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EP.140



テレーゼ嬢救出の計画は、既にそのオークション会場に目を付けていたエリオットとニースさんのお陰で比較的スムーズに話し合われた。


実はもうそのオークション会場は、2人の包囲網で完璧に囲われている状態だった。

エリオットのコピー(変装バージョン)を始め、間者を何人も潜り込ませてあり、至る所に

監視魔道具が設置され、出入りしている人間も全てリスト化されていた。


既に、完全にそこを掌握していると言っても過言では無い。

いや、もうされている。

しかも1番掌握されたく無い2人に。



「明日は僕がコピーと入れ替わってテレーゼ嬢の側にいるから、安心して」


ニッコリ微笑むエリオットに、ノワールは懐疑的な表情を隠しもしなかった。

気持ちは分かる。

いくらエリオットがこちら側だとはいえ、ノワールとはテレーゼ嬢への想いが違う。


惚れた女がそんな場所で酷い目に遭うと分かっているのに、救出のタイミングさえエリオットに握られていては、そりゃそんな顔にもなる。


一方エリオットは、テレーゼ嬢を一高位貴族の次期当主として見ている。

エクルース家は優秀な魔道士を輩出してきた、国にとって無くてはならない家門だ。

更にエクルース領地で生成、加工された魔道具は国のシェアの殆どを賄っている。


まかり間違っても潰えさせる事の出来ない家門。

テレーゼ嬢はそこの当主になる人間。


エリオットの頭の中にあるのは、テレーゼ嬢をエクルース女伯爵として周りに承認させる為の抜かりない謀のみ。

そこにノワールのような私情は絡まない。


だからこそ、2人の救出のタイミングには大きなズレが生じるだろう。

それが分かっていて、ノワールはエリオットを信用しきれていないのだ。



「彼女に無体を働けば、貴方とて殺しますよ?」


背後に黒薔薇を咲き乱れさせ、ノワールがニッコリと微笑み返すと、エリオットは蛇に睨まれた蛙のようにがま油を噴き出して、焦点の合わない目でガタガタと震えた。


「しっかり肝に銘じておくよ………。

救出のタイミングはテレーゼ嬢が落札されて、売買契約に相手がサインした後、落札金額を上回る金をサンスに提示して、こちらの書類にサインをさせる、いいね?」


つまり、そこまで我慢するのがノワールの役目なのだが……。

既に瞳の奥を冷たく光らせるノワールに不安しか感じない……。


そのノワールの様子に、エリオットも同じように不安を感じたのか、オドオドとした口調で再び確認を行った。


「いいかい?テレーゼ嬢の売買が終わるまで、絶対に手を出しちゃいけないよ?

彼女が売買されたという証拠が必要なんだからね?」


念を押すエリオットに、ノワールは無表情で静かに頷いた。


「分かりました。その後テレーゼを取り戻す為の資金は僕が用意します」


そう言うノワールに、エリオットは不安そうに頷いた。



「ところで、幾らくらい用意したらいいんだろう………?

テレーゼと一晩を共に出来る権利など、莫大な落札価格になるに違いない……。

それを上回る金額だなんて……。

そうだな、50億ギル……いや、足りないかな?」


ブツブツと呟くノワールに、よく分からずうんうんと頷いていると、エリオットが慌てて私の耳に耳打ちをした。


「以前の例で言うと、破産した商家のお嬢さんで80万ギル程度だったよ。

男爵家の令嬢で200万くらい。

テレーゼ嬢は初めて出品される高位貴族の令嬢だから、リザーブ価格は500万から始める。

推定で3千から5千万くらいの落札になると思うんだ。

だから1億程サンス達にチラつかせれば、直ぐにこちらに譲ってくると思うよ。

勿論、落札した人間にも幾らか掴ませなければ黙っていないだろうけど、合わせても1億5千万くらいあればいいかな。

早めにノワール君の暴走を止めた方がいい」


耳元でコショコショされて大変不快でこそばゆいが、成る程、そんな相場になっているのか。


……しかし、お嬢さんやご令嬢が本当に売買された前例があるなんて……。

それに、この国ではとっくに禁止されている奴隷まで。


やはり、テレーゼ嬢の事があっても無くてもそんな場所は早々に潰しておくべきだ。

エリオットが今回の事をチャンスだと言った気持ちがやっと分かった気がする。



「……50億……それじゃあやっぱり足りない気がする……。

もっと用意しておいた方が良いな」


尚もブツブツと暴走し続けるノワールの肩を私はポンポンと叩いた。


「あのね、そんなには必要無いみたいよ。

それにそんな額サンス達にポンと渡す必要もないわ。

とりあえず、1、2億あれば大丈夫みたいよ?」


私の言葉にノワールはピクリと反応して、ギギギと顔だけこちらを振り向いた。


その表情は、宇宙人を見た人みたいに奇妙なものだった。


「はっ?何を言っているの?シシリア。

テレーゼがそんな端金で救える訳がないでしょ?

ちょっと黙っててもらえないかな?

