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EP.145



「リア、あのね、ニーナがリアに執着するのは………」


暖かいエリオットの胸の中から顔を上向かせ、私はその言葉を一言も聞き逃さまいと耳を澄ませた。


「リアを完全に自分のものにすれば、失くしたものを取り戻せると思い込んでいるからだよ」


思いもよらないエリオットの言葉に、私は何も言えずただその顔を見つめていた。


「彼女は自分の罪により奪われた物を取り戻すには、リアが必要だと思い込んでいる。

だからここまで君に執着するんだ。

前世で2人が巡り合った事は、本当はニーナが変わるチャンスだったのかもしれない。

だけどやはり彼女は何も変わらなかった。

変わろうともしなかった。

そして、探し求めている物を奪われた時同様の罪を犯した。

リア、彼女は既に輪廻の輪から外れた魂だ。

それは人である事を放棄したと言ってもいい。

彼女をもう、同じ人だと思う必要は無い。

このまま彼女は堕ちるところまで堕ちるだろう。

そして最後は師匠が全てを片付けてくれるよ。

だからあまり彼女を恐れる必要は無いんだ。

不変のまま時を過ごしてきた彼女より、必死にもがき苦しみ一つ一つ乗り越えてきた君の方が、ずっと強いのだから」


諭すようにゆっくりとそう伝えてくれるエリオットの暖かい瞳に、急に心が軽くなっていくのを感じた。

私は本当に、もう1人でシャカシャカに対峙する必要は無いんだ。

誰よりも心強い師匠がシャカシャカを何とかしてくれるなら、もう何の心配もいらない。

それに私には皆がいる。

シャカシャカが何かを仕掛けてこようと、皆と力を合わせれば必ず退けられる。


前世では奴に無関心でいる事しか対抗策が無かった。

でも今は違う。

シャカシャカがこちらを傷つけようとしてくるなら、全力で対抗してやる。


もう、負けるつもりは微塵も無い。


私はエリオットの服をギュッと掴み、改めて自分の心を強く持とうと誓った。


シャカシャカが絡んでくる度に揺らぐこの心。

でももう、それでは本当に駄目なんだ。

きっとこの先も、ノワールとテレーゼ嬢のような事をシャカシャカは仕出かすに違いない。

それでもその度、自分を責めて気弱になっていては、それこそ相手の思う壺じゃないか。

奴にやられた事を嘆くんじゃなく、どんな些細な事にもアンテナを張り巡らせ、いち早く行動する事。

それが私に、私達に出来る事だと信じて突き進むしかない。



エリオットの胸の中でゆっくりと深呼吸していると、だんだんと頭がクリアになってきた。

シャカシャカがテレーゼ嬢を陥れようとしていた事に気付いた時は、私がこの世界に奴を招き入れてしまったような気がして、申し訳無くてたまらなかった。

まるで、前世の希乃の時のように、また長い苦しみに叩き落とされそうな感覚がしてゾッとした………。


だけど、こんなに早く気をもち直せたのは、皆の、仲間のお陰だ。

……それから、悔しいけど、今私を抱きしめてくれているエリオット。

の、お陰………。


急に何だか気恥ずかしくなって、おずおずとエリオットを見上げると、そこには分かりやすく鼻の下を伸ばしているエリオットの顔が……。


顔面セクハラの容疑で牢にぶち込んでやろうか?このヤロー………。



「もういいから、離してくんない?」


スンッと表情が無に戻った私を、エリオットは更にギュウ〜ッと抱きしめて、ブンブンと頭を激しく振った。


「やだもんっ!」


久々に出たわねっ!クレモンッ!(クレイジーモンスター)


このセクハラの権化めっ!

主に私に、いや私のみを狙ってセクハラをかましてくる大変厄介なモンスターと化したエリオットを振り払うのには骨が折れるんだよなぁ。


私はギュウギュウ抱きしめられながら、密かに小さな溜息を吐いた。


もうこうなったら、奴の気が済むまで放っておくしか無い。

拗ねると更に面倒だからな。


諦めの境地に達した私は、エリオットの胸の中で確認するべき事をキチンと詰めておこうと、ギラリとエリオットを見上げ、ボソッとした口調で聞いた。


「それにしても、アンタやっぱり色々と詳し過ぎるわよね?

私達の前世の事まで把握しているなんて。

その様子だと、キティの事もとっくに知っているみたいだし。

アンタ一体何者?アンタにも前世の記憶があるの?

