EP.147
まるで蝋人形のように表情を失くし、虚脱状態のサンスに、エリオットが容赦なく尋問を続ける。
「では、エクルース邸に張ってあったあの結界だが、あれはどうやって手に入れたのかな?」
呆然としたままのサンスは、その質問に少し不思議そうな顔をした。
何でそんな事を?とでも言いたそうな顔だ。
やはりあれが北の古代魔具である事は知らされていないようだ。
「あれは、魔道具コレクターの男に貰った。
使い道が無いから譲ると言われ、テレーゼを邸に閉じ込めるのに打ってつけだったから受け取った物だ………。
少しの魔力で半永久的に使えると言っていたな。
その男は、同じような魔道具に私の魔力を注ぐだけで100万払うと言ったので、言う通りにした」
サンスの答えに、エリオットがなるほど?っと頷いた瞬間、兵が地下牢に現れ、慌てた様子でノワールの耳元で何事かを囁いた。
それを聞いたノワールは、目を見開き顔を険しくすると、私達に小声でそれを伝える。
「フランシーヌが我が家に現れたそうです。
捕縛の為ジャンの部下が既に向かっていますが、僕もすぐに後を追います。
エリオット様、シシリア、後は頼みました」
そう言うが早いか、ノワールは脱兎の如く地下牢から姿を消した。
その俊敏さに呆気にとられながら、私はやはりな、と内心1人頷いた。
シャカシャカの思惑通り、フランシーヌはテレーゼ嬢の所に向かったのだ。
多分、テレーゼ嬢があのオークション会場からノワールに助け出され、今はローズ侯爵邸で何不自由無く暮らしていると囁いたのだろう。
嫉妬と増悪に燃えるフランシーヌの姿はさぞ愉快な余興になっただろうな。
サンス達より早く解放したのは、その足でローズ侯爵邸に向かうさまを見たかったからだろう。
ボロボロのなりで、ろくに自分の足で歩いた事の無いフランシーヌが、テレーゼ嬢への憎しみだけで何キロも歩き続ける。
それを見ながらニヤニヤ笑っているシャカシャカの顔が思い浮かぶようだ。
相変わらず、悪趣味な女だな。
「これでフランシーヌも捕らえられるし、後はテレーゼ嬢の叙爵式だけだ。
その前に僕らはサンス達から聞き出せるだけ聞き出しておこう」
ふふっと笑うエリオットに、私は力強く頷いた。
「すまないね、話を中断してしまって。
さて、その魔道具コレクターの男について、貴殿の知っている事を話してくれないかな?」
ニコッと笑うエリオットに、今だサンスは何故そんな事を聞かれるのか分からないといった顔をしている。
「素性は探らない約束であったし、顔も分からない。
ただ、あのボロい魔道具に魔力を注ぐたびに100万を貰えた。
3回ほど行い、次に必要になったらまた呼ぶと言われ、それきりだ」
既に王太子に対しての口調で無くなっている事に、本人も気付いていないのだろう。
ブスッとした横顔からは嘘をついている様子は感じ取られない。
恐らく、支払われる金にしか興味が無く、相手を探ろうだなどとは思いも付かなかったのだろう。
サンスからはやはり、ゴルタールに繋げる事は無理そうだった。
「分かったよ、ありがとう。
それでは、君の愛人殿にも話を聞いてみよう」
「遮断」
エリオットがそう言うと同時に、私はサンスに遮断魔法をかけた。
これで愛人と話している間、サンスには何も聞こえず、サンスの声もこちらに届かない。
とはいえ、力無くその場に蹲るサンスが、これ以上何かを訴える事も無さそうだが。
「遮断解除」
愛人の方の牢にかけた魔法を解除してやる。
「やぁ、パトリシア、君に聞きたい事があるんだが」
ニッコリと微笑むエリオットに、サンスの愛人であるパトリシアはその頬を染め、うっとりとエリオットを見つめた。
顔だけは最上級だからなぁ、コイツは。
幼女から熟女まで、ニコッと笑えばコロリと落とせるんだから、いやぁ、胡散臭い事この上無いっ!
