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EP.119



パーティはつつがなく進んで行った。

貴族達から祝いの挨拶を受けるクラウスとキティを眺めながら、私はふとフリードが気になった。


あんな赤っ恥(自業自得)を掻いて、アイツが大人しくしてるだろうか。

誰かに迷惑を掛けているんじゃないかと心配になり、目だけで探してみると、意外にも会場の端で大人しくしていた。


とはいえ、顔はドス黒く染まり、怒りに醜く歪んだ表情で、一心不乱にクラウスを遠くから睨み付けてはいるが。


フリードは昔からそうだ。

何故かクラウスを毛嫌いしていた。

それも無理はない事で、クラウスはフリードの事をまるで無視してきたのだから。

実際には、あまり認識していない、というのが正しいのだが。


闇属性の影響で、クラウスは感情に乏しく、人への関心も薄い。

それは家族に対しても同様だった。

陛下や王妃様、エリオットはその特性を理解していて、昔から鬱陶しいくらいにクラウスに愛情を注いできたが、母親の違うフリードは違った。


そもそもフリードには、クラウスの闇属性については秘匿にされてきたので、その辺の事情も知らない訳だ。


子供の頃は、フリードもそれなりにクラウスに興味があり、お兄さまお兄さまと後を着いていっていた時期もあったが、何をしても自分に興味を持たないクラウスを、段々と嫌うようになっていった。


加えてクラウスは何をやらせても飛び抜けて優秀で、魔力量も桁違い。

凡庸(を装っている)なエリオットよりも、王太子に相応しいのではないか、と一部の貴族に囁かれる程。


まぁ、何も取り繕わない、ってかその必要さえ感じないクラウスより、早いうちから己の能力を隠し切っているエリオットの方が、よっぽど王太子に合っているとは思うが。


年の近いフリードは何かと比べられて我慢出来なかったのだろう。


今日とて、クラウスの生誕パーティを自分の華々しい舞台に変えてやろうという魂胆だったのだろうが、見事に返り討ちに合い、腑が煮え繰り返っているという顔をしている。


もう、嫌っているというよりは、憎しみに近いその表情に、なんでだよ、と内心溜息を吐いた。


そもそもが、数々のタブーを犯し、マナーを尽く無視した自分の愚行のせいだし、皆の前で厳しく注意して恥をかかせたのはエリオットだ。


それなのに、何故その全ての恨みがクラウスに向くのか。

八つ当たりもここまでくると呆れを通り越して、いっそ恐怖すら感じる。


私でも薄ら寒く感じるその表情を、フリードの隣に立つシャカシャカは、何故か満足そうに見つめていた。


次の瞬間、シャカシャカはフリードに何か話しかけた。

目を見開いてシャカシャカに振り向くフリードに、シャカシャカは悠然と微笑む。

そして、まるでフリードを気遣うように、その肩を優しく撫で、背伸びをすると、その耳元に唇を寄せた。

悪戯っ子が悪巧みをコソコソ話するみたいに、フリードに何事かを囁いている。

……だが、目線は私を真っ直ぐに捉えていて、まるで私に見せつけているかのようだった。


フリードは急に表情を無くし、シャカシャカの話を呆然とした様子で聞いていた。

そして、話終わったのか、シャカシャカが体を離すと、その表情が見る見るうちに残忍にギラギラと輝きだし、異常な目付きでグルリとクラウスを振り返る。


そのフリードの表情に、私はゾクリと背筋に冷たい何かを感じた。


……嫌な予感がする。

もの凄く、既視感を感じた。


……アレは、あの顔は……。

希乃を突き落とした時の、ニアニアと同じだっ!


思い付くと同時に体が動いていた。

クラウスとキティの前に飛び出すと、2人を庇うように前に立つ。


……だが、フリードはニヤニヤと笑いながら、シャカシャカに連れられて、会場を後にするところだった……。


……何だ………?

呆気に取られる私に、シャカシャカが首を捻り、顔だけ振り返ると、愉快そうにニヤァッと笑う。


そしてゆっくりと、わざと口を読ませるように、一つ一つ区切りながら、私に向かって言葉を紡いだ。



『ほ・ら……で・き・あ・が・り』



くそっ!!

その瞬間、私は自分の失態にやっと気付いた。


あのヤロウッ!

最初からこれが目的だったのかっ!

全てワザとだったんだっ!


