EP.110
結局、ちびエリオット生徒会マスコットキャラクター化計画は、ユランとリゼの強固な反対に遭い、却下となってしまった。
畏れ多くも王太子殿下をマスコットになどっ!
とかギャンギャン言っていたが、正直そんな事はど〜〜〜でもいい。
ちび化したエリオットの破滅的な可愛さの前で、王太子とか次代の王だとか関係ある?
前々からうっすら勘付いてる人もいるかも知れないけど、私はロリッ子とかショタとかに弱いし甘い。
とにかく好き。
ちっちゃくて可愛い物が好き、至高。
それがさぁ、あのエリオットがだよ?
ちっちゃくなって幼児になっただけで、あんなどタイプの可愛い幼児になるとか思わないじゃん?
もう何アレ、ほっぺ膨らませて口尖らせながら、キティにお菓子貰ってるあの生き物。
何なの?可愛過ぎるんだけど。
名残惜しそうにテーブル席を振り返りながら、あのほっぺを思う存分プニプニしたいと、手をワキワキしている私に、ユランがゴホンと咳払いをした。
「殿下が魔力の代わりに複数のスキルをお持ちなのは分かりましたが、それと王太子殿下を生徒会のマスコットにする事は別ですよ?
そもそも、スキルで姿を変えていようと王太子殿下は王太子殿下です。
お願いですから、もうそのような大それた事は仰らないで下さいね」
しつこく釘を刺してくるユランに、私はつまらなそうな溜息を吐いた。
いや、後ろで本人が納得いかない顔で拗ねてるけど、それでもダメ?
アレだよ、幼児本人がマスコット化を望んでるんだよ?
王太子が生徒会のマスコットになりたがってるよ?
何でダメなんだよぉ。
「それで、シシリア様と王太子殿下は一体どのようなご関係性なのですか?
再従兄弟のご関係にしては、随分と王太子殿下はシシリア様を重んじていらっしゃるように見えますが。
いくらご成婚なさる気が無いとは言え、弟君のご婚約者様だからですか?」
コソッと小声でそう言うリゼは、自分で言った内容に全く納得出来ていない顔だった。
そりゃそうだ。
いくら弟の婚約者だとはいえ、アホみたいに忙しい身の王太子が、私の指パッチン一つで現れたり、便利道具よろしくほいほいスキルを使っているのだから。
流石にリゼも不思議で仕方ないのだろう。
うん、私も不思議だし。
なんでコイツに、こんなに私の便利道具になる時間があるのか。
1日24時間では計算が合わないくらいには不思議だ。
「略奪愛って、燃えるよね?」
背後から私の髪を一筋掬い、そこに口付けるエリオットに、私は躊躇なく舌打ちをした。
チッ、元のサイズに戻りやがったな?
じゃあもう用はねーよ。
シッシッと手で払うも、エリオットは全く意に解さないようで、優雅に微笑みながら私の隣に座った。
次の瞬間、後ろが俄にザワつき始める。
「あらぁ、キティ様、すごい顔」
マリーの声につい振り返ると、振り返った事を後悔する程の物凄い顔で、キティがエリオットを見つめていた。
……ゴミを見る目だ。
生ゴミを見る目で見ている。
あれはまごう事なき、生ゴミを見る目だ。
ガッチガチのゴッリゴリ、この国で1番厳しいとされるグローバ夫人の淑女教育をやり切ったキティが、この国の王太子をゴミを見る目で見ているとは……。
すげー物を目撃してしまった。
流石にこれは、隣のエリオットの胸にダイレクトに刺さったようで、苦しそうに胸を押さえ呻いている。
「キ、キティ……ちゃん……」
最後の台詞が、物凄く意外な人物が犯人だった時のソレだが、呻いてないでサッサと成仏しろ。
「キティ様はあれですのね、略奪やNTRはお好きではないのですね?」
マリーの上品な言葉遣いにより、余計に略奪やNTRが異質な単語に聞こえる。
やめろ、いきなり貴腐人な会話を導入するな。
そのマリーの問いに、キティはクッと悔しそうに苦悶の表情を浮かべた。
「私、そこに推しさえいれば、つい何にでも触手を伸ばしてしまうのですが、基本固定cpリバ無し逆cp無しの狭い界隈で生きていたい人なんです……。
魔法騎士×主人公こそ至高……。
そこに略奪やNTRなど、存在して欲しく無いのです……」
ついにハラハラと涙を流すキティに、エリオットがいよいよ息を引き取りそうな過呼吸を起こしている。
フハハハ、馬鹿め。
安易に使ってはいけない言葉というものがあるのだよ。
特にゴリゴリの貴腐人、いや、貴腐神の前ではな。
「その割には、最初に買ってたの主人公総受けだったけど?」
マリーの全く悪意の無い無邪気な暴露に、キティはピャッと椅子から飛び上がった。
「あ、あれはっ、初めて手にする教典でしたので……つい欲張って箱推しを……。
皆の美麗絵を逃したく無くて……。
原作の挿絵は抽象的なものだけでしょ?
