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EP.146



さて、私に女心が無事実装されたのかはさておき、今日からいよいよサンス達への本格的な尋問が始められる。


エリオットの部下によって聞き取りなどは済んではいるが、やはりエリオット(の便利なスキル)が必要な部分は大きい。


今日の尋問にはエリオットと私、それからノワールが向かう事になった。


まぁ、やはりノワールは知りたい事が多いだろうが、フランシーヌの行方が分からない今、そうそうテレーゼ嬢の側を離れる事も出来ない。

今日は騎士団が非番のジャンにテレーゼ嬢を任せてきているので、丁度都合が良かったのだ。



薄暗い王宮の地下牢に向かい、ゆっくりと階段を降りて行く。

ここに来るのは、フィーネのあの一件以来だった。




地下牢に繋がれたサンスと愛人は、報告通り健康状態に問題はなさそうだった。

エリオットの顔を見た途端、サンスがガチャンッと音を立て格子に飛び付き、荒げた声を上げる。


「殿下っ!これはどういう事ですかっ!

私を誰だとお思いかっ!

私はエクルース伯爵家の人間ですぞっ!

その私にこんな扱いをして、例え王家と言えど、到底許される事では無いとお分かりになった上での行いでしょうなっ!

私は断固として、異議を唱えますぞっ!

然るべき所に訴え、必ずやっ……」


「よし、サンス殿、ちょっと楽しくなろうか?」


サンスの話を途中で遮り、エリオットがパチンッと指を鳴らすと、急にサンスはヘラヘラと楽しそうに笑い出した。


「やぁ、サンス殿、ご機嫌はいかがかな?」


エリオットの問いに、サンスは大口を開けて笑い出した。


「アーハッハッハッハッ!それはもうっ、最高の気分ですなっ!」


非常にご機嫌な様子のサンスに、私とノワールはギョッとする。


「ちょっとアンタ、何したの?」


若干引きつつエリオットにそう聞くと、バチンとウィンクを返されてしまった。


ちょっ、危ないっ!

ウィンクスターが直撃するとこだった!

バッちぃ。


私はエリオットのウィンクにより飛んできた星(古典的幻覚)をパシッと手ではたき落とすと、今そんなのいいから、とギッと睨み返した。


「サンスの脳にドーパミンの分泌を促しただけだよ。

彼は今、アルコールを気持ち良く摂取した時と同じ状態になっているんだ。

勿論、スキルを解除した後もしっかり記憶は残っているから、後でしらばっくれても虚偽判定魔法にかければ一発だから、安心して」


またもやバチンッとウィンクするエリオットから飛んできたウィンクスターをはたき落とし(2回目)私はう〜んと首を捻った。


「それって、証言としてどうなの?

公的に認められるかしら?」


私の心配事に、ノワールがニッコリと微笑んで答えた。


「軍や騎士団には自白剤の使用が認められているくらいだからね、これもある意味それと同じと認めてもらえるさ」


そう言ってニッゴリと黒く微笑むノワールに、私はあっ、はい。と素直に頷いた。


認めさせるんですね、ニッゴリと。

分かります。



「サンスはどうやら隠し持っていた酒を飲み過ぎたようだね」


そう言ってエリオットが牢の中を指差すと、いつの間にかそこに酒瓶がゴロゴロと転がっていた。



………いや、あのニースさんの目を掻い潜り、そんなもん持ち込める奴なんかいねーよ………。


あっ、いたかぁ、ここに。テヘペロ。


面倒臭くなった私は、全力でエリオットとノワールに乗っかる事にした。




「あなた、一体どうなさったのっ⁉︎」


隣の牢からサンスの愛人の不安そうな声が聞こえてきた。


「遮断」


私は咄嗟に愛人の牢を遮断魔法で隔離する。

これでこちらの音もあちらの音もお互いに聞こえなくなった。




「さてさて、サンス殿、貴殿は一体どんな罪を犯して牢に入れられたのか、理解出来ているかな?」


ニッコニコと笑うエリオットに、サンスは顔の前でアホらしいとばかりに手を振った。


「あの小娘をオークションにかけた事ですかな?