あの奇抜なドレスは十中八九、フリードがデザインした物だ。

シャカシャカの奇抜な制服をモデルにしたのだろう。

いや、それさえも既に、ミスリードに誘う罠だった。


シャカシャカは別に、元々奇抜な格好をするようなタイプじゃなかった。

前世の基準で言えば、シンプルな格好をしていただけだ。

制服の上にパーカー。

短いスカート。

どれも可笑しい事じゃない。


だがアイツは、警察さえも動かせる権力を持つような家の娘だったんだ。

所謂セレブと言われるような存在だった。

つまり、それ相応の暮らしに、マナー、教養を身に付けていた筈。

格式の高いパーティにも出席していた筈だ。

そんな人間が、この世界に生まれ変わり、貴族独特の社交界のルールを、理解出来なかった訳が無い。


当然、学園での自分のあの出立ちが、こちらでは奇抜な物と、人の目に映る事を理解していた筈だ。

だが、奴は敢えて、わざわざあの格好を選んだ。


同じ前世持ちの私が、馴染みあるその格好を、アイツ何やってんだ?程度で見逃す事も計算に入れていた。

そして、あの格好が初見である人間に、特にフリードのような人間に、どんな風に映るか、私には理解出来ない事も知っていたんだ……。


全て計算の上で、フリードの目に留まり、向こうから自分に近寄らせ、上手く誘導していく。

自分のブランドを持っているクラウスに対抗させて、今回のあのドレスをデザインさせた。


そして、それを1番受け入れられないだろうパーティを選び、ワザとそれを着て、フリードに愚かな真似を演じさせ、処分されないギリギリのところのマナー違反とタブーを犯させ、フリードに衆目の面前で恥をかかせる……。


アイツの目的は、正にそれだったんだ。


的確にフリードの弱い所を踏み躙り、蹂躙してみせた。

フリードが無意識に、自分の心が壊れないよう、クラウスに責任転嫁して憎しみを募らせる事も、分かっていたような顔だった。


フリードの感情が最高潮に昇り詰めた時に、奴は自分の持っている何かの力を使ったんだ。


以前の、ニアニアとシャックルフォード同様に……。


ニアニアの話だと、一度かけられたその呪縛は、例え生まれ変わっても解けなかったようだった。

それ程強力な何かを、アイツは今私の目の前で、フリードに使ってみせたのだ……。



……フリードは、もう駄目かもしれない……。

ギリッと自分の唇を噛む私の顎を、何者かの手が優しく掴んで顔を上向かせた。


「そんな風にしてはいけない……。

僕の大事なリアを、傷付けないで……」


どこか哀しげなエリオットは、そっと親指で私の唇をなぞった。


「リアは優しいね。少しでも関わりのある者なら、フリードのような人間にも、そうやって心を痛めるんだから……」


エリオットの瞳の奥に、哀傷の色が浮かび哀しそうに揺れていた。


「……それは、アンタの方でしょ」


私の言葉に、エリオットはフッと何かを断ち切るように息を吐き、緩く頭を振った。


「……フリード、あの子の事は、もう諦めよう。

あの子の犯した罪では無いし、あの子だけでも何とかなればと思わないでも無かったけど……。

彼女を己の懐に招いたのは、フリード自身の選択だ。

周りがどうこう言っても、無駄だっただろうね」


憂いを含むエリオットの言葉に、それでも私にもっと何か出来る事は無かったのかと、思わずにはいられない。


例えば、あのゲームの悪役令嬢のように、口煩く言いながらも、相手にしてやれば良かったのかもしれない。

もう少し、構ってやっても良かったんじゃないだろうか。

アイツに対して、私は余りにも薄情だったのかもしれない……。



「アンタにも分かったのね。

ニーナがフリードに何かしたって」


ボソッと呟くような私の言葉に、エリオットは軽く頷いた。


「アレは、以前の準魔族のように、簡単に解けるようなものじゃない……。

もっと人の奥深く、人の心の中の深淵に刻まれるようなものだね。

魂そのものが穢されたと思って間違いないよ」


……そうか……。

エリオットの言葉は、妙にストンと私の心に落ちてきた。


ニアニアも、シャックルフォードも、そうだったんだな。

ただ操られていた訳じゃ無い。

だってアイツらには、ちゃんと自我があったから。


シャカシャカ、アイツは人を操ったりはしない。

堕ちる人間を作り上げ、その様を見て楽しんでいるのだろう。

穢された魂が、輪廻も出来ず彷徨う事になっても、アイツには関係の無い事なのだろう……。



「エリオット、ニーナはフリードについて、元々詳しく知っていたみたい……。

多分、私の周りの人間は全て調べ上げられている。

アイツについて、皆がこのまま本当の事を知らないままでは、あまりに皆が無防備過ぎる。

一度、皆と話がしたい……」


真剣な私の顔を、エリオットはジッと見つめ、まるで安心させるかのように優しく笑った。


「大丈夫、皆は分かってくれるよ。

ここまで一緒に頑張ってきた仲間じゃないか、ね?

