EP.114
それから直ぐに、師匠から招待状が届いたが、何故か場所が帝国にある大公国だったものだから、私は訳が分からず首を捻るばかりだった。
何にせよ、王宮に設置している転移魔法でひとっ飛びらしいので、まぁいいかと皆を引き連れて出向く事にした。
「大公国と言えば、アルムヘイム公爵が大公になった際、公爵領を大公国として独立させたのよね?」
師匠からの招待状をヒラヒラさせながらエリオットに聞くと、後ろからレオネルにスッとそれを取り上げられてしまった。
「大公国からの正式な招待状を、雑に扱うんじゃないっ!」
振り返ると鬼のような顔でこちらを睨むレオネルが……。
え……。
キョワイ。
そんな怖い顔しなくてもいいじゃん、お兄ちゃん……。
迷い無くエリオットの背中に回り、盾にすると、エリオットがレオネルをまーまーと抑えてくれている。
「大公はそんな事を気にするような方じゃないよ。
今からそんなに気を張っていては疲れてしまうからね、ハイ肩の力を抜いて、リラックスリラーークスッ」
エリオットがニコニコ笑いながらレオネルの肩をポンポン叩くと、レオネルは深い溜息を吐いて、眉間の皺をより深くした。
「……まったく、師匠も何故こんな招待状を我々に送ってきたのやら……」
レオネルは、いつもの頭痛を耐えている様子だった。
確かに、師匠の行動は謎だが、私達みたいなヒヨッコが大公主催のお茶会に招かれるなんて、凄い名誉な事だし、素直にヒャッホイでいいのでは?
キョトンと首を傾げる私に、レオネルはますます溜息を深くした。
「アルムヘイム大公は、皇族を凌ぐ力を持っている御仁だ。
強力な軍隊と、広大な領地を有する権力者。
もちろん、自身も元を正せば皇族から派生した一族であるし、何人も王妃を輩出したり、また皇族を受け入れてきているので、れっきとした皇族の一員だから、いくら力があれど皇家を掻き乱すような事はしないとは言われているが。
実質帝国を掌握しているのは、アルムヘイム大公だろうな。
つまり公にはされていないが、皇帝に並ぶどころか、皇帝より上の存在だと思った方がいい。
そんな人間の主催する茶会にいきなり招待されるなど、通常ならあり得ない事だと言うのに……」
難しい顔で思案顔のレオネルの肩を、今度はノワールがポンポンと叩いた。
「だから、師匠からの招待なんでしょ?
大公と赤髪の魔女が旧知の仲なのは、周知の事実だしね。
2人は若い頃から協力関係にあって、大公がアルムヘイム公爵家を継ぐ際も、師匠が力を貸したって聞いたよ。
大公は本来なら嫡子では無かったらしいね」
へーーーーっ!
意外に物知りなノワールに、私は目を見開き、素直に感心した。
「だが、大公も近々代替わりするらしいな。
次の大公はもう決まっているのか?」
珍しく話に加わってきたクラウスに、ノワールでは無くエリオットが答えた。
「大公には子供が3人いるけど、長女は他国に嫁いでいるし、長男は大公って柄じゃないからね、次男が一応跡継ぎとはなっているけど、彼は帝国随一の魔法士で、赤髪の魔女の後継者と言われるような人物なんだ。
本人は魔法研究にしか興味が無いし、多分長女の息子が後を継ぐことになると思うよ」
ヤベーッ!
帝国ヤベーッ!
師匠レベルの魔法使いがまだいんのかよっ⁉︎
通りで大陸跨いで侵略者が攻めて来ない訳だ……。
あんなのが2人もいたら、そりゃ勝てん。
エリオットの話に、私はそんな事を思いながら、ハテ?と首を傾げた。
「大公って何歳なの?その後を継ぐって長女の息子はつまり、大公からしたら孫って事でしょ?」
私の問いに、エリオットが直ぐに答えた。
「大公は80は超えているよ。
子供達が60代、孫世代が40代。
ひ孫世代が僕らと変わらない年かな?
