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EP.125



皆との話し合いの後、日々は平穏に過ぎて行った。

そして、あれから1ヶ月程経ったある日、そのニュースは衝撃を伴って、王都を駆け巡った。


『王太子殿下の婚約者、クラーラ・ルシェット伯爵令嬢、逝去』



とうとう、ルシェット伯爵令嬢の死が発表されたのだ。


……皆さん、覚えていらっしゃるだろうか?

そう、クラーラ・ルシェット伯爵令嬢……。

何を隠そう、アランさんの事だ。


あの、帝国魔法騎士団特別部隊の隊長、アラン・パーシヴァル伯爵。

私達の兄弟子であり、エリオットの右腕として帝国から王国を支え続けてくれている、めちゃカッコいい兄貴(妻子あり)!

あのアランさんである。


自分が性同一性障害である事を幼い頃から自覚していたアランさんは、師匠に弟子入りし、共同で性転換魔法手術の研究を進め、それに成功した。

自身がその性転換魔法手術の最初の被験者になり、研究の真の成功を証明してみせたのである。


それにより身も心も正真正銘の男性になったアランさんに、エリオットが帝国に新しい身分を用意した。

それが、アラン・パーシヴァル伯爵。


そこからアランさんは実力主義と名高い帝国魔法騎士団で、特別部隊の隊長にまで上り詰めたのだった。


私はそんなアランさんの生き方に、敬意を感じると共に憧れていた。

どんな事があろうと、自分を曲げず、まだ誰も受けた事がない魔法手術にも果敢に挑んだその強さに惹かれ、トキメイたりしていた時期もあった程だ。

私は、アランさんのように強くなりたいと思った。

最後まで自分を見失わず、自分を貫き通す、そんな力が欲しいと。



そして、実はアランさんが魔法手術を受けると同時に、クラーラ嬢の方は病気で身罷る筈だったところを、アランさんがエリオットの為に、多少無理が出てもギリギリまで王太子の婚約者であるクラーラ嬢を残そうと提案したのだ。


また婚約者選びで、エリオットの周りが煩くなる事を心配しての事だった。


そのアランさんの提案にエリオットは甘えに甘え……。

気が付けば、エリオット22歳。

3歳上のクラーラ・ルシェット伯爵令嬢は、25歳……。


お分かりだろうか?

この国の女性の結婚適齢期は18歳前後。

早ければ早い方が良いと、16歳には社交界デビューさせ、成人として結婚市場に乗り込ませる訳だ。


二十歳を過ぎるとどんどんと行き遅れに近づいていくなか、王太子の婚約者であるクラーラ嬢は、大病を患い床から起き上がれないまま(設定)だった。


勿論、クラーラ嬢からの要望もあり、ルシェット家からエリオットに再三婚約破棄の申出をしているのだが(設定)幼い頃に婚約者として選んだクラーラ嬢を病を理由に婚約破棄になどしたくないと(設定)エリオットが首を縦に振らず。

とうとうこの年になるまでエリオットは誰とも婚姻しないまま(逃げ切り)大病を患う婚約者を一途に想ってきた(設定)のだった……。



流石に甘え過ぎなんだよっ!!!

逆によく今までその設定を貫き通してきたなっ!

感心するわっ!

