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EP.142



あ〜〜〜やれやれ。

兎にも角にも、テレーゼ嬢は無事に救出できた。

後の事などもうこの際どうでもいい気分になってしまうが、そうもいかない。



呆然と座り込んだままのガーフィールドに、エリクが耳元で囁く。


『貴方の邸には既に内偵が入っていて、今までの不正行為の証拠は全て押さえましたよ』


エリクの言葉にガーフィールドが驚愕に目を見開いた後、青白い顔でその場に静かに崩れ落ちた。


ヨシヨシ、エリク上手だなぁ。

正確にはまだ踏み込んでもいないけどね、テヘペロ。


『ですが罪を認め、ゴルタールとの関係を洗いざらい話すのなら、貴方の罪をもっとも軽いものに出来ると、上の者が申しております。

どうしますか?証言なさいますか?』


エリクの言葉に飛び付くように、ガーフィールドはコクコクと何度も頷いた。


『では、コチラの書類にサインを、それからコチラにも』


物凄く自然な流れで、エリクはガーフィールドに証言宣誓書と売買契約書にサインをさせた。



よっしゃ〜〜〜〜っ!

その瞬間、私とジャンが同時にガッツポーズをとり、レオネルとミゲルが安堵の溜息を吐いた。


いやぁ、どうなる事かと思ったが、関門を無事にクリアしたっ!

これで後は、エリオットが上手い事サンスに売買契約書と見せかけた、テレーゼ嬢の後見人をローズ侯爵家に譲るという委任状にサインをさせるだけ。


えっ?不当な契約だって?

違うよ?

エリオットは一言も、売買契約書とか言わないもの。

ノワールの用意した5億ギルだって、ローズ公爵家からエクルース家への支援金だもの。

テレーゼ嬢を買い取る金だなんて、もちろん一言も誰も言ってないよ?


サンスが金に目が眩んで、勝手に誤解して勝手にサインするんだもん。

そもそも人身売買の方が違法なのに、そんなもんローズ侯爵家から持ちかける訳ないじゃん。

5億ギルだってエクルース家への支援金であって、サンス達の自由に出来る金じゃないよ?

そこから1ギルでも私的に使えば横領だからね?


まぁ、使う暇も与えず追い込むけどさぁ。


ガーフィールドが売買契約書にサインした時点で全ては詰みだったって事なんだよねぇ。


サンスは違法に人身売買を行なった。

しかも売っ払ったのはエクルース伯爵家の次期当主。

それを唯のエクルース次期伯爵父君と平民の愛人と娘が画策して実行した。

これで社交界はテレーゼ嬢の味方につく。

更に、サンスはテレーゼ嬢の後見人として不適合だと判断したローズ侯爵家が、素早くテレーゼ嬢を救出、保護。

後見人の交代を提案、サンスはその書類にサインして、後見人を退く。

サンス達に荒らされた邸等の修繕の為に、ローズ侯爵家から5億ギルの支援金が支払われた。


ただそれだけの話だも〜ん。

騙したとかじゃ無いから。

至極真っ当な成約だから。

うん、嵌めるとかじゃないからね、テヘペロ。


そもそも、オークション会場に乱入してテレーゼ嬢を救い出したノワールだって、テレーゼ嬢を落札するなんて一言も言っていない。


『5億ギルだっ!私が5億ギルで彼女を貰い受けるっ!』


って言っただけだから。


『5億ギルだっ!私が5億ギル(の支援金でエクルース家を立て直した上)で彼女を(婚約者として)貰い受けるっ!』


って言っただけだから。


それを勝手にオークショニアが勘違いをしただけなんだよなぁ。

プロ失格だね、彼。



やれやれ、綺麗に纏まったなぁ。

ノワールがちょっとフライングしちゃったけど、あんなものは仕方ない。

本当なら、サンスがテレーゼ嬢を邸の外に連れ出した時点で彼女を救い出したかったところを、むしろここまでノワールはよく頑張ったよ。


忍耐力で言えば、今回のノワールが過去一だったと思う。

エリオットの計画云々あったところで、レオネルやジャンだってこれが自分の事となれば、絶対に今回のノワール程耐えられないね。


そもそも、私が耐えられずに何度もこのオークション会場を消し炭にしてやろうかと頭によぎったもの。


その時、無表情で黙り込んでいたクラウスが、ボソリと呟いた。



「俺がここを塵に還す前に解決して良かったな」


いや、お前もかーーーいっ!

