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EP.132



3日後、エリクエリーから調査完了の報告を受け、私達は王宮のエリオットの執務室に集まっていた。


メンバーはやはりいつメンと、エリオットとニースさん。

事前に情報を共有しておいたので、皆顔色はあまり良く無い。


仲間であるノワールが想い続けていた令嬢が、実はとんでもない悪女だったかもしれないのだ。

彼女の行った所業を考えれば、どう考えてもノワールとの婚姻は不可能に近い。


それを、このノワールが理解出来るのか……。

この、脳筋が……。


下手したら力ずくになる事を皆が薄々勘付いている為、皆一様に顔色が悪いのだ……。


ノワールを制圧出来るであろうクラウスは、どうも乗り気じゃ無い様子だし。

この分じゃ私達だけでノワールを何とかしないといけない訳なんだけど、ブチ切れてる時なら同属性であるフロストドラゴンでさえ瞬殺するノワールだからなぁ……。


私達もただでは済まないだろう。



はぁ〜っと深い溜息を吐き、私はスッと手を上げた。


「早速で悪いけど、エリク、エリー、報告をお願い」


私の言葉に皆が息を呑んだ。


「はい、シシリア様、では報告させて頂きます。

私達は件のエクルース伯爵令嬢を追う為、まずはエクルース伯爵邸に向かいました。

しかし、伯爵邸には妙な結界が張られており、契約者の許しが無ければ入る事も出る事も出来ない状態でした。

その為、邸の内部に侵入するには時間が必要になると判断し、次に、その令嬢が出没すると言われる場所を偵察する事にしました」


エリクがそこまで言って頷くと、続けてエリーが口を開いた。


「場所は違法でいかがわしいパーティや秘密クラブが主です。

仮面を付け、虚楽に耽るようなパーティ、この国では違法とされる、奴隷に奉仕させるような秘密クラブ等。

そこでは面白いくらいに件の令嬢の情報が手に入りました。

件の令嬢の名は、フランシーヌ。

金髪にヘーゼルの瞳をした美女、だとの噂でした」


エリーの話に、その場がドッと安堵に溢れた。


やった……良かった……。

テレーゼ嬢じゃない……たぶん。


念の為、ノワールに直ぐに確認を取る。


「テレーゼ嬢の髪色と瞳の色は?」


「髪はダスティピンク、瞳はブラックパールだよ。

丁度、シシリアの髪の色みたいな」


即レスされて、私は思わずお、おぅ……とたじろいでしまった。

ブレないなぁ、コイツ……。



「それで?その女性は何故エクルース家の名を騙っていたの?」


ノワールに問われたエリクエリーは少し困ったように顔を見合わせ、ややしてエリクが口を開いた。


「騙っていたのではなく、本当に自分の事をエクルース伯爵令嬢だと思い込んでいるようです」


………はっ?

えっ………?

つまりはどういう事だってばよ。


んっ?

本当はテレーゼ嬢なの?

名前と見た目を変えてるだけ?

でもエクルース伯爵令嬢と名乗っておいて、そんな偽名使う必要がどこに?


更なる疑問が浮かび頭を悩ませる私の前に、エリーが記録水晶を取り出し差し出してきた。


「遠目からですので、うまく撮れていないかもしれませんが、こちらにその令嬢の姿を記録しておきました。

令嬢の通う場所はどこも機密性が高く、魔道具の類は持ち込めないので、これは隣接している林の木の上から撮ったものになりますが」


エリーの説明に頷き、私はそれを受け取ると魔力を込め映像を映し出した。


映し出されたのは古い邸の2階のバルコニー。

部屋の中は煌々と灯りで溢れているようだ。


魔力を調整してその部屋の中をアップする。

そこには鎖で繋がれた奴隷と思しき男達と、その男達を足蹴にしてワインを煽る豊満な肉体の美女……。


その金髪の美女を、水晶を横から覗き込んでいたノワールとキティがまじまじと見つめ、吐き出すように言い捨てた。


「違う。彼女はテレーゼなんかじゃない。

全くの別人だ」


「お姉様を騙っているくせに、似ても似つかない偽物だわ」


部屋の温度が一気に下がり、ブリザードが吹き荒れる一歩手前で、レオネルがパンッと大きく手を叩いた。


ちょっと、簡単にブリザルのやめてよっ、寒いじゃんっ!

