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EP.112



師匠から頼まれ事をされたあの日から、私の胸は妙に騒ついて何だか落ち着かなかった。


例のハンカチは結局エリオットが手に入れ、既に師匠の手に渡ったようだ。

師匠の事だから、結果はもう出ているのだろうが、未だ私に連絡が来ない。


当たりだったのかハズレだったのか……。

どちらにせよ、分かれば直ぐに連絡があると思っていたのに。





生徒会室の自分専用の執務机をコンコンと指で叩きながら、どうも落ち着かないでいると、リズが湯呑みに煎茶を淹れてソッと机の端に置いてくれた。


「会長、良ければ。頭がスッキリしますよ」


無表情だが微かに微笑み、それだけ言うとリゼは自分の机に戻っていった。


その気遣いに感謝しつつ、淹れてもらったお茶を飲む。

茶葉の濃さといい、温度といい、完璧だった。


リゼは官史になれなかった時の為に、侍女としての教養も身に付けている。

が、伯爵家の令嬢が侍女になれるとしたら、王家か王侯貴族か……。

現実的には王妃様かキティ、もしくは私の、って事になる。


う〜ん、私は侍女はエリー1人で十分なんだけど。

リゼは何というか……うん、嫁に欲しい。

あんな完璧な淑女なら嫁の貰い手なんて引くて数多なんだろうけど、今のところはどんな縁談も断っているらしい。

男性側の財力で家を再興させるって発想は無いらしく、あくまで自分が稼いで家と父親を支えるつもりらしい。


くっ、健気。

やっぱり嫁に欲しい。


嫁にきても働きたいというなら、いくらでも応援するし、協力もする。

官史でも侍女でも、何なら私と一緒に冒険者になって荒稼ぎの旅に出てもいい。


と、なるとだ。

アレだな、帝国では既に認められている同性婚、あれを王国にも早々に導入しなきゃいけないな。


まぁ私は後継問題など無いし。

そこは嫡子のレオネルが何とかするだろう。

………たぶん。


ん?あれ?

出来るよね?

今まで社交パーティでは私かマリーしかエスコートした事ないけど。

令嬢からのダンスの誘いからも必死の形相で逃げまくってるけど。

更に浮いた話の一つもないけど。


お陰で、公爵令息のお相手は氷の騎士ノワールか紅蓮の騎士ジャンか、などと一部の腐噂好きな貴腐人の間で話題になっているけど、大丈夫だよね?


ううん?と首を捻り、レオネルがどこぞのご令嬢と婚姻して子供を抱いている姿を想像しようとする……が、まったく浮かばない。

イメージがまったく浮かばないっ!


あれあれあれっ⁉︎

おかしいぞぉ?

レオネルが後継ぎを残してくれないと、私がリゼを嫁に貰うどころじゃ無くなっちゃうのでは?

それどころか婿を貰って後継ぎを私が産まなきゃいけなくなるのでは……。


……あの万年眉間皺寄せ野郎……。

リアルにやべーじゃねぇか。


いやいや待て待て。

私が冒険者になる予定まであと2年。

これは、2年もあると考えるべきか、2年しか無いと考えるべきか……。


とにかく、その2年のうちにあの仏頂面に嫁を貰わせて、跡継ぎを誕生させねば、私が父上に取っ捕まっちまうっ!


嫌だっ!

後継ぎ産むとか、そもそも何処ぞの誰かと婚姻とか、砂吐くほど嫌だっ!

そんな事になったらもう冒険者になれないじゃ無いかっ!


何が何でもあの頭痛持ち眉間皺寄せ仏頂面野郎に嫁をっ!

性急にっ!


……しかしあのミスター合理主義に、貴族令嬢とかいうこの世で1番非合理的な生物をどう引っ付ければいいのか……。

皆目見当もつかん。


そもそも公爵令息のくせに、何で今まで婚約者がいなかった訳?

