EP.123
「奴は殺したのよ、私の親友を……」
静まり返った部屋に、私の声だけがザラリと異質に響いた。
ややして、レオネルが息を呑みながらも口を開く。
「……では、マイヤー男爵令嬢は犯罪者の生まれ変わり、という事か?」
その言葉に、私は力無く首を振った。
「以前の世界で、奴を裁く事はできなかった……。
権力って奴ね、父親がその力を持っていたから、罪から逃れたのよ。
そもそも、そこでは私達はまだ未成年……成人前の年齢で、真実が表立ったところで犯罪者という扱い方はされなかったと思うわ。
それに奴は自分の手を汚した訳でも無い。
利用したのよ、事前に堕としておいた人間をね」
私の言葉に、やはり皆息を呑む。
キティだけがじっと前を見据え、身じろぎもしなかった。
「では、彼女は既にその頃から、例の不可思議な力を?」
ノワールの問いに、私はゆっくりと頷く。
「今思えば、その利用された同級生も、フリードのように計画的に堕とされていたんだと思う。
私の親友にちょっかいをかけさせて、それが失敗してその子が恥をかいて、周りから孤立するところまで計算してね。
そうやって、徐々に自分の手に完全に掌握していった。
最後は倫理観を乗り越えさせたんだから、奴の力は侮れないと思う」
私の言葉に、まだ半信半疑と言った顔のジャンが、いよいよ頭を抱えてしまった。
「待て待て、やっぱり意味が分からんっ!
お前に前世の記憶があるとしても、こことは違う世界って何だよっ?
そんなもん本当にあんのか?
魔法が存在しないってのは理解出来るよ。
ここでも魔法が存在するのは、帝国か王国くらいなもんだから。
でも、女が平気であんな格好してる世界なんてあり得ないだろ」
実は誰より常識人のジャンが、呻くようにそう言ってバッと顔を上げると、皆を見渡した。
「……アンタねぇ、それはこの王国での常識に過ぎないわよ?
大陸を渡れば多種多様な国や民族が存在するんだから、もっと過激な服装が当たり前の場所だってあると思うんだけど。
視野が狭いと苦労するわよ、この先」
ジロリとジャンを見ると、ウグっと言葉を詰まらせている。
「そうだねぇ、東大陸にある国では、男性は腰布だけで、女性もとても露出度の高い服装が当たり前って国もあるらしいよ?
そこの衣装を何とか取り寄せようとしたんだけど、これがなかなか難しくて。
流石に断念した事があったなぁ」
残念そうにそう言うエリオットに、私はギロリと目線を移した。
で?その露出度の高い衣装とやらを、一体誰に着せようとしてたんだよ、お前は。
アラビアンナイトなスケスケ衣装なんぞ、私は着んぞ。
ジーッと横からエリオットを見つめていると、エリオットはツーーと冷や汗を一筋流す。
くだんねー上に破廉恥な事計画しやがってっ!
しかも私の知らない所でいつの間にっ!
無表情のままエリオットの足をグリグリと踏み付けると、エリオットは涙目でハウハウと身体を震わせた。
痛いか?ならこの痛みをよく覚えておけ。
次また私に対してそんな不埒な事を考えやがったら、脳天をヒールで踏み付けてやるからな。
「服装の事はその国々の文化ですし、確かにシシリアがこことは別の世界から生まれ変わった事の証明にはなり得ません。
ですが、教典的にはシシリアの言う事に誤りはありませんよ?」
それまで考え込んでいたミゲルが、意外にも私の話を一番に呑み込んでいた様子で口を開いた事に、実は私が一番驚いた。
「今では慈愛の神と呼ばれているクリケイティア神ですが、元は創造の神だったと言われています。
その創造に果てはなく、無数の世界を生み出したそうです。
そこに産まれた者は、亡くなれば世界の境界を越え、神の身元に還り、輪廻の輪に再び加わる。
つまり、神の創り出した数多ある世界の何処にでも生まれ変わる可能性があるのです。
中にはシシリアのように、別の世界の記憶がある者も居たでしょうね。
非常に稀な話ではありますが」
へぇーーーっ!
