EP.130
「貴様っ!貴様っ!貴様っ!」
真っ赤な顔で泣きながら私の腕をポスポス叩いてくるキティ。
あ〜、折角なら肩でも叩いてくれないかな?
キティの攻撃では全くノーダメージな私は、ハイハイと、キティが落ち着くまでされるがままになっている。
夏祭りでクラウスがゲットしたcpぬいぐるみに、ちょっとした悪戯をしておいたのだが。
どうやらそのせいでクラウスに酷い目に遭わされたらしい……。
おかしいな〜。
そんな用途に使われるような代物では無いのだが。
どんな魔法を付与したかというと、それはズバリコスプレッ!
なんちゃって獣人気分を味わえる代物なのだ。
王国ではまだまだ獣人への理解度が低い。
そこで思い付いたのが、今回のコスプレ魔法。
ケモ耳に尻尾の尊さをファッション感覚や趣味で取り入れれば、人々の獣人への警戒心も暖和するというもの。
あの破滅的な可愛さを前に、警戒出来る人いるっ⁉︎
いや、そんな人間はいないと断言できる。
もちろん最初の狙いは小さな子供。
自分の子供の可愛さを最大限引き出したい親心ってのは、万国共通だと思う。
子供のケモ耳&尻尾の可愛さにやられた大人(出来ればかわい子ちゃん)があざと可愛くマネし出せばもう、こっちのもの。
そこで満を持してケモ耳カフェをオープンさせれば、絶対私の狙い通りに事は運ぶ。
そんな訳で、キティには栄えあるモニター1号になって頂いたのだが(本人の許可なし)どうやら私の考えが甘かったらしい……。
ケモ耳&尻尾実装キティの破壊的な可愛さに、クラウス覚醒。
コスプレ魔法が解けるまで離してもらえず、大変な目に合ったキティ。
そうとは知らず、クラウスに頼まれるまま、キティアニマルシリーズ(チワワんキティちゃんバージョン)にもコスプレ魔法を付与した私のせいで、クラウスに更なる延長線に持ち込まれ、もっと酷い目に遭った……と、夏季休暇明け早々私に絡んできているのだ←イマココ。
「も〜、説明が後からになったのは悪かったわよ。
でもサプライズ的な?ちょっとした悪戯心だったんだってば。
まさかクラウスがアンタのコスプレ姿に、ガチ覚醒するとは思わないじゃない?
可愛いね〜ケモ耳、キャッキャッうふふ程度だと思うじゃない、普通。
恨むなら、キティガチ勢の自分の婚約者を恨みなさいよ」
流石に飽きてきた私が、呆れたようにそう言うと、キティはダバ〜ッと滝のように涙を流し、ポスポスポスポスッとますます私を叩いてきた。
「嘘だもんっ!私があんなコスプレしたら、クラウス様が覚醒するって、シシリィなら分かってた筈だもんっ!
絶対に絶対に、ワザとだも〜んっ!」
うわぁぁぁんっと泣き声を上げるキティ……。
ちっ、バレてたか。
そら、キティにケモ耳に尻尾でっせ?
そんなもん目の当たりにして、あのクラウスが何を我慢するというの?
そりゃガチるに決まってんじゃんッ!
クラウス無双状態になるに決まってんじゃんッ!
もちろん、分かっててやりましたよ?
ウヒャッヒャッヒャッ!
あ〜〜まんまと予想通りな事になりおって。
本当に愉快な2人だなぁ。
ニヤニヤと笑う私に、キティは一瞬ウグっと喉を詰まらせ、直ぐにうわぁぁぁぁぁんっ!とまた泣き出した。
いやぁ、平和な話を聞けて良かった良かった。
仲良く出来たならなにより。
「シシリア〜〜、なんかヤバイよぉ」
ガチャッと生徒会室に入ってくるなり、マリーが少し不穏な声でそう言った。
一緒に入ってきたリゼの顔色も悪い。
「何よ?どうしたの」
キティの頭をヨシヨシしながらそう聞くと、リゼが真っ赤に腫れ上がったキティの目にギョッとして、急いでハンカチを濡らしに行った。
リゼが冷やしてきてくれたハンカチで目を押さえながら、キティもマリーに不思議そうな顔を向ける。
「マリーちゃん、何があったの?」
キティの問いにマリーが頭をガシガシ掻きながら、う〜んと微妙な顔をする。
「私のコミュニティが、一見狭いようで深いのは皆知ってるよね?
