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EP.144



今回の一件にシャカシャカが絡んでいた可能性に気付いた瞬間、オークションの夜に抱いたあの違和感の正体にも同時に気付いた。


サンス達がテレーゼ嬢をオークションにかけると決めたのはその前日だった。

にも関わらず、ゴルタールはその事をいち早く察知してガーフィールドにテレーゼ嬢を落札するように指示していた事になる。


いくらゴルタールでも、そんな事が可能だったのだろうか?

それこそ、私達のように間者をあの邸に忍ばせているか、監視魔道具を仕込んで置かなければ無理だ。


間者が他に居たなら、エリクエリーが見逃す筈がないのでその線は消える。

では監視魔道具は?

勿論、これもエリクエリーが気付くのであり得ない。


だとしたら、テレーゼ嬢がオークションにかけられる事は最初から仕組まれていた事だったのではないか?


そこまで考えて、私は慎重に口を開いた。


「……ねぇ、例えば、ゴルタールがあのオークションを仕組んでいたとしたら?

テレーゼ嬢をサンス達が出品するように。

奴らはそう仕込んで後はただ待っていた……ってのは考え過ぎ?」


私の言葉にエリオットが、思案するように自分の顎を掴み、微かに首を傾けた。


「いや、あながち間違いじゃないかもしれないね。

実は僕も疑問に思っていた事があるんだ。

あのオークションは機密性が高く、尚且つ扱われる商品も全て違法な物だからその分値が張る。

超のつく裏高級サロンで、会員にしかその扉を開かない。

そもそも会員になる為にも高額な費用が必要になるんだよ。

勿論、その費用が払えたとしても、厳しい審査があり、やっと会員になれる。

そんな場所の会員証を、何故フランシーヌが持っていたのか。

確かにサンス達は以前から奴隷の売買をしていたけど、それはあのオークションで奴隷を買った人間に金を払い、一晩の慰み者やパーティの余興に使っていただけで、所有していた訳じゃない。

奴隷を所有し貸し出していた人間も、絶対にあの場所の存在を他人には漏らさなかっただろう。

そんな事をすれば、会員証を剥奪された上に、多額の違約金を払う事になるからね。

つまりフランシーヌがあのオークションの会員になったのはごく最近。

多分テレーゼ嬢を出品しようとサンス達に持ち掛けた日からそう離れていない頃だと思う。

では何故、誰がフランシーヌに、普通ではあり得ないその権利を与えたのか……?」


そこまで言って黙り込んだエリオットに代わり、レオネルが口を開く。


「つまりそれがゴルタールだったという訳ですね?

テレーゼ嬢に目を付けていたゴルタールが、サンス達がテレーゼ嬢をオークションに出品するように仕向けた」


そのレオネルの言葉に、エリオットは残念そうに軽く首を振った。


「そうなんだろうけど、少し違うかな。

だとしたら、ゴルタールはどうやってテレーゼ嬢の存在に気付き、彼女がサンス達にどんな扱いを受けているか知ったのか?

そもそもそれなら、エクルース家の邸に間者なり忍ばせておく筈だが、それならサンスにあの結界を張れる古代魔具を渡すとは思えない。

そんな物を使われては、折角忍び込ませた間者が邸から外に出られなくなるからね。

間違いなく、ゴルタールはつい最近までテレーゼ嬢の存在を知らなかった筈だよ」


エリオットの答えに、レオネルは納得したように頷いた。


私の中では、もうとっくに答えは出ていた。

感覚的な話だから、上手く説明出来るかは自信がないが。



「ニーナよ。テレーゼ嬢の事をゴルタールに教えたのも、フリードに使えると囁いたのも、ニーナで間違いないわ」


私の言葉に、ノワールがいち早く反応して、少し荒げた声を上げた。


「ニーナはどうやってテレーゼの事を知ったんだ?