そうなんだっ⁉︎
何だよクリシロ、意外に凄い奴だったって事かよっ!
目を見開き驚く一同に、ミゲルは深い深い溜息を吐いた。
「……皆さん、少しは教典を読んで、教会にも通って下さいね……」
ミゲルに注意されて、皆でばつの悪い顔で誤魔化し笑いを浮かべる……。
いやぁ、寄付はしてるんだけどね、寄付は。
でもさ、有難い説教が全部あのクリシロ発信だと思うと、何かこう……もの凄く納得いかないんだわっ!
あのふざけた神様の何を信仰しろと?
まぁ、創造神だった事は素直にスゲーって思ったよ?
でも違うんだよなぁ、私の期待してた創造神と。
イメージかさぁ、あんな腑抜けた奴じゃなくて、もっとこう、あるじゃんっ⁉︎
ゼウス的なっ!スーパーゼウス的なっ!
厳つめな神様でお願いしたいのよ、こっちは。
ムムムッと眉間に皺を寄せる私の横で、エリオットがボソリと呟いた。
「アレでも昔は逞しい男神だったんだけどね……」
はっ?
何の事?
咄嗟にエリオットを振り向くと、私の視線から逃れるように、エリオットはミゲルに話しかけた。
「クリケイティア神が元は創造神だったって話は、一般の教典には書かれていないよね?
教会本部の高位神官にしか所持を許されていない、特別な教典にしか書かれていない。
皆が知らなくても当たり前のことじゃ無いかな?」
パチッと片目を瞑るエリオットに、ミゲルは嬉しそうにパァッと顔を輝かせた。
「流石エリオット様です。知ってらっしゃったのですね。
ですが、その特別な教典は別に禁書でも何でもありません。
興味を持って我々の所を訪ねて下されば、お渡しする事は出来ませんが、内容をお教えする事は出来ます。
一般に普及されている教典を読み込み、更なる理解を深めたいと思う方にでしたら、どなた様にでもお教えするのですが………?」
チラリと皆を一瞥するミゲルに、皆はそれぞれ咳払いをしたり、ミゲルから顔を背けたりしてやり過ごそうとしている。
ちなみに私、ジャン、キティは縮こまって必死にミゲルの視線から隠れようと試みていた。
ってか、キティは上手いことクラウスの陰に隠れている。
ちっちゃいと良いよなぁ……こ〜ゆ〜時……。
「あっ!て事はさぁっ!
ニーナのあの謎の力も、ここで言う魔法みたいな、神様の影響?みたいなものって事?」
ミゲルの追求から逃れる為、わざとらしく素っ頓狂な声を上げた私に、ジャンが俯きながらもこっそりサムズアップしてきた。
いや、グッジョブじゃねーよ。
お前も頑張れよっ!
私の言葉に、ミゲルは自分の顎を掴み、また思案顔に戻る。
その様子を見て、皆が密かにホッと胸を撫で下ろしていた。
あ〜危なかった。
ミゲル大神官様の有難いお説教タイムになるとこだったぜ。
くわばらくわばら。
「そうですねぇ……有り得なくは無いですが……。
実はこの世界は、神の御許に一番近い場所とされています。
その為、限定的ではありますが、神のお力の片鱗、魔力や属性が存在すると言われているのです。
獣人族の妖術や、東大陸にかつて存在していた、謎に包まれた国の人々が使っていた隠形術など、それらも神の影響の為と言われています。
シシリアの以前暮らしていた世界に魔法が存在していなかったのなら、位置的に神の御許から離れた場所にあった可能性が高いですね。
神は自分の創造したどの世界にも、形を変えて存在していますが、直接影響を与えてしまう程に近い場所にある世界は、ここより他に無いのではないか、というのが教会内での論結です」
ミゲルの説明に、そうか〜っと私は少し落胆した。
何でも良いから、シャカシャカの力を見破る糸口になって欲しかったんだけどなぁ。
その私の様子を見て、ミゲルは慌てたように胸の前で両手を振った。
「ですがっ、神の祝福であるスキルは別だと考えられます。
神の影響下で自然的に発生する魔力と違い、スキルはその個人に与えられる特別なものですから。
数は圧倒的に少ないですが、シシリアの以前居た世界に神の祝福を授かった人間が居なかったとは言い切れません」
ミゲルの言葉に、私はハタとある可能性を見出した。
え……本当に居たかもしれん、あの世界にスキル持ちが。
前から気になってたんだよ、ファンタジー物に出てくる魔法や魔物やドラゴンや妖精……その他諸々。
人の想像で説明つくものもあれば、人の想像を遥かに超えてるものだってある。
しかもそれが、遥か昔、神話の頃から存在している訳で。
例えば、スキルを持っている人間が、この世界を覗いたり、異世界旅行が出来たりするスキルだったら、どうだろう?
