EP.124
「ど、どーいう事だよっ。
アレ、気付いてねぇ?
お前が前世アイツらに殺された、私の親友本人だって、気付いてねぇっ?」
怯えた私の小声に反応するように、キティが手にした茶器をカチャカチャと鳴らす。
「そ、そんな訳ないと思うんだけど……。
私、そんな話した事ないし……」
真っ青な顔色のキティは、既にその大きな瞳に涙を浮かべている。
一旦お茶でも飲んで落ち着こうという話になり、流石にここにメイドを呼ぶ訳にもいかず、私とキティでお茶の用意を買って出て、ヒソヒソと小声で話し合っている訳なのだが……。
チラッと後ろを振り返ると、先程のクラウスの怒気に当てられて、皆ぐったり死屍累々としている……。
ごっそり生気を奪うレベルの怒気を放つんじゃねーよっ!
あの無自覚魔王めっ!
「とにかく、今まで通り知らん顔を貫き通すのよ、分かった?」
私の言葉にキティがカタカタ震えながら小動物のようにコクコクと頷く。
加えて涙目なのが不憫で仕方ないっ!
皆の前にそれぞれティーセットを配り、自分の分のお茶を口に運ぶと、ホッと息を吐いた。
皆も少し生き返ったような顔をしている。
「ニーナについては、警戒はしても手は出さないでね。
師匠にどうしても必要な人間らしいのよ。
ほら、この前、エブァリーナ様バージョンの師匠が言ってたでしょ?
王国の永久の安寧を実現するって。
師匠はその為に何十年も時間を割いて来たのよ。
ずっと探してきた、その最後のピースが、ニーナなんだって」
主にクラウスに向かって、早々に釘を指す私に、ノワールが不思議そうに首を傾げた。
「それはどうやって分かったの?」
ノワールの問いに、私の代わりにエリオットが口を開く。
「血を採取してね、そこから辿ったんだよ。
その人間の脈歴を辿る、師匠独自の魔法だね」
その答えに、ジャンが目を見開いた。
「あのバケモ……師匠、そんな魔法まで使えんのかよっ!
まじバケモ……スゲーなっ!」
せんせーーーっ!
ジャンくんが師匠の事化け物呼ばわりしてまーーーす。
また吹っ飛ばしてやった方が良いと思いまーーーす。
「確かに、凄い着想だな。
師匠にしか思い付かないように思えるが、一体師匠はいつも、何処からそんな着想を得ているんだ?」
レオネルの感心したような言葉に、エリオットがふふっと笑って片目を瞑った。
「実はそうでも無いんだよ。
師匠だって知っていた知識を応用しているだけさ。
ね、リア?君なら分かるんじゃない?」
急にエリオットに話を振られた私は、深く考えずに普通に答えてしまった。
「DNA鑑定の事?でもアレは、個人を特定したり、親子関係を証明したりは出来るけど、前世を辿っていくなんてファンタジーな代物じゃないわよ?」
私の言葉に、レオネルが目を見開きこちらに身を乗り出して来た。
「お前の元いた世界には、そんな便利な技術が存在していたのか?
魔法よりよっぽど凄いじゃないかっ!」
えーーー?
そう言われても、いまいち私には納得がいかない。
何でだよ?
魔法の方がよっぽど凄えじゃん。
「まっ、とにかく、そのディエヌエー鑑定の応用で、師匠は個人のアカシックレコードを暴く魔法を創りだしたのさ。
規模は壮大だけどね。
その人間の魂の起源まで辿れるらしいよ」
エリオットの言葉に、ジャンが何かを思い付いたのか、何か微妙な顔でエリオットを見つめた。
「……俺、また嫌な予感がするんだけど。
その言い方だと、師匠も前世持ちで、しかも記憶があるみたいに聞こえるんだけど……」
冷や汗をかくジャンに、エリオットがなんて事ない様子で軽く肩を上げた。
「そもそも、ニーナの気配を最初に認識したのは、前世の世界でシシリアに接触した時だからね?
