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EP.153



「陛下、残念ながら、彼らの罪はそんなものではありませんよ?」


エリオットは陛下の隣に並ぶと、サンス達をゆっくりと見下ろした。


フランシーヌがそのエリオットの美貌に早速当てられて、エリオットをうっとりと見上げて頬を染めている。



「彼らは不法な人身売買にも手を出しています。

この国では廃止となった筈の奴隷を買い、非人道的な行為を強要しました。

それに、違法な薬物の売買もしていますね。

更に何より裁かれるべき罪は、エクルース家の後継者、テレーゼ・エクルースを違法なオークションにかけ、不正に金を得た事です。

幸いテレーゼ・エクルースは、そこにいるローズ卿にその場で保護され事なきを得ましたが、そのオークションに関する取引自体は行われていますから、立派な人身売買ですね。

しかも、この国の高位貴族であるエクルース家の当主、テレーゼ・エクルース伯爵を売買した訳です」


エリオットの言葉に、サンス達は真っ青を通り越して、白い顔でガタガタと震えていた。



「ち、違うっ!私は騙されたのだっ!

あのオークションは全て、ローズ侯爵家が仕組んだものに違いないっ!

不法な人身売買を行ったのは、ローズ侯爵家じゃないかっ!」


サンスの悲鳴のような声に、ノワールが氷のような微笑を浮かべ、一歩前に出た。



「我が家があのような忌まわしいオークションに関わっているはずが無いでしょう?」


聞いただけで耳から凍り付きそうなノワールの声に、サンスはぶるりと震えて、それでも震える声で尚も言い募る。



「嘘をつくな!あのオークションでテレーゼを落札したのは間違いなく貴様だ!

仮面を付けていたが、私には分かるっ!

貴様がテレーゼを5億ギルで落札したじゃないかっ!」


震えながらも激昂するサンスに、ノワールが摂氏0度の微笑みを浮かべた。


サンス達の周りの空気がパキッと氷が張ったように音を立てた。



「私が貴方がたと取り交わしたのは、テレーゼの後見人委任状だけですよ?

お困りのようだったので5億ギルは融資させて頂いたのです。

それを貴方がたが勝手に勘違いして、勝手にオークション取引書類にもサインをしただけです」


氷の彫刻のように、感情の無い微笑みでサンス達を見下ろすノワールに、サンスが激昂して声を上げた。


「そんなのは無効だっ!

私は騙されて委任状にサインしたのだからっ!

テレーゼの後見人の座はローズ家などには渡さんぞっ!」


額に青筋を何本も立て、ノワールに噛み付かんばかりのサンスに、ノワールはふっふっと可笑そうに笑い出した。



「何を言うかと思えば……。

そもそもテレーゼはとっくに成人していて、後見人などもう不要なんですよ?

