EP.152
先回りして、謁見の間に入ると、既に皆揃っていた。
それだけでは無く、謁見の間には沢山の貴族達が集まっていた。
王侯貴族や有力貴族、王族派と穏健派の貴族ばかり。
貴族派の顔は見当たらない。
それもそのはず。
貴族派は今回、あのオークションに多くの人間が関わっていて、今頃それどころではない騒ぎになっているのだから。
ゴルタールの支配下にある貴族派がこの場にいれば、どうせ難癖をつけてテレーゼの叙爵を邪魔しようとしたに違いない。
何せテレーゼは、ゴルタールがフリードの子を産む相手として(勝手に)選んだ人間なのだから。
エクルース伯爵令嬢では無く、女伯爵となられては、流石のゴルタールでも手出しが出来なくなる。
貴族派がこの場にいれば、それを阻止すべく、何だかんだとない事ない事喚き散らすに決まっている。
どうせ有り得ない虚言と分かっていても、その度に足止めされていては、叙爵が遅れてしまう。
それが例のオークションのお陰で、次は我が身と戦々恐々としている貴族派の貴族達はこの場に顔も出せず、各々自分の邸で縮こまっているところだろう。
政治の世界でこんなにスムーズな場を設ける事が出来るとは、正にミラクル。
……と、ここまで計算し切ったエリオットの計画だった訳だが。
アイツを敵に回したゴルタール率いる貴族派の皆様に、本当に心よりご愁傷様といわざる得ない。
まぁ、各々の自業自得ではあるんだけどね。
私とキティがその場に揃い、キティがクラウスの隣に座るのは良いとして、何故か私はエリオットの隣に席を設けられていた……。
いや、ここ玉座の間。
エリオットは王太子だから、当然陛下の隣の席。
んで、私の席が更にその隣って、何このカオス。
もちろん辞退しようと口を開きかけた時、謁見の間の重厚な扉が厳かに開かれ、ノワールに手を引かれたテレーゼがいよいよ登場した。
その威厳ある美しさに皆が息を呑んだ。
穏やかな雰囲気を纏いながらも、高貴で厳粛とした芯の強さを漂わせるテレーゼは、唯の伯爵令嬢にはとても見えない。
一家門の当主たる威厳を既に放っていたのだ。
テレーゼはノワールに手を引かれ、毅然と貴族達の間を歩き、陛下の御前に着く。
「テレーゼ・エクルースよ、急な呼び立てにも関わらずよく来てくれたな」
カーテシーで礼を取るテレーゼに、陛下が穏やかに声をかけた。
「国王陛下に拝謁を許された事、光栄にございます」
テレーゼがそう答えると、陛下はうむと優しく頷いて、静かに手を上げた。
それを合図に壁際の扉が開き、そこから近衛騎士に引っ張られるように、サンスとパトリシア、それにフランシーヌが現れた。
「せっかくの叙爵式だからな、父親にも見せてやらねば、な?テレーゼ」
ニヤリと笑う陛下に、テレーゼは動揺などおくびにも出さず、毅然とした態度で三人を真っ直ぐに見つめた。
「お前、テ、テレーゼなのか……本当に……?」
サンスが目を見開き、穴が開くほどテレーゼをジロジロと見つめた。
骨と皮だけの痛ましい姿だったテレーゼからは、今の姿は想像出来ないのだろう。
サンスはまだ信じられないといった顔で呆けている。
「お前っ!こんな所で何をっ!それにその偉そうな格好はなんだいっ⁉︎
服装だけ偉そうぶっても、お前はこんな所に来れるような身分じゃないんだよっ!」
髪を振り乱してパトリシアが怒鳴ると、隣のフランシーヌも目を尖らせて同じように怒鳴った。
「そうよっ!何様のつもりなのっ!
アンタッ!まだ自分の立場がよく分かってないようだねっ!」
2人を拘束していた近衛騎士が、その頭を掴んで床に顔を押し付ける。
「陛下の御前でそのように声を荒げるとは、黙らんか、この罪人ども」
怒りの滲んだその声に、2人は真っ青になったが、床に押し付けられようと、目だけでもテレーゼを睨み付けていた。
あーーー、殴りてぇ。
3人纏めてお空の彼方までぶっ飛ばしてぇ。
密かに拳を握り、プルプルと震わせる私のその手を、エリオットがメッ!とばかりにギュッと握ってきた。
ちっ。
シンプル過ぎる断罪じゃ面白くないもんな。
へーへー、脳筋は大人しくしときますよ。
「陛下っ!そのような小娘の戯言、まさか本気になさっておられませんよね?