それに、僕らだって見つけ出せなかったテレーゼを、一体いつから見つけていたと言うんだっ!」


ノワールが手をついていたエリオットの執務机の端が、バキッと音を立て、そこに亀裂が入る。


私は頭を抱えたい気分で、膝に肘をつき両手で口を覆った。


「それは分からないわ。ただ、以前にも言った通り、アイツは私の周りにいる人間を調べ尽くしているって事よ。

私もまさか、私の仲間であるノワールの、更にその想い人を狙ってくる所までは考えが至らなかったわ………ごめんなさい………」


心苦しさに思わず声が震える私に、ノワールはハッとしたように眉を下げて、緩く頭を振った。


「いや、僕こそごめん………。

シシリアが悪い訳じゃないのに……。

シシリア、どうか気に病まないで。

テレーゼを助け出せたのも、シシリアのお陰だよ?

君はちゃんと、あのニーナから僕達を救ってくれたじゃないか」


花が綻ぶようにそう微笑むノワールに、私はらしくもなく弱々しく笑い返すしか出来なかった。



「……なるほどな、この手でこられては、確かにシシリアが孤立していってもおかしくない。

シシリアの側にいる事で、自分のみならず大事な人間まで傷付くのかと恐れる者もいるだろう。

その逆で、そんな事に耐えられなくなったシシリアが人を遠ざけるようになるのも十分に考えられる。

執念深く前世から追いかけてきたくらいだ、今後もこのくらいの事は平気でやるだろうな」


その時、平気な顔でクラウスが淡々とそう言って、私はギュッと膝の上で服を掴んだ。


その私の様子をチラッと見ると、クラウスはやはりなんてない事のように続ける。


「だがしかし、奴がシシリアを孤立させようとノワールの想い人であるテレーゼ嬢を狙ってくれたお陰で、彼女はあの邸から連れ出され、ノワールによって助け出された。

こちらが思っていたより早く救出出来たお陰で、テレーゼ嬢は一命を取り留めたのだから、むしろこちらにとっては好都合だったと言えるんじゃないか?

今後も奴の仕掛けてくる罠を逆手に取れば、こちらの好機に変えられるという事が分かったじゃないか」


平気な顔でそう言うクラウスに、私はそれでもまだ罪悪感を拭えないまま、ボソッと呟いた。


「……また、キティが狙われたらどうするの?」


その私の怯えを鼻で笑い飛ばして、クラウスはニヤリと笑った。


「あの準魔族の時も、お前が何やかんや跳ね返していたじゃないか。

勿論、俺がキティに害をなそうとする人間を許す筈が無い。

が、俺がそんな人間を塵に滅する前に、何のかんのと動き回っては結局はお前が全てを守り切るだろう?

皆もそうだ。もしまた奴が、皆の大事な人間を狙えば、お前が皆と一緒に叩き潰す。

それだけの事だろう?」


クックッと笑うクラウスに、幼い頃、師匠の元で一緒に修行をしたあの頃のクラウスの姿が重なった。


そうだ、私は、もうアイツと1人で戦っているんじゃない。

幼い頃から一緒に研鑽を積んできた仲間がいるんだ。

討伐依頼の度に、お互いがお互いの背中を守ってきた、仲間が。


クラウスの言葉に、やっと顔を真っ直ぐに上げる事が出来た私に、キティが優しく微笑んだ。


「しゅ……ニーナさんはまだ、その事に気付いていないのよ。

シシリィの周りにいる人間を、自分の考える通りに傷付け、シシリィから遠ざけられると思っているんだわ。

だけど、前世のわた……シシリィの親友みたいに、どうやって遠ざけようとも出来ない相手だっている。

ニーナさんはその事を認めたくないだけ。

私達は彼女の思惑通りにシシリィを孤立させたりしないわ。

離れても行かないし、離れさせたりもしない。

どんな理由であれ、自分達の大事な人を傷付けられそうになれば、仲間と一緒に守りきるわ。

だから、シシリィももういい加減、彼女のする事が自分のせいだと、自分を責めるのはやめて。

何度も言ってるでしょ?

