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EP.122



王宮の立派な柱にエリオットを追い込み、片足をガンッとそこに置いて、私は顎だけでクイッとエリオットに指示を出した。


「ちょっとツラ貸しな」


私の強襲にエリオットはプルプル震えながらも、うっとりとした顔で頬を染めている。


「……はい、何処へなりと」


その従順な返事に、私はうむと頷いた。


成程、キティに言われて早速試してみた訳だが。

うん、確かにこっちの方が私には合ってる。

やっぱり壁ドン(正しくは柱に蹴り)はやられるよりやる方が性に合ってるな。


うんうんと1人納得しつつ、スタスタと歩く私の後ろを、モジモジしながらエリオットが大人しくついてきた。


うんうん、これ、これな。

この三歩下がってついてくる感じ。

エリオット、お前はよく分かってる。


あっ、因みに、日本では昔から言われてきたこの、女子供は三歩下がって後ろをついてこいってやつ。

これは別に元々は、女性を卑下した言葉でも無いし、女性の慎ましやかさを表した言葉でも無い。


単純に、刀を抜いた時に女性が自分の間合いに入らないようにと配慮した言葉なのだ。

咄嗟の時に、女性を誤って斬り付けないように、また、直ぐにその場から女性だけでも逃げ出せるように。

ぶっちゃけ、私が貴女を守る為に盾になりますから、三歩だけ間を空けておいて下さいって、実は女子供を優先する為のものだったのだが……。


年月と共に、その男らしさだけ一人歩きしてしまい、何だか男優位な台詞になってしまったのは、非常に残念に思う。


そもそも、日本に根強く蔓延る男尊女卑や亭主関白なんてのは、意外に歴史が浅い。

始まりは明治維新後、ピークは戦後の高度成長期辺りから流行り始めた、平民が変に武士道を取り込んだ事により起こった、間違いだらけの文化なのだ。


そもそも、武士と平民では生きるルールや文化が異なる。

どちらも自分達に沿った、大変合理的な生き方をしていたのだ。


武士にはやはり血統が重んじられ、奥方にも基本は乙女である事が求められたが、とはいえ特に必須では無かった。

更に外国人の誤解を招いた、女性が男性の足を内玄関で洗うというやつ。

一見して男尊女卑な行為に見えるが、これは女性の方が旦那の足を厳しくチェックする為に行なっている行為に過ぎない。


武家の奥方ってのは、屋敷をそれはもう磨き上げる。

毎日毎日磨きに磨く。

そこへ外から帰って来た旦那が、足なら洗ったよーなんて言って上がってきようものなら、そらもう怒られるのである。

つまり、男になんて任せてられない、屋敷を守る為に私が貴様の足を気が済むまで洗いに洗う。

そのチェックを通過しないと家に上げてもらえないのは、男の方なのだ。


男尊女卑では無く、唯の合理性を求めた行為なのだが、日本以外では受け入れてもらえなかった。


で、平民の方だが、こちらも合理的で尚且つ自由だった。

女性の貞操観念について口煩く言っているイメージは、実は時代劇の影響で、実際はかなりおおらかだった。

処女性や純潔なんてのは、明治維新後に言われ出した事で、元々はその辺はかなりルーズ。

やはりこれも、外国からの文化、つまり西洋気取りから始まった後付けの文化でしかない。


女性が子供を成す行為に、誰も目くじらなど立てないし、産まれた子供が誰の子なのかなんて、気にしない。

子供はそれこそ、町ぐるみ、村ぐるみで育てる宝だった。


因みに男性の方が子育てに積極的で、働くより家事育児がしたいって男は珍しく無く、女性もそれなら、と家の事、子供の事は旦那に任せ、そらも〜よく働いた。