その娘が言った事は全て妄言っ!
恐れ多いことに、その卑しい小娘は陛下を謀っているのですっ!」
サンスがテレーゼを指差して怒鳴り声を上げ、同じように近衛騎士に床に頭を押さえ付けられた。
そのサンスを、冷淡な表情を浮かべたノワールが、刺し殺すような目で見下ろしているが、取り敢えず一旦、その冷気をしまってくれない?
脳筋はここでは大人しくしとくしかないらしいからさ。
ノワールがゆっくり指を横にスッと動かすと、サンス達の口が瞬時に凍り付く。
「少しでもその卑しい口を動かせば、粉々に砕け散る」
ノワールの冷ややかなその声に、3人とも涙を流しながら頷いていた。
……あっ、駄目だった。
ノワールが大人しくとか、やっぱり無理だった。
じゃあ私は、取り敢えず顔面殴っていって、その凍った唇を粉々にしていけば良い?
ワクワクキラキラした目でエリオットを見上げると、困り顔でメッ!されてしまった。
ちくしょーーー。
何でだよ、ノワールだけズルいぞ。
「さて、テレーゼ・エクルース。
叙爵式を進めよう」
まるで何事も無かったかのような陛下の声に、テレーゼは振り返ると、陛下の御前に跪いた。
陛下は玉座から立ち上がると、威厳ある声を上げた。
その声は静まり返った広間の隅々にまで響き渡る。
「セレンスティア・エクルースの娘、テレーゼ・エクルースよ。
本日これをもって、そなたに、セレンスティア・エクルースの持つ伯爵位を譲り渡す。
今後は、テレーゼ・エクルース伯爵と名乗るように」
陛下の言葉にテレーゼは深く頭を垂れて、口を開いた。
「陛下の深いお心に感謝致します。
エクルース伯爵の名、有り難く拝爵させて頂きます。
これよりは、この名に恥じぬよう、この国を王家と共に支える支柱となる事をここに誓います」
テレーゼの誓いの言葉が終わると、陛下が父上と共に降りていき、テレーゼの目の前に立つ。
父上から受け取った爵位証明書に陛下が手をかざすと、そこが青く光り、陛下独自の魔法印が浮かび上がった。
魔法印を使える者はサインよりもこちらが優先されるので、魔力を有する貴族は殆どこの魔法印を使う。
特に王家が使う時は、それがより重要な公的文書だと表している。
ノワールがサッとテレーゼに手を差し出し、テレーゼはその手に自分の手を重ね立ち上がった。
そして、先程陛下が魔法印を刻んだ証明書を父上から受け取り、そこに手をかざした。
そこが黒く輝くと、テレーゼの魔法印が浮かび上がり、陛下の魔法印の下に刻まれた。
それを確認してからテレーゼが父上に手渡すと、陛下が満足気に頷いて、貴族達に振り向く。
「ここに新しきエクルース伯爵が誕生した。
テレーゼ・エクルースこそ、真のエクルース伯爵だと、余がここに宣言しよう」
陛下の言葉に、その場にいた皆が拍手で新しきエクルース伯爵の誕生を祝った。
その拍手にテレーゼは礼を返してから、ノワールに振り返る。
ノワールは愛しそうにテレーゼを見つめ、その手を取った。
鳴り止まない拍手の中、陛下がスッと片手を上げると、再びその場が静寂に包まれる。
「さて、この場に似つかわしくない罪人が3人もいるようだが?」
コツコツと靴音を響かせ、いよいよ陛下がサンス達の前に立つ。
ノワールに口を凍らされ、恐怖に涙を流しながら、サンス達はその陛下を見上げた。
「サンス・エクルースよ、これはどういった訳か、きっちり説明してもらおうか?」
闇く微笑む陛下に、サンスはその目を恐怖に大きく見開く。
陛下の冷徹な声に、サンスはすくみ上がり真っ青になっていた。
陛下の問いに答えられるように、ノワールが魔法を解くと、サンスの隣からパトリシアがいきなり荒げた声を上げる。
「陛下っ!その娘は恐れ多くも陛下を謀っておりますっ!
その娘は我が家の厄介者に過ぎませんっ!