あとキティ、お前の属性は光だから、ノワール並みに冷気出せるとかおかしいからねっ⁉︎



「とにかく、エクルース伯爵令嬢を騙る偽物だという事が分かった。

貴族の名を騙るのは重罪だ。

しかもそれが古くから続く名門であるエクルース伯爵家なら尚更。

我々が動く理由には十分だな」


咳払いしつつそう言うレオネルに、ノワールとキティはパァっと顔を輝かせた。


レオネルの言う通り、これならアロンテン家として動いても問題無いレベルだ。


エリオットとクラウスは、王家として貴族の家の事に首を突っ込むのは本来あまりよろしく無いが、相手が重罪人となれば話は別だろう。

思い存分コキ使ってやる。


ニヤリと黒くエリオットを横目で見ると、何かを察したかのように身を震わせている。



「それで?この女が何で自分をエクルース伯爵令嬢だと思い込んでいるのか、それは分かっているの?」


私の問いに、直ぐさまエリクエリーが頷く。

うちの子達が優秀過ぎて、もうすみません。



「どうやらこのフランシーヌという女は、サンス・エクルースが平民で娼婦である愛人に生ませた庶子のようです」


エリクの言葉に私は口に含んだお茶を、勢いよくブーッと吹き出した。

……エリオットに向かって。


おぉう……ニースさんの鋭い視線が突き刺さるよぅ……。



「ちょっと待ちなさいよ、ノワール、これどういう事?」


サンスの情報の中にそんなの無かったけど?

情報の後出しの嫌いな私がキッとノワールを睨むと、驚いた顔で首を振っている。


「確かに、サンスに愛人がいた事も、その女性との間に子供がいた事も調べてはいたけど、まさか平民である娘にエクルース伯爵令嬢を名乗らせているなんて……」


やっぱ知ってたんじゃないっ!

情報は生物なんだから、知ってる事は全部吐き出さんかいっ!

それを知ってるか知ってないかで、私達のテレーゼ嬢への疑いが半分は減ってた筈なんだよっ!

このっ、脳筋お坊ちゃまっ!


「……つまり、ノワールの中の常識では、伯爵家の人間が平民の愛人を後添えにしたり、その娘に伯爵家令嬢を名乗らせたり、そんな事は思いも付かなかったから、情報として私達に伝えなかった、とそういう事ね?」


ピクピクとこめかみの血管を痙攣させる私に、ノワールは降伏するかのように両手を上げた。


「ご、ごめん……。

僕の認識が甘かったせいで……」


申し訳無さそうに眉を下げるノワールの襟首を、私は躊躇いなく掴み上げ、噛み付くように叫んだ。


「ごめんじゃないんだわっ!

知ってるか知ってないかで見方が180度くらい変わるレベルの情報だわっ!

吐けっ!まだあるなら吐けっ!

全部吐き出せっ!コノヤローーッ!」


襟首を掴んだまま、ノワールをグワングワン前後に振っていると、キティが泣き声を上げた。


「うわ〜ん、お兄様がシェイクになっちゃうよ〜〜っ!」


うるせぇっ!

この状況で上手いこと言おうとすなっ!

ハウスッ!


ギロリと私に睨み付けられたキティは、ピャッと飛び上がると急いでクラウスの膝の上に逃げ込んだ。



「ご、ごめん、サンスについて、もっとちゃんと説明するから、一旦この手を離してもらえるかな?」


苦しそうなノワールの声に、私はチッと舌打ちしつつ、その手を離した。


「本当にごめん。サンスの愛人と子供の事については、もう話が終わったものと思っていて、つい……」


ノワールの言葉に、私はまだ青筋を立ててつつ、ニッゴリと笑った。


「アンタの見解はどうでもいいから、早よ吐けっ!」


私の鬼のような気迫に、ノワールはたじろぎつつも口を開く。


「セレンスティア様が亡くなって、テレーゼが留学に出された後直ぐに、サンスから宮廷に再婚相手とその間に出来た子供をエクルース家に加えたいと、養子縁組の書類が届き始めたんだ。

