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EP.111



目の前が真っ赤に染まる。

私を包み込む竜巻は、まるで他者を拒むように荒れ狂っていた。


だけどこれは、魔力が暴走した所為じゃない。

私の感情に呼応しただけだ。

まるで私の心を護るかのように。

その証拠に、コントロールしようと思えば出来るし、今すぐ止める事だって出来る。


ただ私が、そうしないだけで……。



目の前を真っ赤に染めるこの感情は何だろう?

私はもうシャカシャカに対しては〝無〟でいたいのに。


キティへのわだかまりはもう無い、本当に無い。

シャカシャカについては、キティの言う事が正しいと思っている。

今はちゃんと心から、そう思う。


アイツのやった事で私が自分を責める必要は無い。

助けられ無かった悔しさは、多分一生消える事は無いだろうけど。

それでも、希乃が死んだのは私のせいでは無い。

殺したのはシャカシャカだ。

そこにアイツなりのどんな理由があろうと、アイツは人を殺した。

私じゃない。


じゃあ、今巻き起こっているこの感情は何だろう?


そうだ、これはもっとシンプルで幼稚なもの。


哀しみ、苦しみ、そして、憎しみ。


ああ、だから、アイツとは関わりたくないんだ。

必死に抑えつけて隠している感情を、いとも簡単に掘り起こす。


憎くない訳が無い。

アイツは希乃を殺した。

そして何も償わずに逃げた。


憎くない訳が無いんだ。


でもその感情に囚われる訳にはいかないから。

それでは余りに失う物が多過ぎる。


今世でせっかく再会出来た希乃。

それに家族や仲間。

師匠だってそうだ。

醜い憎しみの代価にしては、余りに失う物が大き過ぎる。


だいたい、大事な人を奪われた憎しみなんて、どうしたら晴れるんだ?

相手を糾弾して口汚く罵ればいいのか?

それとも何度も何度も地に額をつけて、気がすむまで謝らせる。

いっそ相手を殺すのか?

それとも、同じように相手の大事な人間を奪えばいいのか?


確かに気は晴れるかもしれない。

私に何も残っていなかったら、そこまでしていたかもしれない。


だけど現実は違う。

前世でも今世でも、憎しみに身を任せてアイツに復讐するには、私は失えない多くのものを抱え過ぎていた。


だから、憎しみから目を背け、アイツを目の前にしてもただ〝無〟でいたかった。

それだけだったのに……。



「そう、リア。それで良いんだよ。

君は何も間違えてはいない」


腰を抱えられ、耳元で囁かれた言葉に、知らずに力が抜けた。


私を包む竜巻の威力がどんどんと弱まっていき、それはあっという間にフッと掻き消えてしまった。



「いけませんね、師匠。

事を性急に済ませようとするのは、老人の悪い癖です」


後ろから私の腰に腕をグルッと回して、師匠に向かってニッコリ微笑むエリオットに、師匠は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまんのぅ、どうも最近事を急いてしまっていかん。