エクルース伯爵だなどと、何かの間違いでございますっ!」
パトリシアは口元を痙攣させてそう言うと、キッとテレーゼを睨み付けた。
だけどその瞳の奥に焦りがありありと浮かんでいる。
しぶとい上に往生際が悪いなぁ。
まだ何とかしてやろうと思ってんのかよ。
いやいや、なんないから。
完全に詰んでるから。
「そうですわっ!エクルース家の正統な後継者はこの私ですっ!
何故そんな女に伯爵位を与えるのですかっ!
何もかもが間違ってるっ!
こんなの不正だわっ!そいつは皆を騙してるっ!
ペテン師ですっ!犯罪者だわっ!」
フランシーヌもパトリシア同様、荒げた声を上げたけれど、こちらは瞳に揺らぎがなく、自分の言っている事に確固たる自信を持っているようだった。
その2人の瞳の奥をジッと見つめ、テレーゼは何かを確信したようだった。
聡いテレーゼは既に気付いたのかもしれない。
2人の中にある大きな違いに。
「陛下の許しもなく勝手に発言するとはっ!
不敬極まりないっ!」
2人を押さえている近衛騎士が再びその頭を押さえつけると、陛下がそれを無言で手で制した。
それに近衛騎士は頭を下げ、2人を押さえる手を少し緩める。
「ふむ、テレーゼの拝爵がペテンとな?
そこの娘、面白い事を言うのぉ。
では、何故ペテンなのか申してみよ」
薄らと笑う陛下にフランシーヌは険しい表情を緩め、そしてまるで媚びるように陛下を見上げた。
「陛下、私の話に耳を傾けて下さりありがとうございます。
私はエクルース伯爵家の長女です。
ですから、私が伯爵家の後継者なのです。
その娘はお父様の前妻の娘ですが、私よりも年下ですし、それにお父様に愛されているのは私1人。
お父様は伯爵位をいずれ私の夫になる人に譲ると言っています。
だから、その女が陛下に言った事は全て嘘ですっ!
陛下はその女に騙されていますわっ!」
勝ち誇ったようにそう言うフランシーヌに、陛下は弾かれたように笑い出した。
「あっはっはっはっ!そうかそうか、なるほどのぉっ!
そう親に言われておったのだろうが、そなたの父親が誰かに譲れる爵位など存在せんぞ?」
ニヤニヤと笑う陛下に、フランシーヌは不敬にも小馬鹿にしたような笑いを口元に浮かべた。
「何を仰います、お父様はエクルース伯爵ですよ?
ですから私が伯爵位を頂く予定ですわ」
わざと丁寧に言い聞かせるような不敬なその態度にも、陛下は顔色一つ変えずに、悠然と微笑んでいた。
「……ほぅ?そのような事は初めて聞いたのぉ。
サンス・エクルースよ、おぬしはいつからエクルース伯爵になったのだ?」
陛下は一瞬でその顔から笑みを消し、ギロリとサンスを睨んだ。
その風格ある厳しい雰囲気に、サンスはますます縮み上がり、ガタガタと震え始めた。
「あ……いえ、私は……そのような事は……」
しどろもどろに小声で呟くサンス。
その隣でパトリシアも真っ青な顔で下を向いてしまった。
その2人の様子にフランシーヌはその顔から徐々に余裕を無くしていく。
「お父様、はっきりと仰って下さい。
お父様がエクルース伯爵だという事は当たり前の事実ではありませんかっ!
どうしてさっきから、そんな当たり前の事が伝わらないのよっ!
お母様っ!私がエクルース家の後継者だから、どんな貴族の息子でも選び放題だと仰ったでしょっ!
王族にだって嫁げると言ったじゃないっ!」
焦ったように声を荒げるフランシーヌに、サンスがバッと顔を上げた。
「うるさいっ!黙らんかっ!」
恐らく、父親に怒鳴られたのはこれが初めてだったのだろう。
フランシーヌはショックを受けた顔で、目を見開いてサンスを見つめている。
「さて、そこの娘。随分と勘違いしておるようだが、そちの父親、サンス・エクルースには爵位など無い。
エクルース伯爵とは、その男の亡妻セレンスティア・エクルースの事であり、また、そのセレンスティアの唯一の実子、テレーゼ・エクルースの事だ。
その男は運良くエクルース家に婿入りしただけの男だぞ?」
陛下の楽しげなその言葉に、フランシーヌはますます目を見開き、その顔色がどんどんと悪くなっていく。
「なっ、そんな訳っ、そんなっ!