シャカシャカとはどういう関係?」


前々から気にはなっていたのだ。

エリオットからは端々にそんな雰囲気を感じていた。

そして、さっきのシャカシャカについて、妙に詳しいところもおかしい。


まるで、シャカシャカの長い長い輪廻を全て見続けてきたような口振りだった。


私の追求に、エリオットはふふっと笑って私を抱きしめる腕の力を緩めた。


そして私の手を取り、また王宮の廊下をゆっくりと歩き始める。



「そうだね、まず、僕には前世というものは無いよ。

今は、そういう存在だったとしか説明のしようが無いかな。

それから、ニーナについては直接何か関係があった訳じゃない。

ただ僕は、彼女の罪を見て、彼女が大事なものを奪われる瞬間を見ていた。

ただそれだけなんだ。

………だけどね、リア。

君は別だよ。

君が僕を人間にしてくれたんだ。

今こうして君の隣を歩けているのは、全て君のお陰なんだよ、リア」


愛おしそうに見つめられて、一瞬息が詰まりそうになった。


やはり詳しい話をするつもりは無いのか、意味不明な事を言っただけで、エリオットはただ穏やかに微笑んでいる。



「……いや、意味分からん。

知ってる事があるなら、全部吐き出しなさいよ」


あ゛んっ!ゴルァッ!と下から睨みつけてやると、エリオットは誤魔化すようにふふっと笑った。


「そうだな〜、全てを話す事はまだ出来ないけど、僕が人になれたのは、君から貰った身を切るような深い悲しみのお陰なんだよ。

あんな感情を知ってしまっては、もうリアから離れられない体になっちゃった。

だから、ね?僕はこれからもずっとリアの側にいるよ。

だから諦めて早く僕のお嫁においで」


アハハーっと爽やかに笑うエリオット。

何が〝だから〟なのかは全く理解出来ないが、私がエリオットに深い悲しみとやらを与えてしまったらしい、という事は理解出来た。


「私、前世でアンタを傷付けるような事をしたの?」


真っ直ぐにエリオットの瞳を見つめて問うと、エリオットは困ったように眉を下げた。


「まさか、リアは僕を傷付けたりしないよ。

僕はね、リアと一緒にいられてとても幸福だったんだ。

そんな感情も、それまではハッキリと認識出来なかった。

でもね、リアに出会って気付いたんだ。

ああ、僕は今までも何度もこんな感情を感じた事があるな、アレがそうだったんだって。

そして、別離の哀しみもね。

それまでも何度も繰り返されてきたあの人との別れの度に感じていたのは、これだったんだって、リアのお陰で気付けたんだよ。

だから僕は人として産まれてこれた。

全部、リアのお陰だね」


どこか遠く、過ぎ去った過去を懐かしむように、エリオットは目を細めた。

冬の日暮れは早く、宵闇に溶けてしまいそうな、その瞳の深い深い青が、フッと消えてしまうような錯覚に陥り、私はエリオットの手をギュッと強く握った。


「………アンタの言ってる事、全然分かんないんだけど」


エリオットを離したくないと一瞬でも思ってしまった事が何だか気恥ずかしくて、ぶっきらぼうにそう言うと、エリオットは申し訳なさそうな表情で、私の顔を覗き込んできた。


「いつかリアには全てを話すよ、約束する」


その一点の曇りもない真っ直ぐな瞳に、私は少し頬を染めて頷いた。


「約束、だからね?」


少し俯いて確認すると、今度はエリオットが穏やかに微笑みながら頷き返した。



煙に巻かれたような不可思議な話でも、エリオットであれば何故か不思議に感じない。



………まぁ今でも、本当に人なのかと常に疑っているので………。

今更と言えば今更だからかもしれない。


多分前世では、空気中に浮遊する何か変な、とはいえ害の無い物質だが何かだったに違いない。

端的に言えば、埃とかね。

そんな感じね。

エリオットだしね。











それから、エリオットが王都中に張り巡らせた包囲網を解除してほどなくした頃、迷いの森の近くの廃屋で、サンスと愛人が発見された。


直ぐに捉えられ、王宮の地下牢に繋がれた2人は、薄汚れてはいたが健康状態に問題は無く、尋問も滞り無く行われる事に決定した。


たがしかし、ただ1人フランシーヌだけがまだ見つかっていなかった。


サンスに問い詰めると、何故かフランシーヌだけ先に解放され、何処にいるかは分からないらしい。



サンス達はやはり迷いの森の瘴気の奥に捕らえられていた。

森の奥の山小屋を与えられ、後は割と放置されていたらしい。

食糧などは定期的に届けられ、困りはしなかったが、山小屋から少しでも離れようものなら瘴気に障ってしまうので、逃げ出す事も出来なかったようだ。


そして、サンス達をそこに連れて行き捕らえた人物だが、常に長いローブを纏い顔を深く隠していた為、残念ながらサンス達はその顔を見ていなかった。


背格好は女のようだったと言っていたので、まぁ間違いなくシャカシャカなんだが。


そもそもあの瘴気の中を、3人の人間を連れて歩ける奴などシャカシャカ以外にはいない。

ってか、そうゴロゴロいてもらっては困るってもんだ。


私の予感が的中してしまい、正直複雑な気分ではあるが、何はともあれ、サンスと愛人をやっと捕らえる事が出来た。


あとはフランシーヌだけだが、そっちも必ず捕まえてやる。


ピリピリと神経を張り巡らせながら、私は若干苛立った声で呟いた。


「アイツ、なんでフランシーヌだけを先に解放したのかしら?」


ガジガジと爪を噛んでいると、またしてもエリオットにメッされてその手を取られてしまった。


フランシーヌのテレーゼ嬢への異様なまでの悪意。

アレにシャカシャカが気付かない訳がない。

シャカシャカの考えそうな事など、一つしかない。


面白そうだから。

これだけだ。


………だとしたら?