だから……つい……」
指をイジイジさせながら、モゴモゴと言い訳するキティ。
いや、腐本を教典とか言うな。
ミゲルが真っ青になって泡吹きながら倒れるぞ。
貴様今日だけで何人の人間をあの世に送るつもりだ?
因みにキティは既に目の前のマリーが、この世界での薄い本の創設者、ウルスラ先生本人である事を知っている。
あっ、もちろん私が教えたんじゃ無いよ?
アレだよね、腐オタの腐へのバイタリティって、凄い腐ってるよね?
執念と腐レーダーだけでマリーに辿り着いたんだぜ?
どうだい?イカれてるだろ?
「そんな事言って、リアルではクラウス×ノワールなんでしょ?
これってリバ?逆cp?にはならないの?」
マリーが意地悪くニヤニヤ笑うと、キティはウググっと苦しそうに胸を押さえた。
「わ、私……下克上も受け入れ難いんです。
やはり攻めは身長や年齢が上の方でお願いしたく……。
〈うる魔女〉ではその辺がリアルと逆なもので……」
グハッと血を吐きそうなキティの自白に、マリーはアハハッと声を上げて笑った。
「流石、社交界の麗しき薔薇と呼ばれるキティ様なだけありますわ。
とっても淑女らしい慎ましやかさですのね」
オーホッホッホッと高笑いするマリーに、キティは申し訳無さそうに顔を俯かせた。
いやいやいや。
この世界に薄い本を広めた絶対的功労者ではあるが、マリーは何でも喰えるブラックホール。
ちょっとアレでリョナな設定まで美味しく食い尽くす鬼才なのである。
書き手としてはネタの宝物庫ではあるが、それを読み手にまで求めるのはあかん。
私はボソッと、しかし確実にマリーに聞こえるようにしっかりと呟いた。
「最近また、魔剣士物が増えてきていますが、売れ行きイマイチなのでやめてもらえませんか?」
私の呟きはしっかりとマリーに届いたようで、マリーは顔を真っ赤にして、噛み付くように私を睨み付けてきた。
「何よっ!それは私の推しのチャンネルが人と合ってないって言ってんのっ!
私の推しジャンルが売れない事なんて百も承知よっ!
私はねっ!私はっ!売れ行きで作品の良し悪しを決めたりしないわっ!
私の推しを描く楽しみあってこそ、人様の推しも描いていられるのよっ!