サンス・エクルース、貴方は既にテレーゼの後見人でも何でもない。

伯爵家の埃ひとつ、テレーゼの許可無く動かせない人間だと、いつになったら自覚出来るんでしょうね?」


凍てつくような眼差しで見下ろされたサンスは、ハッとした顔をして、わなわなと震えている。



「卑劣極まりない罪人共である事が分かったな。

さて、罪には罰を。

当然だが、貴様らはこれより断罪される訳だが、他に、こやつらに何か言いたい者は?」


陛下の問いに、あちらこちらから手が挙がる。


「ほぅ、まだ罪が残っておるか、大したものよ。

ジェラルド、聞いてやれ」


陛下にそう言われた父上が頷いて、一人一人を指差し、発言を許可していく。




「私はそこにいるフランシーヌに婚約者を奪われましたっ!」


「私の息子もそこにいる女に違法な薬の中毒者にされましたっ!」


「私の妻はそこの夫人に不当な嫌がらせを受け、心の病に……」


「私はサンス・エクルースに妾にならねば家を潰すと脅されています」



高位貴族から下がったところに控えていた、子爵家や男爵家の人間達。

涙ながらに訴えるその人達の証言に、その場は怒りと怒号に包まれ騒然とした。


その中心で、サンス達は身を縮こませてガタガタと震えるだけだった。



ややして、白く美しい手がスッと挙がると、皆が一瞬で黙り込み、静寂が訪れる。


人々の注目は、その手を挙げている人物、王妃様に集まった。



「おお、我が愛する王妃までも、この者達に何か言いたいのだな」


陛下が玉座まで上がり、王妃様の手を取りエスコートしながら再び降りていく。


王妃様はたおやかな金髪に、瞳の色は紫かかったラピスラズリの青色。

微笑みを絶やさない穏やかな印象を持った人だ。


公式では………。



しかし、陛下にエスコートされ、サンス達の前に立った王妃様は、その見た目からは想像も出来ないような厳しい声を出した。



「お前達、セレンスティアの弔慰金をどうした?」


おや?お珍しい。

非公式バージョンではないですか。

いいのかな?

こんな公の場で素を出して。


ってか、王妃様もそれだけサンス達に激怒してるって事か。



微笑みの下に侮蔑を込めた王妃様の瞳に射抜かれて、サンスが口をパクパクとさせている。

声も出せない様子だ。



「……あれは、セレンスティアの遺児であるテレーゼが、伯爵位を継ぐまで苦労しないようにと国から払われたものだが……。

まさか、自分達の私利私欲に使ったとは言うまいな?」


華奢で女性らしい王妃様から発せられる声とは思え無いほどドスが効いている……。


流石です、姐さん。



あっ、とか、うっ……とかしか返さないサンスに、王妃様はその微笑みは崩さず、瞳に冷徹な光を浮かべた。



「……あい分かった。

陛下、この者達に、セレンとテレーゼの受けた痛みを何倍にもして返されよ」


淡々とそう言う王妃様に、陛下がニッコリと笑う。


「もちろんじゃ。余とて、盟友であり戦友でもあるセレンをここまでコケにされては、我慢など出来ようはずもない」


ギロっとサンス達を射殺すように睨む陛下の気迫に、サンス達はその場で飛び上がって後退りしようとして、近衛騎士達に押さえつけられた。




「で、ですがっ!私はテレーゼの父親ですっ!

エクルース伯爵の父君っ!エクルース家の者である事は事実。

私を断罪なさるなら、エクルース家も無事では済みますまいっ!」


ニヤリと笑ってテレーゼを見るサンスは、まだテレーゼを蔑み切った目をしていた。

その目は、テレーゼはまだ自分の支配下にあるのだと、暗く卑しく光り輝いている。


殴りたい、その笑顔。

本当に、心から。



サンスがニヤニヤとテレーゼを見つめていても、テレーゼは全く動じない。

サンスを真っ直ぐに見つめるその視線は、少しも動揺する事は無かった。


どれだけテレーゼを虐待してきたとしても、その胸の中にある真の強さまでには届かなかったようだ。


テレーゼにとってサンスは恐ろしく、絶対的な存在であっただろう。

それも、サンスがエクルース家の当主と信じていたからだ。


家の名を背負った当主とは、それ程に家人に影響を与える存在。

何故なら、全ての決定権は、当主にこそあるのだから。

だから尚更、当主は冷静に全ての物事を計らなくてはいけない。


サンスの振る舞いは、とてもでは無いけど高位貴族家の当主とは言えないものだったろうけど、それでも当主と信じていたのであれば、恐れて当然だ。


だがそれも全て偽りだったと、伯爵位を叙爵したテレーゼには分かるのだろう。


家門の当主の重責はそんなに軽くは無い。

サンスのような矮小な人間には決して務まらないのだと、今のテレーゼには分かっているのだ。



いつまで待っても、テレーゼの顔色も表情も変わらない事に、サンスはだんだんとその顔に焦りを浮かべていった。



陛下が顎に手をやり、楽しそうにテレーゼを振り向く。


「エクルース伯爵よ、この罪人の言っている事をどう思う?」


陛下に問われたテレーゼは、ジッとサンスの顔から目を逸らさずに、毅然と胸を張った。



「我がエクルース家に、このような罪人をとどめ置くつもりなどございません。

今この時を持って、この者をエクルース家から除籍し、家門から排斥と致します」


淡々と感情を表に出さずそう言うテレーゼに、サンスが顔をドス黒く染め、怒鳴り声を上げた。


「テレーゼッ!貴様っ!