彼女のする事は全て彼女のせい。

それをシシリィのせいには出来ないんだって」


一瞬、そう言ったキティが、前世の希乃と重なった………。


………ありがとう、キティ……。

いつもいつも、私の心を救おうとそうやって寄り添ってくれるキティがいるから、前世でも私はギリギリのところで踏ん張れていられたんだ………。


……あと、ところどころ噛んでたどころか、前世の正体がバレそうになってたゾ、気を付けろ、マジで。




「全くクラウスの言う通りだね。

ニーナが絡んでいた事には、ここにいる誰も気付けなかった。

皆の落ち度さ、リアだけの問題じゃない。

それでもリアが今気付いてくれて、助かったよ。

サンス達の居場所の目処もついた。

正体不明の力を使うニーナなら、サンス達を攫うことなど容易い事だっただろうね。

思考が堂々巡りしている僕より、よっぽどリアの方が冴えてたね。

それにテレーゼ嬢についても、結局はニーナの思惑通りにはいかなかった。

それだって、リアがノワール君の為に動いたお陰じゃないか。

今回は良い勉強になったよ。

ニーナを侮ってはいけない、それと、ニーナの思惑は潰せる、ってね」


そう言って片目を瞑るエリオットに、私は思わず声を上げて笑った。



「そうだよ、シシリア。

僕がテレーゼの事になるとカッとなりやすいだけで、決してシシリアを責めている訳じゃ無いんだ。

そもそも責める理由なんて無いしね。

僕が責めたい相手はニーナ本人だよ。

勿論、サンス達もゴルタールもガーフィールドもただではおかない………。

必ず全員地獄に落とすつもりだから、当然シシリアも協力してくれるよね?」


ニッコリ黒薔薇を咲き乱れさせたノワールにそう言われ、私は引き攣った顔で何とか笑い返して返事を返した。


「……サー、…イェッサー……」



うん、コイツはヤルと言ったらヤル男だ。

クラウスもそうだが、ノワールにも目を付けられては、流石のシャカシャカも逃げきれないのではなかろうか………。


前世から得体の知れない分、見えない恐怖を感じさせるシャカシャカより、確実に目の前のノワールの方が恐ろしいのだと、私はやっと認識を改めた。


馬鹿だなぁ、私は。

何を怖がっていたんだろう。

コッチには魔王も鬼神もいるってのに………。(ガクブル)













「良かったねぇ、リア、頼もしい仲間ばかりで」


ニッコニッコと笑うエリオットに、目下その頼もしさが悩みの種なんですが?とは言えず、私は曖昧に笑い返した。


皆と分かれて、2人きりで王宮の廊下をゆっくりと歩いていると、エリオットは穏やかに微笑みながら私を見つめた。


「リアはニーナについて背負い込みすぎだよ。

確かに、前世で酷く傷付けられたんだから、仕方ないのかもしれないけどね。

でも、君の仲間達はそんなにヤワじゃない。

自分に降り掛かる火の粉くらい、自分で払えるさ。

それに、今回のように困ったら、皆が力を貸してくれるしね。

リアだってまるで自分の事のようにテレーゼ嬢を心配して、ノワール君に力を貸したじゃないか。

リアが困れば、ノワール君も皆も同じように力を貸してくれる。

ニーナに執拗に執着されて困ってる、皆、助けてって言えば良いだけの話だよ?

まぁ、リアがそんな事言わなくても、皆とっくにそのつもりだけどね」


ふふっと笑うエリオットに、私は何だかこそばゆい気分で頷いた。



「でもこれで、ニーナの狙ってくる人間のパターンが読めたわね。

ニーナは例え自分が傷付けられても折れない人間に対しては、その1番大切な人間を狙ってくる。

ただ、テレーゼ嬢に関しては、どうやってその存在を捉えたのか……。

ノワールとテレーゼ嬢が出逢ったのは6歳の時よ?