「君はサンスを訪ねて来た魔道具コレクターを知っているかい?」
エリオットの美貌に当てられたパトリシアは、途端に甘えた声でねだるように体をしならせた。
「あら?私が知っていると言えば、貴方は私に何をして下さるのかしら?」
パトリシアの下品な上目遣いにも動じず、エリオットはその微笑みを崩さずに人差し指を口の前で立てた。
「もちろん、それ相応の配慮をするつもりだよ」
ふふっと美しく笑うエリオットに、パトリシアはポーっとした顔でその顔を見つめている。
うへぁ。
元やり手娼婦をたらし込むとか、コイツ王太子じゃなくてホストにでもなればいいのに。
毎晩シャンパンタワー頼んでもらえんじゃないの?
まぁその場合?
速攻私がその座から引き摺り落としてやるけど?
No.1の座は私のもんだっ!
うっとりとエリオットに見惚れているパトリシア、すっかりその魔性の虜になったようで、それ以上の駆け引きも無くペラペラと喋り始めた。
「サンスに近づいてきたあの方は、大変高貴なお方です。
お顔を隠し、身元がバレないようになさっていましたが、私は一目で分かりました。
あの方は、私が娼館にいた頃に、当時トップ娼婦であった姐さまの一番の太客だったんですもの。
あの方のお仲間を集め、私達娼婦と戯れるパーティに、私も毎回呼ばれて行きましたわ。
よく姐さまと一緒に可愛がわれたものです。
あの方は間違い無く、アゼル・フォン・ゴルタール公爵様でした」
パトリシアの話に、私は目を見開きエリオットの横顔を見た。
エリオットはやはりその微笑みは崩さず、だがしかし、その瞳の奥をギラリと光らせた。
まさかこんな所からゴルタールに結び付くとは………。
ゴルタールもサンスには警戒していても、その愛人にまさか自分の身分が見破られるとは思っていなかったのだろうか。
何にしても、ゴルタールの犯した初めてのミスだ。
これを絶対に見逃す訳にはいかない。
瞳の奥をユラリと光らせ、表面上は表情を一切変えず、エリオットはパトリシアに続けて問いかけた。
「何故顔を隠した人間を、ゴルタール公爵だと断言出来るのかな?」
少しからかうような口調なのはワザとだろう。
案の定、パトリシアはムッとして、ムキになったようにやや声を荒げた。
「あの方は家紋入りの指輪を常に、左手の人差し指につけておいでです。
サンスに会う時、指を怪我してなどと左手の人差し指に包帯を巻いていましたが、その包帯が一瞬緩んだのです。
そこから覗いて見えた指輪は、間違い無くゴルタール公爵様が常に身に付けられていたあの指輪で間違いありませんでした。
あの指輪は公爵家に伝わる特別な物で、一瞬でも肌から離せば、公爵家当主の資格を失うのだと、以前そう話していらっしゃったのを私は覚えていますわ」
へぇ?そんな物が?
チラッとエリオットを見ると、私にしか分からないくらいに微かに頷いた。
よし、ビンゴッ!
パトリシアが言っているのはゴルタールで間違いない。
半ば諦めかけていたゴルタールの尻尾が、こんな意外な形で掴めるとは。
やはり日頃から正直に生きている私のお陰だなっ!
お天道様はちゃぁんと見て下さっているってこった。
「なるほどね、とても有益な情報をどうもありがとう」
ニッコリと優美に微笑むエリオットに、パトリシアはまたボゥっと頬を染めている。
いや、そこの色ボケ熟女。
お前には他にも聞きたい事があるんだが?