宿願が叶う最後のピースが揃うかも知れん、という気持ちを抑えられなんだ。

残された時間の僅かな今になって、と思うと尚更な」


心から申し訳無さそうな表情で、師匠は私の頬にそっと触れた。


「シシリア嬢ちゃん、本当にすまなかった。

お前さんにしたら、あの者との関わりなど綺麗さっぱり断ちたいところじゃろうに……。

酷い事を頼んでしまったね」


少女の見た目とは裏腹に、師匠のその表情はとても深い慈しみに溢れていた。



何事があったのかと修行中の面々が集まってくる中、師匠は皆に手を上げ、声を張り上げた。


「ここからは自己鍛錬に切り替える。

皆と協力して切磋琢磨する事を忘れんようにな」



そう言うと師匠は私の手を引き、反対の手を宙に向かって突き出す。

目の前に師匠の家が現れ、私はその中に手を引かれるままに入っていく。



いつの間にか家に先に入っていたエリオットが、お茶をテーブルに並べていた。

その一つの前の椅子に座らされると、まだ呆然としたままの私は、機械的にそのティーカップを口に運んだ。


私の直ぐ隣に座った師匠が、深い深い溜息を吐いた後、やはり申し訳無さそうに口を開いた。



「さぁて、何をどこから話すべきか……。

うむ、やはり、シシリア嬢ちゃんに頼みたい事の理由からかの?」


ゆっくりと穏やかな師匠の声に、だんだんと私の目の前がハッキリとしていく。


そうだ、師匠の奇妙な頼み事……。

あれは何だったんだろう?

気にはなる、だけど……。



「師匠、先に言っておきますが、私はシャカシャカ……いや、ニーナ・マイヤーに関わる気はありません。

アレは必ず私に何かをしてくる、その為に私の周りの人間を傷付けようとするでしょう。

そんな人間と私は関わりたく無い。

いくら師匠の頼みでも」


話も聞かずに断るなんて、無礼なのは承知の上だ。

それでも私はそれだけ伝えると、ジッと師匠を見つめた。


師匠は天井を見上げ、片手で自分の目を覆いながら、苦しげに息を吐く。


「あぁ〜、本当に年は取りたくないもんじゃな。

若者を犠牲にしてまで、我が本懐を遂げようとするとは……」


その余りに悲哀に満ちた声色に、私は一瞬ピクリと体を揺らした。



「師匠、仕方ありませんよ。

それも我々の未来を慮っての事でしょう?

その為に必要だったピースが思いがけず手に入るかも知れないのですから、師匠のお気持ちもご尤もです」


エリオットが優しく師匠を見つめる。

私はそのエリオットに首を傾げながら問い掛けた。


「さっきから言ってるピースって、ニーナの事でしょ?