えっ、待って?

私この魔王と同じ思考してたの?

完全に考えていた事が一致しているのだが?


いや、無理無理無理っ!

魔王と思考が完全一致とかっ!

私は堕ちたくないっ!

堕ちたくなんかないんだぁっ!


あああーっと頭を抱えていると、ガチャリと扉が開いて、ヘラヘラしたエリオットが入ってきた。


唇の端が切れて、まだ血が滲んでいる。

ノワールに思いっ切り殴られてたもんなぁ、さっき。



「万事上手くいったよ。シシリアのお陰でガーフィールドに売買契約書にサインもさせられたからね。

今頃ニース率いる部下達がガーフィールドの邸宅の家宅捜査を行なっている頃だよ。

別邸や地方の別荘にも同時に踏み込んでいるから、沢山不正の証拠をゲットしてきてくれると思うよぉ」


やれやれといった感じで、疲れたようにエリオットはソファーに座り込んだ。


今回も憎まれ役を買って出たエリオットは、ヘラヘラ笑いながらもその横顔に疲労を滲ませている。


エリオットの計画は人を駒のように扱うものが多い。

結果的にはいつも綺麗に収まるから不満は起きないものの、途中の過程で人に憎まれる役を自らに課す。


そもそもそんな計画自体、王太子であるエリオットでなければ人に強要出来ないのだから、憎まれて当然なのだが。

それでも、エリオットが本当に人を駒のように見ていない事を、皆はちゃんと知っている。


複数スキル持ちのエリオットだからこそ、巻き込む人間をちゃんと守り切る自信があっての行動だからだ。


エリオットは本当に人を駒のように切り捨てたりしない、ノワールだってそこはちゃんと理解している筈だ。


とはいえ、惚れた女がオークションにかけられ、人々の好奇の目に晒され、更に下劣な男に猿轡まで噛まされ慰みものにされかけたのだから、パンチの一発くらいで済んでエリオットはラッキーだったと言う他ない。


ノワールがいち早くテレーゼ嬢を自分の邸に連れ帰り、労ってやりたいと思っていたから一発で済んだようなもんだ。



「無茶すんじゃないわよ」


ミゲルに治癒を施してもらっているエリオットにそう言うと、やはりヘラヘラと笑って片目を瞑る。


「覚悟はしてたさ。ガーフィールドがまさかテレーゼ嬢に猿轡まで噛ませるとは思っていなかったからね。

アレを見た瞬間、あー、これ五体満足で帰れないなぁって思ったもん。

テレーゼ嬢のお陰で一発で済んだのは、奇跡のようなものだね」


ハハッと笑うエリオットに、私は小さく溜息を吐いた。


結局、こんな感じのエリオットに、皆が知らずに甘えてしまっているのだ。

どんな理由があれど、王太子を殴っておいて、本来ならば唯で済むはずがない。

だけどエリオットは、立場など関係無く、自分の計画に巻き込んだ人間の憤りをヘラヘラと受け止める。

そして私達は無意識に、そんなエリオットに甘えてしまうのだ。


コイツが王太子として皆のバランスを取ってくれているお陰で、クラウス始めクセ強メンバーが何とかやっていけているのだから、エリオットの存在は存外に大きい。


それを1番に理解してくれているニースさんとルパートさんのように、私達もそろそろ変わった方が良いように思う。


いつまでもエリオットに甘えっ放しってのも癪に触るし。



「落ち着いたらテレーゼ嬢にキチンと謝罪しなさいよ」


私の言葉にエリオットは深く頷いた。


「もちろん、誠心誠意謝罪するよ。

許しては貰えないだろうけどね」


困ったように眉を下げるエリオットに、私の胸がズキンと音を立て痛んだ。


こうやって笑うエリオットを、今まで何度見てきただろう。

そんなエリオットを理解してくれるニースさんとルパートさんという存在があるとはいえ、その心を癒すものはあるのだろうか?