元々金額なんてつけられないものに金額をつけようとしているんだよ?」


完全にイッちゃってる人を相手にする時間は無い、といったその態度に、私は笑顔のままスススッと後ろに下がった。


何これっ!

ちょ〜傷つくんですけどぉっ!

私はエリオットに言われた通りに伝えただけなのにっ!

頭悪い子が空気も読まず何か言ってる、みたいな対応されたぁっ!

泣くぞっ!良いんだな?私、泣くからなっ⁉︎


ヒーンと眉根を寄せて涙を浮かべる私を、エリオットが可哀想にと頭をヨシヨシしてくれた。


……更に可哀想なものを見る目でノワールを見つめているが、そんなエリオットの眼差しにも気付かずに、ノワールはまだブツブツとやっている。



「待て待てノワール、シシリアの言う通りだ。

そんな法外な資金は必要無い。

言う通りに1、2億だけ用意するんだ」


レオネルがそう言うと、キティがうんうんと頷きながら援護射撃を送る。


「そうです、お兄様っ!

そんなにサンス達に払う必要ありません。

そのお金は是非、テレーゼお姉様本人の為にお使い下さい」


愛する妹にそう言われてやっと顔を上げたノワールだが、その顔は不安でいっぱいといった感じだった。


「だけどキティ……テレーゼがそんな金額で本当に救えるだろうか………。

それじゃ、不安で仕方ないんだ……。

せめて10億……」


ノワールがそう言った瞬間、皆で一斉にブンブンと頭を横に振った。


「………それじゃあ……凄く不安だけど、5億………?」


微妙なラインだけれど、これ以上は釣り下げられないと瞬時に判断した私達は、ニコニコと笑って首を縦に振った。


それを見たノワールは、やはり不安そうにその瞳の奥を揺らめかせる。


「本当にそんな金額で?本当に大丈夫かな?

ああ、不安だ………」


再びブツブツと呟きながら部屋をウロウロと歩き回るノワールを、皆で生暖かい目で見守りながら、一斉に深い溜息を吐いた。


暴走気味のノワールを御せる人、本当に募集したいっ!

そんな人間が居てくれるならの話だけどっ!