ここや別の異世界で見た物を、自分の世界で書き記したり、語ったりしたなら……。
魔法やファンタジー要素のないあの世界にも、様々な夢物語が生まれるんじゃ無いか?
そうだよ……そんな大昔の事じゃなくても、例えば〈キラおと〉の脚本家がそんなスキル持ちだったとしたら?
この国を覗いて見たものを、今流行りの乙女ゲーに当てはめて作り上げたのが、あの〈キラおと〉なら?
ハッキリとスキルとは分からない、例えば、夢の中で覗き見るスキルとかだったとしたら、目が覚めたらそれは夢だったと認識される。
その夢から着想を得て脚本を書いたのかもしれない。
つまり、私達が〈キラおと〉の世界に生まれ変わったのでは無く、その逆で〈キラおと〉がこの世界をモデルに作られた、って事なら、類似する二つの世界の点と線が結ばれるんじゃ無いかっ?
おおおおおっ⁉︎
自分の考えに興奮気味になり、パアァッと顔を輝かせる私に、ミゲルがニコリと笑った。
「その様子だと、思い当たる事があったんですね?」
その問いに、私は鼻息荒く強く頷いた。
「あったわっ!そうじゃないと説明がつかない不思議な事が、あの世界にもっ!」
私の言葉に、キティがハッとした顔をして、こっそりうんうん頷いていた。
「じゃあ、ニーナのあの力は前世からのスキルに関係してんのね?」
まだ興奮気味な私に、ミゲルはしかし困惑顔だった。
「そうだと思いたいのですが、スキルを所持したまま生まれ変わる事が可能なのか……。
それも前世の記憶を持った者の特性なのか……。
まだ断言出来る事はあまり無いですね……」
申し訳なさそうなミゲルに、エリオットが労わるように口を開いた。
「多分、前世から力を保持したまま生まれ変わった事に間違いはないよ。
ただし、それがこの世界と同等のスキルという力だとは限らない。
現状、ニーナがこの世界で既にスキルのようなものを使っている調べはついているけど、それも神の祝福にしては少々歪な力だよね?
