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EP.109



「それじゃ、貴方達には早速私の師匠のところで魔法の修行をしてもらうから」


ニッコリ笑う私に、ユランが首を傾げた。


「魔法の、ですか?魔法なら授業を選択してありますが、それでは足りませんか?」


帝国と違って王国人は魔法が身近なものでは無い。

それゆえ魔法に疎く、更に重要度も低い。

魔法はあくまでも魔術師や魔道士が扱うもので、魔力を有していたとしても、それは己のノーブルの証、という扱いだ。


が、この私の側近で尚且つ魔力を有している者が、魔法を自在に扱えないなど言語道断。

適正魔法を師匠に見極めてもらって、当然自分の持っているものは常にMAXで扱える状態で居てもらわねば困るってもんだ。



「もちろん、授業も大事よ、基本は本当に大事だから。

でもそれとは別に、師匠の元で己の魔法を磨いてもらうわ。

これは私の側近になる必須条件よ。

師匠に見極めてもらって、攻撃魔法の特性があれば、フリーハントにも参加出来るくらいは強くなってもらうわよ。

なんだかんだ言って、王国はまだまだ魔獣討伐を帝国に頼っている状態だから。

国境付近の魔獣討伐はこちらの領土に侵入しない限り王国騎士団では手が出せないし、帝国側からしたら、どうしても後回しになりがちなの。

いくら王国に魔獣が侵入する事が少ないとはいえ、ゼロではないし、被害だって起きてる。

それを帝国側から未然に防ぐにはフリーハンターとして討伐していくしかないのよ。

そうやって、私やクラウス達は国政会議に参加出来るくらい名を上げてきたって訳」


私の説明をユランはキラキラというより、もうギラギラと目を光らせ、食い入るように聞いている。



「あの、フリーハンターというのはお金をどれくらい得る事が出来ますか?」


白い手がスッと上がって、リゼが唐突にそう聞いてきた。


その問いに私は顎に手をやりふーむと唸った。

何故ならリゼは伯爵令嬢。

私の前世の感覚では、フリーハンターは趣味と実益を兼ねた楽しい金儲け、しかもかなりガッポリ稼げる、なのだが。

さて、リゼの感覚の稼ぐとはどれほどのものか。


普通に考えれば、それくらいなら我が家の資産には到底敵いませんわね、とかってガッカリされてお終いだろう。


そもそも帝国ではフリーハンターは平民の金儲けの為のもの。

もちろん誰でもなれる訳ではないが、腕に覚えがある者なら、一攫千金も夢じゃない。

夢と冒険と金まで儲けられる上に、人の役に立つ。

正に憧れの職業っ!


とはいえ、それはあくまで平民の価値観であり、高位貴族のご令嬢であるリゼには、そこまでの魅力は無いかもしれない。



「そうねぇ……初心者向けのワイバーンなら、2メートル級で500万ギルかしら?」


「リア、ワイバーンは初心者向けでは無いよ?」


私の言葉にエリオットが被せてきたので、ムッとして睨んでいると、リゼがプルプルと震え出した。


おや?

それっぽっちの端金で危険なフリーハンターなどやれるかっ、と怒ってらっしゃる?


やはり伯爵令嬢にフリーハンターになれ、は無かったかなぁ、と悩んでいると、リゼは今度はふっ、ふふふっ、とちょっと不気味な笑い声を上げた。



「ご……500……ふっ、ふふっ、それだけあれば邸の修繕も出来るわ……。

せめて玄関と応接室……いえ、うまくやれば食堂も…..。

待って、一匹で500なら、二匹殺れば……お父様に新しい温室も建てて差し上げられるっ!」


ブツブツと呟いていたリゼは、急にガタンッと立ち上がり、興奮した顔でクルッと私に振り向いた。


「シシリア様っ!私、その師匠様の元で研鑽を積み、必ずやフリーハンターになってみせますっ!

そしてワイバーンをバッタバッタと薙ぎ倒し、沢山稼いで……んっ、ゴホッ、シシリア様のお役に立てる人間になってみせますわっ!」


うん。

シシリア様のお役に立つより金だよね?

そのギル(王国通貨)マークにキラキラ輝く瞳を見れば、もう丸分かりよ?


いいね、リゼ嬢っ!

この世の何よりシンプルな物を追い求めるその姿やよしっ!

高感度高すぎっ!



「オホホ、金の亡者なとこ出ちゃってますわよ、リゼ様」


小指を立ててお茶をコクッと飲みながら、マリーがオホホと笑っているのはいいが、小指立てるのはマナー違反だからね?

