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EP.117



爽やかな風の吹き抜ける、初夏の夕暮れ。

王宮に続々と集まってくる貴族達をぼんやり眺めていると、急に両腕を何者かに……いや、既に気配で察していたので、何者かは判明しているのだが。

とにかく、両腕を2人のご令嬢にそれぞれ掴まれ、そのままズルズルと女性専用休憩室へと連れ込まれてしまった。



バタン、とドアを閉めるなり、リゼが他に誰も出入りが出来ないように、結界魔法を張った。


ふむ、まだ粗いなぁ。

その結界魔法を繁々と眺めながら、私は無意識に顎に手をやる。


センスはいいかな。

習いたてにしては綺麗な結界だけど、私なんかだとフッと一息で破れる程度。

討伐依頼では、まだ戦力になるレベルじゃ無いかな。


う〜〜むと唸る私をマリーがじわじわと壁際に追いやって行く。

コラコラ、考え中に邪魔するでない。


されるがままに壁際に背を持たせかけると、マリーが私の体を囲うように、バンっと両手を壁に叩き付けた……はいいが、私を囲うには腕のリーチが足りなかったようだ。


非常に残念ながら、体と体の間に余裕が無い。

壁に手を当て私に抱き着いているような格好になっている。


いや、何がやりたいんじゃっ!



「今日のパーティのエスコート役の様子がおかしい件について……」


面白いぐらいに動揺しまくり、テンパり気味で目の焦点が合っていないマリーに、私はフッと広角を上げ、首を傾げた。


「何よ、何もおかしい事なんてないじゃない」


面白がる私に気付いたマリーは、真っ赤な顔で目を潤ませ、キッと私を睨み上げてきた。


「私のエスコート役がジャン様なんですけど?

今朝知ったんですけど?我が家はお陰で大騒ぎだし、メイド達に磨かれ過ぎて目がぐるぐる回るしっ!

そもそも騎士は会場の護衛で忙しいんじゃなかったのっ!

なんでそんな人が私のエスコートなんかっ!

いやっ……本当になんで?

あり得ないよね?私達挨拶も碌に交わした事ないのに。

えっ?待って待って、本当になんで?

って考えに考えた結果、アンタの顔が思い浮かんだのは当然の流れだよね?そうだよね?

こんな事思い付くのも、実際にやれちゃうのもアンタしかいないもんね?そうだよねぇっ?」


徐々にまるで怨霊のように私に絡み出したマリーの頭を、グイッと手で押して自分から引き離すと、私は呆れた声で答えた。


「いや、私だけど?だからそれが何の問題があんのよ?

お互い伯爵家で家格は釣り合うし、年齢だってそれ程離れてない。

今日は第二王子の生誕パーティとはいえ、クラウスの希望でこじんまりした集まりになったから、王宮の警護は宮廷騎士団と近衛騎士団だけで賄えるし。

王国騎士団所属のジャンは今日はお役御免なの。

それにジャンはクラウスの側近として、正式にこのパーティに招待された立派なゲストなのよ?

それがご令嬢の1人もエスコートしてないなんて、格好が付かないじゃない。

私の従姉妹であり、デオール伯爵家の令嬢であるアンタなら、ジャンにちょうどピッタリでしょ?」


ツラツラとそれらしい事を並べられたマリーは、悔しそうにウググっと呻いている。


ナハハッ!

これくらいで口籠るとは、マリーは可愛いなぁ。

つい口元をニヨニヨと緩めていると、リゼがスッと手を上げて口を開いた。


「あの、では何故、この度アロンテン公子様が私のエスコート役を?

そもそも我が家はこういった場には出席した事は無く、今まで招待状を頂いた事もありません。

なのに急に招待状が届き、公子様からエスコートのお誘いをお手紙で頂きました。

合わせてアロンテン公子様からドレスや宝石や靴や、とにかくどっさり届きましたが、一体何故でしょうか?

私はそれらの贈り物はシシリア様からだと推察しております。

お顔を合わせた事も無い公子様が、私にピッタリのドレスなど選べないと思いましたので」


努めて冷静な様子で、淡々とそう並べ立てるリゼ。

だが、その指先が微かに震えている上に、耳朶がほんのり桜色に……。


うんうん。

パーティなんか出席した事ないのに、急に男から誘われた上、プレゼント攻撃とか、戸惑うよな。

でもその反応を見るに、レオネルに嫌悪感は無いのかも?


やっぱりリゼには単純にパーティを楽しんで欲しい。

だが、デビュー後だからエスコート役は必須。

リゼが本当に嫌ではないのなら、このままレオネルにエスコートさせたいんだけどなぁ。



「リゼの考えてる通り、贈り物は私が選んだけど、購入したのはレオネルよ。

エスコート役なんだから、それくらいはさせときゃいいのよ。

それから、今回のパーティに呼ばれたのは、貴女が私の側近だから。

レオネルにしたって、妹の側近をエスコートする事は、なんら不思議な事じゃないでしょ?