その時シシリアに纏わりついていたニーナの気を思い出して、アレが必要な最後のピースだったのかって、その時は師匠はかなり落ち込んでいたよ。
何せ、必要な物が別の世界に存在していたって判明したんだからね。
流石に諦めかけた時、再びシシリアからあの気配を感じ、その主の血を採取して、求めていた最後のピースだと確信したんだよ」
エリオットの説明にジャンは片手で目を覆い、天井を仰ぐ。
「だから、何でその異世界からばっかり生まれ変わってくる訳?
しかもピンポイントで同じような場所に集まるとか、あり得ないんだけど?」
まぁな〜〜。
それは確かに、何も知らなければ気味悪いよなぁ。
実際には、地球の日本に存在していたスキル持ちの人間が、この王国を夢で覗き見て乙女ゲーを制作、その乙女ゲーの熱狂的ファンだった人間が、前世の人生で強い負の感情を抱いたまま亡くなり浄化されなかった魂となり、救済措置として大好きな乙女ゲーの舞台に生まれ変わったパターン。
これがフィーネとシャックルフォード。
師匠みたいにクリシロに頼まれたパターン。
キティみたいに元々の魂の住処に戻ってきたパターン。
で、私の特殊なパターンとか、理由は色々なんだけど、どちらにしても全てこの国に関連している事は確かだ。
偶然では無く理由はあれど、この国に集束されてきた魂。
そこにクリシロの思惑があるのか無いのか、それとも必然的にそうなるべく何かがこの場所にあるのか……。
う〜ん、と首を捻る私を横目でチラッと見て、またエリオットがジャンに向かって口を開いた。
「ニーナに関しては、シシリアの魂を追ってきたんだろうね。
もちろん、普通の人間の魂にそんな真似は出来ない。
ニーナは自身の魂さえ好きな場所に生まれ変わらせる、人を超えた力を持っているようだね」
それを聞いたジャンが、ジト目で私を見てきた。
「お前、ソイツにそんな執着されるような何をしたんだよ?」
おいっ。
ジャンからの完全なる濡れ衣に、私は額に青筋を立て、そのジャンをギロリと睨み付ける。
「そんなの、私が聞きたいわよ。
確かに小さい頃から学校は同じだったけど、碌に会話した事ないし、そんな執着されるような事をした記憶も一切無い。
私と親友が仲良くし出してから、急にフィーネを使って絡み出してきたのよね。
その前にも、仲良かった先輩に手出しされた事はあったけど、そこまでしつこくされたのは、その親友だけだったし」
私の燃えるような怒りを感じ取ったジャンは、たじろぎながら身を後ろに引いた。
「お、おう……何か、悪かった……」
ジャンの謝罪に、二度と訳分かんない事言うなよ、ともう一度強く睨み付けておいた。
その私達の会話を黙って聞いていたノワールが、何か思いついたようにハッとした顔をする。
「もしかして、シシリアの気持ちの天秤が傾く相手が気に入らない、とか?
他にも、シシリアが大事に想っている相手を苦しめる事で間接的にシシリアを苦しめたいとか、どちらにしても、直接シシリアに何かするよりシシリアにはダメージが大きい事をよく理解してるよね?
シシリアの知っている彼女は、どんな人間だったの?」
ノワールの問いに、私はう〜んと首を捻る。
「どんな……って言われても、本当に興味が無かったから。
あっちも私に興味ある素振りなんてしなかったし。
そうね……とにかく、表情筋は死んでた。
異常なくらい感情が無かったわね。
何かに興味を示したり、動揺したり、はしゃいだり、そんな姿は見た事無い。
あんま喋ってるとこも知らないし。
常に淡々と、どんな時も平常運転って感じで。
人との接触も必要最低限ってところだったわ。
フィーネは一方的に引っ付いて回ってたけど。
それから……そういや妙なカリスマ性があったわね。
一目置かれているというか、近付きたいけど近寄りづらいみたいな。
アイツのどこにそんな魅力を感じるのか、私にはまったく理解出来なかったけど」
私の返答に、ノワールは頷くと、自分の顎を掴んだ。
「それじゃあ、シシリアは?