キティが静かにその小指を畳もうとしているけど、全く微動だにしないとか何それ鋼なの?


マリーの言葉にリゼはハッと頬を染め、少し申し訳無さそうにこちらをチラッと見た。


「気にしなくていいわ。

モチベーションをどこに置くかは個人の自由よ。

但し、単独で討伐を受けるようになるには、やはり攻撃魔法に特化した才能が無いと無理だから、もしリゼが癒しや空想や幻術魔法に特化していた場合は、必ず誰かとパーティを組んでもらう。

その場合の賞金や魔石の売上は分配になるから、それだけは覚えておいてね」


ニコッと私がそう言って笑うと、リゼは両手を胸の前で組んで、祈るように呟き出した。


「……攻撃魔法こい、攻撃魔法こい、攻撃魔法こい……」


いや、特性だから。

こいって言われてくるもんじゃ無いから。

あと、いくら攻撃魔法の才能があっても、単独討伐なんて普通あり得ないからね?


そんなのやってるの、私とあの魔王くらいだから。



「伯爵家令嬢ともあろう方が、何故そんなにお金を稼ぎたがるのですか?」


心の底から理解出来ないといった様子のユランに、リゼはツイッと胸を逸らし、キッパリと言い返した。


「我が家は歴史と格式はありますが、お金はありません。

古い邸は雨漏りもしますが、もう何年も直してませんのよ?」


それが何か?と言いたげなリゼに、ユランばかりか私も目を見開いた。


「スカイヴォード家といえば、錬金術の名家では無いですか。

王国がポーションを買い入れているでしょう?

その収益だけでも莫大なものになると思いますが?」


ユランの問いに、思わず私も乗っかるようにうんうん頷くと、リゼはヤレヤレといった感じで溜息を吐いた。


「国にポーションを納めるのは、錬金術の名家である我が家の責務ですから、金銭の問題ではございませんの。

加えて我が家は先祖代々、研究職の強い家系なもので、そういった事に興味が無いどころか、かなり無頓着ですから、スカイヴォード家はずっと貧乏ですのよ」


ふふんっと胸を逸らすリゼだが、その目尻に微かに涙が滲んでいる事を私は見逃さなかった。


不憫っ!

ちょっと不憫過ぎないっ!



「知りませんでした……。申し訳ありません。

まさかスカイヴォード家がそんなに困窮していたとは……」


驚愕するユランに、リゼはなんて事ない顔しているが、その目尻に(以下略)。



「ちょっと待ってよ。おかしいじゃない。

国はキチンと代金を払っているはずよ?

ポーションにかける年間予算なら十分にスカイヴォード家を潤わせるだけあるわ。

リゼ、納品金額は幾らか知ってるの?」


私の問いに、リゼは何故か恥ずかしそうに頬を染めた。


「あっ、はい、えっと……2……」


はっ?2万ギル?

随分安く買い叩いているわね。

あり得ないんですけど。

一体誰がそんな事を……。


「2千ギルです……」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ⁉︎」


私の絶叫に近い雄叫びに、リゼがビクッと体を震わせた。


「に、に、にせっ、二千ギルッ!

えっ?ちょっ、なっ、嘘でしょっ⁉︎」


ブクブクと泡を吹いて、今にも倒れそうな私を、エリオットが咄嗟に支えた。



「申し訳ありません……私にはそれが適正価格では無いと分かるのですが、当主である父は学者肌なもので、そういった事に興味が無く、疎いのです。

ですから、言われたままの金額で国に納めてしまって……。

うちは代々そんな感じでずっとやってきているのですが、それでもお祖父様の代まではまだ、一万ギルほどにはなっていたのですが……」


「それでも安いわよっ!」


つい声を荒げてしまった私に、リゼは申し訳無さそうに縮こまった。


「我が家では、私の方が異端なんです。

錬金術の研究より、それをどうお金に換えるかを考える人間は私以外にはいなくて。

それに我が家では女性が働くのも当たり前の事ですが、皆淑女に許される範囲でやってきたんです。

私のように官史を目指して高給を求める者も今まで居ませんでした」


いやいやいや、その環境なら仕方ない。

そりゃ、そうなる。


ってかむしろ、今までどうやってきた訳?

確かに、スカイヴォード家は社交界に一切顔を出さない、謎の多い家門だとは言われていたけど。

その実態が、国に搾取され続けてきた貧乏貴族だったなんてっ!