「ところで、貴女の言っていた、姐さまって方は、今は何処にいらっしゃるの?」
私の問いに、パトリシアはぶわっと冷や汗を流した。
な、なんなの、急に。
「あ、姐さまは亡くなりましたの。
病で………という事になっていますが、皆知っていたわ、あの方に殺されたのだと……。
亡くなる前、姐さまはこう言っていたから。
『あの方の子供を身籠ったわ』と……。
それを理由に、妾の地位をあの方にねだりでもしたのでしょうね。
バカな事を………。
あの方が本気で私達娼婦を相手になどする筈が無いのに。
トップに君臨していた姐さまでも、そんな愚かな間違いを犯すのだから」
ハァッと溜息を吐くパトリシアに、私はへぇ?と片眉を上げた。
「だから貴女はサンスを育てる事にしたのね。
自分を害さない貴族令息に。
どうして格式あるバルリング子爵家の令息を狙ったの?
新興貴族の方が、もっと楽に手に入ったんじゃない?」
まぁ、ただの素朴な疑問だったのだが、パトリシアは途端にその顔を醜く歪めた。
「新興貴族など、平民上がりの紛いものじゃないの。
しかも殆どが一代限り。
そうならない為にあくせく実績を積み、次に何とか繋げようと必死に働き続けなきゃいけない。
そんなのは御免だわ。
私は貴族になりたいのよ。それも本物の貴族にね。
格式と伝統、貴方達が偉そうに人を見下す根拠であるそれが、私は欲しいの。
その為にサンスを手懐けたと言うのに、あの男、限度ってものを知らないんだからっ!
あの男の放蕩のお陰で、バルリング子爵家は失くなってしまった。
でも代わりに、エクルース伯爵家が手に入るチャンスが巡ってきた。
あの男も少しは役に立つと思っていたのに、こんな事になるだなんてっ!」
ワッと牢の床に泣き伏すパトリシアに、はぁ〜やれやれと、私は頭を振った。
「貴女の子飼いの情夫がエクルース家に婿入りするからって、何で貴女が貴族の仲間入り出来ると思ったのかしら。
ただの入婿とその愛人が、どうやってエクルース家を手に入れると言うの?
エクルース家の血もひいていないのに」
呆れた様子の私に、パトリシアはハッと鼻で笑った。
「血なんて関係ないわ。
あの人と婚姻関係にあった女が死んだんだから、後のものは全てサンスのものよ。
今は正式なエクルース伯爵では無いけれど、あの小汚い小娘を誰がエクルース伯爵だと認めるのよ。
結局、エクルース伯爵にはサンスがなるしかないの。
他に誰もいないもの」
私を小馬鹿にするようなその物言いに、エリオットの鉄壁の微笑みにピシッと亀裂が入る音がした。
「ではそれを、だれが承認すると?
エクルース家のような由緒正しい伯爵位であれば、王家と貴族院の承認が必要になりますけれど?
貴女方では絶対に承認されませんわよ?」
小馬鹿にされたらキッチリ小馬鹿にして返す。
いや、馬鹿にして返す。
ハッと思いっ切り鼻で笑ってやると、パトリシアはうぐぐっと言葉に詰まりながらも、尚もしぶとく言い返してきた。
「承認など、必要ないわっ!
私達がエクルース伯爵とその夫人、それに令嬢なのよっ!
あの醜い娘では、絶対にエクルース伯爵は名乗れないっ!
そうなるように、徹底的にあの小娘を地に落としてやったんだからっ!」
はは〜〜〜ん。
この女ぁ………。
テレーゼ嬢を貶めていたのは、そんな理由もあったのか……。
誰一人、下劣でない人間がいないなど、逆にお前らスゲーわ。
容赦してやる必要がなくて、楽だわ〜〜ホント。
「承認が必要無いと仰るなら、それでは貴女方はただのサンスとその所帯、ってとこかしら?
ああ、まだサンスは再婚を認められていないし、フランシーヌも実子と届け出る事もできないから、やっぱり、サンスとその愛人とその娘ね。
あらあら、立派な肩書きだ事。
良かったですわね、ただのサンスの愛人さん?」
思いっ切り嫌味っぽくニヤリと笑ってやると、パトリシアはその顔をカッと赤くして、憎々しげに私を睨んできた。
ヘイヘイ、そんだけかい?