まさかそんなものが罪になる訳が無い。

子供は親の所有物、オークションにかけて金に変えるのも親の自由なんですよ。

そもそもあんな出来損ない、今まで食わしてきてやっただけでも感謝してほしいくらいですな」


ガッハッハッと笑うサンスに、ノワールがビキィッとそのこめかみに青筋を立てた。


おぉぅっ、笑顔なのがなお怖いよぉ〜〜。



一方エリオットは、そのヘラヘラとした笑いを崩さず、平気でサンスに話し掛ける。


「なるほど、では、テレーゼ・エクルース次期伯爵をオークションにかけた事を認めるんだね?」


明るい口調のエリオットに釣られるように、サンスはケラケラと笑った。


「次期伯爵だなどとっ、あの小娘はただのテレーゼ・エクルース。

そんな大それた存在では無いのですよ。

何故なら、私が真のエクルース伯爵だからですっ!

子は親の所有物、ならばあの小娘の持っているものは全て、私の物だっ!

私こそがエクルース伯爵なのですよっ!」


アーハッハッハッハッと狂ったように笑うサンスを、エリオットが笑った目の奥で蔑むように見つめていた。


側から見ただけでは分からないだろうが、それなりに付き合いが長いと伝わってくるものだ。

エリオットが今、このヘラヘラ笑いの下で非常に怒りを感じている事を。


コイツが怒る事など殆どないので、サンスは改めて大したもんだと感心してしまう。


「なるほど、では貴殿はテレーゼ嬢からエクルース伯爵の位まで強奪し、邸の中に閉じ込め続けたのだな?」


表面上は明るく笑うエリオットに、サンスは気分が良さそうに頷いた。


「そうですともっ!外であの小娘に、一家の家長である父を差し置いて、自分がエクルース伯爵かのように振る舞われてはかないませんからな。

でしゃばる前に邸に閉じ込めてやりましたよ。

それに、あの女そっくりのあの姿。

あんな者に贅沢をさせてやるのも気に食わない。

妻の言う通り、あの小娘には邸の事をやらせて、余計な事は考えられないようにこき使ってやりました。

生意気なあの顔がどんどんとやつれていく様は実に愉快でしたなっ!」


アッハッハッハ、アッハッハッハと笑い続けるサンスを思わず消し炭にしてしまいそうになって、いかんいかんと私は深く深呼吸を繰り返した。


そして恐る恐るノワールを覗き見てみる。

さっきから妙に静かだが、怒りでおかしくなったか?


だが意外にも、ノワールは冷静にサンスをジッと見つめていた。

そして、静かに口を開く。


「お前の言っている〝あの女〟とは、セレンスティア・エクルース前伯爵の事か?」


淡々としたノワールの問いに、サンスは途端にその顔を歪め、頷いた。


「だとしたら、何故そうも前伯爵を憎む。

破産し王家に爵位を返上し、本当なら平民となる筈のお前を婿に取り、エクルースの家門に加え、お前の散財を咎めもせず、好き勝手を許していた前伯爵は、お前のような人間には理想的では無かったか?」


確かに、ノワールの持つ疑問は誰もが感じていた事だ。

まぁ、私には薄々分かってはいるが……。


ノワールの問いに、サンスはキッとこちらを睨み付けると唾が飛んでくる勢いで怒鳴り始めた。


うわっ、バッちぃ、結界張っとこ。



「あの女はっ!本来私に譲る筈だった爵位を自分が受け継ぎ、私を唯のエクルース伯爵夫君に留めたのだっ!

女のくせに生意気なっ!男を立てる事を知らん愚か者めっ!

私が好き勝手に伯爵家の金を使うのは当然の事だろうっ!

