁はいつでもテレーゼ様をお迎えする用意がある、とだけ申しておきましょうか」


老紳士の言葉に陛下は楽しそうに頷いた。


「魔道士長、手間をかけたな。

もう、下がって良い」


陛下の言葉に老紳士はもう一度頭を下げると、貴族達の中に下がっていった。



陛下はカッカッと靴底を鳴らし、サンスの目の前に立つ。


「これで分かったか?国の損失となる程の魔力量とは何たるかを。

貴様がどうなろうと、我が治世には何ら影響は無いが、テレーゼを失うのは許し難い損失だ。

そのテレーゼを、貴様は悪質な魔道具で抑えつけその命を脅かし続けてきた。

そろそろその卑しい口を閉じ、自らの招いた愚かな結末を迎え入れる事だな」


陛下にギラッと冷ややかな視線を向けられたサンスは、ガタガタと震え、滝のような汗を流しながらその口をギュッと閉じた。



「さて、ジェラルド、この者達に釣り合う刑は何がある?」


サンスから踵を返し、父上の隣に立つ陛下に、父上は軽く頭を下げた。


「この者達から有益な証言も得られた事ですし、命までは取らず、島流しの刑に処してはいかがでしょうか?」


父上の言葉に、テレーゼはピクリとこめかみを動かした。


サンス達から得た証言によって、誰も処刑にならずに済むのだと一瞬で悟った様子だった。


顔には出してはいなかったが、どこかホッとしているような雰囲気が伝わってくる。


数々の罪を犯し、自分をあれほど虐げてきた人間でも、命は助かると知って安堵出来るだなんて………。


テレーゼは心が優しすぎる。

キティ同様、最後まで他人を憎めない性質なのだろう。



陛下はそのテレーゼに少し申し訳無さそうな顔をして口を開く。


「という事でいかがかな?テレーゼからすれば生ぬるい処分かもしれぬが」


陛下の言葉にテレーゼは首を横に振った。


「いいえ、全て陛下の采配にお任せ致します」


そう言うと、陛下はうむと頷き、3人に向き直った。



「サンスとその妻娘を流刑の終身刑に処す。

流刑地での労働にて、一生をかけてエクルース家に与えた損害を返済する事を命じる」


厳しい陛下の声にサンスは項垂れ、パトリシアとフランシーヌは2人で抱き合って震えていた。



「良かったな、サンスよ。

流刑地では魔法の使える者は重宝されるぞ。

失うには惜しい労働者となれる事だろう」


ニヤリと笑う陛下にサンス呻くように泣き崩れた。

はぁ〜〜〜、やれやれ。

やっと心が折れたか。

3本の矢より頑丈だったな、マジで。



「わ、私達のようなか弱い女に、そのような重労働は務まりません、足手まといになってしまいますわ……」


震える声でそう言うパトリシアに、フランシーヌが何度も頷き、エリオットを潤んだ目で見上げた。


「私、殿下の下女でも何でもやりますわ。

私を貴方のお好きになさって下さい」


フランシーヌは美しい顔で誘うようにエリオットを熱っぽく見つめた。


いやまだいたっ!

神経疑う程の極太マインドの人がっ!

この期に及んで、まだ助かる気まんまんじゃないですかっ!


すげーよっ!

むしろすげーよっ!

強すぎるよっ!



「いやぁ、僕なんかより、是非その流刑地の炭鉱で働く者達に奉仕してあげて欲しいな。

皆罪人だけに、とても血気盛んでよく働くし、体力も有り余ってるから、君の事をとても高く評価してくれると思うよ。

金払いも悪くない筈だから、安心して頑張ってきてよ」


そう言って、にっこり微笑むエリオットのその顔は、見た人間全てが溜息を吐いてしまいそうな程美しい。


ご自慢の美貌を、やすやすとねじ伏せられたフランシーヌは、真っ青になって震えていた。


あれ程の強マインドを笑顔一つで振り払うとは………。

アイツのマインドこそ異次元だな……。


私はウヘァっと嫌な顔をしつ、刑の執行のために、引き摺られながらその場を後にしていく3人を眺めた。


グッバーイっ!

新天地でも達者でな。

って心配しなくても、どうせ図太くやっていんだろうな、お前らならっ!





3人がその場から姿を消すと、テレーゼは一歩、集まった貴族達の前に出て、胸に手を当て頭を下げた。


「皆さま、本日は私のような若輩者の叙爵式の為お集まり頂き、ありがとうございました。

まだまだ力及ばない私ではございますが、先祖が王家より賜ったエクルースの名を今度こそ守り抜き、皆様と共にこの国を支えていきたいと思っております。

どうかこれからもお力添え頂ければ幸いにございます」


テレーゼの礼が終わると、割れんばかりの拍手が起こり、ノワールがテレーゼの肩を抱いて、花が咲き綻ぶように微笑んだ。


テレーゼもそのノワールに微笑み返すと、差し出されたノワールの手の上にそっと自分の手を重ね、2人でもう一度、皆に向かって頭を下げた。




はぁ〜〜見応えあったなっ!

正に王道の逆転劇っ!

王道ならではの胸アツっ!


ここまでに起こった数々の出来事を思い返し、私は感無量になって、皆と一緒に手を叩き続けた。


嬉しそうに微笑み合うノワールとテレーゼの姿に、胸がいっぱいになる。


2人がうまくいって、本当に良かった。


まさかのノワール女性と勘違いされ事件など、傑作な事もあるにはあったが、やはりテレーゼの身に起きた事は痛ましすぎる。


セレン様がどこまで明確に予知が出来たのかは謎だが、せめてここまでの事にならないよう、何か手を打てなかったのだろうか……?


亡くなった人にそんな事を言っても詮無い事なのは百も承知で、そう思わずにはいられなかった。


いや、セレン様はテレーゼを目に入れても痛くない程に溺愛していたと聞いた。

幼い頃のテレーゼのふくふくしさがそれを物語っている。


だとしたら、打てるだけの手を打ってもこの結果だったのかもしれない。


サンスを家門に迎え入れた時から、セレン様はこうなる事を覚悟していたのかもしれない。

そして、テレーゼを託してくれたのだ、私達に。


起こる事を予知出来ても、そこから愛娘を自身の手で救い出せない現実は、どれ程セレン様にとって歯痒かっただろう。


その気持ちを私達が晴らしてあげられただろうか。


セレン様は生前、陛下達にテレーゼの事はソニアの息子、つまりノワールと、その仲間が何とかすると言っていたらしい。


それは間違いなく、私達の事だったんだ。


セレン様の想いを、私達が叶えた、叶えられたと思っても良いのかな?



人々から祝福の拍手を浴びるテレーゼを見つめ、私はふとそんな事に想いを馳せていた………。







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