そんなもん、痛くも痒くもないぜ、こちとら。
「私はエクルース伯爵夫人よっ!
それに娘はエクルース伯爵令嬢っ!
あの子が後を継げば、黙っていても凄い縁談が降ってくるっ!
それこそ、王家からも話があがるでしょうねっ!
そうなったら、貴女みたいな女っ、うちの娘の足元にも及ばないんだからっ!」
ウガーーーッと吠えるパトリシアに、私はついニヤニヤと笑いが止まらなくなった。
「貴女の娘が後を継ぐ?魔力も無いのに?
エクルース家は優秀な魔道士を輩出する名門なのよ。
当然当主たる人間には、他を凌駕する魔力量が求められるのだけど、どうなさるおつもり?」
私の嫌味な笑いに、だがしかしパトリシアはパァッとその顔を輝かせた。
「それならやっぱり、サンスがエクルース伯爵で間違いないわっ!
あの小娘には大した魔力がないもの。
生活魔法でさえ、ちょっと使わせたら直ぐにへばって、まったく使えないったらなかったわ。
それに比べてサンスは凄い魔力量なのよ。
属性もあって、土魔法が使えるのだからっ!
フランシーヌは魔力の高い男と結婚すれば良いっ!
ほら、やっぱり、私達が正統なるエクルース伯爵家なのよっ!」
パトリシアの言葉に、私はピクリと眉を動かした。
サンスに騙されて身に付けさせられていた、あの違法魔道具のお陰で、魔力を吸い取られ、命まで危ぶまれていたテレーゼ嬢に、生活魔法を使わせていた、だと………。
この女ぁ………。
黙って聞いてればふざけた事ぬかしやがって。
サンスの魔力がエクルース伯爵を名乗れる程高いだと?
あの、吹けば消えそうな魔力量がかっ⁉︎
流石にビキビキビキィと青筋を立てる私を、エリオットが咄嗟に背中に隠して、ニッコリとパトリシアに笑いかけた。
「ありがとう、君達の事は出来る限り配慮させてもらうよ、それじゃ」
ズルズルと私を引き摺りながら撤収する間際、エリオットはサンスの牢の前で足を止めた。
「遮断解除」
遮断魔法を解除してやると、サンスはブツブツと独り言を言いながら、完全に自分の世界に入り込んでいる。
「……いや、あの女は、確かに私に惚れていた……だから私を婿に望んだのだ……間違いない……私は、私は何一つ間違っていない……この私に、不当な扱いを続けた、あの女が全て悪いんだ………」
懲りんなぁ。
自己修復中のサンスの呟きに、呆れを通り越して狂気すら感じる。
「忙しいところ、すまないが、邸に結界を張っているあの魔道具の解除方法を教えてくれないかな?」
そんなサンスの様子など、一向に意に解さないエリオットの問い掛けに、サンスは鬱陶しそうに早口で答えた。
「スキルを持っている人間が触れれば解除されるから、そういった人間を絶対に近付かせるなと言っていた。それしか知らん」
「どうもありがとう」
エリオットの礼が聞こえているのかいないのか、サンスはまた直ぐに自己修復作業に戻っていった。
まったく、しぶとい奴らだ。
「さて、これでサンス達、少なくともパトリシアは処分出来なくなったね。
流刑地に島流しした上に監視と証人保護ってとこが妥当かな?」
地下牢から出ると、エリオットは申し訳なさそうにそう言った。
何だよ、随分考慮してやるんだな。
納得のいかない顔で、チッと舌打ちする私の頭を、ポンポンと撫でながら、エリオットはフッと軽く笑った。
「さて、その辺で陛下と宰相と打ち合わせてこよう。
あと、ノワールくんも説得しないとねぇ」
トホホと情けない顔をするエリオットの腕を、バンバンと叩いて気合いをいれてやる。
「もう、何とかするしかないわよっ!」
アハハハハハーーッと乾いた笑い声を上げるが、もちろんそれはただの空笑いだった………。