元々、全て私の物だったのだからっ!」


サンスの主張に、ノワールは理解が追いつかないのか目を丸くしている。


やれやれ、女だ男だと………。

全く高位貴族の継承権問題からは的が外れている。



「って、隣のあの愛人に囁き続けられたのね?」


私の言葉に、サンスは目を見開き、呆気に取られたような顔をしている。


「一家の家長は男である貴方が為るべき。

女子供は家長である貴方の言う事を黙って聞くべきであり、本来なら伯爵位も貴方のもの。

嫁にも娘にも舐められてはいけない。

あの屋敷の物は全て貴方の物。

貴方が手に入れるのが当然の事。

とかって、囁かれたわね?」


私の言葉に、サンスは呆然として頷いた。


「そう。それって凄く庶民的で素敵な考えね。

とてもでは無いけど、ノーブルな考えとは言えないわ。

私達、高位貴族には考え付かない面白い意見だもの。

何しろ、私達は血脈と当主たる資質により継承権を得るのだから。

サンス、貴方がもしも元々エクルース家門の人間なら、血脈の点では問題は無かったでしょうけど、貴方、外婿じゃない?

その時点で継承権なんて無いに等しいのよ?

それを、何でしたっけ?男だから、家長?でしたっけ?

随分斬新で個性的な考えだわ。

高位貴族にはそんな考え、出来る人間いないでしょうね。

ああ、そうだわ。確かそれって平民の考え方よね。

貴方の考えって平民と同じだったのね。

だから私達とはこんなにもかけ離れてらっしゃるのね」


これ見よがしに、扇子の奥でクスクスと笑ってやると、サンスは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。


どうやらもう、ドーパミンも意味が無くなってしまったらしい。

これ見よがしなバカ笑いを聞かなくて済んで、ホッとした。



「さて、やっと自分のやった事を理解したかい?

君は自分を伯爵だと思い込んでいたようだが、その実やっていた事は平民と変わらなかったと言う事だ。

元々は子爵令息としてそれなりの教養もあった筈なのにね。

ところで、君が隣の牢の女と懇意になったのは、いつ頃かな?」


ニコニコと笑うエリオットとは対照的に、真っ青になったサンスは震える声で答えた。


「私が15、パトリシアが20の時に出会った。

元々は、パトリシアはバルリング子爵夫人になる予定だった……。

フランシーヌも産まれ、当然そうなる筈だったのに、父上が破産宣告だなどと……更に爵位の返上など、馬鹿げた事をっ!

しかし、あの女との婚姻の話が持ち上がり、パトリシアが言ったのだ。

エクルース伯爵を継承した後、あの女を追い出せば良いと。

そうすれば、子爵家よりも良い暮らしが出来ると……」


ほうほう、なるほど。

つまり愛人のパトリシアさん(名前あったんだっ⁉︎)の言う事には?


平民から子爵夫人にクラスチェンジ失敗っ!

でも情夫が伯爵家に婿入りチャンスッ!

よっしゃ、上手いこと伯爵家を私達で乗っ取り、伯爵夫人の座をゲットだぜっ!


って事ですね、ちょっと何言ってるのか分からない。


浅はかぁっ!

体中の力が抜けそうになるくらい、浅はかぁ……っ!


そんな事あり得ないから。

王家並びに王侯貴族、更に筆頭貴族が許さないから。


子爵夫人くらいならいけたかもしれないけど、とはいえバルリング子爵は由緒正しい貴族家門だったから、うん、やっぱり無理。

何をどう頑張ろうと、子供を産もうと無理なもんは無理。

フランシーヌをバルリング子爵令嬢にはしてやれたかもしれないけど、ついでに自分も貴族に仲間入り〜は無理。


新興貴族の男爵家、子爵家辺りを狙えば良かったのに。

15歳から目を付けて、虚楽や散財を身につけさせ、せっかく自分の傀儡に育て上げたのにね、ご苦労さん。


いくら謀をしたところで、平民の考え方のままではそりゃ無理だ。

貴族相手の高級娼館にいたなら、もう少し貴族の内情を勉強するべきだったな。

そこんとこ上手いことやって、狙うべきを間違わずに平民から貴族にクラスチェンジしたお仲間もいた筈だが、何をどう勘違いしていたのか。

最初から狙う相手が悪すぎる。


簡単明快に、魔力を持たない貴族を狙えば、それが分かりやすく新興貴族の目安なのになぁ。



「それで?セレン様の夫君として大人しく収まっていられなかった理由は本当にそれでお終い?」


愛人に睦言を囁かれたくらいで、恐れ多くもこの国の英雄の1人であるセレン様を〝あの女〟呼ばわりするとは思えない。

まだ何かあるのでは無いかと訝しむ私に、サンスは顔をドス黒く染め上げた。


「あの女はっ、自分から私を求めておいて、私の存在を軽んじたのだっ!