だからそんな不安そうな顔しないで」


そう言って、ポンポンと頭を撫でられ、何だか無性に涙が出そうになった……。


エリオットの言葉に縋り付きたくなるような、妙な気持ちに、何だか居心地が悪い。



「ねぇ、何かあったの?」


その時、後ろから心配そうなキティの声が聞こえて、私は慌ててそちらに振り返る。


「いや、大丈夫大丈夫、何でも無いよ。

ほら、ダンスが始まるみたい。

主役から踊ってくれなきゃ、皆始められなくて困っちゃうわよ?」


ダンスの為の演奏が始まり、私はホールの中心を指差した。


それでも心配そうに顔を曇らせるキティの手を、クラウスがスッと取って、腰に手を回す。


「俺の生まれた日を、君との素敵なダンスで祝って欲しいな、キティ」


甘えるように揺らめく瞳で見つめられ、キティは頬を染めて小さく頷いた。


「はい、クラウス様……」


恥じらうような愛らしい声色に、キティには見えていない所で、クラウスの瞳の奥が獣のようにギラッと光ったのを、見たくも無いのに見てしまった……。



わぁ〜〜……。

可愛らしくお返事しただけで秒で欲情されるとか、こりゃキティもお手上げだぁ……。



キティを連れて、ダンスの為ホールの中心に向かう途中で、クラウスはポンと軽く私の肩を叩き、ボソッと呟いた。


「大丈夫だ、全て把握している」



なるほど。

貴族達の相手をしながらも、フリードとシャカシャカの動向はしっかり監視していたようだ。

多分、フリードの様子が今までとは一変した事も気付いているのだろう。


その事に、少し胸を撫で下ろしていると、エリオットがスッと私の手を取った。

そのまま正面に回り、向かい合うと、手を胸に当て、恭しく頭を下げる。


「どうか私に、貴女と踊る栄誉をお与え下さい」


決まりきった誘い文句だが、コイツが言うと妙にマジっぽいんだよなぁ。


嫌な汗を掻きつつ、私は淑女の微笑みを浮かべた。


「光栄ですわ、エリオット様」


私の返事を聞いて、エリオットはゆっくりと頭を起こすと、その手に重ねていた私の手の指先に、優しく口付けを落とした。


そして上目遣いでこちらを見つめるその仕草が、妙に色っぽくて、胸の鼓動がおかしな音を立て始める。


コイツ、こんなに大人っぽかったっけ……。

大人の色気を放つエリオットに、何だが落ち着かない気分でいると、エリオットは私をエスコートして、ホールに進んで行く。


内心の動揺は勿論表には一切出さず、私はエリオットと向かい合い、その肩に腕を回した。

エリオットは私の腰に手を回し、何故かギュッとそれを自分に引き寄せる。


いや、結構密着して踊る曲ではあるけど、やり過ぎじゃない?


目だけで抗議するも、エリオットに優雅に微笑まれ、そのままダンスが始まってしまった。



「……リア、今日も一段と美しいよ。

溜息が出るほどに……」


うっとりとした表情で囁かれ、思わず顔に熱が集まりそうになるが、淑女の微笑みを崩さないまま、私は小声で返した。


「誤解されるような事、言わないでよ」


ヒヤヒヤしながら目だけで周りを窺うと、王族派、穏健派、どちらも私達を責めるような様子は無い。

むしろ、何か……ものすごぉく生暖かく見守られてるんだけど、な、何で……。



「本当にお似合いのお二人ですわ……」


「ええ、本当に……」


「殿下のご婚約者様は、もう……」


「……ええ、夫人が仰っていたのですもの、間違いありませんわ……」


「それなら、ねぇ?」


「殿下のお年を考えれば……」



何やらコソコソひそひそと私達についての話をしているようだが、音楽と人々のざわめきで流石にハッキリとは聞こえない。


なぁんか、嫌な予感がするんだよなぁ……。


淑女の微笑みはキープしつつ、それでも眉間に皺が寄ってしまう私に、エリオットがそっと耳元で囁く。


「リア、ちゃんと僕とのダンスに集中して、ね?