人にスキルを譲渡した訳だけど、その譲渡したスキルは誰かから奪った物じゃ無いかと考えられるんだからね」
エリオットの言葉に、確かに神の祝福にしては荒っぽいな、と皆が頷いた。
「実は、師匠と共にリスト化してあったスキル持ちの人間で、ある日急に力を失った者がいるんだ。
その人のスキルは、触れた人間に化けられるスキル……。
ただし、レベルが低くて宴会芸レベルだった筈なんだけどね。
もしその人間からニーナがスキルを奪い、シャックルフォードに譲渡したとしたら、スキルのレベルをカンストにしてから譲渡した事になる。
人のスキルを奪い、自由にカンスト出来て、人への譲渡も可能なスキル……。
神の祝福にしては、随分と物騒だと思わないかい?」
エリオットの言葉に、皆が息を呑み、驚愕する中、クラウスだけが涼しい顔でその口を開いた。
「俺もスキルを奪えるし、好きにカンスト出来る。
その女は闇属性を持っているんじゃ無いか?」
あっ………。
心配しなくても居たわ、ここに。
物騒ベストオブイヤーが。
いや、殿堂入りのレジェンド物騒野郎が……。
クラウスの問いに、エリオットは残念そうに首を振った。
「それがねぇ、ニーナは出生判断時に受けた魔力測定で、魔力が無い事が証明されている。
常人ならざる魔力を有する、闇属性を持っている訳がないんだよねぇ」
このエリオットの言葉に、皆がますます首を捻る事になった……。
結局アイツに関してはこうして堂々巡りになってしまう。
「結局、ニーナの力については毎回歯痒いままだけど、皆にはアイツが私に異常な執着心を持っている事、それから、その為に実際人を殺した事があるって事を覚えていてほしいの。
あと、自分達の事は既に調べられているって事もね。
間違ってもニーナの力には堕ちて欲しくない、もう誰も……。
ニーナのその力は確かに、スキルというには異常よ。
魂を穢す力、いちど穢されてしまったら、それは例え生まれ変わっても浄化される事はないの」
本来の目的、皆に最大限の危機感を持ってもらう為に、まだ伝える事があった。
私は一度深く息を吸い込むと、皆を真っ直ぐに見渡す。
「あの準魔族、フィーネ・ヤドヴィカ。
アイツが前世でニーナに魂を穢され、私の親友を殺した同級生、その生まれ変わりなの」
私の最後の告白に、皆が驚愕の表情を浮かべた。
「……本当に、生まれ変わっても尚、魂を縛り付ける、そんな禍々しい力が存在するのですね……」
ややして、掠れたミゲルの声に、皆が息を呑む。
だが1人だけ、黙って天井を見上げていたクラウスが、ゆっくりとその口を開いた。
「その、前世のニーナとフィーネに害されたというお前の親友は、どんな風に殺されたんだ?」
クラウスの問いに、皆が目を見開いてその顔を凝視した。
流石にそこまでは聞けず、皆が触れずにいてくれた部分だが、私は全てを話すと覚悟を決めている。
当然、聞かれなくてもそこは話すつもりでいた。
それでも……どうしても心音が上がり、膝の上でスカートをギュッと握っていると、エリオットがその私の手を、自分の大きな手で優しく包み込んでくれた。
その温かさに心が落ち着いていく。
私は一度目を瞑ると、ゆっくりとその目を開き、真っ直ぐにクラウスを見つめた。
クラウスはその間、ただ黙って待っていてくれた。
隣のキティの肩を強く抱いて、その手を優しく包み込みながら。
「あの日、私とその親友は待ち合わせをしていた。
雨の日で、私は少し遅れて急いでいた……。
目の前の歩道橋……大きな道の上にかかった、歩行者が行き交える橋みたいなものなんだけど、両側に長くて高い階段がついているの。
その階段の天辺にその子を見つけた。
雨が降ってなかったら、直ぐに追い付ける距離だったのに……。
その子は、その天辺から、前世のフィーネに突き落とされたのよ……。
長い長い階段を…踊り場もあったのに、勢いは止まらなかった……。
一番下まで転げ落ちて……たくさん血を流して……死んだの……」
そこまで言った時、急にエリオットの胸の中に抱きしめられて、視界を覆われてしまった。
労わるように背中をポンポンと撫でられ、少しだけ、目尻に涙が浮かんでしまう。
「……そうか……。
辛い事を話させてすまなかった……」
私への労りの滲むクラウスの声に、だがどこか禍々しい怒りを感じて、私はエリオットの胸から顔を起こし、クラウスを振り返った。
……そこにはキティを抱き抱え、溢れんばかりの怒気を露わにするクラウスの姿が……。
あれ、アイツ………にバレてないよねっ⁉︎
その親友が実はキティだって、バレてないよねっ⁉︎
同じようにクラウスの胸から必死に顔を上げたキティが、無罪だとばかりに、ブンブンと涙目で頭を横に振っている。
クラウスの野生の勘が炸裂してませんようにっ!
シャカシャカを亡き者にしようと、単身突っ込んで行きませんようにっ!
兎に角それだけを切に願いながら、魔王の怒気から身を守るべく、ガタガタとエリオットの胸に縋り付いた事は言うまでも無い………。