私から私の推しを奪ったら、私はっ、私はぁぁぁっ!」
ウガーーーッと立ち上がった瞬間、マリーはプツンと何かが切れて、ドサッとその場に倒れた。
側にいたゲオルグが咄嗟に腕を伸ばし、その体を支えたので、もちろん心配は要らない。
マリーはゲオルグの腕の中で幸せそうにスピースピーと寝息を立て始めている。
とうとう限界を超えたらしい。
生徒会にも入る事だし、そろそろ無理な制作はやめさせなきゃなぁ……。
ヤレヤレと溜息を吐き、正面に向き直ると、リゼか頭痛がするかのように、こめかみを揉んでいた。
マリーと幼馴染みであり親友のリゼは、当然マリーの執筆活動についても知っているし、なんなら偶に手伝わさせられているので、今の会話をほぼ理解出来たようだ。
その隣でユランが、唖然とした顔で掠れた声を出している。
「エヌティ……リバ?カプ……?
あの、キティ先輩とマリー嬢は一体……何の話をされていたのですか……?」
えっ?えっ?と訳が分からない顔をしているユランに、私はニヤリと笑った。
大丈夫大丈夫。
直ぐに理解出来るようになるから。
ってか君は、そろそろ原作に登場する予定だからね。
あ〜〜〜そうなったらフェスティバルだろーなっ!
薄い本界隈がまた一気に色めき立つな。
主人公のショタに並ぶショタの登場に、貴腐人方が悲鳴上げちゃうな。
そしたらまた本が売れちゃうじゃないか〜〜〜ウハウハ。
ゲヘヘッと下卑た笑いを浮かべる私に、ユランがプルプルとその体を震わせている。
ほうほう、危機察知能力は悪くない。
若干感心している私に、屍となった筈のエリオットが、ゾンビのようにのしかかってきた。
「リア〜〜、キティちゃんにあんな辛辣な目で見つめられて、僕心が痛いよーーー。
よく考えたらリアはフリードのものじゃないから、略奪でも何でもないじゃないか〜〜。
うっ、胸が、胸が軋む……。
ナデナデして、今すぐナデナデして、リア〜〜〜」
うるせぇっ!
デカエリオットのくせに調子に乗んなっ!
身長100センチ前後になったらナデナデでもほっぺプニプニでも存分にしてやるから、縮めっ!
今すぐ縮めっ!
ギュウギュウとエリオットの頭を押さえ付ける私に加勢するエリクエリー。
どうしたらいいかのか途方に暮れているゲオルグの胸で、グガーグゴーッとイビキをかくマリー。
にそっと膝掛けを掛ける気遣いを見せるキティ。
その全てのカオスな状況に、いよいよ頭痛が治らない様子のリゼに、状況をまったく理解出来ていないユラン。
あーーー、いいねっ!
私の作った生徒会、最高だぜっ!
もう絶対今後楽しいやつだ、コレ。
エリオットの頭をギュウギュウ押しながら、私は頬を緩ませ満足そうに微笑んだ。
そんな生徒会での1日から、数日後……。
「ほれ〜〜吹っ飛べ、ユラン坊ちゃん〜〜っ!」
ちゅどーーーんっ!
彼方に吹っ飛んでいくユランを眺めながら、上々、上々と笑う私の所に、師匠が楽しそうにニコニコしながら近づいて来た。
「シシリア嬢ちゃん、本当にいつもいつも面白い子達をよく見つけてくるもんだね」
若干感心した様子の師匠に、私はアハッと笑い返した。
「いやいや、面白くなるのはコレからですよ。
ゲオルグ率いる私の私兵団もまだまだ。
しっかり師匠に鍛えてもらって、もっと面白くなってもらわなきゃなんで」
私の返答に師匠は、ヤレヤレといった感じで肩を上げたが、その瞳は非常に楽しそうにランランと輝いている。
なんだかんだ言って、師匠が沢山の弟子を抱えているのは、お人好しな上に人が好きだからだと思う。
いや、見た目では分からないが、師匠にとって私達はひ孫に近い年齢だ。
孫世代に甘いだけなのかもしれない。
チラッと聞いた話では、師匠の同年代や、子供達なんかは、師匠を畏怖の対象だと今でもそう言うらしい。
一体若い頃にどんだけ大暴れしたのやら……。