シシリアは彼女の事をどう思っていたの?」
ノワールのその問いに、私は眉根に皺を寄せ、気乗りしない顔で答える。
「私は……アイツに近付きたくないと思ってた。
とにかく関わりたく無くて、無意識に避けてたかも。
何か……私らしく無いんだけど……。
見られたくなくて仕方なかったわね。
当時は負けたみたいな気がして、自分でも認めたく無かったんだと思うけど、正直私に気づいて欲しく無かった……今思えば、変な感情よね?
ただの同級生にそんな風に思うなんて……」
ハテと首を傾げた時、何かを言いたそうにハワハワしているキティと目が合った。
今にもその口を開きそうなその様子に、私は慌ててティーカップを持って立ち上がる。
「お茶っ、おかわりしてこよーーっ!
キティもどう?」
私の意図を汲んだキティは、自分のお茶を慌ててゴクゴクと飲み干し、私と同じように立ち上がった。
「そうね、何か凄い喉乾くわね、今日。
私もおかわりするわっ!」
アハ、アハハハハハッ!と作り笑いを浮かべながら、私達は皆から離れてティーセットが用意されたワゴンの前に素早く移動して、コソコソと小声で話し出す。
「スティスティスティッ!
アンタ今ゲロるところだったでしょっ!
自分から暴露する5秒前だったよねっ!」
もちろん小声だが、キティに激しくツッこむと、シュンと項垂れながら、ボソッと呟いた。
「……3秒前だった」
余計悪いわっ!
っぶねーーーーっ!
マジ危ねーーーーっ!
怒気だけで人の生気を奪い取る魔王の所業を見たばっかりだよね?
もしかしたら、薄ら勘づいてるかも?って状態でアレよ?
ガチ申告しちゃったら、どんな事になるか、考えただけで震えが止まらないわっ!
ちょっと考えてから行動して下さい、という想いを両目に込め、ガン開きの充血した目で迫ると、キティはアワワワワッと小刻みに震えながら、スミマセンスミマセンと声に出さずに呪文のように呟いている。
「で、何よ?さっきの話で何か引っかかるとこがあったから、とんでもない事言い出す3秒前だったんでしょ?」
もはやテーブルにも移動せず、淹れたばかりのお茶をゴックゴックと立ち飲みしつつ聞いてみると、キティは私の袖をキュッと握ってフルフルと頭を振った。
「朱夏さん、アンタに興味無いなんて事なかった。
アンタの事、常に見てたし、凄い意識してたよ。
……あと、何か……たまに不思議な表情してたよ?
懐かしむような……慈しむような……」
ダバーーーッ。
最後のとこで、口に含んでいたお茶をそのままダラーッと吐き出すと、キティがヒィィッと数歩飛び退いた。
「……クリーン」
直ぐに生活魔法でビチャビチャになった胸元を綺麗にすると、キティが恐る恐る戻ってくる。
「アンタが気持ち悪い事言うから、お茶吐いちゃったじゃない……。
何よそれ、そんな訳無いでしょ?
あのシャカシャカなのよ?」
ウゲーっと嫌そうな顔をする私に、キティは両手を握って拳にすると、それを上下にブンブンと振り始める。
「本当なんだってばっ!多分私しか気付いてない事なんだけど……。
確かに、偶にそんな顔してアンタを見てたのっ!
見てたって言っても、目だけで、それも微かに動かすくらい?
ボーっとしてるフリで見てたり。
そんな時偶に、口元がほんの少し上がるんだけど、そこから伝わってきたの、アンタへの想い、みたいなのが……」
うへーーーっ………。
嫌だわぁ……。
要らん情報ぶっ込んできやがって……。
はぁ〜ぁ。
私は渋々皆の所に戻ると、仕方なく、本当に仕方なく、口にするにも悍ましい、キティからの情報を皆に伝えた。
「そういえば、私のその前世の親友が、人の細かい機微にも聡い子で、ニーナについて言ってた事があるんだけど。
ニーナは私の事をよく見ていて、常に意識してるって言ってたわ。
何か……たまに……懐かしむような?慈しむような?気持ち悪い顔してたみたいよ?」
ピクピクと顔を痙攣させながら、何とか口に出すと、やはり非常に不愉快な気分に襲われた。
クソッ!メンタルごっそり削っていきやがってっ!
