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EP.133



「それで、このフランシーヌとかいう女の情報は?他には無いの?」


フランシーヌの姿が映し出された記録水晶を、グリグリと目に押し付けてやると、ノワールは嫌そうに顔を歪めた。


「彼女はテレーゼより2歳年上で、サンスがセレンスティア様と婚姻する前に作った子供だよ。

奴はその事実を隠して、セレンスティア様と婚姻した事になる」


ノワールの言葉に、私はヤレヤレと肩を上げた。


もういちいち驚いたり怒ったりするのも癪だわ。

サンスという男のクズ劇場がこれで終わりなら、本当にいいのだが。


「で、他にはもう無い?」


ギラリと睨み付ける私に、ノワールは困ったように笑った。


「テレーゼが、留学というには奇妙なくらい色んな国を転々としている事くらいかな。

留学というより、まるで遊学だね。

それくらいで、もう本当に無いと思うよ。

ごめんね、僕の認識が甘くて」


脳筋坊ちゃん、しょんぼりしているところ悪いんだが、その認識の甘さを痛感するのは、まだこれからなんだわ。



「分かったわ、話を纏めるから、よく聞いててね?

サンスは自分が伯爵になれず、娘のテレーゼ嬢が次期伯爵になる事に納得がいかなかった。

その為、テレーゼ嬢にローズ家という後ろ盾を与えない為、それから叙爵を遅らせる為に留学という名の遊学の旅に出した。

テレーゼ嬢の居ない間に、彼女に仕える為に存在する使用人は全て解雇。

先に味方を消しておけば、テレーゼ嬢が戻った時に自分の傀儡にしやすくなるとでも考えたんでしょ。

そして自分の愛人と娘を勝手に邸に招き入れ、自分はエクルース伯爵を名乗り、その愛人と娘にはエクルース伯爵夫人と伯爵令嬢を名乗らせ、伯爵家の財産を使ってやりたい放題贅沢に暮らしてるって訳よ。

ところで、エクルース家の財産って今どうなってんの?」


ペラペラとなんて事なく話した私のその内容に、お坊っちゃん方は一様にフリーズして思考停止している。

あのニースさんまでそうなのだから、本当にサンスの行いは理解の範疇から完全に外れているのだろう。


まぁね、次期当主でも何でも無い、しかも血脈でも無い婿養子が、伯爵家相手にここまで好き勝手やっているとは誰も想像出来ないだろう。


私だって前世の記憶が無ければ、ここまで想像力豊かな推察は出来なかった筈だ。

それ程、高位貴族の社会は格式を重んじる厳格なものなのだ。

サンスの行いは、ここに居る面々にとって宇宙人より理解し難いのだろう。



「で、どうなってんのよ?

エクルース家の財産は?」


ツンツンとノワールを突いて催促すると、呆然としたまま、機械仕掛けの人形のようにカクカクと口を開いた。


「エクルース家の莫大な財産は、セレンスティア様が自分に何かあったら直ちに凍結されるように魔法をかけてあったから全て無事だよ。

凍結解除はテレーゼにしか出来ない仕組みになっていて、今のところ解除された形跡は無い。

それから、セレンスティア様への弔慰金で国から20億ギルが支払われる筈だったんだけど、母上と王妃様がサンスは信用出来ないと言って、その内5億ギルだけしか実際には支払われなかったんだ。

残りは様子を見て、テレーゼに直々に支払われる事になっている」


ふむふむ、なるほどなぁ。

サンスについてはローズ夫人と王妃様が1番冷静に対処出来ているようだ。

型通りにそのまま支払ったって、それをエクルース家の為、つまりテレーゼ嬢の為に使うとは思えない。


こういうサンスのような人間を相手にする時は、まずは懐事情を確かめる必要がある。

出来ればその辺丸裸にして、全てを知っておきたいくらいだ。

たぶん、伯爵家にあった現金と家具などを売ったお金、それに弔慰金5億ギル。

それでやりたい放題金を使ってきたなら、そろそろ尻に火がついていてもおかしくない頃だが……。


「エリク、エリー、あの邸に潜入出来そう?」


私の問いに、2人は悔しそうに顔を曇らせた。


「それが、あの邸にかかっている結界は、古代魔術に似ているそうで。

〝梟〟の魔術師でも破る事が出来ませんでした。

潜入するには正攻法で攻めるしかなさそうです。

取り敢えず、邸に食糧を運んでいる業者に潜入しましたので、そこから邸内への潜入を試みます」


〝梟〟とは、私の爺様が作った、アロンテン家お抱えの諜報部隊の事だ。

優秀な人間にばかりで構成されており、陛下が即位する時も裏で暗躍して活躍した程だ。

そこに所属している魔術師でも破る事が出来ない結界だなんて、どうもきな臭いな……。



「古代魔術は北の大国が熱心に研究していたものだね。

起動させるのに、ある程度の魔力量が必要だけど、帝国人であれば訳ない代物だよ。

少しの魔力で効果は絶大だから、確かに現代の魔術師では歯が立たないかもしれないなぁ」


顎を掴みながら困ったようにそう呟くエリオットに、私は首を捻りながら問いかけた。


「何でそんなもんが王国の、それもエクルース家の邸に?