兎に角、その頃の日本人はよく働き、よく遊び、今より自由な考え方をしていた訳だ。



で、話が長くなった上に、何が言いたいかと言うと。

私は別に相手を卑下して三歩後ろを歩け、と言っている訳では無い。

単純にそうしてもらえると助かるし、安心出来るからだ。


帯刀するこに慣れていると、やはり自分の間合いは常に意識している。

カゲミツは収納魔法で隠してはいるが、咄嗟の時には直ぐに取り出せるようにしている。

なのでやはり、この三歩の間合い、これはかなり大事になってくる。


やはり私はこっち側がしっくりくるな。

もしもの時には刀を抜いて、女子供を守り切る盾になる。

こっちこっち、やっぱりこっちだわ。


うんうんと頷く私に、エリオットが間の抜けた声で喋りかけてきた。


「そう言えば、この前近衛騎士をケチョンケチョンにしたらしいねぇ?」


エリオットの言葉に、私はハッと鼻で笑って振り返った。


「帯刀してる事で勘違いする奴が増えてきたから、ゲオルグに命じて教育的指導をしたまでよ」


そうなのだ。

何か近衛騎士や警備兵の間でブームになっている刀なのだが、やはり間合いの為の三歩ルールが悪い方に一人歩きしていた。


この世界は、前世で言うところの中世西洋文化に似ているもんで、バリバリの男尊女卑なところがある。

そこに持ってきて、刀の三歩ルールが妙にしっくりと、カチリとハマってしまったようだ。

悪い方に……。


本来の意味も知らない奴が、女子供は男より三歩下がって歩け、なんて言い出したもんだから、ゲオルグ率いる私の私兵団に教育的指導を頼んだ訳だ。


あくまで帯刀しているから、であって、男だから、では無い事を、それはもう自分の間合いの把握から徹底的に叩き込んできてもらった。


……何か、あまりの厳しさに泣き出す奴もいたとかいないとか……いや、いただろうな、多分。


昔の日本のように、女性優位、子供を産む女性が優先、母ちゃんの言う事は絶対。

とまでは言わないが。

結局この文化は他国から受け入れられなかった訳だし。

とはいえ、刀を所持するって事は、多少なり武士の心構えを知っていて欲しい。

その思いで、王国騎士団や自分の私兵団には徹底して武士の心構えを周知させている。(多少、とは?)


自分のお金で帯刀するのは自由だが、刀を手にした以上、近衛騎士や警備兵にも同じように叩き込むのは、道理に適っていると思うのだが?

泣くような事か?


はてな〜?と首を傾げる私に、エリオットがふふっと笑った。


「リアは男前だよね?お陰で王都の男性が、女性に対して無駄に偉ぶらなくなってきたみたいだよ?

ブシドウ?の精神だったかな。

何か、今凄く人気なんだって」


いつの間にやら隣で肩を並べるエリオットに、そういやこの軟体生物に間合いなどは関係無かったな、と思い直した。


刀くらいでコイツをバッサリ斬り捨てられるなら、日に日に増えていく暗殺者達も苦労しないだろう……。



「別に、ここの文化を否定するつもりは無いのよ?

理に適っている部分も実際ある訳だし。

女子供を守る英雄願望や、レディーファーストなんかは武士道にも通じるものがあるし。

ただ、女は弱いから守るってのと、未来を繋ぐ女性を守る、って決定的な違いはあるけどね」


私の言葉にエリオットはうんうんと頷いた。


「その辺の意識改革はまだまだ先になるだろうね。

それこそ、国民の大好きな英雄、の如く強い王妃様、とかが爆誕しない限り、なかなか女性の地位向上に向けての国民の理解を得るのは難しいかな〜」


ニヤリと笑うエリオットに、王家のティアラを頭に乗っけて刀を振り回す自分を一瞬想像してしまい、それが許されるなら王妃様ってのも悪く無いな、とこれまた一瞬考えてしまった。