お陰で、貴族平民、年齢、性別問わず、あらゆるコミュニティメンバーから情報が入ってくるんだけど、どうやらある令嬢が色々な男性に手を出しては沢山の人間の関係を荒らしてるらしいのよ」
ある令嬢?
その瞬間に、シャカシャカの顔が思い浮かび、私は思わず身構えた。
「ある令嬢?名前は分かるの?
うちの学園の生徒?」
私の問いに、マリーが難しい顔をする。
「問題はそこなのよ。
その人はうちの学園の生徒じゃないし、そもそも学生でも無いの。
だからこっちを頼られても、どうしょうもないのよね〜〜。
一応、シシリアに話はしてみるって返事しちゃったものの、どうすれば良いのか分かんなくて」
困り切った顔のマリーの隣で、リゼも申し訳なさそうにおずおずと口を開いた。
「あの、実は昔からうちと懇意にして下さっている子爵家の夫人からも相談を受けまして……。
実は同じ女性に、ご子息が廃人同然にされてしまったと……」
ふ〜む。
そりゃ気の毒に。
だが話からして、シャカシャカが何かをしでかした訳では無さそうだ。
何とかしてはあげたいけれど、ここはあくまで学園の生徒会であり、何でも屋じゃ無いからなぁ。
アロンテン家として動くには、それ相応の理由が必要になるし……。
思案しながら、私は2人に聞いた。
「で?そのご令嬢の名前は?」
私の問いにマリーが答える。
「エクルース伯爵令嬢よ」
伯爵っ⁉︎
そりゃまたとんでもない話だな。
こりゃますます、おいそれと手出し出来ないじゃないか………。
う〜むと眉間に皺を寄せる私の隣で、キティがガターンッ!と椅子を鳴らして立ち上がった。
「エ、エクルース……伯爵……令嬢……」
ワナワナと口に手をやり、信じられないというように震えるキティの様子は、普通では無かった。
「どうしたのよ?キティ……」
思わず声を掛けた私の服を掴んで、キティは必死の形相で私に詰め寄る。
「今すぐっ!お兄様に連絡してっ!
今なら王宮の方のクラウス様の執務室にいらっしゃるわっ!
宮廷に出仕する前に、早くっ!」
切羽詰まったようなキティの様子に、私は言われるがまま、慌てて通信魔法をノワールに飛ばした。
念話は距離があり過ぎて無理なので、小さな鳥型の通信魔法を飛ばすしかない。
一応、最高速力で飛ばしておいたが……一体キティのこの慌てぶりは、何なんだろう?
「マリーちゃんとリゼちゃんは一緒に来て。
詳しい話を私のお兄様にも一緒に聞いてほしいの、お願い」
急にキティに頭を下げられた2人は、訳が分からないといった感じで呆然としたまま頷いていた。
事情は分からないが、キティのこの様子は普通じゃない……。
ノワールも関係しているなら、ますます知らん顔する訳にもいかないな。
生徒会の仕事は、ユラン、ゲオルグ、エリクに任せ、私達4人とエリーは直ぐに王宮へと向かった。
「お兄様っ!大変なんですっ!」
王宮のクラウスの執務室に通されるなり、キティはノワールに駆け寄りその胸に飛び込んだ。
もちろん、執務机に座っているクラウスがピクリと眉を引き攣らせたが、今はそれどころでは無い。
「どうしたの?キティ?