そもそも古代魔術って何よ?」


私の問いに、エリオットは少し困り顔で応えた。


「古代魔術といっても、使える人間がいた訳じゃ無いんだ。

正確には邪神オルクスの力が込められていると言われている、古代の遺物だね。

かつて帝国と結び付き、王国を攻め滅ぼそうとした大国人に、邪神オルクスが与えた数々の兵器だとも言われている。

帝国人に予め魔力を注いでもらい、使用したらしいよ。

それを発掘して研究しているみたいだけど、既に邪神オルクスの力は失われ、殆どガラクタ同然らしいけどね。

中にはまだ使える物もあるみたいだけど、そんな貴重な物を、どうやってサンスは手に入れたんだろうね?」


エリオットの話に、何だか嫌な予感が背筋を通り抜けた。

そんな道具を北から手に入れられるなんて、この王国には1人しかいない……。


ゴルタール公爵……。



「ねぇ、また裏にゴルタールがいたとして、サンスなんかにそんな貴重な物を使わせている理由は何だと思う?」


私の考えに、エリオットはニヤリと笑った。

どうやらコイツも、そこまで考えてさっきの話をしたらしい。


「まず、ちょっとした魔力で動くとはいえ、生活魔法が使えるレベルじゃ無理なんだ。

自分の属性の魔法を自在に操るくらいの魔力量は必要かな。

この王国では、魔力量の高い人間の方が少ない。

由緒正しい貴族家で魔力のある人間を繋いできたとはいえ、限界があるからね。

年々数は減ってきているし、力も弱まってきている。

生活魔法程度が使えれば良い方といえるだろうね。

つまりサンスがある程度の魔力量の持ち主なら、ゴルタールから見れば丁度いい、古代遺物の発動機になるという訳さ。

僕らの調べたところでは、ゴルタールの周りには属性魔法を使いこなせる程の魔力量のある人間はいないし、宮廷魔道士や魔術師を利用したら直ぐに足がつくしね。

北から手に入れた古代遺物に、誰かに魔力を注がせておき、いつでも使いたい時に使える状態にしておく。

その為に、サンスみたいな後ろ暗い人間が必要だったって訳だね。

加えて、サンスは社交界から追放されていて、表の人間とは関われない。

違法でいかがわしい場にしか出向けない人間なら、もしもの時に全ての罪を被せやすい」


ニッコリと笑うエリオットだが、目が笑っていない。

1ミリも笑っていない。

笑えない話なら、いっそニッコリしないでくれっ!

逆に怖ぇーんだよっ!



「じゃあ、その見返りに、金とは別にその邸を覆う結界を張っている、古代遺物を譲ったって訳ね。

本人も所持していた方が、もしもの時に罪を被せやすいし。

そもそも、入るにも出るにも契約者の承認がいるような面倒な物、誰も欲しがらないだろうし」


私の言葉に、エリオットが頷く。


「普通の貴族の邸なら、人の出入りが多いのは当たり前の事だしね。

そんな事しなくても、害意のある人間を弾く一般的な結界の方が遥かに使い勝手がいいからね」


そこでジャンが首を傾げながら口を開いた。


「でも、結界が張ってある邸なんて、そもそも殆ど無いぜ。

お抱えの魔術師のいる家なんて、王家とアロンテン家くらいだろ?

