EP.129
「……可愛い……」
レオネルから受け取ったぬいぐるみを、嬉しそうに抱きしめるリゼを抱きしめたそうに見つめるレオネル……。
おい、◯無し。
物欲しそうに見てないで、抱きしめたらんかい。
やったらんかいっ!
それでも◯ぁついてんのかっ、貴様っ!
お前の仕える主をちったあ見習え?
ところ構わず遠慮も無く、キティのケツを追い回してはハグしてチューしまくりじゃね〜かっ!
いんだよ、アレくらいで。
リゼみたいな奥手にはっ!
フガーフガーと鼻息の荒い私の肩を、キティがポンポンと叩いて残念そうに首を振った。
あっ、だよね?
うちの兄ちゃんにありゃ無理だ。
すまん、あり得んかった。
しゃ〜ない、ちょっとだけ援護射撃をお見舞いしてやろう。
残念な我が同腹の為に。
私はンンッと咳払いをしつつ、リゼの抱いているぬいぐるみを指差した。
「あーー、リゼ?一発で落としたレオネルへのご褒美に、そっちのハリネズミの方はあげたら?」
私の提案に、リゼは驚いたように目を見開いた。
「えっ?でも……レオネル様にぬいぐるみだなんて……」
戸惑うリゼに、私はナハハッと笑う。
「レオネルはこう見えて、動物が好きなのよ、ねっ、レオネル」
だよなぁ?
可愛いハリネズミちゃんが大好きなんだろぉ?
なぁ?レオネル兄ちゃん?
私からの無言の圧を感じたのか、レオネルは慌てたように口を開いた。
「う、うむ。特に、その、ハリネズミが1番、その……好きだ」
レオネルの言葉にリゼはカッと頬を染め、急いでキツネからハリネズミを離すと、おずおずとレオネルに差し出した。
「あの……では、どうぞ。
その……少々変わった色のハリネズミですが」
レオネルはリゼから差し出されたハリネズミのぬいぐるみを、照れたように咳払いしながら受け取った。
「ありがとう、リゼ嬢……。
この色の毛並みをしたハリネズミが、その、私は1番好ましいと思う……」
いや、いねーよ。
リアルにそんな毛色のハリネズミは。
ツッコミが追いつかない状態の私などお構い無しに、今度は照れながらリゼが口を開く。
「そうなのですね……私も、この毛色のキツネが1番好きなんです……」
いや、だからいねーよっ!
そんな毛色のキツネッ!
ってか、お互いがお互いを1番好きだって言い合ってるみたいなもんじゃね〜かっ!
もうひっついちゃえよっ!
グダグダやってないで、一思いにひっついてくれっ!頼むっ!
イジイジイライラしながら、私が自分の首を掻きむしっていると、やはりキティが残念そうに首を振った。
「あの、ひっつくかひっつかないかの距離感を見守るのが醍醐味なの。
分かってないわね、シシリィは」
うるせーなっ!
恋愛脳が実装されてない私にはキツイんだよっ!
キィィィィっと手をワキワキさせる私を、やはりキティが残念な子を見る目で見つめ、スッとエリオットを指差した。
「見なさい。アレがジレラブを楽しむ正しい所作よ」
キティに言われた通りにエリオットに視線を移すと、そこには三角座りで肘を膝に乗せ、両手を頬に添えて、満足そうにキラキラ微笑むエリオット(見た目屋台のおっちゃん)の姿が……。
乙女かっ!
恋に恋する乙女かっ!
友達の恋を見守る奥手女子かっ!
やめろっ!ふふふって笑いながら小首を傾げるのはっ!
脳内でツッコミが止まらず、ゼーゼー肩で息をしながら、私には無理だと全てを投げ出す事にした。
……もぅ、好きにやってくれ……。
人の恋路を何とやら。
多分ほっといてもこの2人は上手くいくだろう。
……何年後かは分からんがなっ!
何年ジレながら文通続ける事になろうと、わたしゃもう知らんっ!
完全なるお手上げ状態で情けない限りだが、うちの兄ちゃんがヘッポコなんだから、仕方ないじゃん?
「ふふふ、兄妹揃って恋愛方面はヘッポコなんだから」
サラッと毒を吐くキティを、私は信じられないものを見る目で、目をガッと見開きまじまじと見つめた。
いや、待て。
今、私とアレを同等に扱ったか?
私はアレとは違うぞ?
好きな子が出来たら、直ぐにでも掻っ攫ってゴールインするからね?
あんな、どうなのか分かんない態度で焦らしたりしないから。
もっと、スパッとでバリっとで、キリッだから。
私の不満気な視線を横目でチラッと見て、キティはへっと鼻で笑った。
「自分の恋心を自覚出来てるあたり、レオネル様の方が上ね」
何だと、貴様ーーーーーっ!
聞き捨てならんっ!
聞き捨てならんぞっ!
私があの超不器用恋愛音痴より劣ると申すかーーーーっ!
もう許さんっ!
ちょっとそこに直れっ!