そこからして既におかしいのだが。


野郎、父上や母上の縁談から逃げる術を何か持ってやがるな。


ムムムッと眉間に皺を寄せる私に、ユランが心配そうに声を掛けてきた。



「会長、どうかしましたか?」


フワッと小首を傾げる合法ショタ。

今日もお肌ツルツル。

唇ぷるぷる。


うう、癒される。



「う〜ん、ユランは婚約者はいるの?」


質問で返されたユランは、目をパチクリさせてから、首を振った。


「いえ、僕にはまだいません。

出来れば伯爵位以上の芯のしっかりしたご令嬢をお願いします、と両親にはお願いしています。

父上はそういった事に疎い方ですから、母上とお祖母様で決めてくると思いますよ」


ニッコリ無邪気に笑うユランは、己の婚姻さえ権力に結び付く物しか受け入れない固い意志が光っている。

ブレない、そこは本当にブレないな。



「ハイハーイ、私もいないわよ。

ってか、要らないって言ってある」


ヒラヒラと手を振るマリーに、リゼが溜息を吐きながら口を開いた。


「貴女はそれじゃ駄目でしょ。

一人娘の嫡子じゃない。

私と同様、いずれ婿を取ってその方に伯爵位を継いで頂かなきゃいけないのよ?」


そのリゼの言葉に、私はハッとした。

そうだよ、リゼって一人っ子じゃ〜んっ!

嫁に貰うとか勝手に出来なくない?


あ〜あ……。

一瞬で夢と消えた、リゼ私のお嫁さん計画に溜息が出る。



未だ呆れ顔でマリーを見ているリゼに、マリーが頬を膨らませ、口を尖らせた。


「現実の婿なんて要らん。私には虹婿が沢山いるし。

魔剣士が私の婿だし」


ぷいっと子供のようにそっぽを向くマリーに、リゼが頭痛を押さえるように眉間を指で揉んでいた。


「私は貴女のご両親にもお願いされてるの。

お願いだから少しは現実に帰ってきて欲しいって、泣いてらっしゃったわよ?

うちは私が無理でも、従兄弟がいるけど、貴女はそうはいかないでしょう?」


リゼの諭すような言葉に、ますますマリーはそっぽを向いた。


そう、マリーの家系は女系なんだよな〜。

つまりうちの母上の家系なのだが。

だから母上がレオネルを産んだ時は、母方の親戚が大騒ぎだったらしい。


まぁ結局、レオネル以外に男は生まれず、流石に公爵家嫡子を母上の方の後継ぎになんて無理な話で、つまりマリーん家のデオール家はマリーが婿を取るしか道は無い。

それか、従姉妹が婿を貰いデオール家を継ぐか。


が、今のところ、ちょうど良い年頃の親戚も居らず、やはりデオール家の未来はマリーに掛かっている訳だ。


しかし、虹作品製造にしか興味が無い、いや、それ以外は目にも入らないマリーに、婿に後継ぎ……。


あぁぁぁぁ〜〜。

何故ウチはあっちもこっちも無理ゲーなのか。

ちょっとヤバくない?

詰んでる感半端ない。


嫌だ。

どっちかの後継ぎ問題が私に飛び火してくる前に、絶対逃げ出さねばっ!!


グッと机の上で拳を握る私の肩を、スルッと撫でながら抱き寄せるお馴染みの感覚が……。



「リアが五人くらい一気に産めば解決だね。

あっ、もちろん僕の子をね」


語尾に嫌なハートマークが付きそうな弾んだ声に、無言でその鳩尾に思い切り肘を繰り出す。


「っんぐふぅっ!!」


謎の呪文を吐き出しながら、その場に蹲るエリオットの背中に、トンっと両足を乗せ交差させた。


「何故私がアンタの子供を五人も産まなきゃいけないのか、全く理解出来ないわね。

1人でも断る、ってかそもそもその行為自体、一生あり得ないから」


私のオットマン状態のエリオットは、自分の鳩尾を押さえながら、まだ苦しそうに呻いていた。



しかし空気の読めないマリーが、キャッキャッと弾んだ声を上げた。


「オットー、それナイスアイデアッ!