「フランシーヌをテレーゼ嬢にけしかける為ね」


ギリッと奥歯を噛むと、やはりエリオットにメッされてしまったが、鬱陶しいわっ!

私の爪がボロボロになろうと、奥歯が磨り減ろうと私の勝手だ、放っといてくれっ!



「つまりフランシーヌはテレーゼ嬢の前に現れる可能性が高いのだな?」


レオネルの問いに私が深く頷くと、直ぐさまレオネルが、今日はここに来ていないノワールに通信魔道具を飛ばした。


「これでノワールも今以上にテレーゼ嬢の身辺に警戒するだろう」


満足げなレオネルの言葉に、私は小さくえっ?と声を漏らした。


えっ?

今以上に?

今でさえ、ローズ侯爵邸から一歩も外に出さないのに?

おっと、ヤバイぞ?

次は部屋から一歩も出さないとか言い出さない?


えっ、ちょっ、それ監禁っ!

怖っ!

テレーゼ嬢どんだけ監禁されんのよっ!

いい加減にしなさいよ?


警戒するのは大事だが、あのノワールにこのままテレーゼ嬢を任せておくのも心配になってきた………。



「ねぇ、テレーゼ嬢の叙爵の準備は?」


不安げに問い掛ける私を、安心させるようにエリオットがニッコリと微笑んだ。


「準備万端だよ、いつでも叙爵出来る手筈は整っているから安心して。

母上とローズ夫人がそれはもう見事な礼服まで用意してるしね。

母上も早くテレーゼ嬢に会いたくて仕方ないみたい。

ツンデレ属性だから表には出さないけどね〜」


ヘラヘラ〜っと笑うエリオットだが、王妃様をよく知る私などはそんな笑えないのだが?


あの人、元は伯爵令嬢なのだが、とてもそうとは思えない程の貫禄があるんだよな〜〜。


式典などでは穏やかで口調なんかも優しくて、エリオットよりの雰囲気なのだが、素はクラウスくらい無表情で更に覇気が凄い。


何故か、生まれながらの王家の貫禄が身に付いているような人だ。


なんなら陛下なんかよりよっぽど王の貫禄がある。

人前では隠してるけどね。


そんな人を待たせている自覚がノワールにはたしてあるのかどうか………。


やっぱりアイツもうそろそろ、いい加減にしといた方がいいと思うの。

各方面からギリギリ雑巾絞りの刑に遭う前に。



「それじゃ、後はサンス達の尋問を終わらせて、とっととテレーゼ嬢の叙爵を終わらせちゃいましょう。

そしたら晴れてテレーゼ嬢はノワールから解放、自由の身になれるって事よね」


うんうんと頷く私の隣で、エリオットが深い溜息を吐いた。


なんだよ、その、ああ、呆れた、みたいなリアクションは。

何か馬鹿にされたのくらい私でも分かるぞ?


「リアは本当に、女心を理解していないね。

テレーゼ嬢は無理やりノワール君に囚われている訳じゃないよ?

彼女が望んでノワール君の側にいるんだよ?」


呆れた口調のエリオットに、私はムゥっと唇を尖らせた。


「そんなの、テレーゼ嬢にしか分からないじゃない。

肝心の本人にも全然会えないし」


拗ねた口調でそう言うと、エリオットは尖らせた私の唇をチョンと人差し指で突つき、ふふっと笑った。


「テレーゼ嬢が体調を回復させているのがその証拠さ。

マリサの報告では、日に日に花が咲き綻ぶように美しくなっていっているそうだよ。

無理やり囚われている状態なら、そうはならないさ。

どんなに十分な食事や生活を与えられても、心が疲弊していけば、体にも影響が出る。

テレーゼ嬢は、ノワール君に囚われているなんて思っていないよ。

むしろ彼の側にいる事に幸せを感じているんだろうね。

だからこそ、心身共に安定しているのさ」


もっともなエリオットの話に、私は頬をパンパンに膨らませて、プイッとそっぽを向いた。


何故貴様に女心の何たるかをご教示願わなければならんのか。

デカ男に女心を諭される程、私の女心は腐っておらんわっ!


………んっ?

そもそも、装備してたっけ?

女心。


性別が女なら、標準装備だと思い込んでいたけど、そういや今まで使用した事ないわ、女心。


あれっ?

無いの?

私、女心実装されてないの?


えっ?

それで困った事が今まで一度も無かったから、気付かなかっただけ?


ちょっ、ヤバイッ!

今すぐオプションで付けてもらわなきゃっ!

女心っ!


どこ行ったら付けてもらえんのかな〜〜?


う〜んと首を捻る私を、エリオットが隣でクスクス笑いながら見ていた。


この、デカ田デカ男に女心を付けられるような、腕の良い整備士がいるのは確かだから、まぁ、私も何とかなるだろう。

どうせならちゃんとしたディーラーで純正品を付けてもらおうと、密かに決心した。



………しかし、後付けって出来るもんなの?

女心。








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