シシリアから連絡を貰ってここで待機しておいたけど、何があったの?」
キティを落ち着かせるように、ノワールが優しい声で問いかけると、キティは一瞬言葉を詰まらせ、ジッとノワールを見つめた。
ややして意を決したかのように、落ち着きを取り戻し、真剣な顔で口を開く。
「……お兄様、落ち着いて聞いて下さい……。
マリーちゃんとリゼちゃんのお知り合いの方からの情報で……。
エクルース伯爵令嬢が、数々の男性を誑かし、人にご迷惑をかけているという話があるそうなのです……」
キティの言葉に、ノワールが一瞬で表情を失くし、元々白い肌を更に真っ白にして目を見開いている。
「……な、にを言って……そんな訳……」
キティの肩に置かれたノワールの指が微かに震えていた。
10月とはいえ、まだ暖かい陽気であるにも関わらず、窓に結露が出来るほど部屋の温度が下がった瞬間、クラウスが静かに立ち上がり、ノワールの肩を掴んだ。
「待て、まずは2人から詳しく話を聞くのが先だ」
急に温度が下がった部屋で、抱き合って暖を取り合うマリーとリゼを、クラウスがチラッと見て、ノワールは何とか落ち着きを取り戻した。
「すまない……何か、暖かいものでも淹れるよ……」
ノワールにそう言われて、マリーとリゼはホッとしたように体の力を抜いた。
キティも相当だったが、ノワールの方の動揺は尋常では無かった……。
一体、エクルース伯爵令嬢とは何者なんだろう。
結局、キティとリゼで皆の分のお茶を淹れて、目の前に配っていった。
マリーはそれを一口飲んで、ホッとしたように息を吐いてから、早急に口を開く。
「私には独自のコミュニティがあるんです。
〈うる魔女〉のファンサ……サークル、つまりファンの集いを運営しているのですが、そこでは多種多様な人間から話を聞く事が出来るんですね。
貴族平民、老若男女問わず、様々な人間が集まってきますから。
そこで最近話題になっているのが、エクルース伯爵令嬢です。
彼女は婚約者のいる男性に手を出しては、男女の仲を引き裂き、楽しんでいるそうです。
婚約破棄にまで陥ったケースもあり、もちろん男性側は多大な慰謝料が発生するのですが、女性側もどんなに相手が有責であれ、社交界では傷物として扱われてしまいます。
つまり、次のお相手はどうしても格が落ちてしまうのです。
どうやらエクルース伯爵令嬢はそこまで知っていて、ワザと婚約者のいる男性ばかりを好んで籠絡しているようなんです」
マリーの話に、ノワールの表情がますます白くなっていく。
それは見ていて痛々しい程だった。
次に、リゼがそのノワールを気遣うように、おずおずと口を開いた。
「あの……私の方は、知り合いの夫人から相談されたのですが……。
ご子息がエクルース伯爵令嬢から違法な薬物を強要され、今では廃人同然になっているそうで……。
我が家のポーションを頼りに訪ねに来られたのですが、うちのポーションは国に厳しく管理されていて、私の一存ではお渡しする事も出来ず……。
私の生成出来るポーションを密かにお渡ししたのですが、それで少し良くなると、直ぐにエクルース伯爵令嬢の元に戻り、また薬物に手を出してしまうそうで……。
やはりエクルース伯爵令嬢との関係を断つには、私達だけでは力不足だと、今回シシリア様にご相談する事にしたんです」
リゼの話を聞いたノワールは、いよいよぶっ倒れそうな顔で微かに体を震わせていた。
「テレーゼお姉様はそんな方じゃありませんっ!
そうでしょ、お兄様っ⁉︎
これは何者かがエクルース伯爵令嬢を騙り、お姉様の名誉を汚しているとしか思ませんっ!