育ててやった恩を忘れ、実の父を排斥だなどとっ!

なんて生意気な口をきくんだっ!

お前のような者にっ、私を排斥する権限など無いっ!」


目まで真っ赤に染めて、テレーゼに噛み付く勢いのサンスを近衛騎士が力付くて床に這いつくばらせた。


テレーゼはそのサンスを唯真っ直ぐに見つめ、毅然とした態度を決して崩さない。


ややしてテレーゼは、一度ゆっくり目を閉じると、直ぐに目を開き、真っ直ぐサンスを見据えて口を開いた。



「エクルース家当主、エクルース伯爵の権限で命じる。

サンス・エクルースを家門より除籍し、この時より、エクルースの名を騙る事を禁ずる。

再びエクルースの名を騙る事あれば、相応の報復がある事、しかと肝に銘じよ」


エクルース伯爵として、誰にも恥じぬように胸を張り、キッパリとそう言い捨てるテレーゼ。


サンスは顔色を真っ青に変えて、驚愕に目を見開いていた。



シーンと静まり返った静寂の中、ややしてサンスが媚びるような歪な笑いを浮かべた。


「テレーゼ、私の可愛い娘よ。

優しいお前はこの父に、本当はそのような仕打ちは出来ないだろう?

私はお前の血の繋がった父親だ。

心優しいお前には、そんな私を切り捨てる事など出来まい?そうだろう?」


その卑しい笑いにも、テレーゼはピクリとも表情を変える事は無かった。



「父親とは、娘を不当に扱い、気に入らなければステッキで鞭打つあの存在の事でしょうか?

母の形見だと謀り、違法な魔道具で生命を脅かし、そのせいでまともに動けない者を、朝から晩まで邸の仕事にこき使い、まともな食事さえ与えず、不衛生な環境に捨て置く。

私はそのような父親しか知りませんが、貴方の言っている父親とはその事ですね?

ならば私は、そのような存在を必要とはしません。

血の繋がりだけで私を縛り付ける事など出来ないと、ハッキリと申し上げておきましょう。

家門よりの除籍だけでなく、今ここで、貴方との親子の縁も切らせて頂きます。

私は貴方を父親とは思いませんので、貴方も私を娘だなどと、二度と口にしないで下さい」


一切表情を変えず、一気にそう宣言するテレーゼ。

サンスは信じられないものを見る目でテレーゼを見つめ、その身体をガタガタと震わせた。



その瞬間、陛下が手を叩くと、つられるようにその場にいる貴族達も手を叩き出し、その場に拍手の渦が生まれた。


皆が口々にテレーゼへの賞賛を口にし、鳴り止まない拍手の中、テレーゼは流石に驚いた顔で横にいるノワールを見た。


ノワールもニッコリと微笑み、同じように拍手をしている。


その瞳が誇らしそうに甘く揺れ、テレーゼをジッと見つめていた。




あ〜〜〜〜〜〜〜っ!!

やっと、やっと。

やっとここまで来たっ!


さぁ、皆様ご一緒にっ!

オールトゥゲザーーーセイッ!


ざっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


あーーーーっ!スッキリしたーーーーーっ!


エクルース伯爵となったテレーゼから、サンス排斥の言葉を引き出す為、頑張ってきた甲斐があったってもんよっ!


こんなに苦労が報われる事ってあるんだっ!

もぅっ!ちょう気持ちいいっ!


シンデレラでも、義母姉に真っ赤に熱せられた鉄の靴を履かせて、もがき苦しむ様を王子と眺めていたんだぜ?


それを家門からの除籍だけで済ますなんて、テレーゼは心優し過ぎるっ!

この場で陛下にサンス達の死刑を嘆願しても許される状況だというのに。


だけど、その優しさこそテレーゼなんだ。

自分をとことん虐げてきた人間にでさえ、慈悲をかける。


まさに聖女。

テレーゼこそ聖女。

ビバッ聖女っ!