う〜んと首を捻り、私は思い付く限りを考えてみた。


肩たたきとか?

マッサージ的な?

肩たたき券とかあげたら喜ぶかなぁ?


どうしても発想が小学生止まりな私だが、そんな自分を理解していてはいても、それ以上の事を思い付けないのが、私という人間だった。












「チュってして差し上げれば良いと思うの」


訳の分からない事をのたまうキティの口に、好物のマカロンを突っ込んでやる。


「ふちがふぁーろるたかいらら、ふぉっへとかれもいいのふぉ?(口がハードル高かったら、ほっぺとかでも良いのよ?)」


モグモグと菓子を頬張りながらまだ喋るとは、躾のなっていない小娘だ。


グローバ夫人の所まで天高く放り投げてやろうか?


ちょっとエリオットについて相談してみたらすぐこれだ。

全く参考にならない上に言っていることが意味不明過ぎる。



「ふぁってね(だってね)」


キティは口の中のマカロンをモグモグゴクンと飲み込むと、優雅にお茶を飲んでからニヤニヤと笑った。


「エリオット様が喜ばれて癒されるのなんて、シシリィからのスキンシップだけに決まってるじゃない。

いつもエリオット様からアプローチされてるんだから、たまにはシシリィからも返してみたら?」


楽しそうにコロコロと笑うキティの口に、再びマカロンを突っ込み、私は完全なる無の表情で否を示した。


いや、だからその必要性な。

そんなん言ったら肩たたきだって十分スキンシップになるじゃないか。

それを何故ほっぺにチュっなどせねばならんのか。



「ひゃってみたらひひのに〜、ひぇりふぉっとしゃま、ふぇったいひょろこふのに〜(やってみたら良いのに〜、エリオット様絶対喜ぶのに〜)」


モグモグしながら尚も喋り続けるキティに、私はメッと目だけで注意を促した。



「もうエリオットの事はいいわ。

それよりノワールよ、あれから自分ちにテレーゼ嬢を完全に囲っていて、全く外に出さないじゃない?

私達だって会いたいのを我慢してるのに。

何考えてんのよ、アイツは」


ムゥっと口を尖らせる私に、キティがハハハと冷や汗を流しながら乾いた笑い声を上げた。


「テレーゼお姉様、本当に危ない状態だったじゃない?