フンガーーーッと怒り狂う私を必死で止めながら、ノワールがまぁまぁと手で制してきた。
「許してあげてよ、シシリア。
キティはエリオット様を応援してるから、ついそんな風に言っちゃうんだよ。
でも、それも仕方ないと思うよ。
よく見てよ、あのエリオット様………。
レオネルとリゼ嬢をあんなに羨ましそうに見つめて……。
あれが立派な成人男性だと思うと、僕だって物悲しくなるよ………」
憐れむようにエリオットを見つめるノワールに、私も再びチラッとエリオットを見て、その哀愁漂う佇まいに、確かに、とつい頷いてしまった。
目尻に浮かぶ涙が、余計に憐憫を誘う……。
「シシリィ、良い?アンタはアンタのスタイルで。
リードする側じゃないと落ち着かないなら、もうそれで良いから、エリオット様を何とかしてあげて」
ウッと瞳を潤ませるキティに、私は何だか悪い事をしている気分になって、ポリポリと頭を掻いた。
「わ、分かったわよ……」
ちっ、仕方ねーな。
非常に不本意ながら、私はトコトコとエリオットに近付くと、その肩をポンポンと叩いた。
「この後の花火は一緒に見てやるから、その、元気出せよ……」
ポリポリとこめかみを掻きながら、ぶっきらぼうにそう言うと、エリオットの変装スキルが一瞬で解かれて元の姿に戻る。
「…………うんっ!」
瞳に涙を滲ませ、健気に笑うエリオットを、一瞬可愛いと思ってしまった私は、慌ててエリオットから離れると、そっけない態度で最後にチラッとエリオットを振り返った。
エリオットは胸をギュウっと掴んで潤んだ瞳でこちらを見つめている。
「じゃあな……後で」
それだけ言うと、フイッとエリオットに背中を向ける。
その背中越しに、弾んだエリオットの声が聞こえた。
「うんっ、リアッ、また後でねっ!」
その声に、手をヒラヒラさせて応え、皆の所に戻った。
「さっ、もうこれで良いでしょ?
他の屋台も回って、遊び尽くすわよっ!」
オーッと拳を上げる私に、ユランが動揺しまくりの顔で、アワワッとエリオットを見つめ、震えた声を上げた。
「あ、あれっ、アレって、王太子殿下じゃないですかっ⁉︎
えっ、い、良いんですかっ!
殿下があのようなっ、屋台の主人の真似事などっ!
セ、セキュリティッ!セキュリティ的なものはどーなってるんですかっ!」
その素っ頓狂なユランの声に、皆が苦笑いしながら、ナイナイと顔の前で手を振る。
「アイツをここで害せる人間がいたら、即スカウトするわ、私の私兵団に」
「いや、そんな逸材、王家で囲って国の為に働かせるのが筋だろう」
「でも、エリオット様を害せる程の人間を、どうやって捕まえるの?」
「クラウスならいけんじゃね?」
「……俺でも、ギリだな」
口々に好きな事を言い合って、ナハハ〜っと笑う私達を、ユランとリゼが信じられないといった目で見ている。
そのユランの肩を、ミゲルがポンポンと叩いて、自分の口の前で人差し指を立て、溜息が出るほど美しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、エリオット様は神の愛し子ですから」
ふふっと微笑まれたユランは、ポゥッとした顔で頬を染める……。
あっ、ヤバい。
私が危険を察知すると同時に、マリーがダラダラと涎を垂らし、ミゲルとユランににじり寄っていった。
「……オモォ……オ、オモォ………」
そのマリーに2人がヒィッと小さく悲鳴を上げた瞬間、ジャンがズビシッとマリーの脳天に手刀を食らわせた。
「こら、何か知らんがやめろ」
白目を剥いてキュウッと気を失うマリーを、ジャンはドッコイショと軽々肩に持ち上げている。
「ちょっと、それでも伯爵令嬢なんだから暴力はやめてよ、あと荷物みたいに運ぶのもやめて」
私に注意されたジャンは、肩に担いだマリーを胸に抱え直し、お姫様抱っこにチェンジしながら、ハハッと笑った。
「ちゃんと手加減はしたぜ?
俺ちょっと、コイツの扱い方が分かってきたわ」
マジか?
マリーの扱いを自ら自己学習しようとは。
何て奇特な奴なんだ、ジャン。
えっ?
じゃあもう、任せて良い?
マリー全般、お前に丸投げして良い?
遊び半分でマリーの推しであるジャンと絡ませてみたのだが、意外にジャンが使えそうな事を知って、私は内心ほくそ笑んだ。
いやぁ、前から面倒見が良い奴だなとは思っていたが。
マリー級の世話係までこなせるとは。
使える奴だなぁ、ジャン。
うんうんとニンマリ笑っている私の隣で、クラウスがコソッとキティに耳打ちをしている。
「さっきの、兄上とシシリアのも、アオハル?」
そのクラウスの問いに、キティが残念そうに首を振った。
「あーー、アレはアオハルにあらず、ですね。
幼稚なシシリィに合わせて、エリオット様が戯れているだけですから。
そーゆーのは、ノーカンです」
厳しい口調のキティに、クラウスがへーっと感心したように口を開いた。
「キティは物知りだね」
ニッコリ微笑むクラウスに、キティが偉そうに胸を張っている。
う、うるせーーよっ!