「バカな事言ってないで、さっさと行くわよ」


フンッとそっぽを向いて早足になる私に、エリオットは何故か満足そうに笑いながら、余裕でついてくるのだった。









「悪いわね、急遽集まってもらって」


エリオットの広い執務室に集まっているのはいつメン。

流石にニースさんとルパートさんには遠慮してもらって、昔からのメンバーのみにした。



「全然構わないけどよ、何だよ話って?」


ジャンが呑気に煎餅に齧り付きながら聞いてきたので、私も皆と同じように席についてから、神妙な顔で口を開いた。



「実は、フリードがニーナの力に堕ちたみたいなの」


私の言葉に、流石に皆の顔色が悪くなる。


「ニーナというのは、あのフィーネやシャックルフォードの背後にいた人物だよね?」


ノワールの問いに、私は静かに頷くと、再び口を開いた。


「そう、シャックルフォードにスキルを譲り渡したり、北の開発した邪道な魔力増幅薬を渡した、あの女よ。

結局、どんな力を使っているのかはまだ分かってはいないんだけど、かなり相手を調べ上げ、理解している事がフリードのお陰で分かったわ。

だから、ここにいる人間は、既にニーナに全てを知られていると思った方がいい」


そう言って皆を一瞥すると、皆緊張した顔で息を呑んでいる。


「実際、どんな風にフリードがその女の手に堕ちたのか、そこから知っておくべきだな」


クラウスが面白くもなさそうにそう口を開いたので、私はそこからクラウスの生誕パーティで見た事を詳細に皆に説明した。


シャカシャカがフリードを嵌めた手管、それによりフリードから最大限に負の感情を引き出し、自分の手の内に堕とした事を。



私が話し終えると、レオネルが眉間の皺を揉みながら、理解出来ないといった感じで口を開く。


「確かに、あのパーティでのマイヤー男爵令嬢の服装は常軌を逸していたな。

まるで舞台衣装のような非常識さだったが、アレは本当にフリードがデザインしたもので間違いないのか?」


ちなみにレオネルも皆も、人目のあるところではちゃんとフリードの事を殿下、と呼ぶが、いつメンの前だといつもこう。

特にレオネルは、フリードの事を殿下、などと呼びたくも無いのだろう。

まぁ、無能なフリードより、実はレオネルの方が王位継承権が上な事は、一部の人間しか知らないんだけど。


「あの後調べてみたんだけど、フリードのデザインした物で間違いなかったわ。

どこにも仕立てを拒否されて、結局王宮の針子に命じて作らせたみたい。

本人は有名ブティックに依頼して、自分と共同でブランドを立ち上げさせたかったみたいだけど、いくら新しい物好きの王都の貴族にも、絶対に受け入れられないって、遠まわしに断られたみたいね」


ブティックのマダム達が、これは斬新なデザインですわ〜、殿下にしか思い浮かばないデザインですわね〜、流行を先取りし過ぎて、今の保守的な淑女の皆様にはちょっと、理解出来ないかもしれませんわね〜、とか何とか……。

断るのに苦労したと、そんな話までエリクエリーに報告されてしまい……。

その日は一日中頭が痛かった事を思い出す。



「ですが、それをどうやってマイヤー男爵令嬢はデザインさせたのでしょうね?

それも、自分で思い付いたと信じ込ませて、ですよね?」


ミゲルが首を捻って不思議がっている。

それにキティが一瞬チラッとこちらを見てから、申し訳無さそうに答えた。


「あの、ニーナさんは普段から、あのような格好をなさっているんです。

学園の制服を自分専用に仕立て直してらっしゃってて……」


そのキティの言葉に、どういう事だ?と言いたげな、険しい表情でレオネルがコチラを見てきた。


ちょっ、怖い、目を剥くのはやめて。



「まぁね、具体的にはこんな感じ」


私がポケットから記録水晶を取り出し、学園でのニーナの映像を映すと、皆が唖然として言葉を失った。


ミゲルなどは耐えられなくなったのか、片手で自分の目を覆い、祈りの言葉をブツブツと唱え始めてしまった。



「シシリア、お前は生徒会長だというのに、そんな破廉恥な服装を許しているのか……?

学園の風紀を乱す者を、まさか野放しにしているんじゃ無いだろうなっ!」


いよいよ鬼の形相で、ギラリと私を睨み付けるレオネルに、私は素直に頭を下げて謝罪した。


「ごめんなさい、確かに私の監督不行き届きだわ。

ただ、私にはこの格好が、晴天が霹靂する程の奇抜なものとして、どうしても認識出来なかったのよ。

勿論、風紀の乱れに繋がる恐れもある格好だって認識はあるわ。

ただ、これをやめさせる為に私がニーナに近付く事を、向こうが狙ってるのが見え見えで……。

まぁどーせ、からかい程度のちょっとしたお遊びだろうと、つい放置してしまって……。

まさか、今回のフリードの失態に繋げる為の伏線だったなんて。

そこを見抜けなかった事も含め、重ねて謝罪するわ」


至って真面目にレオネルに向かって頭を下げる。

レオネルは私の言葉に直ぐ違和感を感じたようで、ピクリとこめかみを動かした。


「お前は彼女をよく知っているのか?