まぁ、だいたいはそんな感じ」
ヒョイと肩を竦めるエリオットを、目を見開いて驚きの表情で見つめた。
えっ?
80オーバー………?
まで、現役バリバリ?
つっよっ!
大公つっよっ!
いやまぁ、私の知ってる年寄りはどれもこれも半端なくハイパー元気なのだが、それにしても大公ヤベーッ!
「30年前から大公も子供達に何とか継がせようとしてきたんだけどね、なんのかんのとのらりくらりかわされ続けて今に至るらしいよ」
アハハッと声を上げて笑うエリオットに、どこも跡継ぎ問題は大変だけど、誰も後を継ぎたい人間が居ないって方は珍しいな、と考えて、すぐ、いや、私も人の事言えない……と冷や汗を流した。
何せその辺の問題が自分に降ってこないように、とにかくレオネルに嫁を、とかって考えてたばかりだからな……。
マリーにしても後を継ぐ気などサラサラ無い訳だし。
人様の家の事をどーのこーの言っている場合じゃないな、うちん家。
チラッとレオネルを横目で見て、うちは一体どうなんのかな〜〜?と気になってしまった。
いや、保身じゃないよ?
自分の保身の為じゃないよ?
でも、ね、当然レオネルが後を継ぐものと疑問にも思わずにきたから、ちょっとここにきて、気になってきたというか……。
あっ、アレだからっ!
あくまで、レオネルの為っ!
レオネルの幸せの為に、ねっ?
嫁とか嫁とか嫁とか、ぶっちゃけどうすんだよっ、テメーゴルァッ⁉︎
「兄ちゃんは、ちゃんと家の後を継ぐよね?」
フヘヘっと媚びた笑い(保身)を浮かべながら聞くと、レオネルが当たり前だとばかりにキッパリと答えた。
「当然だ。それが私の責務だからな。
自分に与えられた責任から逃れるような無様な真似はせん」
よっしゃーーーっ!
言質っ!言質取ったどーーーっ!
言ったからな、今ハッキリと聞いたからなっ!
しかも王太子と王子が証人だからっ!
もう逃げらんないかんなっ!
内心ゲスゲスゲスと笑いつつ、私はニッコリとレオネルに向かって微笑んだ。
「それじゃあ、そろそろ婚約者候補くらい居るのね、ああ、安心した」
ホッとして胸を撫で下ろす私の隣で、レオネルが明らかにギクッと肩を揺らした。
……おい、その動揺は何だ?
「……ねぇ、ちょっと……婚姻しないと一人前の貴族として扱われないし、爵位も継げないのよ?
もちろん、分かっているわよね?」
瞳孔開き気味の私の気迫に押されるように、レオネルは若干体を引きつつ、誤魔化すようにゴホンと咳払いをした。
「契約的な婚姻を結んでくれそうな家を、今秘密裏に探しているところだ」
観念したように、仕方なく口を開いたレオネルを、ギラリと睨み付ける。
「で?その契約の内容は?」
鋭い私の視線から逃れるように目を泳がせながら、レオネルがまたも仕方なさそうに渋々と口を開く。
「……別邸で別居、無駄な接触は無し、夫人同伴のパーティのみ一緒に行ってくれるような……」
「そんな女性、いるかーーーーーっ!」
レオネルの胸倉を掴み、下から掴み上げると、レオネルは苦しそうに首元を押さえている。
「別居ってなんだっ⁉︎公爵夫人が別宅に住むとか、あり得んだろうっ!
無駄な接触っ⁉︎夫婦なのに、無駄?接触?
女を舐めるにも程があるだろっ!
そんな結婚して誰が幸せになるんだよっ!