全てお粗末な偽文書だから、受理される事は絶対に無いけど。

エクルース家は魔道士一族だから、正式に発行される書類には全て個人の魔法印が押される。

つまり、そのフランシーヌとかいう娘をエクルース家の娘として正式に迎えたいなら、次期当主であるテレーゼ個人の魔法印が必要になるという事だね」


そこまで聞いて、私ははぁっ?と思わず声を上げてしまった。


「何よ、それ。偽文書って、立派な公文書偽造じゃない。

何でそれをまず罪に問わない訳?」


純粋な私の疑問に、ノワールがちょっと困った顔をした。


「セレンスティア様の死が急だった為、テレーゼの魔法印はまだ正式に登録されていないんだよ。

それを良い事に、サンスはまだ魔法が未熟なテレーゼがちゃんとした魔法印を押せなかったせいであり、偽文書では無いと言い張っているらしい」


ノワールの説明に、私は首を傾げた。


「テレーゼ嬢の魔法印がまだ登録されていないなら、サンスの言うように、その書類に押された魔法印が偽物とは言えないんじゃないの?」


その私の問いに、ノワールが楽しそうにニヤリと笑った。


「実は、セレンスティア様が生前に、もしも自分に何かあったら、エクルース家当主の正式な魔法印として認めれるものの条件を提示してあったんだ。

曰く、エクルース家の血脈で尚且つ自分を超える魔力量の持ち主の魔法印である事、と」


そのノワールの言葉に、私は目を見開いてノワールに詰め寄った。


「ちょっ、って事は、テレーゼ嬢はセレン様を超える魔力量の持ち主だって事っ⁉︎」


目をランランと輝かせる私に、ノワールはふふっと笑った。


「テレーゼの誕生時に行われた魔力量測定でね、テレーゼの魔力量はセレンスティア様を超えているって事が分かったんだ」


えーーーっ!

何それ何それっ!

すげーーーーっ!!


歴代最高の魔道士を母に持ち、自分はその母を超える魔力量の持ち主って、どこの少年漫画の主人公だよっ!

カッチョーーーーっ!


私はゴクリと唾を飲み込んでノワールを見上げた。


「それじゃあ、偽造しようが無いわね。

それなのにサンスは平気で偽文書を送ってきている、と。

だけど肝心のテレーゼ嬢本人の魔法印もまだ登録されていないもんだから、それを責めるには証拠が足りないって事ね」


う〜んと首を捻る私に、ノワールが静かに頷く。


「そうなんだ。それに何故かエクルース家の事に関して、陛下が妙に消極的でね。

母上が言うには、セレンスティア様が生前、娘の事はソニアの息子と仲間が何とかするだろうから、放っておけ、と言っていたらしいんだ」


それにますます皆して首を捻った。

それもセレン様の予言の何かだろうか?

一体、テレーゼ嬢の身に何が起きているんだろう?



「まぁ、どちらにしても、そのフランシーヌとかいう女性は、正当なエクルース家の血統では無いし、当主であるべきテレーゼが養子に迎えた訳でも無い。

愛人にしたって、サンスは再婚したと言い張っているけれど、エクルースの名のまま他の女性と再婚など出来る筈が無いんだ。

その女性と婚姻を結ぶなら、自分はまずエクルース家から除籍されなければいけない。

だがサンスは依然エクルース家に籍を置いたまま。

何一つ正当性の無い話を、誰も本気で相手になんかしていないから、まさかそのフランシーヌをエクルース伯爵令嬢と勘違いする人間がいるなんて思わなくて。

それにサンスはとっくに社交界から追い出された人間だから、今更何を出来るとも思っていなかったんだ」


出た出た出た。

はい、後出しーーーっ!


私はズキズキと痛む頭を片手で押さえて、なるべく冷静に聞こえるように慎重に口を開く。


「サンスが社交界から追い出されているなんて初耳だわ。

一体何をやらかした訳?」


だがどうしても滲み出る私の怒りを感じたのか、ノワールがギクリと体を揺らし、焦ったように喋り出した。


「サンスはセレンスティア様亡き後、あっちこっちのパーティで自分がエクルース伯爵だと言って回っていたんだ。

それが王妃様の耳に入り、王妃様が直々に、あるパーティの場でサンスを名指しして『その者はエクルース伯爵にあらず』と糾弾した。

お陰でサンスはどのパーティにも出席出来なくなって、社交界から追い出された形になったんだ」


おーおー。

やっぱり出るわ出るわ。

公文書偽造の次は身分詐称かよ。

脳筋め、大事な情報をよくも今まで言い忘れてたな、脳筋め。



「で、その愛人と娘の話に戻るけど、2人は結局サンスと一緒にエクルース家の邸で暮らしてるの?」


その私の問いに、ノワールは少し怒ったように眉に皺を寄せる。


「そうだね、テレーゼを留学に出したのとほぼ同時に2人を邸に招いて住まわせているみたいだ。

まぁ、召使いという立場くらいなら与えられるんじゃないかな」


呑気な脳筋の言葉に、私はさっきの記録水晶をその目にグリグリと思い切り押し付けて叫んだ。


「どこの召使いがこんなキンキンギラギラした格好で、奴隷を足蹴に出来るってんだよっ!