赤髪の魔女の功績は、便利な魔道具の評判が先行しがちだが、昔一国を滅ぼしかけたとか何とか、そんな話もあるくらいの人だ。
もちろん信じている人間は少ないが、師匠を知っている人間は、間違いなく過去にそれくらいやってる……と信じて、いや、確信している。
さて、恒例の師匠のしごきでぶっ飛んでいったユランを慌ててリゼが追いかけて行ったわけだが。
2人とも運良く、非常にフリーハンター向きな能力がある事が分かった。
ユランは火属性の攻撃魔法の才能があり、リゼは水属性の浄化魔法の才能があった。
流石錬金術の名門、スカイヴォード家の令嬢。
リゼは水を瞬時に浄化し、飲み水に変えられるし、更にそれで素早くポーションを錬金する事も出来た。
流石に王城に納品している品程の最上級品では無いが、討伐依頼を受けるには十分な品を瞬時に作り出す。
スカイヴォード伯爵の品質の良いポーションに対して、リゼは早さと品数の多さが特徴だ。
正に討伐にはもってこいの能力と言える。
それに加えてリゼは、風属性の人間と協力すれば、かなり強力な攻撃魔法が使える事が分かった。
うちの私兵団の風属性の騎士とコンビを組ませて、色々試行錯誤しているところだ。
で、ユランの方は、やはりアルケミス家の人間、剣技はピカイチだった。
うちの私兵団に配給している刀を与えて、今は魔法と並行して剣術も教えている。
非常に飲み込みが早く、刀捌きは滑らかでとにかく速い。
突きが速すぎて、三突きが一突きに見えるのだから、本当に大した物だ。
「さて、皆が体勢を整えるのにまだちぃと時間がかかりそうじゃな」
師匠の呑気な声に、私は少し驚いて目を見開いた。
体勢を整える時間など与えるような人だったかな?
不思議そうに首を傾げる私に、師匠は目を細めながらそっと肩に触れた。
「やはり追いかけてきたようだね。
シシリア嬢ちゃんには迷惑な話だろうが、私にとってはいよいよ時がきたと言えるのかも知れんな」
師匠の言葉に訳が分からず、ますます首を傾げる私の事など気にならない様子で、師匠は触れた私の肩に集中するように瞳を固く閉じた。
「……ああ、やはり、この気配……。
前世で微かに感じたものと同じだね。
あの時のアレがそうだったのかと思い出した時は、流石に諦めかけたが……。
縁とは不思議なもんじゃな。
まさかシシリア嬢ちゃんがコチラに生まれ変わって、それを追いかけてくるなんてねぇ」
何だか感慨深そうに思案する師匠に、私は何も聞けないまま、静かに待ち続けた。
ややして師匠は顔を上げると、ゆっくりと瞳を開いた。
真っ直ぐに私を見つめるその真剣な瞳に、一瞬たじろいでしまう。
その目は深く、過去や未来を覗き込むように底が無く見えた。
「シシリア嬢ちゃん、老い先短いこの年寄りの頼みを聞いちゃくれんかね?」
師匠からの初めての頼み事に、私はゴクッと息を呑み込んだ。
その言葉には厚みがあり、どこか争い難い何かが存在していた。
「な、なんですか、師匠?」
やっとの思いでそう返すと、師匠は一瞬その瞳に憐憫を浮かべ、だか直ぐにそれを掻き消して口を開いた。
「嬢ちゃんを悩ます、あの人間の事だが……。
無益に突き放したりせず、向こうが望んだ時には相手にしてやって欲しい」
その師匠の言葉に、私は耳を疑った。
師匠が何をどこまで知っているのかは分からない。
だが、もしも全てを知った上でそんな事を私に頼んでいるのだとしたら……。
「……師匠、それって、シャカシャカの事を言ってます?」
自分でも驚くほどの低い声に、だが師匠は一切怯む事なく、平然と答えた。
「そうじゃ」
瞬間、目の前が真っ赤に染まり、まるで暴走するかのように、風魔法で起きた竜巻が私の体を包み込んだ……。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いしますっ!