アイツ、師匠の何かの役に立つの?」


私の問いに、エリオットは微かに微笑んだ。


「その可能性が高いんじゃないかと、師匠も僕も睨んでいるんだ。

リア、師匠はね、ずっとそれを探してきたんだよ」


エリオットの気遣うような声色に、だけど私に何も無理強いはしないだろう事が伝わってきた。


何故、無理矢理にでも言う事を聞かそうとしないんだろう。

いや、そんな事は絶対にしない、2人とも。


師匠はまだ天井を見上げたまま、フゥッと息を吐き、独り言のように呟いた。



「……そうじゃな、これは本当に最後の賭けとなるじゃろう……」


やがて師匠が私に向き直ると、真剣な目で真っ直ぐに見つめてきた。


「シシリア嬢ちゃん、エリオット坊の言う通り、私はずっとある物を探してきた。

今までその為に随分色々とやってきたよ。

代替え品が無いかと、代わりになりそうな物や者を見つけてきては試してきたが、どれも上手くはいかなんだ」


フッと一瞬師匠の瞳がギラリと揺れて、その迫力に今度はブルッと体を揺らす。

おい、ちょっと待て。


「師匠、物は分かりますが、者、とは?」


つい無駄な好奇心を発揮してしまう私に、師匠はなんて事ない顔で答えてくれた。


「ああ、魔族じゃ」


アッサリとそう答える師匠に、ダラダラと冷や汗が止まらない。

汗を掻いているというのに悪寒がするという、何だかよく分からない症状まで出始める。



「し、師匠……魔族って、いや、あの、魔王の事ですよ?」


ガタガタと震える指でエリオットを指差す。

ここにクラウスがいないので、代替え品としてではあるが、連想してもらうには十分だろう。


「そうじゃな、別名魔王、それの事じゃ。

あらかた狩り尽くしてしまったもんで、ほぼ絶滅させてしまったがの〜」


のほほんと語る師匠に、私は顎が外れそうなくらいパカッと口を開いた。

まさか、顎関節が壊れる危険をこの身に感じる日がくるとは……。

エリオットのは常日頃から狙って拳を振るってはいるが。



「じゃが結果は、何の成果も得る事は出来なんだ。

いや、分かりきっていた事じゃがな。

どれも本物の気配とは程遠いとは思っておった。

じゃが確かめずにはおれんかったのよ」


その顔に無念さを浮かべる師匠に、一体そこまでして何を得たかったのだろうという疑問が湧いてきた。



「結局この年になるまで何も掴めず、今生ではもうこれまでかと諦めかけた時、シシリア嬢ちゃん、アンタに出会ったんじゃ」


急に私の話になり、目をパチクリさせていると、だが師匠は口惜しそうに苦笑いをした。


「それで思い出した。私がどこであの気配を感じたのかを。

それは、ここでは無い別の世界での事だったんじゃ。

そうあの時も、シシリア嬢ちゃん、アンタから微かに感じ取っただけだった。

……その時は、何か、心に引っかかる妙な気配だと思っただけで、まさか今生で必要になる物だとは露とも思わなんだ。

まぁ、当たり前の事じゃが。

それを思い出して、私は絶望したよ。

まさかこことは違う世界に必要な物があるとは、もうそれではどうする事も出来ない、とな」


師匠の話に、私は別の世界とは前世の事だと理解した。

師匠の求める物は、前世の日本にあったのだろう。

それと、どうもこの口ぶりでは、前世で私と師匠が会った事があると言っているように聞こえる。



「あの、師匠と私は以前、あの、つまり、前の時に会った事があるんですか?」


エリオットの前で前世云々は言いにくい。

まぁコイツは何か、全部知ってる気がしないでもないが……。

それでも、要らん情報はなるべく与えたく無い。



「うむ、そうじゃな、ちとすれ違った仲、といったところじゃ」


ふふっと目を細める師匠は、詳しくは話す気が無いらしい。

本当にちょっとすれ違っただけかも知れないけど。

それだけの相手から感じた気配を記憶しているとか、師匠は前世でも唯の人間では無かったのかも知れない。



「じゃが、今日シシリア嬢ちゃんに会って確信したよ。

あの時シシリア嬢ちゃんから感じた気配を、今度はもっと強く感じる。

シシリア嬢ちゃんを追ってきたのじゃと、直ぐに分かった。

その者が私の探している者なら、今度こそ宿願を達せられる、と気が急いてしもうた。

本当に申し訳ない」


また頭を下げる師匠を慌てて制しながら、私はジッと師匠の目を見つめた。


「それで、師匠はニーナを使って何がしたいんですか?」


私の真剣な問いに、だが答えたのはエリオットだった。


「師匠はね、この地に永久の安寧を与えようとしているんだよ。

それが師匠に託された、ある方達からの願いなんだ。

勿論、強制では無いけどね。

でも師匠はそれをこの生での宿願に掲げて、今まで生きてきてくれたんだ」


ねっ?と小首を傾げ師匠を見るエリオットに、フッと笑い返すと、師匠はヤレヤレと首を振った。


「そんな大仰なものでは無いさ、私は物臭だからね、面倒な事は一度で済ましておきたい、ただそれだけだよ」


決して謙遜している訳では無く、それが本当に師匠の本音なのだろう。

だとしたら、それは師匠が次に生まれ変わっても成すべき事なのだろうか?

まさかそれが達成されるまで、何度生まれ変わっても、師匠に課せられてしまうようなものでは無いよな?