どう見ても金持ちのお下品なお嬢様として育ってんじゃないかっ!

食うもんたらふく食って、贅沢の粋を極めた顔してんじゃね〜かっ!

暮らしてんだよっ!エクルース家の邸でっ!

エクルース伯爵令嬢としてなぁっ!

テレーゼ嬢の居ないのを良い事に、父親とその愛人と娘がっ!

エクルース家の財産食い潰して優雅にお暮らし遊ばしてだわっ、分かんねーかなっ⁉︎」


私の怒りにノワールは一瞬たじろぎ、直ぐにハッとした顔をした。


ハイハイ、出た出た。

まだあるんだな?

言ってない事が。

ちゃんと思い出したか?

はい、どーぞっ!



「そういえば、エクルース家の邸から貴重な家具や調度品が次々に売りに出されたんだ。

どれも歴史的にも貴重な物だから、我が家で買い取って保管してるけど、これも?」


アワアワしているノワールは、ちょっとキティに似ている……。

いくらノワールが華奢だとはいえ、それはロリッ子にしか許されんから、やめろ。


「間違い無く、その価値の分からない母娘が撤去して、自分達好みのキンキンギラギラした内装に変えてるわね」


私の返答に、ノワールは真っ青になって更に続けた。


「長年エクルース家に支えていた使用人達を解雇して、通いの使用人に変えたのも?」


「信頼出来る使用人の価値も分からず、更に自分達では無くエクルース家当主、つまりテレーゼ嬢に仕える使用人達が目障りになったのね。

ついでに正当な賃金にさえ納得いかなかったんでしょうよ。

だから次は、安い賃金で雇える通いの使用人に変えたのよ」


即レスする私に、ノワールは信じられないと言った顔で目を見開く。

まぁ、真っ当な高位貴族では思い付かない発想ではあるが、これくらいは当たりをつけられなかっただろうか……。

いや、無理か。

世界が違いすぎて。


ややしてノワールは掠れた声で更に呟いた。


「エクルース家の領地が放ったらかしになっていて、心配したエクルース家の元ランド・スチュワードが我が家に相談に来たんだ。

彼は執事も兼任していた優秀な人間だったのに、1番に解雇されたらしい。

それで、我が家から陛下に掛け合い、代理でエクルース領地を管理する権限を頂き、そのランド・スチュワードに任せているんだけど、まさかこれも?」


もうズキズキと痛む頭が限界に達した私は、とうとう力無く溜息と共に吐き出すように答えた。


「……無いのよ、領地を経営する能力が……。

執事も兼任出来るような希少なランド・スチュワードを1番に解雇した時点で、サンスが領地経営がなんたるかを1ミリも理解していない事なんて、火を見るより明らかじゃない……」


もうね、何を言っているのかと……。


ランド・スチュワードってのは領地管理専門職の事を言う。

つまり、領地管理のエキスパート。

それに加えて執事までこなせる能力がある人間なんて、そんじゅそこらじゃ見つからない。

そんな優秀な人間を、いの一番に解雇するとは、逆に自分がどれだけ無能かを公言したにも等しい愚かな行いだ。


これだけ分かりやすい行動でも、いや、逆に分かりやすかった分、ノワール達には理解出来なかったのだろう。

多分、一体エクルース家は何がしたいのだろう……と思考が停止してしまった筈だ。


それくらい、サンス達の行動は高位貴族の常識から激しく逸脱しているという事だ。


その証拠に、レオネルやジャンも意味が分からないといった顔で、さっきから呆然としたまま思考が停止している。

あの、ニースさんまでも………。



はぁ〜〜〜。

やれやれ………。

これは骨が折れるなぁ……。






お久しぶりの名前が出てきてお忘れの方に。


ソニア…ローズ侯爵夫人。キティとノワールのお母様。

ニース…エリオットの最側近の1人。

ちなみにもう1人の側近であるルパートさんはローズ領地に出張中。

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