じゃないとこのまま攫って行っちゃうかもしれないよ、自分の部屋に……」


ひぇぇぇぇっ!

耳元で囁くなっ!

あと直ぐに自室に連れ込もうとすなっ!


仕方なく、エリオットとのダンスに集中するべく、その顔を見上げると、やはりエリオットはうっとりとした様子でこちらを見つめていた。


だから、そのうっとり顔が、居心地悪いのだが……。


何だか居た堪れないまま、曲が終わり、やっと解放されるとエリオットの手を離そうとしたが……は、離れないっ!

何かっ!手も腰もガッツリ掴まれてて離れないのだがっ⁉︎


「あら?殿下……お戯れを……オホホ」


優雅に微笑みつつ、ひっそりと身体強化を発動してエリオットの体を引き離そうとするが、全く効かないっ!

コイツっ!何かスキル使ってやがるなっ!

スキルを使われると、魔力が無効化してしまうのだ。


水面下でジタバタと攻防を繰り返す私の耳に、ダンスの為の二曲目の音楽が聴こえてきた。


マズイっ!

このままエリオットに二曲目まで踊らされたら、そういう事なのだと、周りから要らない誤解を受けてしまうっ!


続けてダンスを踊るという事は、つまりはそういう事だ。

家族や婚約者以外でってなると、もう言いたい事はただ一つ。

2人はそういう仲、もしくはこのご令嬢は自分のお気に入り、つまりは狙っている、って解釈になっちまうっ!


それで困っている令嬢の為、実は剥がし役なんかもいるのだが、剥がし役っ、相手が王太子ってだけでピクリとも動きやがらねぇっ!


くそっ!

王宮の使用人は無駄に優秀だなぁっ、ほんとによぉっ!

グギギッと本来剥がし役である筈の使用人を睨み付け、ビクともしないエリオットを何とかしようと足掻くも、やはり全く微動だにもしない。


そうこうしている内に、音楽が本格的に流れ始めた。

ヤバイっ!万事休すっ!!



「……殿下、どうかその辺で」


微かに肩を上下させながら、レオネルがエリオットの肩を掴み、間近でギラリと睨み付けた。


「あらら、身内にバレちゃったか」


テヘペロと舌を出すエリオットに、レオネルは額に青筋を浮かべて、ギリギリとした微笑みを浮かべた。


「こちらのリゼ嬢が、殿下にご挨拶申し上げたいそうです。

どうかご相手頂けませんか?」


私救出の為、咄嗟に2人で打ち合わせたのだろう、リゼが美しいカーテシーでエリオットに向かって礼を取った。


「もちろん、僕で良ければ。

リゼ嬢、一曲踊って頂けますか?」


優雅にリゼに向かって差し出されたエリオットの手に、リゼがスッと片手を重ねた。


「光栄でございます、殿下」


微かな微笑みまでサービスしてくれたリゼと踊り始めるエリオット。



私はレオネルと踊りながら、内心クソデカい溜息を吐いた。


あ〜〜〜……。

焦ったぁ。

今のはかなりヤバかった……。


ピンチからの脱却に、つい力が抜けてしまっている私に、レオネルが厳しい顔で口を開いた。


「シシリア、少し小耳に挟んだのだが……エリオット様が何か手を打ったらしい」


あ〜あ〜。

だろうね。


改めて言われると、いよいよ何かが身に迫ってきている事を肌で感じる。



「シシリア……」


レオネルは依然、厳しい顔のまま、私をジッと見つめた。


「いい加減、覚悟を決めろ」


レオネルの言葉に、私は一瞬茫然とその顔を見つめ返した。


「…なっ、何の……?」


妙に掠れた私の声に、レオネルは一瞬私を労わるような顔をしたが、それは直ぐに厳しいものへと戻ってしまった。



「……この国の、未来の国母となる覚悟だ。

その覚悟が、お前にあるか?シシリア」


レオネルの言葉を一瞬理解出来ず、私は頭上でクルクル回るシャンデリアを見上げた。



……違うな、クルクル回っているのは、人間の方だ………。


楽しく愉快にクルクル回った先に、必ず着地しなければいけない場所がある。

それは誰しも、いつかはきっと。


自分の着地点をもういい加減決めろ、レオネルは私にそう言っているのだ……。



私の……着地点……。

最後に、地に足をつける場所……。


楽しげにリゼとダンスを踊る、優雅なエリオットの横顔を見つめ、何となく胸が騒ぐ。


……分からない。

まだ私には。

この胸の騒めきが何なのか……。


まだ、分からないんだ……エリオット……。








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