その、鋼の心臓に更に毛が生えた神経に。


エリオットがクラウスの生誕パーティ前に、何やらニヨニヨしていたのはこーゆー事か、と私は溜息を吐いた。



「お疲れ様、シシリアちゃん。

君も色々と大変だね」


私のその溜息に、直ぐさま気付いて労いの言葉をかけてくれるアランさん。


「いえ、アランさんこそ、御愁傷様です(長きに渡る長期任務お疲れさまでした)」


「ああ、うん、ありがとう(?)」


謎の会話を繰り広げながら、私達はクラーラ嬢の棺の前で、悲壮な顔で静かに涙に暮れるエリオットをボーッと眺めた。


「アイツ、あーゆーの本当に得意ですよね?」


私の呟きに近い問いに、アランさんはほぼ棒読みで答える。


「ああ、うん。あんなに悲しんでもらえて、クラーラ嬢ももう思い残す事は、全くこれっぽっちも1ミリも無いだろうね、ヨカッタヨカッタ」


ハハ、フハハハ、と密かに笑い合う私達。

目の前では、クラーラ・ルシェット伯爵令嬢の葬儀がしめやかに執り行われていた。



元、とはいえ、自分自身の葬儀に参列している事になるアランさんは、このとってもシュールな状態にも全く動じている様子は無かった。


『クラーラとは、性転換魔法手術が成功した時に、永遠の別れをすましたからね』


葬儀の前に、そう言って笑って教えてくれた、アランさんは本当に強い。

ここまで自分を貫き通せるなんて、簡単に出来ることじゃないのに、その姿はいつだって穏やかで軽やかだった。



「そう言えば、早速騒ぎ出しているみたいだね。

今もほら、どうやら君にお願いしたい事があるみたいだよ」


私にだけ聞こえる声で、アランさんが密かにハハッと笑った。


アランさんに言われ、目だけでチラッと見やれば、王族派のご夫人方が気遣わしげにチラチラと私を見ている。


チラチラ私を見て、チラチラエリオットを見る、を繰り返しているようだ。

その奇妙な仕草の真意は……。

婚約者を亡くして哀しむ王太子殿下のお側で、お慰めになったらいかがかしら?

えっ?何でさっきからそこを動かないのかしら?

あの殿下が見えてらっしゃらないの?

ってか、隣の殿方はどなた?


……って、ところだろうか……。


そう、例のあの生誕パーティ以来王族派が、フリードに私は相応しくない(もったいない)と騒ぎ始めていたのだった。


それに対抗するように、貴族派が、殿下のお気持ちをしっかりと繋ぎ止めていないシシリア様が悪い、そもそも、愛妾如きに目くじらを立てているから(立てていない)殿下に愛想を尽かされるんだっ、とか、全部私のせいにしようとして、更に王族派に燃料投下。


未だかつてないギスギスした関係に陥っていたところに、今回のクラーラ嬢逝去の一報をうけて、王族派はますます勢い付いているという訳だ。


必死になって私とエリオットを引っ付けようとする圧が凄い……。


貴族派の方はそうはさせるかと、こっちもこっちでもの凄い圧を放ってきている。

私がエリオットに少しでも近付けば、二心あり、浮気者っ!と糾弾する気満々である……。


シシリア様が例え不貞の輩だとしても、フリード殿下はお心が広いので許して下さるでしょう。

そのフリード殿下のお心に感謝して、今後は殿下に誠心誠意お仕えし、たかだか愛妾程度の事で煩く言ってはいけませんよ。

貴女に殿下を責める権利は無いのですから。


とかってシナリオが書かれたメモを、さっき中庭で落として行った貴族派の貴族がいたが……。

王族派に見つかる前に、黙ってポッケないないしておいた。


このメモ……あと何人が持っていることやら。


正直、貴族派としても今回のフリードの件は頭が痛いところなのだろう。

常識も、王家の格式も何もあったもんじゃ無いからだ。

実際、行き過ぎたその行為に、もうついていけないと王族派に鞍替えする為、我が家に相談にきた貴族も何人かいたくらいだ。


まぁフリードは貴族派の分かりやすい旗印なもんで、それがこれだけ分かりやすい愚行を犯したもんだから、何とか体裁を整える為、貴族派も必死なのだろう。


更に、それに加えて、フリード自身が毎日、シシリアなんかとは婚姻しない、おれはニーナと結ばれるんだっ!