王家から養子を貰えるなら、うちの親ももう絶対私に何も言ってこないって。

凄いっ!オットー天才っ!

ありがとうっ!シシリアッ!」


……おい、ふざけんな。

誰が誰の子供を産むって?

そんな事は天と地が例えひっくり返ったとしても、あり得ないのだが?



「マリーちゃん、君なら理解してくれると思ったよ。

さっ、リア。可愛い君の従姉妹のために、僕が人肌でもふた肌でもいくらでも脱ぐからっ!

ねっ?僕に全て任せて……」


いつの間にやら私の足を恭しく抱いたエリオットは、そこにスリスリと頬ずりしながら、ハァハァッと荒い息を漏らしている。



「……ほぉ?」


私は頬杖を付きながら、興味深そうに片眉を上げた。


「アンタそんなに脱げるの?

じゃあちょっと、今すぐその生皮脱いでくれない?」


無表情で淡々とそう言うと、エリオットがタラリと汗を流した。


「あの、リア?生皮って、肌?肌を剥げって事?

いや僕が脱ぐって言ったのはそういう事じゃ……」


途端に焦り出すエリオットの顎を、つま先でツッと持ち上げ、ふふっと笑った。


「何で?出来ない訳ないわよね?

いくらでも脱ぐって自分で言ったんだから。

皮を剥いで筋肉を削ぎ落として、骨にも丁寧に鉋をかけてあげるから、ね?」


黒い笑顔でニヤァっと笑う私に、エリオットは真っ青な顔でガタガタと震え始める。



「おぉう、シシリアがオコだよう……。

スプラッタな惨劇まで秒読みだよぅ……」


こちらもカタカタ震えながら、マリーがリゼに縋り付いていた。


「ご本人を無視して勝手な事を言っていた罰よ。

当然の事だわ」


しかし頼みの綱のリゼに、今度は自分がフンッとそっぽを向かれて、マリーはガンっとショックを受けて項垂れていた。




結局、エリオットとマリーは2人仲良く床に正座して、深々と私に向かって頭を下げた。


「シシリア様、ごめんなさい。

2度と、オットーとの間に出来た子をうちに下さいとは言いません」


「リア、ごめんなさい。

僕らの可愛い子を人にあげる前提で話して、すみませんでした」


2人とも微妙にズレた謝罪だったので、マリーには〆切繰り上げ、エリオットには一時的に不能になると巷で話題の魔道具の装着を義務付けて、手打ちにしておいた。


2人とも地獄の業火に焼かれたが如く、七転八倒床を転げ回っている。


そこへエリクエリーを引き連れ、キティが入ってきて、室内の惨状に一瞬固まったのち、微かに微笑みながらソッと扉を閉めた……。











「で、何の用よ?」


エリオットを連れて場所を生徒会長専用執務室に移し、執務机の前で仁王立ちして睨みつけるも、エリオットはキョロキョロと周りを見渡しながら、不思議そうな声を上げた。


「この部屋の家具とか総取り替えしたんだね?」


うん、速攻変えた。

だって私の前の生徒会長はあのクラウスだぞ?

つまりこの部屋はアイツ専用だった訳だ。


なっ?

賢い皆様ならもう分かるだろ?


私は知ってるっ!

アイツが在学中、度々この部屋にキティを引っ張り込んでイチャコラしていた事をっ!


いくらクリーン魔法やら掃除やらしてあっても、そんなもん普通に使えるかっ!