公爵令嬢であるお前が、どうして一介の男爵令嬢の事を?

出席する茶会やパーティも格が違う筈だが」


訝しげに眉間に皺を寄せるレオネルを、私は真っ直ぐに見つめ、偽り無く、本当の事を答えた。


「私は、ニーナと初等部から一緒だったの。

仲が良かった訳では無いけど、それでも付き合いはそれなりって事になると思う」


私の言葉に、皆が一様に首を傾げ、呆然とした顔で私を凝視している。


「何言ってんだよ、お前が学園に入学したのは去年じゃねーか。

初等部の頃からなんて、通ってねーじゃん」


一番アホ面をしていたジャンが、何も考えずに、多分反射的に返してきた言葉に、私はゆっくりと首を振り、皆を真っ直ぐに見つめ返した。


「私には、前世の記憶があるの。

その記憶の中で、私とニーナは同じ学校に初等部から通っていた。

そして、ニーナにも私と同じように、その前世の記憶があるのよ」


信じてはもらえないかもしれない。

信じてもらえなくても、それでもシャカシャカについては、前世を含め情報共有しておかないと危険だ。


私はゴクリと唾を飲み込み、皆の反応を待った。



「……何を言い出すかと思えば……前世だなどと……」


驚愕する皆の気持ちを代弁するように、レオネルが掠れた声を出した瞬間、クラウスがそのレオネルをスッと片手で制して、私の方に身を乗り出してきた。


「レオネル、待て。

シシリア、その前世というのは、この世界と同じ場所か?」


何かを察したのか、相変わらず野生の勘が鋭い上に話の早いクラウスに、私は直ぐに首を振った。


「違うわ、こことは異なる世界よ。

その世界は魔法が無い代わりに、文明がここより発達していて、生活様式も全く異なる場所。

そこでは、女性の服装は多種多様で、さっきのニーナの制服、あんなのは普通の格好だったのよ」


私の説明に、狐につままれたみたいな顔で呆然としているジャンの横で、ノワールがハッとした顔をした。


「だからシシリアは、彼女の服装に周りほど過剰に反応しなかった、いや、出来なかったんだね。

見慣れていたせいで、つい反応が薄くなってしまった。

まさか、それさえも計算に入れていた……って事かい?」


察しの早いノワールに、私は悔しそうに頷いた。


「そうよ、恐らく、ニーナはそこまで計算していた。

元々奴は、あちらの世界では男爵令嬢以上の家柄に生まれたお嬢様。

日頃はどうであろうと、正式な場での振る舞いはどうあるべきか十分に心得ているわ。

王立学園然り、この前のパーティ然り、ね。

アイツがあんな格好をしていたのは、思惑があっての事だったのよ。

それを私は、見抜けなかった……」


ギュッと膝でスカートを掴み俯く私の手に、エリオットの大きな手がそっと重なった。


驚いて顔を上げると、エリオットが優しい目でこちらを見ていた。

慰めるようなその目に、一瞬吸い込まれそうになる。



「……にわかには信じられんが……。

シシリア、お前の前世とかいうものの話が本当だとして、では、マイヤー男爵令嬢は何者だ?

彼女にも前世の記憶があるとして、この世界で何をやろうとしているんだ?」


超現実主義者のレオネルが、耐えられないと言った感じてこめかみを押さえている。

その言葉に、私は意を決して、真実を打ち明けた。



「奴の狙いは、前世も今も、私。

私に何かをしたいのか、試したいのか、理由は分からないけど、本当の狙いは私なのは間違いないわ。

私をどうしたいのか分からないけど、前世では私を独りにする為に、人まで殺してる」


瞬間、その場が凍りついたように静まり返った。

皆が驚愕の顔で私を見つめている。


静寂の中、再び私の声だけが部屋に響く。



「奴は殺したのよ、私の親友を……」







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