と暴れて喚き散らしているらしいから、もうなんとも言えない……。


ニーナ様はどうか愛妾に、側妃に、第二夫人にと何とか宥めようとする周りに反発して、次々に人を跳ね除け、自分の側から切り離し、ますます孤立していってるそうだ。


もう完全に、シャカシャカの掌の上だな。

そのうち人の倫理観など、余裕で超えてくるだろう。


そんなフリードの不穏な空気などお構いなしで、貴族派の面々は自分達の保身の為に必死になっているようだ。

何が何でも私をエリオットに奪われる訳にはいかない、が、フリードの不貞を無かった事に出来るくらいの浮気現場を押さえられないか、とギラギラ目を光らせている……。


いや、ならねーよ。

どの口が言ってんだよ。


もちろん今も、アランさんの隣に座る私に、何か言いたそうにウズウズしている様子だ。


その貴族派の動きをチラッと見て、アランさんがレオネルに軽く手を振った。

直ぐにこちらに向かってきたレオネルは、私の隣にドカッと座ると、貴族派共をギラリと睨み付ける。


ナイス、安全牌。

我が血を分けた同胎よ。


流石に実の兄であるレオネル相手に、浮気だ不貞だとは言えないだろう。

当たり前だが。


そもそもが、お宅の王子が公式のあの場で堂々と浮気相手と登場してきておいて、私の不貞がどうのこうのとどの口で言うつもりなのか……。


だが、ポケットに入っているシナリオ通りの茶番を演じさせるのもまた一興かもしれん……。


フッフッフッとドス黒い笑みを浮かべる私に、レオネルが密かに溜息を吐く。


「今頭に浮かんでいる碌でもない事を本当に実行しようものなら、母上に頼んでお前の淑女レッスンを今の五倍に増やしてもらうからな」


ギロッと横目で睨まれて、私はヒィィィッと縮こまった。


薄情者めっ!

冷血漢っ!

人でなしっ!


ピエンと泣き顔になりながら、レオネルの横顔を見つめていて、私はふと気になった事をそのまま口に出した。


「そういえば、リゼにはちゃんとお礼をしたの?」


不甲斐ない兄のパートナーを務めてもらったのだ、レオネルにはパーティの後、リゼにお礼状と花くらい送っとけよ、と言っておいたのだが……。

この朴念仁には無駄だったか?



「もちろん、手紙と花を贈ったが」


何やら咳払いをしつつ、レオネルは口元を隠して私から顔を逸らせた。

その顔をよくよくよ〜く見ると、若干その目元と耳が赤いような……?


「で、それで終わり?」


思い切って深追いしてみると、レオネルは今度は何度も咳払いして、やはり私から顔を背けたまま、ぶっきらぼうに答えた。


「リゼ嬢から、大変丁寧な手紙と……素晴らしい刺繍入りのハンカチが返ってきたな……」


ほうほう。

うちの朴念仁が、刺繍を素晴らしい、とな?


「あら、そんなに素敵な物を頂いて、それで終わり?」


ニヤァと笑いながら更に追い込むと、レオネルはますますフンっとそっぽを向く。


「もちろん、それにも手紙を返し、それから万年筆を贈った。

貰った手紙のインクが滲んでいたからな。

手持ちの万年筆の調子が悪いのだろうと思って」


あ、うん。

あの子んち、貧乏だからね。

新しい万年筆を買うくらいなら、その日の夕食の品数を一品増やす方を選ぶと思うよ。


しかし、公爵家嫡男に壊れた万年筆で手紙を返すリゼの豪胆さよ……ますます好き……。


「ふ〜ん、アンタにしてはかなり気が利いてるじゃない」


私が感心してそう褒めると、レオネルはバッとこちらに勢い良く振り向き、眉根に皺を寄せた。


「いや、私はまだまだ配慮が足りなかった。

インクとインク壺も必要だったのに。

返事が返ってきてやっとその事に気付いたんだ。

インクの質が落ちている事に早く気付いていれば、万年筆と共に贈ったのに。

手紙と一緒に貰った、押し花の栞の礼に、直ぐに最上級品のインクとインク壺も贈っておいたが……」


う〜んと、そうだな?

まず、どこからツッコもうか?


無念……とばかりに顔を顰めるレオネルに、さてどこから突ついてやるかと手をワキワキさせていると、隣から柔らかいアランさんの声が聞こえた。


「インクの劣化に気付くほど、その令嬢の手紙を読み込んでいるんだね?」


にっこり笑顔で爆弾を投下してくる俺らのアラン兄貴っ!

そこにシビれるっ!あこがれるぅっ!


瞬間、レオネルがボンっと顔を真っ赤にして、アセアセと早口で捲し立て始める。


「べ、別に、貰った手紙を読み込むのは礼儀でしょう?」


嘘つけっ!

お前毎日山のように届く令嬢達からの手紙を、碌に読みもせず執事にポイして任せっきりにしてんじゃねーかっ!