サンスはなんでエクルース家の邸に結界なんて張ってるんだ?」


そのジャンの言葉に、レオネルが思案顔で応えた。


「やはり、外からくる人間に警戒しているのだろう。

いつ警備隊に押し入られても文句の言えない状況だからな。

全ての罪が明るみになれば、警備隊どころか騎士団が動いてもおかしくないくらいだ」


「そうなると、俺らの仕事になるな〜〜」


憂鬱そうにジャンに肩を叩かれて、ノワールは困ったような顔で笑った。


「そうなる前に、何とかテレーゼを見つけ出し、正式にエクルース家を継いでもらいたいんだけどね」


それは本当にそうだ。

テレーゼ嬢の居ない間に、エクルース家の邸で捕物とか、いくら伯爵家とはいえ、いや、伯爵家だからこそ、家名に傷がついてしまう。


代々優秀な魔道士を輩出してきたエクルース家に、そんな形で泥を塗るのは私達の本意では無い。


出来ればそうなる前に、テレーゼ嬢に表に出てきてもらって、早々に叙爵を済ませ、エクルース伯爵としてサンスを家門から排斥してくれれば1番良いのだが……。


勿論その後はサンスを捕らえ、ゴルタールとの関係を洗いざらい喋ってもらう。

上手くいけばゴルタールの次の謀が見えてくるかもしれないし、一石二鳥なんだけどなぁ。


思わぬところで、ゴルタールの尻尾を掴む駒になるかも知れない人間が現れたのだ。

ここはキッチリ、こちらで手に入れておきたい。



「それじゃあ、エリクは引き続きエクルース家への潜入を試みて頂戴。

それからエリーはサンスの金の流れを洗って。

あと、梟にテレーゼ嬢の行方を追うように頼んでおいて」


「イエス、マイロード」


私からの指示を受け、エリクエリーは瞬時にその場から姿を消した。



「さて、僕らはサンスが宮廷に送り付けてきた書類の確認でもしておこうか」


エリオットがそう言うが早いか、ニースさんが黙って部屋から出て行った。

早速その書類の確認に行ったのだろう。


因みにニースさんは、王国騎士団1番隊隊長の任を降り、今はエリオットの補佐官として働いている。

そのニースさんの後任で、1番隊隊長に就いたのがノワールだ。

ジャンは副隊長ね。


ニースさん的にノワール達の方が戦力が上がると判断したらしい。

まぁ本音は、そっちとエリオットの世話の二足の草鞋は無理があると判断しての事だと思うけど。


ニースさん、ノワール達に引けを取らないくらいむちゃんこ強いからなぁ。





半刻ほどでニースさんが大量の書類を抱えて戻ってきた。

サンスから宮廷に送られてきた、フランシーヌとの養子縁組を求める書類に、テレーゼ嬢から自分に伯爵位を委任する旨の書類。

テレーゼ嬢から自分を魔道士庁に推薦する旨の書類。

セレン様の弔慰金の増額を求める嘆願書。


全てテレーゼ嬢の名前で、ご丁寧に偽造された魔法印まで押されている……。


クズだなぁ……。

欲望に忠実なクズだ……。



ミゲルが魔法印一つ一つを確認して、念の為ニースさんが持ってきてくれていた、セレン様の魔法印と比べて鑑定魔法にかけている。


実は師匠から鑑定魔法を授けられたミゲルは、その練度を高め、師匠レベルまで達したとお墨付きを頂いたばかりだった。


血脈を辿る、つまり前世で言うところのDNA鑑定士として認定されたと言う事だ。



「全て偽造されたもので間違いありませんね。

両者の魔法印に血の繋がりを感じられません。

それに、こちらのテレーゼ嬢のものとして提出されている魔法印から、セレンスティア様を超える魔力量も感じられませんね。

それどころか、セレンスティア様の魔力量には足元にも及ばない、比べるのも失礼な程の脆弱な魔力しか感じられません」


ミゲルが丁寧に鑑定した後、そう断言した事で、サンスの公文書偽造が確定した。


しかし、やっぱり師匠のようにチラッと見ただけで鑑定出来る訳じゃないんだな。

性格も影響してるのだろうけど、ミゲルのはものすごく丁寧な鑑定だった。

人を納得させるならこっちのスタイルの方が良いと思うが、毎日大量の鑑定依頼が舞い込む師匠には無理か。

そもそも血脈どころか魂レベルで遡れる師匠と比べる時点で酷だな。



「それじゃあミゲルはその鑑定結果を書面で残しておいてくれない?」


私の言葉にミゲルは光が差し込んだかのように清廉に微笑んだ。


「もちろん、教会から正式に発行した鑑定書としてご用意しておきますよ」



おっと、詰めるねぇ。

それ絶対言い逃れ出来ないやつね。

いやぁ、ミゲルはどんどん使える人材としてレベルアップしていくなぁ。

やっぱり持つべきものは強大な光魔法の使い手だね。


そんな事を考えつつ、思わずキティをチラッと見てしまった。

何を隠そう、このキティも光属性なのだが、魔力量が少な過ぎて生活魔法でさえ使えない。

ミゲルに教えてもらって擦り傷程度なら治せるようになったらしいが……。

いやいや、それもクラウスや皆の為に頑張って習得したんだから、みなまで言うまい。

ロリッ子美少女に擦り傷を治してもらえる経験こそがプライスレス。

例え下手っぴ過ぎて、治してもらった痕が痒くなってもそれはそれ。

偉いぞキティ、頑張れキティ。


私の生暖かい視線に、全てを悟ったのか、キティはチベスナ顔でコチラを見つめ返してくる。

なんだよ、応援してるのにその顔は。



「じゃあ僕は、陛下にこの事を報告して、僕らが動く許可を頂いてくるよ」


そう言って立ち上がったエリオットに、私は慌てて自分も立ち上がった。


「私も一緒に行くわ」


ちょっとセレン様の話を聞いてみたい。

あの師匠の一番弟子とか気になり過ぎるし。


私の言葉にエリオットはふふっと笑って手を差し出してきた。


「それじゃあ、2人きりで陛下の所まで向かおうか」


少しの距離でも2人きりってとこを強調してくる抜け目ないエリオットに、内心呆れつつ、楽しそうに笑うエリオットのその手を仕方なく取って、執務室を後にした。





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