1人の女性の人生潰す気かっ⁉︎
貴様、何様じゃーーーーっ!」
グググっと首元を締め付けると、レオネルは苦しげに私の手をタップしてきた。
「……待て……居ない、お前の言う通り、そんな条件を呑む女性など……居ない……」
必死にタップしてくるレオネルに、私は仕方無く胸倉を掴む手を緩めた。
ゲホゲホと咳き込みながら、空気を吸い込むレオネルを、冷え切った目で見つめる。
「だいたい、そんな結婚生活じゃ、跡継ぎが産まれないじゃない。
どうすんのよ、そこが1番の責務でしょうが。
アンタついさっき、自分の責任から逃れるような真似はしないって言ったわよ、その口で」
蔑みきった私の視線から逃れるように、レオネルは何故かチラッとエリオットを見た。
「……跡継ぎは、お前の子を養子にと考えていた………」
またそれかーーーっ!
お前もかーーーーーっ!
ど腐ってんだよっ!その考え方がよぉっ!
よく私を見ろっ!
私がそんな人間に見えるかっ!
誰とも(リゼ以外)結婚する気の無い私がっ、どーやって子供を産むってんだっ!
ガァァァァァァァッ!と火を吹く勢いで怒り狂う私を、エリオットが後ろから押さえ、耳元で嬉しそうにふふっと笑った。
「僕達の子供ってば、生まれる前から大人気だね?
もう……何人でも良いよね?
沢山、子作りしようね、リア」
私の顎を掴み、上向かせながらウットリと妖艶に微笑むエリオットの顔を、ガシッと片手で掴む。
「炎撃」
ボンッと音がしたのち、エリオットの顔が後ろに弾かれ、真っ黒にこんがり焦げ上がった。
「……ゼロ距離射撃……だと?」
ジャンの呟きの後に、ノワールがあーあーと痛そうに呟く。
「見てるだけで痛い……鬼畜過ぎるんだけど」
ちなみにミゲルは慌ててエリオットに治癒魔法を施しているが、いらんいらん、ソイツにそんなもん要らん。
長い付き合いだというのに、ミゲルにはまだその化け物の生態が理解出来ていないらしい。
一連のやり取りを、くだらないとばかりに見ていたクラウスの横で、何故かキティだけが顔をキラキラと輝かせて、トテテと私に寄ってきた。
もちろんその足音の可愛らしさに、クラウスがピクリと反応した事は言うまでも無い。
何やら耳打ちしてこようとするキティに、私は身を屈めてやった。
「ねぇ、レオネル様のさっきのアレ、フラグっぽくない?
『爵位継承の為の契約結婚なのに、旦那様の溺愛が止まりません』的な展開になると思わない?ねっねっ?」
腐れ恋愛脳爆裂な内容をポショポショと耳元で囁かれ、ただでもこそばゆくて背中がゾワゾワとするというのに。
さっきのやり取りで何がどうしてそうなる?
うちの兄ちゃんの外道ヘタレっぷりをそんな好解釈出来んのは、お前だけだわ。
それよりコッチを羨ましそうにジーーーっと見てくるお前の旦那を何とかしてくれ。
「アンタねぇ、そんなラノベ展開、現実じゃ……レオネルは合理主義の現実家だから……つまり、溺愛とはいかなくても、同じタイプなら……。
問題はそんな令嬢が存在しなかったせいだから……」
ふと思い付いた自分の考えに、私は一気に苦悩の谷に叩き落とされた……。
……え〜〜〜。
いや、でも待って……。
だって、私が……。
そもそも、レオネルには勿体無いし……。
ウググっと色々な物を天秤にかけ、悩みに悩む。
最終的に、ゼロ距離火炎魔法を受けてもやはりピンピンしているエリオットが、ニヤニヤ笑いながら、やっぱり5人じゃ足りないなぁ……もうっ、忙しくなるなぁっ!