お兄様っ!しっかりなさって下さいっ!」
まるで蝋人形のようになってしまったノワールの手をキティがギュッと握り、必死にそう訴えると、ノワールの表情が徐々に戻ってきた。
顔色は依然真っ白なままとはいえ、大分持ち直してきたようだ。
「……そうだね、キティ……。
テレーゼはそんな人間じゃない……。
これは何かの間違いだ」
やっと瞳に力を取り戻したノワールに、私は申し訳無いが、確認しなければいけない事があった。
「ねぇ、そのエクルース伯爵令嬢というのは、もしかしてアンタが長年探し続けているというご令嬢の事?」
私の問いに、ノワールは瞳に力を込めてこちらを見つめてきた。
「そう、テレーゼ・エクルース伯爵令嬢。
僕が長年追い求めてきた、心からお慕いしているご令嬢だ」
……やっぱり。
となると……。
難しい顔をする私の隣で、マリーとリゼが息を呑むのが分かった。
そう、どれだけノワールが彼女を慕い続けてきたと言っても、それだけでエクルース伯爵令嬢が本人では無いという証拠にはならない。
長く会っていない内に、彼女がノワールの想像も出来ない程の変貌を遂げている可能性だってあるのだから。
「確か、アンタ達は幼い頃に別れたきりだって言ってたわね」
誰も言えない事なら、私が言うしかない。
私のその問いに、ノワールは私の考えも分かった上だという顔で、真剣に答えた。
「そうだよ、僕達は10歳の頃から会っていない。
それでも、彼女はそんな人間では無いと、断言出来る」
その力強さを真正面から受け止めてやりたいが、残念ながらそうもいかない。
被害者がいる以上、どちらか片っぽだけの意見を信じる事は出来ない。
それが例え、仲間であるノワールでも。
「……エリー、エリクと合流して、件のエクルース伯爵令嬢について調べてきて頂戴」
「イエス、マイロード」
返事をするやいなや、エリーはその場から一瞬で姿を消した。
慣れっこのマリーとは違い、リゼは驚愕に目を見開いている。
「……悪いわね」
ノワールに向かってボソッと呟くと、なんて事ない顔でノワールが、やっと少しだけ笑った。
「当然の判断だよ。僕は大丈夫。
テレーゼを信じているからね」
そのノワールの隣で、キティもノワールの手を強く握ったまま、力強く頷いた。
「私もっ!テレーゼお姉様を信じていますっ!」
真っ直ぐな緑の瞳。
やはりこの兄妹はよく似ている。
私だって2人の信じる人間を手放しで信じてやりたい。
件の令嬢が、本当にこの2人が信じている令嬢では無い事を、後は祈るしか無かった。
「じゃ、マリー、リゼ、貴女達が聞いた話をリストにしておきたいから、出来るだけ細かく話を聞かせて。
作成出来たら直ぐに、調査に向かったエリクエリーにも共有するわ」
そこから、マリーとリゼに話を聞き、出来るだけ細かいリストを作った。
リゼの知っている被害者は1人だけだが。
マリーの方はなかなかの人数になった。
それもその筈だ、婚約者のいる男を狙っているのなら、被害を受けるのはその2人だけでは済まない。
婚約はお互いの家同士で結ぶもの。
それによって生まれる筈だった利益にさえ亀裂が入るのだ。
そこに関わっている人間は、大なり小なり不利益をこうじる。
家紋同士の婚約を簡単に破棄出来ないのは、そういう事情もある。
それを意図的に起こしているとしたら、件のエクルース伯爵令嬢は、稀代の悪女か、ただの根性のねじ曲がった阿呆か。
もしも依頼を受けて仕事としてやっているとしたら、これもこれで大ごとになる。
高位貴族である伯爵家の令嬢が、真っ黒な商売に手を出している事になるのだから……。
どちらにしても、事は慎重に進めるべきだ。
出来上がったリストは直ぐさまエリクエリーと共有した。
これで後は2人からの連絡を待つだけ。
私達は、王宮の馬車でマリーとリゼをそれぞれの邸に送り届ける事にして、馬車まで2人を見送った。
2人を乗せた馬車が走り去ったのを見届けてから、私は密かに溜息を吐いた。
エリクエリーの事だから、数日とかからず調査を終えてくるだろう。
それがどんな結果になったとしても、ノワールに受け止めさせなければいけない……。
ノワールの氷魔法……強力なんだよなぁ。
どうしてもヤバい時は、師匠に遠慮無くSOSを送ろうと、密かに心に決めていた……。