「つまり新しく僕との思い出をここに刻む為、って事だね?」


ふふっと微笑みながら、私の顎をクイっと上向かせるエリオット。

私は目を細め、フッと笑うと遠隔魔道具の操作石に思い切り魔力を込めた。


「○!※□◇#△ッッッ!!」


声にならない悲鳴を上げながら、エリオットがある体の一部を押さえ床に蹲った。

えっ?何をって?

うん、ナニを。


どうだ、これが最近巷で噂の魔道具の効果だっ!


本体はブレスレット型なのだが、対になっている魔石に魔力を込めると激痛が走るのだっ!ナニに。


「ジジリアざま……僕もう、赤ちゃん出来ない体になっちゃう……」


唸るようなエリオットのくぐもった声に、いかんいかんと魔力を流すのをやめた。 

流石に王家に後継ぎが出来なくなるのは困る。



「で?どうだったのよ、結果は。

それを言いにきたんでしょ?」


私の冷たい声に、エリオットはまだ蹲ったまま、ハァハァと肩で息をしながら苦しそうに声を絞り出した。


「……うん、あの血、やはり師匠が長年探し続けていた物だったよ……」



……何だか、結果は分かっていた気がする。

シャカシャカは師匠が必要としている人間だった訳だ。


一体どんな風にシャカシャカに用があるのか、そんな事は分からない、けど……。


分かる事は、師匠とシャカシャカの橋渡し役は、私にしか出来ないって事だ。


シャカシャカは絶対に、誰にどんな風に頼まれても動かないだろう。


だが、私なら、私に言われれば、興味を抱いて動く筈だ。



「……チッ」


忌々しそうに舌打ちをする私を、いつの間にやら復活していたエリオットが、痛ましそうな目で見つめていた。


「もちろん師匠は、リアに無理をさせるつもりは無いよ?」


優しく諭すようなエリオットの声色に、私は緩く頭を振った。


「いや、私も、何か違和感があって……。

師匠に協力する事にしたんだ。

その違和感に気付ければ、何かが変わる気がするから……」


ギュッと拳を握る私を、エリオットが優しくその胸に抱いた。


「……うん、分かった。

でも、無理はしないって約束して、ね?」


そう言って優しい目で顔を覗き込むエリオットに、私は力無く頷いた。



……本当は、今すぐ逃げ出したいくらいに、嫌だ。


私はもう大事な人をあんな風に失いたく無い。

きっともう、あんなのは耐えられない。


だけど、だからってこのままシャカシャカを無視していれば回避出来る訳じゃない事も、本当は分かっている。


向こうから何かしてきても、出来るだけ無関係でいるつもりだったが……。


シャカシャカにそんな事は通用しないだろう。



「週末、師匠に会いに行くわ」


キッと瞳に力を込めてそう言うと、エリオットは静かに頷いた。


「うん、僕も一緒に行くよ」


エリオットはそう言って、物凄く自然に私の額に口付けた。


私はエリオットの服をキュッと掴んで、そんなエリオットを見上げた。


「エリオット……」


「……リア…」


ゆっくりとエリオットの顔が近付いてくる。

少し顔を傾け、その目を閉じた瞬間、私は魔石に再び思い切り魔力を注いだ。



「○!※□◇#△ッッッ!!」


また声にならない悲鳴を上げながら、床を転げ回るエリオットを、ガシッと足で止めて、私はそのまま拳を振り上げる。


「うしっ!やるしか無いなら、とことんやったるぜっ!」


おっしゃーッという私の雄叫びに被せるように、エリオットのか細い声が重なった。


「リ、リア……ほ、本当に……お世継ぎが……この国のお世継ぎが………」



その年になっても、全く蒔いてこなかった自分が悪りぃんじゃねーの?


ケッと耳をホジホジしながら、取り敢えず聞こえなかった事にして、私はエリオットをグリグリと足で踏み躙る。



「…………あっ、リア……」


……何かこの国の王太子が、開けちゃいけない扉を開けそうになってるみたいだけど、気のせいだろう。

うん、そうだろう。









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