「嫌な空気ね………」


翌日の夜、派手なドレスに身を包み、私は例のオークション会場にいた。


会場中に炊かれた香には、違法な薬物でも混入されているのだろうか、私の超健康な体が吸い込む事を拒否して、息を吸う事もままならない。


いかがわしいパーティになど足を運んだ事の無い私は、その場の異様さに眉を顰めた。

仮面パーティなので皆仮面をつけているのだが、それが更にこの場所の異様さを際立たせていた。



「エリオット様から指示された部屋に急ごう。

お前のような令嬢が目にするべきでは無い、こんなもの」


吐き捨てるようにそう言って、レオネルが私の肩を抱き、早足に会場を後にしようとする。


しかし、仮面をしていても目立つメンズ達のお陰で、途中何度も女性から声を掛けられその度に足止めを食らってしまった。


社交界では見た事も無い際どいドレスに身を包んだ女性達は、慎みなど皆無で直接的にそういった事を男共に囁きかける。


じゃあお言葉に甘えてちょっくら童貞でも卒業してこい、と言ってやりたいところだが、今はそんな場合では無い。


女性達を適当に払い除けながら、やっと目的の部屋に辿り着いた私達は、やっとそこでちゃんと息を吸う事が出来た。



「キッツイわ〜〜、キティを連れて来なくて正解だったわね」


王宮でお留守番をしているキティは、最後までブーブー言っていたが、本当に連れて来なくて良かった。

こんな場所の空気など1ミリだってキティに吸わせたく無い。


「私はお前も来るべきでは無かったと思うが?」


嫌味ったらしいレオネルの言葉に、私はニヤッと笑った。


「私はれっきとした戦力じゃない。

ど〜すんのよ?アレが暴走したら」


クイクイと親指でノワールを指すと、流石にレオネルはグッと言葉を飲み込んだ。


私はこう見えて4属性持ちのチートだし、クラウス、ノワールに次いで強い自信がある。

本気を出せば、ノワールとは互角の良い勝負になると思うんだけどなぁ。

ノワール相手に本気を出せればね。



「さて、始めるわよ」


そこには会場中の監視魔道具とリアルタイムで繋がっている再生用の水晶がズラリと並んでいた。


そこに一気に魔力を注ぐと、パパパパッと全ての水晶が映像を映し出していく。


「まだサンス達は到着してないようね」


一通り目を通してそう呟くと、ジャンが一つの水晶を指差し声を上げた。


「おい、これじゃないか?」


ジャンの指差す水晶を皆で覗き込む。

それは正面玄関に設置された監視魔道具からの映像のようだった。


一台の馬車が映し出されている。

その馬車の馭者台に1人の女性が身を縮こませて座っていた。


それを見た瞬間、腹の奥が怒りでカッと熱くなる。


その女性はテレーゼ嬢で間違い無かった。

真冬のこの時期に、薄いドレス一枚で、馬車の中では無く、外の馭者台に座らされていたのだ。


テレーゼ嬢は歯の根も合わない程にガタガタと震えている。

まさか、この状態で邸から馬車で連れて来られたというのか………。


サンス達のみならず、隣で厚手の外套に身を包んだ馭者にさえ殺意が沸いた。

その外套を、肌を晒したままのテレーゼ嬢に何故貸してやらなかったのか………。


駄目だ、怒りで思考がままならない。

私は一旦そこから目を背け、深い息を吐いてから、再びその水晶を覗き込んだ。


馬車の中から毛皮のコートを着込んだサンス達が降りてくる。

サンスはフランシーヌを丁重にエスコートする傍ら、テレーゼ嬢の腕を引っ張り、まるで荷物でも引き摺るように会場に入っていった。


私達は急いでその次の場所を映す水晶を覗き込んだ。


会場の中に入っても、サンスはテレーゼ嬢を物のように扱っていた。


テレーゼ嬢はサイズの合わない下品なドレスを着させられていて、サンスに引っ張られる度に、ドレスがずり落ちないように必死に胸の前を押さえていた。


あの真っ赤で下品なドレスは恐らくフランシーヌのお古か何かだろう。

痩せ細ったテレーゼ嬢には大き過ぎて、歩く事さえままならない様子だった。


可憐なテレーゼ嬢にあんなドレスを着せるなんて、それだけで万死に値する。

私はギリギリと、水晶に映るフランシーヌを睨み付けた。



会場をキョロキョロとしているサンス達を、オークション運営側の人間が迎えに来た。

そのまま、オークション管理人の所に連れて行く。


サンス達を出迎えた管理人は、仮面の下の瞳をニヤァッと歪ませ微笑んだ。



あっ、因みにコレ、エリオットね。

この管理人自体は実在する人物なんだけど、とっくに捕らえて地下牢に繋がっている。


そしてその男になりすましたエリオットのコピーが、最近のオークションを取り仕切っていた、という訳。


エリオットがなりすました後のオークションでは、実際には人間の売買は行われていない。

管理人、つまりエリオットが難癖をつけ売り手を断ったり、自分の部下に落札させて秘密裏に逃したりしているからだ。


今日はコピーでは無くエリオット本人がなりすましている。

例のチートなスキルの一つで、オリジナルの管理人をそのままトレースしているから、表情なんかも下卑ているのは、エリオットファンのご令嬢方には申し訳ないとこだが。

いや、そんなご令嬢なんぞいないけどね。



『ほ〜〜、あの名門エクルース伯爵家のご令嬢ですか……。

これはこれは、これは』



そう言うと、管理人になりすましたエリオットが舐めるようにテレーゼ嬢を上から下まで見回して、仮面の下の目をいやらしく歪めた。



……あっ、何だろう。

普通に殴りたい。

ボッコボコに殴りたい……。


あれがオリジナルの管理人をトレースしたものだとは頭では分かっているのだが、うん、殴りたい。


ノワールも同様に、拳をパキポキと鳴らしているので、この後エリオットが無事では済まない事は既に確定事項となってしまった。


私とノワール、どちらが先か後か、どちらにしても2人からキッチリ殴られる覚悟をエリオットはしておいた方がいいな、うん。



『流石はあのエクルース伯爵家のご令嬢。

見窄らしいなりをしていても隠しきれない高貴さが漂っていますね、それに』


エリオットはテレーゼ嬢の顎を掴むと、じっとその顔を覗き込んだ。


『痩せこけてはいますが、美しく整った顔、代々エクルース家に受け継がれるというブラックパールの瞳……。

初めてこんな近くで見ましたが、本当に真珠のような輝きですね。

なんて美しい……』


エリオットが舌なめずりするようにテレーゼ嬢に顔を近付けた瞬間、フランシーヌがエリオットの手を叩き落とし、憎々しそうに睨み付けた。


『こんな不吉な色の目っ、美しくとも何ともないわっ!

ただちょっと珍しいだけじゃない。

珍種よ、珍種。

こんな醜い娘がエクルース家の令嬢だなんて、恥でしかないわっ!』


そう言ってエリオットを怒鳴り付けるフランシーヌの顔を改めてまじまじと見て、私はある違和感を感じた。


…………この女。



「レオネル、ちょっと」


私の呼び掛けに応じて身を屈めるレオネルの耳に、私はある事を耳打ちした。


レオネルは驚きの表情で水晶に映るフランシーヌをまじまじと見つめ、急いで懐から通信魔道具を取り出す。


そして直ぐに〝梟〟へ連絡を入れた。



察しの良い兄弟は便利なもんだ。

私はニヤリと笑うと優雅に脚を組み替えた。


テレーゼ嬢にあんなドレスを着せた償いは、キッチリしてもらうわよ。

アンタ自身の業でね。



ふっ、ふふふ………と黒く笑う私に、ジャンが密かに身震いしていたが、そんな事などどうでも良いくらい、その時の私は気分が良かった。






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