家庭の事情はさておき、貴女は立派な伯爵家のご令嬢なんだから、レオネルの隣に立っても違和感なんて無いし」


こちらにも丁寧に説明しつつ、私は伺うようにリゼをチラリと見つめた。


「でも、エスコート役がレオネルだと不都合だというなら、今からでもゲオルグ辺りに頼むけど、どうする?」


私の問いに、リゼは慌てて顔の前で手を振った。


「いえっ、公子様からのお誘いを無碍には出来ませんのでっ、そのようなお気遣いは結構ですっ。

ただ、本当に、何故公子様が私なんかをと疑問に思っただけで……」


言いながら顔を真っ赤に染めるリゼに、私はおやっ、と片眉を上げた。


おやおやおや?

この反応は何だろう?

リゼなら誰にエスコートされようが、鉄の無表情を崩さないと思っていたのに、おやぁ?


つい口元がニヤけてしまう私の頬を、マリーがツンツンと突くので、そちらに視線を移すと、やはりマリーもニヤニヤ笑っていた。


何か言いたそうなマリーの為、身を屈めてやると、耳元でマリーはコショコショと小声で囁く。


「隠してるけど、リゼの推しは魔道士様よ。

っていうより、元々憧れていた人が物語のモデルになったから、畏れ多くて近寄れない本人の代わりに、魔道士を心ゆくまで推してる、って感じね。

全年齢対象限定だけど、私の作品の中から魔道士モノをプレゼントするとね、顔には出さないけどルンルンなの。

それがまた可愛いんだよねぇ」


ほほぅ……。

こそばゆいのを我慢して聞くだけの価値があったな、これは。

まさかリゼが、あの万年眉間皺寄り野郎の事をねぇ……。


思わずニヨニヨ笑いそうになるのを、密かに太腿をツネって我慢する。

マリーもリゼにニヤけ顔がバレないように、私の胸に顔を埋めて肩を震わせていた。


あの不能野郎に一縷の望みを与える為にセッティングしてみたものの、これはもしかしたら、レオネルの頑張り次第で案外上手くいくかもしれない。


本音は私が嫁にしたいとこだが、義妹(正式には義姉)ってのも、悪くない。

血の涙を飲み込んで、ここは私が身を引いてやるか。

レオネルには勿体無いけどなぁっ!



「じゃ、これで2人共納得したわね?」


はい、じゃあこれでお開き〜とばかりに手を打つと、私の胸からマリーがガバッと顔を上げて、ブンブンと頭を激しく振った。


もぅ、なんだよぉ。

まだ何かあんの?


「わ、私は無理っ!魔剣士、じゃなくて、ジャン様にエスコートされるとか、無理無理無理っ!

殿方との過度なスキンシップはご先祖様に禁止されてるからっ!

無理だからねっ、無理っ!」


ギャンギャンと耳元でがなり立てるマリーに、私は顔を歪めて溜息を吐いた。


エスコートのどこが過度なスキンシップなのか……。

そもそもご先祖様だって、お前の非リアっぷりに草葉の陰から咽び泣いてるわっ!

どこの先祖が、跡取りが出来ないかもしれないような事を推奨すんだよっ!


レオネルになら黙ってエスコートされる奴が、ちょっと相手が推しに変わったくらいでギャーギャーと。


呆れ顔でマリーを見つめていると、リゼが急にポソッと呟いた。


「……マリー、貴女、ジャン様が学園を卒業されて、騎士団のお仕事に専念されるようになってから、体型が変わって絵柄が上手くいかないって、嘆いてなかった?

今日お近くで観察させて頂ければ、悩みが晴れるんじゃないかしら?」


ナイスキラーパスッ!

リゼのその呟きに、マリーの目がギラリと光った。


あっ、ウルスラ先生モードだ。

この目になったマリーから逃れられる生贄は存在しない……。


すまん、ジャン。

うちのバカ兄貴のせいで、本当にすまんっ!

悪いがここは、俺に構わず行けっ!の精神で、尊い犠牲となってくれ。


私達の幸せな未来の為に、躊躇なくジャンを差し出す事で、この場は何とか収まった。


ジャンよ……逝ってくれて、ありがとう……。








その後、パーティメンバーと合流した私達は、軽い挨拶と自己紹介を終え、それぞれのエスコート役の側で待機する事となった。



「急な申し出ですまなかった。

受けて頂き、感謝する」


無表情なレオネルに、やはり無表情なリゼが凛とした声で返す。


「いえ、過分なご申し出を頂き、こちらこそありがとうございます。

デビューしたばかりで至らないとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


かったい挨拶を交わした後、リゼがレオネルの差し出した手に自分の手を重ねた。

その一瞬、リゼの細くて長い指が、ピクリと震えた事を、私とマリー、そして合流したキティは見逃さない。


「あんな涼しい顔しといて、中身は推しに身悶えてるわよ、あれ……」


ポソッと呟いたマリーの言葉に、身悶えたのは私とキティの方だった。


「ハァハァッ……嘘でしょ……萌えるっ!」


「新たなるcpの予感に胸が震えて苦しい……。

このcp……推せるっ!」


ウハウハと流れる涎を手の甲で拭く私達を、数歩離れた場所からジャンが嫌そうに見つめている……。



「なぁ、アンタは俺がエスコート役で大丈夫だった訳?」


急に側に寄ってきたジャンに、マリーがピャッとその場で飛び上がった。


「ふぁ、ふぁいっ!も、もちろんっ、ありがたき幸せにございましゅっ!