だからお兄様、まだ心配で仕方ないのよ」


眉を下げて申し訳無さそうにするキティだが、確かに一時期テレーゼ嬢は大変に危ない状況だった。


過酷な状況下で生きていたテレーゼ嬢は、体重が30キロ程しか無かった。

生命を繋ぐギリギリのところで持ち堪えてくれていたのだ。


更にテレーゼ嬢はサンスに母親の形見だと嘘をつかれ、違法な魔道具を身につけさせられていた。


その魔道具は魔力を抑える目的でつけさせていたようだが、テレーゼ嬢の生命まで奪いかねない違法な粗悪品だった。


指輪の形をしたそれは、魔力を吸い上げているだけで、抑える事など出来ていなかった。

しかも一定量吸い上げ容量が超えると、はめた人間に今まで蓄積された魔力が一気に注がれる。

そんな事になれば、その人間の体には重大な負荷がかかるだろう。

しかもテレーゼ嬢は、あのセレン様を超える魔力量の持ち主だ。

その痛みは人には計り知れない程辛いものだったに違いない。


テレーゼ嬢は日常的にそれを何度も経験していた事になる。


オークションでの一件が終え、これ以上サンスを憎みきれない程憎んだと思っていたが、それでもまだ甘かったとは……。

サンスをミンチに切り刻んで、ドブに投げ捨ててもまだ足りないくらいだ……。


まぁその指輪はノワールが無事に破棄したらしいから、もうテレーゼ嬢の生命を脅かすものは本当に無くなったと言える。


あれから1ヶ月が過ぎ、キティからの頼みでテレーゼ嬢の臨時侍女になっているマリサからの話では、大分体調も回復して体重も増えてきたらしい。

スープなどの無形の物だけでなく、今では普通の食事を摂れるほどに回復しているらしいので、やっと安心出来るといったところだった。


救出されたばかりの頃に、体の傷を癒しに行ったミゲルの話では、テレーゼ嬢は骨と皮の状態で、近くで見ると生命を維持出来ているのが不思議な程に衰弱していたらしい。

ミゲルの力で傷を癒し、体力を回復しておいたらしいが、やはり自ら食事を摂れるようになるのが1番だろう、と言っていた。


その話を聞いた頃は、心配で心配で仕方なかったが………。


今はそれ程に回復したなら、そろそろ私達に紹介してくれても良いのにな。


ブスッと膨れっ面だった私は、ふとミゲルの言っていた事を思い出し、嫌ぁな予感に震えた。


「そう言えば、ミゲルが言ってたんだけど、治癒の為に邸に訪れた時、凄く待たされたって。

それで寝ているテレーゼ嬢に治癒を施すように言われたらしいんだけど?」


嫌な予感が当たらなければいいな〜なんて思いながらキティを見ると、キティは頬を赤くして、申し訳無さそうにか細い声を出した。


「……ミゲル様はお美しいから……。

それにエリオット様と変わらないくらい背が高いでしょ………」


モジモジと言いにくそうにそう言うキティに、背筋に悪寒が走った。


「じゃあさぁ、これもミゲルから聞いたんだけど。

テレーゼ嬢にはめられていた違法魔道具を破棄する際、魔力の暴発を防ぐ為に口づけで魔力の体内循環をコントロールしたらしいのね。

まぁ、それは別に不思議な事ではないんだけど。

一回で済む筈のそれを、治療と称して何度も行っているんだけど、どれくらいでそれを打ち明けた方がいいかな?って相談されたらしいのよ………。

ねぇ、それってつまり……」


ゾワゾワと震える私に、キティは耐えられずに両手で顔を覆った。


「テレーゼお姉様を言い包めて毎晩口づけをおねだりしてますっ、ごめんなさいっ!」


だよなっ!やっぱりなっ!

ノワールッ!何て卑劣な奴なんだっ!

何も知らないテレーゼ嬢を手篭めになどっ!

これはさすがに見過ごせんっ!

斬って捨ててやるっ!


真っ赤になって怒りにブルブルと震える私に向かって、キティが慌てて両手をブンブンと振った。


「でもでもでもぉっ!テレーゼお姉様は側から見てもお兄様を好ましく見てるのが分かるってマリサがっ!

2人でお茶したり食事をしている時は、誰が見ても恋人同士にしか見えないくらいだって」


むむぅ……。

合意の上かぁ……。

しかし嘘ついて口づけしていることには変わりない。

やはり手打ちにしておくべきか?


む〜んと眉間に皺を寄せ思案していると、キティが元気の無い声でポソッと呟いた。


「でも、テレーゼお姉様はその自分の気持ちを無理に押し込めようとしているように見えるって、マリサが……。

やっぱり、オークションでの事を気にしていらっしゃるのかしら……」


しょんぼりするキティに私も流石に言葉を失ってしまった。


そうだ、テレーゼ嬢は実の父親にオークションにかけられたのだ。

自分を一晩慰み者にしようと、どんどんと値をつり上げられていくあの恐怖を味わった後に、人をすんなり信用する事など出来るだろうか?


それにそんな自分がノワールと釣り合うのかとか、悩んでしまっているのかもしれない……。



「……やっぱり今回のエリオットの計画、いくら後々のテレーゼ嬢の為だとは言え、止めておけば良かった………」


ボソリと呟いた私の言葉に、キティはハッとして顔を上げ、ブンブンと頭を振った。


「大丈夫よ、お姉様にはお兄様がついているもの。

きっとお兄様の気持ちがお姉様の心を癒してくれるわ。

だから、ね、シシリィはエリオット様を信じてあげて。

きっと全てが上手くいくから。

ただ少し、時間が必要なのよ、きっと……」


優しいキティの声色に、私は少しだけ笑い返した。


私でさえ気落ちしてしまうくらいだ、エリオットは今、テレーゼ嬢についてどんな風に思っているのだろう。


きっと、誰にどう責められても、全てを自分1人で抱え込んで、いつものあの間の抜けた顔でヘラヘラと笑うのだろうけど………。








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