とかブツブツ呟きながら、気色悪く身を捩る姿を見て、スンッと心を決めた。
「レオネル、アンタ来月のクラウスの生誕パーティー、私の知り合いのご令嬢をエスコートしなさい」
感情の篭らない私の声に、レオネルは顔を上げて私を見つめ、直ぐに息を呑んだ。
それもその筈、声は冷静だったが、血を吐くような苦悩の顔をしているのだから。
なんなら血の涙も流していたかもしれない。
「いや、しかし……今年はマリーベルも社交界デビューした訳だし……私は正式にマリーのエスコートをするつもりで……」
「そんなもん、ジャンにでもやらせときなさい」
スパッとそう切り捨てると、ジャンが瞬時に食い付いてきた。
「オイッ!勝手に決めんなよっ……て、お前……」
が、しかし、こちらも私の只事ではない雰囲気に呑まれるように、直ぐに口を継ぐんだ。
「分かったわね?」
私の気迫に押されたレオネルは、もう何も言わずにただ頷くだけだった。
ちなみに何故かジャンも大人しく頷いていた。
全く、今まで私を使ったり、まだデビュー前のマリーを駆り出してお茶を濁してきたようだけど、もうそうはさせないぜ、このヘッポコ兄ちゃん。
良い?
アンタのその偏った令嬢への偏見、私がぶっ壊してやるから覚悟しときなさいよ?
きっかけは作ってあげるんだから、後は自分で何とか死に物狂いで口説き落とせよな。
グググっと下唇を噛む私の肩を、キティがポンポンと優しく叩いた。
「ナイス人選。私も思い付いていたけど、流石に私の紹介じゃ、レオネル様は首を縦に振らなかったと思うわ。
クラウス様にお願いしても良かったけど、それじゃあまりに策略的だし……。
そもそもシシリィを無視してそんな事出来ないじゃない?
アンタ絶対に嫁に貰おうと狙ってたでしょ?」
小声でキティにそう言われ、私はビクッと体を揺らした。
「何故それを知っているっ」
驚く私を、キティはハッと鼻で笑った。
「分からいでか。アンタ昔同じタイプの先輩に、ガチめでプロポーズしてたじゃない」
キティにそう言われて、私はそんな事もあったな、と瞬時に思い出した。
王子に求婚されるなんて、光栄至極だわ〜っと綺麗にあしらわれたんだよなぁ。
マジ、嫁に欲しかったのに。
過去の辛い記憶まで呼び起こされ、私はほぼ八つ当たり的にギリッとレオネルを睨んだ。
私の視線に気付いたレオネルは、降参するように両手を上げて、もう抵抗する意志は無い事をアピールしてきた。
よし、これで我がアロンテン家の後継者問題が一歩前進するかもしれないな。
自分の保身の為(結局本音)何だか利用するようで申し訳ないが、良い条件をたんまり用意するつもりだ。
いずれかに反応してくれれば儲け物なのだが、やはり大事なのは本人の意思。
あの万年眉間皺寄り野郎じゃ嫌だ、と言われれば、勿論無理にとは言わない。
その時は何か別の手を考えるまでだ。
とにかく、エリオットや他の男と子作りなど冗談じゃ無い。
レオネルにはキッチリ己の責務を果たしてもらう。
ついでにマリーが二度と私の子をオデール家に、とか言い出さないよう、そこも黙らせる封じ手も用意しておこう。
全く、問題が山積みじゃないか……。
ハァ〜ッと深い溜息を吐いた瞬間、転送の間から宮廷魔術師が転送の準備が出来たと迎えに来たので、私達は部屋を移動する事になった。
「では参りましょうか、いざ大公国へ」
何故か悪戯っぽくウィンクしながら、エリオットが私に手を差し出した。
その手を取りながら、訝しげにエリオットを見つめると、楽しそうにニヤニヤ笑っている。
そんな時の表情は、とても師匠に良く似ていた。
さて、何故大公国に私達を呼びつけたのか、師匠の真意を知る為に、いざ行かん大公国っ!
もちろん、獣人で剣聖なロマンスグレーとの手合わせもしっかり獲得してくるつもりだ。
待ってろよ、燻銀っ!
結局何だかんだとワクワクの止まらない私を、エリオットが微笑ましそうに眺めていた事など、もちろん興味も無いので知らないままだった。