どうしてもと、あの女が私を恋い慕うから、仕方なく婚姻してやったと言うのにっ!

まるで私の存在を無いもののように扱いおったっ!

娘が生まれるとそれはますます酷くなり、終いには、私の存在そのものを忘れたかのような態度を取り続けたのだっ!

忌々しい、あのパールブラックの瞳で、映すのは娘の事ばかり。

私には笑いかけた事など一度も無いのに、娘の前では笑い声を上げて笑っていた。

あの女は私に、他に女と娘がいる事を知っていて、それでわざと当て付けるように、そうやって私の気を引こうとしていたのだっ!

浅はかで愚かな女よ。

素直に可愛げを出せば、もっと可愛がってやったものを」


憎々しげに、そう一気に喋るサンスに、私達は同時にデッカい溜息を吐いた。



「いや、サンス殿、貴殿は憐れな勘違いをしている………」


大変言いにくそうなエリオットに変わり、ノワールがズバッと真実を口にした。


「セレンスティア様には予知の能力があり、お前との間にしかテレーゼが産まれないから、お前を仕方なく婿に選んだんだ。

お前自身を望んだのではなく、最初から目的はテレーゼを産む事。

そこにお前への感情など無い。

つまり、テレーゼが生まれた後は、お前は完全なる用済みであり、セレンスティア様が気に留めるような存在では無かった、と言う事だ」


オブラァァァァァァァトォォォォォッ!

包んでっ!

ちゃんと包んでっ!

何かもぅ、それじゃあ、セレン様が極悪非道過ぎないっ⁉︎

言い方悪いっ!

外聞気にしてっ!


ドス黒かった顔を、今や土気色に変えて、呆然とコチラを見ているサンスから、私はそっと目を逸らした………。

いや、ごめん。

私のこの態度も、ノワールの言葉をめっちゃ肯定してるよね。

うん、正直否定する要素がないんだわ、すまん。



しかし、サンスはセレン様に恐れ多くも惚れてたって事だったんだな。

そりゃ、逆玉の輿だし、周りの反対を押し切ってでも望まれれば、誰でも勘違いするのは分かる、うん。


ただ、その後のセレン様の態度を見れば、政略結婚では無いにしろ、色恋では無い他の理由があったのだと気付けた筈だが。

自分は他所に既に愛人と娘のいる分際で、更にセレン様の愛情まで望むとは……。

浅ましく欲の深い男だ。


エクルース家に加えてもらった上に、伯爵の夫君という立場まで与えられておいて、貴族社会では当たり前の愛の無い結婚に不満を抱き、あまつさえ実の娘であり、次期当主であるテレーゼ嬢にまで醜く嫉妬するとは。


サンスという男は、15で愛人と出会い、お貴族様、子爵令息様と持て囃され、家の金で虚楽に耽り、子爵家を落ちぶれさせ、運良く伯爵夫君に収まっても更に増長を続け……。

目も当てられない数々の罪を犯した。


それは、セレン様に惚れ、その愛を得られなかった為にますます愛人にのめり込んでいった時点で、決まっていた運命のようなものだったのかもしれない。


愛は得られずとも、テレーゼ嬢の父と母として、セレン様と手を取り合い協力し合う道もあっただろうに。


欲深く、傲慢な男の末路などどうでも良いが、あのテレーゼ嬢はこの男の下でしか産まれなかったと思うと、複雑な気持ちにもなる。



私でさえそうなのだから、セレン様はどんな気持ちでいたのだろう。

今は亡き、英雄の心の内は、誰にも計り知れない事だが…………。









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