顔色の大変悪い私に、ふむとレオネルが自分のこめかみを押さえる。
「お前の認識とかなりかけ離れているな……。
その様子に気付けていたのは、お前の親友1人だけだったのか?」
その問いに、チラッとキティを見ると、皆にバレないように小さく頷いた。
「そうみたいね、人の事、かなり細かいところまで見抜く子だったから。
今思えば、神がかってたかもね」
私の答えに、キティはコッソリとドヤ顔でニヤニヤしている……。
いや、自分の事になると途端にヘッポコになる辺りは黙っておいてやっただけだが?
そのヘッポコぶりの一番の被害者である、その隣の魔王に今からでも謝っといた方がいいぞ?
ややして、ノワールがハタと何かを思いついたような顔で口を開いた。
「もしかして……その親友の子が殺されてしまったのは、それも原因の一つだったんじゃ無いかな?
誰にも気づかれたく無い、シシリアへの想いを、彼女だけが気付いていたから……」
ノワールの言葉にハッとした私は、さり気なく目だけでキティを見た、キティもハッとしたような顔をした後、何か考え込んでから、クラウスの陰に隠れて、深く頷いた……。
「……そうね、あの時はそんな事まで考えが及ばなかったけど……。
今思えば、そうだったのかもしれない……」
掠れた私の声に、ノワールが痛ましそうに哀しい眼差しを浮かべた。
「それで?今はどんな感じな訳?」
ザッミスター無神経、ジャンが首を捻りながら聞いてきたので、私は軽く肩を上げてそれに答えた。
「何か、アイツにしてはテンション高いわね。
再会した時はよく喋ってたわよ?
フリードにしても、わざわざ見せ付けるように手に入れていたし。
以前だったら考えられない事ばっかりね」
それを聞いて、レオネルがふむと頷いた。
「成程、お前が転生している事にも気付いていて、尚且つお前への感情を隠さなくなったと言う事か……。
堂々とお前の周りの人間を狙うと宣言しているようなものだな。
そうやってお前を追い込み、何かを得ようとしているのか……。
どちらにしても、思惑通りになるのは危険だ。
師匠の本懐が遂げられるまで、我々はマイヤー男爵令嬢に最大限警戒して、近付かない方がいいだろう」
レオネルの言葉に、皆が真剣な顔で頷いてくれて、私(密かにキティ)はホッと胸を撫で下ろした。
コイツらに万が一があっては洒落にならないからな。
警戒を強めてくれていれば、コイツらに限って抜かることもないだろう。
「どちらにしても、ニーナ・マイヤーには北と繋がっている疑惑があるからね。
北の思惑にも警戒しておいた方がいい。
何かあっても、間違っても単独でニーナに接触しないようにね。
ニーナはこちらの全てを掴んでいると思った方がいいよ。
どんな弱点をついてくるか分からない。
そこにつけ込まれないように、皆十分に気を付けてほしい」
最後にエリオットがそう言って、皆の顔を一人一人見つめていく。
さり気なくその視線からクラウスが顔を逸らした時は一瞬肝が冷えたが、直ぐに気付いたキティに顔を挟まれ元に戻されていた。
そのクラウスと皆より長めに見つめ合ってから、エリオットはニコリと笑う。
「クラウスは、キティちゃんの監視下に置くから。
キティちゃんの目を盗んだり、キティちゃんを騙したりしたら、遠慮なく罰を与えるといいよ。
キティちゃんと口を聞いてもらえないの刑、とか有効なんじゃないかな?」
エリオットの提案に、キティが満面の笑顔でサムズアップで答え、クラウスがショックを隠せない様子で項垂れた。
よしっ!
これで万事整った。
シャカシャカが次は何を仕出かすかは分からないが、皆の警戒レベルを引き上げる事には成功したから、むざむざとやられっ放しにはならないだろう。
フリードの件で、王宮も完全に安心出来るとは言えなくなった現状、ここからはどんな小さな事でも情報を共有していく事が大事になってくる。
私も、前世のようにシャカシャカから目を背ける事は、これで出来なくなった。
腹を括るしか無い。
もう二度と、アイツの好きにはさせない。
絶対に……。