そう思い至った私は、震える声で師匠に問い掛けた。


「師匠、まさかそれが成就されるまで、生まれ変わっても師匠に課せられるような事なんですか?」


私の心配そうな顔に、師匠はハハッと笑って首を振った。


「いやいや、そんなものでは無いよ。

エリオット坊の言ったように、強制では無いし、責務でも無い。

私を拘るようなものでも無い。

ただ都合が良いだけなのさ。

ある人を解放する為の絶大なエネルギーを消費する為、私の目的は実はこれだけなんじゃよ。

悪いがこれ以上の詳細は言えんがな」


フォッフォッフォッと意味ありげに笑うわりに、それ以上はもう教えてくれそうに無い師匠に、私は顎を掴み、思案に耽った。



この地の永久の安寧……。

一体それはどういう事だろう。

王国はかつての大聖女様の祝福のお陰で、他国に比べようも無いほど豊かで平和な国だ。

だがそれを安寧とは言わないのかもしれない。


または、師匠の言う地とは、もっと広い範囲を言うのかも知れない。


帝国も王国も含めた、地の安寧。

そしてそれにより解放される、ある人……。


うう〜〜む。

分からん。


分からん、が。


どうやらそれにシャカシャカが必要になってくるらしい……って事しか分からん。


うんうん唸る私を、師匠が目尻を下げ、痛ましそうに見つめている。


何故か、どうやら師匠は私とシャカシャカとの因縁を知っているようだ。

だからこんなに辛そうにしているのだろう。



「それで、ニーナが師匠の探している者だと、どうすれば分かるんですか?」


まずはそこから、取り敢えず聞いてみると、師匠はいとも簡単そうに答えた。


「それは血じゃな。その者の血さえ手に入れば、直ぐに判明する」


えええ〜〜。

そんな容易そうに言ってるけど、それどうやったら良いの?


アレか?

取り敢えずぶん殴ればいいのかな?

ぶん殴って血反吐吐かせればいい?

う〜〜ん。

それなら直ぐにでも出来そうだけど。



「あの、リア、間違っても日頃僕にしているような方法では駄目だよ?」


まるで心を読んだかのようなエリオットの言葉に、私では無く師匠が直ぐに反応した。


「何故じゃ?効率がいいではないか」


キョトンと首を傾げる師匠に、エリオットはイヤイヤと汗を流しながら首を振る。


「鮮血の魔女と呼ばれていた時代に戻りかけていますよ。

狩った相手の返り血で髪が赤く染まったのだとか何とか、また言われたいんですか?」


エリオットの言葉に師匠はハッとした顔をして、シュンと頭を垂れた。


「そうじゃった、孫が産まれた時に、もう荒事はせんと誓ったんじゃった……」


急にお婆ちゃんの顔(見た目美少女)になる師匠に、どんな二つ名持ちだよ……と戦慄を覚えつつ、私はポンと手を打った。


「じゃあ、刺繍の時間に縫ったニーナの布を手に入れてきます。

指を針で刺したらしいんだけど、血で汚れたその布をフリードにせがまれて渡したらしいんですよね。

それをフリードからぶん取ってきますよ」


ニッコリ笑う私に、エリオットが同じようにニッコリ笑った。


「で、フリードからはどうやって?」


「もちろん、ぶん殴って」


ニコニコ良い顔で答える私に、エリオットはハァッと溜息を吐きつつ、天井を見上げた。


「……その件は、僕がなんとかするから……」


力無いエリオットの言葉に、私はなんだよ、と口を尖らせた。


あ〜あ、フリードぶん殴りたかったなぁ。




「で、ニーナが師匠の探してる者かそうじゃないか、頼み事を聞くのはそれがハッキリしてからでも良いですか?」


私の問いに、師匠は穏やかに頷いた。


「ああ、もちろんそれで良い。

シシリア嬢ちゃん、悪いね。

私の都合に巻き込んでしまって……」


申し訳無さそうに眉を下げる師匠に、私は自分自身に巻き起こったある疑念を感じた。



……何だか私はずっと……。

勘違いしてきたような気がする……。


まだハッキリとは分からないけど……。

私はまだ何かに囚われているような、そんな気がしてならない。


師匠のこの頼み事が、もしかしたらそれを晴らすキッカケになるんじゃないだろうか……。


薄らとだけど、そんな予感が私の中によぎっていた……。








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