家門除籍だけでも、ハッキリと言い渡してくれてありがとうっ!

めちゃスッキリしたわーーーーっ!


私も皆同様に、割れんばかりの拍手をテレーゼに送った。






陛下がスッと手を上げると、途端にシーンと静まり返りその場が静寂を取り戻す。


「さて、これでこの男はエクルースの名も失い、ただのサンスとなった。

だからと言ってただの平民にもなり得ない。

罪人だからな。

罪状はたっぷりとある、断頭台にするか、磔にするか、ふむ、さてどうしてやろうか?」


テレーゼに向かってニコリと笑う陛下に、テレーゼはその表情を崩さず静かに頭を下げた。


「どうぞ、陛下のよしなになさって下さいませ」


淡々とそう返すと、サンスが低く呻き、パトリシアとフランシーヌが悲鳴を上げた。



「私はっ!私達は何もっ、何も知らなかったのですっ!

この男に騙されていただけですっ!

自分は伯爵だとっ!そう言うこの男に私達は騙されていただけなんですっ!」


パトリシアがサンスを震える指で指差して、悲鳴のような声を上げた。

その隣でフランシーヌもガタガタと震え、涙に濡れる目で縋るようにテレーゼを見つめる。


「テレーゼッ!私は、私だけでも助けてくれるでしょっ!

私と貴女は姉妹なのよっ!

私が貴女の姉である事実は変わらないじゃないっ!」


2人の言い分に、テレーゼは小さく溜息を吐いた。

そりゃそうだ、先程、実の父親であるサンスでさえ、血の繋がりのみではどうする事も出来なかったと言うのに……。


まずは自分達の罪に向き合え、と私は言いたい。

エクルース家の名を騙り、散々好き勝手してきたというのに。

奴らが踏み躙ってきたのは、決してテレーゼだけでは無いのだ。

コイツらの犯した罪は、貴族であろうとなかろうと、悉くこの国の法を破っている。

例えテレーゼが許そうと、罪から逃れる事など出来ない。



テレーゼはまず、パトリシアを真っ直ぐに見つめた。



「お継母様、貴女は知っていたんじゃないですか?

その者が、エクルース伯爵では無いと」


テレーゼのその言葉に、パトリシアは焦ったように目をあちこちに彷徨わせた。


テレーゼの隣からノワールも冷たい声を出す。


「お前は、サンスがバルリング子爵令息だった頃からの付き合いだろう?

王都の貴族相手専門の高級娼館にいたお前が、貴族の継承事情を知らない筈が無い。

ああいった場所はそういった情報が命である筈だ」


ノワールの言葉に、テレーゼは微かに眉をピクリと動かした。

自分の考えが裏付けされ、納得のいった表情だった。



凄いな。

相手の些細な表情の変化や視線の動きで、パトリシアが全てを知っていた事を見抜いた。


私はテレーゼのその聡明な鋭さに、ゾクリと体を震わせた。


セレン様は予知を見るほどの慧眼の持ち主だった。

それは極限まで研ぎ澄まされた精神の成せる技だったのかもしれない。

そして、娘のテレーゼにもその鋭さは備わっていたのだろう。


だが彼女は元来の性格が夢想家で空想好きだった。

そしてセレン様も、テレーゼのそういった面をのびのびと育てたのだろう。

それゆえ、今まで表に出る事は無かったのだろうが。


テレーゼを空想好きで気の弱い娘と思い込んでいたパトリシアには、目の前のテレーゼがどう見えているのだろう。


あのセレン様の姿と重なって見えているのかもしれない。


何故なら、その瞳にはテレーゼへの恐怖がありありと浮かび上がっているからだ。



本物の貴族とやらになる為に、手を出した相手が悪かったとパトリシアが思い知るのはまだまだこれからだ。

この程度で済まされる訳が無い。


お前が長年虐げてきた相手の真の姿を、もっとしっかりその目に焼き付かせてやるよ、じっくりとな………。






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