その成長著しいご筋肉様を、今日は間近で舐めるように観察出来るのかと思うと、私の脳汁が耳から……フガッ!」


「はいはい、どーどー、ストップ、ストーップ!」


すかさず後ろからマリーの口を手で塞ぎ、それ以上の腐った挨拶を封じ込めた。


やめんかっ!

怪しさMAXだわっ!

ジャンはそれ系に免疫がある分(私とキティのせい)逆に敏感なんだよっ!


案の定、ジャンが私をジトーッとジト目で見つめてくる。

その視線から逃れるように、ツツツと目を逸らすと、ジャンはクソデカい溜息を吐いた。


「……なるほどなぁ。おかしいと思ったんだよ。

お前の従姉妹で伯爵令嬢だってのに、エスコートの相手がレオネルしかいないとか……」


ジャンはバスケットボールを掴むように、ガッとマリーの頭を片手で掴んだ。


おい、やめろ。

伯爵令嬢はクレーンゲームの景品じゃねーぞ。


アガアガガクガクと震えるマリーをジッと見つめていたジャンは、急にフッと笑う。


「仕方ねーな。今回は俺が付き合ってやるから、次からはちゃんとした相手と来いよ?」


そう言ってジャンがポンポンと頭を優しく叩くと、マリーは真っ赤になってボンッと爆発したように頭から湯気を上げ始めた。



何だよぉ〜、それくらいで。

私でもそれくらい出来るよ?

そんなんが本当にいいわけ?


ムムムッと納得のいかない私が、眉間に皺を寄せていると、その皺を丁寧に伸ばす手が……。


「綺麗な装いが台無しになっちゃうよ、リア」


ご機嫌な様子のエリオットのその手を、即座にパンッと弾く。


「余計なお世話よ」


ギロリと睨んでやっても、鬱陶しいほどのはしゃぎっぷりは収まらないようだった。


ウキウキルンルンなエリオットに、苛つきが抑えられず、取り敢えず足をガンっと踏み付けておいた。


「いったぁ〜〜っ!酷いよ、リア。

今日は僕が初めてリアをエスコート出来る、記念すべき日なのに」


ふふふふ〜っと満面の笑みを浮かべるエリオット。

あ〜〜マジ鬱陶しい。

誰だよ、コイツをご機嫌にしたのは。

………私か……。


こんな事になるなら、エスコートの申し出を受けるんじゃなかった……。


今回は頼みのノワールがどうしても空いてなくて……。

デビューしたばかりの、ローズ夫人の知人のご令嬢のエスコートを頼まれたらしい。


まぁ毎回ノワールに頼むのも気が引けるしなぁ、とかって思ってたら、エリオットがスルッとその空いたポストに入り込んできやがった……。



……いや、あのさ。

いくら又従兄とはいえ、王太子にエスコートされるとか、本気であり得ないのだが?

何言ってんだ、コイツは……。

どうせ周りに叱られて実現しねーだろ。

とかって高を括って放置してたのが良くなかった……。

まさか実現するとは……。


何だよ、なんで?

どんな裏があんの?

って訝しんでいるのだが、全く情報が抜けないんだよなぁ……。

絶対何か裏がある筈なんだけど。



「嬉しいなぁ、リアをエスコート出来るなんて。

夢みたいだよ……」


後ろから私の腰に腕を巻き付け、手をとりながら、エリオットはうっとりとした表情で顔を覗き込んできた。


当然ながら私は、納得いかないブスっ面をしているわけだが、それを見ても全く気にならないのか、やはりご機嫌な様子で破顔している。


「……一体どんな手を使ったのよ?」


ジロっと睨むと、エリオットはクスクス笑いながら、私の手を持ち上げて甲にゆっくり口づけを落とした。

上目遣いで妖しく見つめられると、なんだが背中がゾワゾワと粟立つ。


「……直ぐに分かると思うよ?」


とにかく楽しそうなエリオットを訝しげに睨みながら、私はそれ以上の追求を諦めた。



……今更真相に気付いても、たぶんもう手遅れだ。

まだ事は起きてはいないが、既に全てがエリオットの思い通りに完遂した後なのだろう。


チッと舌打ちしながら、周りを見渡す。

やけに私達を友好的に見つめてくる貴族達が目に付いた。

皆が王族派って事は……。


……やはり嫌な予感しかしない……。


あ〜あ、と内心溜息を吐く私は、その時まだ気付いていなかった。


自分の中に、何が何でもエリオットから逃げ切ろうとする気力が抜け落ちていた事に……。


……後から気付いたけれど、この時にはもう、エリオットを無意識に受け入れていた自分がいたのだ……。



勿論この時はまだ、自分自身そんな事には気付けずにいたのだけれど……。








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