そんなの嘘よっ!お父様っ、嘘ですよねっ!
ちゃんと嘘だとこの場で言ってくださいっ!」
サンスに向かってフランシーヌが金切り声を上げると、サンスがそのフランシーヌに真っ赤な顔で怒鳴り返した。
「いい加減にしないかっ!フランシーヌッ!」
目を尖らせ身体を震わせながら激昂するサンスに、フランシーヌはビクッと跳ねて、その場に固まってしまった。
その場に一瞬の静寂が流れ、ややしてフランシーヌが力無くボソリと呟く。
「じゃあ一体、お父様は何なの?」
その呟きに、サンスは顔を俯かせ、フランシーヌの方を見ようともしない。
そのサンスの代わりに陛下が、顎に手をやりフランシーヌに向かって答えた。
「ふむ、その男は前エクルース伯爵の夫、またはエクルース伯爵の父じゃな。
自分の爵位を得る事も、自分の名前を高める事も何もしてこなかったゆえ、特にこれといった名は無い。
その男は、唯のサンスという男だ」
陛下の言葉にフランシーヌはわなわなと震え始めた。
「……では、では私は……私は何になるんですか?」
フランシーヌの震える声に、陛下は顎に手をやったまま首を捻った。
「ふむ、そなたが何になるか……。
ジェラルドよ、どう思う?」
陛下に話を振られた父上は、無表情のまま簡潔に答える。
「サンスという男の娘、ただそれだけです」
父上の言葉に、フランシーヌは目を見開き首を振った。
「そんな……そんな馬鹿な事……」
現実が受け入れられない様子のフランシーヌは、ハッとした顔でテレーゼを見上げる。
「そうだわっ!私はそこにいるテレーゼの姉ですっ!
腹違いでも間違いなく姉妹なんだから、私もエクルース家の人間じゃないっ!
テレーゼがエクルース伯爵だというなら、私はその伯爵の姉よっ!
エクルース伯爵令嬢に間違いないわっ!」
フランシーヌの言葉に、父上が不快な物を見る目をフランシーヌに向ける。
「お前はエクルース伯爵から養子縁組された訳でも正式に家門に迎えられた訳でも無い。
エクルース伯爵令嬢だなどと名乗っていた時点で、身分詐称罪と貴族侮辱罪に当たるが、この場でも更に罪を増やしたいようだな」
父上の冷酷な眼差しに、フランシーヌはヒッと短い悲鳴を上げてたじろいだ。
「サンスから娘フランシーヌのエクルース家への養子縁組の書類が何度も提出されたが、どれもお粗末な偽文書であった為、そんなものはもちろん承認などされていない。
エクルース家では、個人の独自の魔法印以外で公的文書を発行する事は無いからだ。
つまり、テレーゼ・エクルース伯爵の魔法印以外は承認されないという事だ」
父上は続けてそう言うと、ギロッとサンスを睨み付けた。
「ふ〜む、ここまでで既に、身分詐称に貴族侮辱罪、それに公文書偽造。
まぁまだまだこんなものは序の口だろうな」
陛下が面白そうに笑いながら、サンス達一人一人を眺めた。
サンス達はそれぞれ、その陛下から目を逸らし、顔を俯かせる。
「のう、ジェラルド、こやつらの罪は他にもあるのだろう?」
楽しそうに父上を横目で見る陛下に、父上は少し呆れたように溜息を付き、部下から渡された書類を捲った。
「まず、既に周知の事実ではあるが、サンスがエクルース伯爵を騙っていた罪。
更に、正統なる後継者である、テレーゼ・エクルースを邸に囲み、虐待していた罪。
その際、テレーゼ・エクルースの魔力を抑える為、違法な魔道具を使用した罪。
エクルース伯爵の名で不正に利益を得、その上テレーゼ・エクルースの許可無く伯爵家の私財を横領した罪」
淡々と読み上げるサンスに、陛下は大きな笑い声を上げながら、後ろを振り返った。
「はっはっはっはっ!随分と罪を重ねておるが、どう思う?王太子よ」
陛下にそう問われたエリオットは、玉座の隣の椅子からゆっくり立ち上がり、悠然と階段を降りていった。
断罪もいよいよ大詰めといったところだ。
私はその様子を、固唾を呑んで見守っていた。
玉座の間で、王太子の隣の席から……。
は?あれ?
何でここに座ってたんだっけ、私は。