それから10歳の頃に離れ離れになってから、一度も会っていないのに。

それにノワールは、今回の事があるまで、誰にもテレーゼ嬢の名前を出した事がない。

なのに何でそれをニーナが知っていたのか……。

本当に、奴の力が分からないと今回みたいに対処が遅れてイライラするわ」


苛立ってガジガジと爪を噛む私の手を、エリオットがそっと取ってギュッと握った。


「ニーナの力が何であれ、大事なのは僕らがそれに屈しない強さを持ち続けるって事だよ。

何を知られていようと、掴まれようと、今回のテレーゼ嬢のように、前回のキティちゃんのように、僕らが守り切る強さを持ち続ける事。

ニーナはきっと、そんな僕らに勝てはしないよ。

それに、彼女がどう足掻こうと、最後には師匠の悲願の為の供物になる運命なんだから、本当にそう恐れる必要は無いんだよ」


サラッと残酷な事を言って退けるエリオットに、私は少し驚いて目を見開いた。

その私に、エリオットは憐れむように微かに微笑んだ。


「それはニーナ自身が選んだ運命なんだ。

僕が彼女から感じるものは、不変だよ。

何も変わろうとしない、長い長い輪廻の中で、ただただ不変であった。

それがニーナなんだ。

本当は不変な物なんて、何一つない筈なんだけどね。

人は足掻き、常に変わろうと努力する。

輪廻を繰り返す毎に、少しづつ少しづつね。

例えば、自分の殻を破ってクラウスの胸に飛び込んだキティちゃんや、辛く残酷な別れを乗り越えて真っ直ぐに歩こうとするリアみたいに。

だけど、ニーナは何もしないし、何も変わろうともしなかった。

長い長い輪廻の中で、ただの一度もね。

本当なら、変われるチャンスは何度もあった筈なんだ。

前世でリアと出逢った事もそう、ニーナには変化する最大のチャンスだった。

だけど変わらなかった、変わろうと努力する事さえ思い付かなかったんだろうね。

結局彼女は、長い長い時をただ不変であり続けたんだ」


まるで全てを見てきたかのようなエリオットのその口調に、私は少し声を震わせた。


「まるで全てを知っているみたいな口振りね」


不思議な空気が私達を包む。

エリオットが遠く、遥か遠くを見つめるように目を細めた。


「全てを知る事なんか出来ないけどね、そうだね、少しだけ、ほんの少しなら知っている事もあるかな?

例えば、ニーナがリアに執着する理由とか」


急に悪戯っぽく片目を瞑るエリオットに、私は驚愕を隠せずにその腕をギュッと握った。


「何っ⁈なんなの?アイツが私に執着する理由ってっ!」


ずっと知りたかったっ!

興味無い、知らないフリして、本当はずっと知りたいと思っていた。

それさえ知れば、アイツを振り払えるんじゃ無いかって、そんな希望に縋りたかったから。


そんな私を哀しそうに見つめて、エリオットはゆっくりと私の頭を優しく撫でた。


「可哀想なリア。あんなものに纏わりつかれて、ずっと辛かったね……。

安心して、僕が君に手出しなんてさせないから。

僕が守るよ、リア」


その瞳の中に、深く果てしない慈しみを感じて、私はまるで吸い込まれるように、ただただその瞳を見つめ返した。




「リア、あのね、ニーナがリアに執着するのは………」


吹き抜けの廊下に、一陣の風が舞い込んで、その冷たさから私を守るように、エリオットは私をその胸の中に抱きしめながら、そっと口を開いた。







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[一言] 魔王と鬼神にはきっとシャカシャカも敵わないはず…最恐コンビ恐いよ:(´◦ω◦`):ガクブル執着の理由ずっと気になってたので次回楽しみです。
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