「それに、リゼ嬢の手紙には、彼女の品位がよく表れていて、大変好ましい文なもので、まぁ、参考になる所が多いなと、あくまで手本として、読み返す事はありますね。

そんなに頻繁にではありませんが、日に2、3回程度は。

まぁ、時には4、5回読み返す日もありますが……。

彼女からの手紙の手本を受け取る為、道具を揃えるのは至極当然に思えますが?」


いや、読み返す回数多いな……とドン引いてる私に、アランさんが耳元でコソッと囁いた。

ちなみに、耳に息がかからないよう配慮してくれている。

もう……その細かい気遣いに腰が砕けるっ。


「だいたいこういう時は、半分くらい少なめに言ってるからね」


アランさんの言葉に、私は目を見開いてその顔をマジマジと見つめる。

アランさんはにっこり笑いながら、確信があるかのように深く頷いた。


え〜〜〜……。

じゃあ、コイツ。

日に10回くらいはリゼからの手紙を読み返してるの〜〜〜?

嫌だ、変態。


私の反応にアランさんは満足そうに笑って、レオネルに向かって人差し指を立てた。


「花や日用品も良いけどね、やっぱりご令嬢には宝石を贈りなさい。

まだ文通程度の相手なら、大きな物は避けて、小さなブローチや替えボタン、日用品にもさりげなく宝石を埋め込むといいよ」


大人の男性からの的確なアドバイスに、レオネルは珍しく顔を輝かせた。


「ご指摘感謝する、アラン殿。

ああ、では彼女の瞳の色の……いや、髪の色も捨てがたい……。

では早速、次は小ぶりのピンブローチを贈らせて頂こう」


いつも不機嫌なレオネルのご機嫌な様子に、アランさん、やっぱすげーっと感心するばかりだった。


うんうん、宝石なら換金しやすいしな。

リゼも潤うってもんだ。

先の万年筆やインク壺も、夕食のもう一品に変わってくれていれば、レオネルとて本望だろう。


「で、それから手紙の滲みはどうなの?」


何故か改善しないんだ、と答えが返ってきたら、また新しく贈ったら?今度は宝石を埋め込んで、とアドバイスするつもりでいたが、しかし答えは意外なものだった。



「ああ、最近貰った手紙では、滲みも無く、彼女本来の美しい字で綴られていた」


何か自惚れるみたいなレオネルの表情にイラッとしつつ、その答えに私は首を傾げた。


何だ、換金しなかったのか。

遠慮せず、食費に換えればいいのに。


因みに、パーティ前に贈ったドレスやら装飾品やらは、元々お金に変えてもらう為、多めに贈っておいたのだが、それらはちゃんと換金しただろうか?

すれば良いと言ってあるのだが。


まぁ良いや。

これからもレオネルにはリゼにガンガン貢いで貰おう。

それでリゼが少しは潤うなら、レオネルだって文句はないだろう、いや、私が文句など言わせない。


「まぁ、良い事だね。

資産の有り余っている家の息子が令嬢の1人にくらい貢がないで、どう経済に貢献するというのか。

早く、より豪華な贈り物を出来る間柄になりなさい」


ふふっと大人な微笑みでアランさんに見つめられ、レオネルはこれまた珍しく年相応の笑顔ではにかんだ。

凄く、控えめにだけど。


アランさん、そのただ漏れるお兄さん感がヤバいです……。

うちのレオネルまでこうも簡単に、ただの恋する男に変えてしまうとは……。


もう……しゅてき……。



……本当に、さっきからこっちをチラチラと伺って、持ってるハンカチを口に咥えギリギリ醜い顔で噛みちぎろうとしているあの男に、少しは見習って欲しいもんだ。


良いから、最愛の婚約者を亡くした失意の王太子の役に専念しろやっ!

こっち見んなっ!!






すみません。

以前エリオットを自信満々に23歳とか言ったような気がするのですが、シシリアの5歳上なら22歳ですよね……。

とうとう数も数えられなくなってしまいました……くっ、無念……。


ちなみに、現在。

シシリア、キティ→17歳

クラウス達いつメン→19歳

リゼ達新メンバー→16歳

となっております。


あれ?ちゃんと数、数えられてるかな……?

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