爛れたお前らよりマシなんだよっ!
もう私の事は、放っといてくれっ!!
夜が深まり、花火が始まる合図が打ち上がった。
皆で高台に移動して、まだかまだかと花火が打ち上がるのを待っていると、音も無くスッと、エリオットが私の隣に現れた。
浴衣に着替えているエリオットは、闇夜で悠然と微笑み、妖しい色気を放っている。
急に胸がドキドキしてきた私は、ちょっと上擦った声でエリオットに話しかけた。
「屋台、繁盛したの?」
その私に、エリオットは流し目を送りながら、ふふっと笑う。
「うん、お陰様で」
その微笑みが妙に色っぽくて、私は背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
ダメだ。
落ち着け、落ち着け。
こうやって、いつもエリオットのペースに呑まれるから、変な感じになるんだから。
リードは私。
そこさえ譲らなければ、きっと大丈夫だ。
私はカッと目を見開くと、意を決してガッとエリオットの手を握った。
途端、トゥンク……と胸が高鳴る乙女みたいな顔になるエリオットに、ホッと息を吐いた。
よしよし。
これなら大丈夫そうだな。
「……リア、もうこの手を離さないでね……」
いつものようにはしゃいでふざけ出すエリオットを、私はチラッと横目で見て、フンっと鼻で笑った。
「離してほしくなかったら、良い子にしてることね」
変な色気とか醸し出すの禁止な、マジで。
「うん、僕いくらでも良い子に出来るよ」
エリオットがニコニコご機嫌に笑った瞬間、パァンっと耳を突き抜ける音と共に、花火が打ち上がった。
色とりどりの花火が夜空に咲き誇る様子を、呆然と見上げながら、私はふと、1年前、この同じ場所で花火を見上げながら固く決意したことを思い出した。
あの頃は、キティが原作通りに死を迎える未来から何とか逃れようと必死だった。
そう、原作通りなら、キティは今ここには居なかった筈だから。
あの時、私は誓ったんだ。
やっぱりこの大輪の花火を見上げながら。
来年……の夏。
原作には存在しない、キティの来年の夏。
私は必ずそこにキティを連れて行く。
そして、来年こそ、キティに心から楽しんで貰うんだ!って。
そう密かに決意した時も、こんな風にエリオットと手を繋いでいたっけ。
あの時の決意は無駄じゃなかった。
キティを助ける事が出来たし、またこうして祭りに連れてこれた。
……良かった、本当に。
本当に、良かった。
運命なんて最初から無かったのかもしれないけど、もしあったなら、運命のその先に、私はキティを連れてこられたんだ。
前世では16年しか生きられなかったキティ。
でも、この世界では、もっとずっと先に。
前世では見られなかったずっと先まで生きて欲しい。
生きていける、絶対に。
それは、もちろん、私も。
飽きるくらいに生きて生きて生きてやる。
その人生を共に歩くのが、もしエリオットなら、私は退屈する暇もないんだろうな、きっと。
そう考えて、思わずフッと笑った私を、エリオットが不思議そうに見つめている。
「どうかしたの?リア」
首を傾げるエリオットに、私はエリオットの真似をして、精一杯妖しく微笑んでみた。
「別に……ただ、この先もアンタがこうして隣にいたら、退屈しなくて済むな、と思っただけ」
私の言葉にエリオットは目を見開き、頬を染めた。
「リアッ、それって、プロポ」
エリオットに最後まで言わせないように、私はその口を指で押さえると、やっぱりエリオットの真似っこをして妖艶に微笑む。
「さぁ……?どうかしらね」
途端にエリオットがグイッと私の腰を抱き寄せ、顎を掴んで上向かせた。
そのまま耳元に、唇が触れるくらいの距離で甘く囁く。
「永遠に君を愛すると誓うよ、リア……」
いつものこそばゆさとは違う、何だが背中にゾクゾクとしたものが走り抜けて、体から力が抜けてしまい、エリオットにもたれかかってしまった。
真剣な目で私を見つめるエリオットの瞳に吸い込まれそうになっていると、エリオットが親指で私の唇をゆっくりと撫でた。
その瞳が狂熱に取り憑かれたかのように、熱く揺らめく。
その熱に浮かされるように、私の唇が少しだけ開いた瞬間、慌ててそのエリオットから視線を逸らした。
「……まだ、駄目……」
震える私の声に、包み込むような優しいエリオットの声が応える。
「分かっているよ……」
そう言って、エリオットはその胸に、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと私を抱きしめた。
「今はまだ、こうしていようね、リア……」
まるで自分に言い聞かせるような、エリオットの少し苦し気な声に、胸の奥がツキンと痛んだ。
そう、今はまだ。
色々な事が片付いていない。
私達は、広げっぱなしにしたまま知らん顔出来る立場では無いのだから。
……だけど、いつか。
全てが綺麗に片付いたら。
………その時は。
エリオットの望みを、ほんの少しだけでも叶えてあげられる私になれていたら、と思う。
そう、それは、きっと難しい事なんかじゃ無いと、今ならそう思えるから………。