「何で今までスカイヴォード家の実情が明るみに出なかった訳っ⁉︎」


胸がむかむかする程の苛立ちを、真っ直ぐエリオットにぶつける勢いで睨み付けると、エリオットは困ったように眉を下げた。


「ポーションや魔道具、武器の取引を一手に担っている家門が、スカイヴォード伯爵が何も言わないのを良い事に、明るみに出ないよう裏工作をして、覆い隠しているんだよ」


ほう?

貴様、やけに詳しいな。

さてはスカイヴォード家の事情を前から知っていたな?


「だから、そんな事する家門って……」


そこまで言って、私は一瞬で全てを察した。


「……ゴルタール家ね?」


ギラリと睨むと、エリオットは降参するように両手を肩の高さまで上げた。



「なっ⁉︎由緒正しい公爵家が何故そのようなっ」


ユランの驚愕の声に、私はハァ〜と深い溜息を吐いた。


「ユラン、ゴルタール公爵は、あのフリードの祖父よ」


グッタリする私に、ユランは直ぐに言い返してきた。


「それはもちろん知っています。

だからこそ分からないのです。

家門から王子殿下の生母様を輩出したような家が、何故そのような不正など」


あり得ないといった顔をしているユランに、エリオットが残念そうな顔をした。


「ゴルタールは貴族派の党首だからね。

それは潤沢な資金あっての事さ。

事はポーションだけではすまないだろうね。

さて、リア、どうする?」


ふふっと楽しそうなエリオットをチラッと見てから、顎に手をやり思案する。


「そうね、スカイヴォード家の事だけでそこに切り込むのは無理ね。

尻尾を切ってまた逃げられるし、ゴルタールの資金に打撃を与えるにしても弱い。

……やっぱり、アイツらをこちらに取り込めたらいいんだけど」


う〜んと唸る私に、ユランとリゼが不思議そうに首を傾げた。


「何故ゴルタール家に打撃を与えたいのですか?

シシリア様のご婚約者様の縁戚ではありませんか」


ユランがそう言うと、リゼも頷いた。


「その言いようですと、もうすでにゴルタール家と何事かあったようですが」


順々にそう言う2人に、私はハッと鼻で笑う。


「ちょっと事情があって、フリードの婚約者ごっこなんかしているけど、もちろん成婚までしないわよ、あんな奴と。

ゴルタール伯爵がフリードの祖父だとしても、国の膿は搾り出さなきゃ。

そこにフリードがどうこうは全く関係ないわ」


ユランにそう説明した後、私はリゼを見た。


「それから、ゴルタール家と何事かあったのかと言われれば、あったわよ。

詳しくはおいおい教えてあげる。

2人にはこの話を聞く前に、物理的な強さをまず身につけておいてほしいの。

せめて自分の身は自分で守れるくらいにはね」


私の説明に、2人は顔を見合わせ、それでも気になるようで、同時に口を開きかけた。

それを素早く手で制して、ジッと2人の目を見つめた。


「私達の成そうとしている事は、今の貴族社会の勢力図をひっくり返すような事よ。

それは勿論、危険を伴うわ。

だからこそ、まずは実力をつけて欲しいの。

この話を聞いてしまえば、もう後戻りは出来ない。

この争いに否応無しに巻き込まれてしまう。

それでも2人が私の側近になってくれると言うなら、師匠の元で鍛錬に励んでほしい」


私の真剣な顔に、2人はゴクリと喉を鳴らした。


ややしてリゼが意を決したように口を開く。


「私はシシリア様に着いていきます。

正直我が家はもう限界です。

私が官史になって安定した収入を得られるようになるまで、もつかどうか……。

父は貴族位に拘りはありませんが、それでも私はスカイヴォードの名を守りたいのです。

ですから、シシリア様の側近になり、フリーハンターになってお金を稼ぎ、家を存続させます。

そして、我が家を長きに渡って苦しめるゴルタール家が、どのようなものかも知りたいと思います。

忠義にしては軽薄な理由ですが、それでも良ければどうかお側に置いて下さい」


深々と頭を下げるリゼに、私はアハハッと笑った。


「私の周りに、個の利益も得ずに誰かに仕えている人間なんかいないわよ。

皆それぞれが自分の目的を持って、好きに動いてる。

だからリゼも勿論、それでいいわ。

そもそも私だってそういう人間だもの」


気にするな〜っと手をひらひら振ると、リゼは安堵の表情を見せた。



「あ、あの、僕はっ!」


次はユランが前のめりになって口を開く。


「僕はやはり中央で活躍して、自分で貴族位を賜りたいです。

もちろん、父から受け継ぐ子爵位と領地も大切に扱いますが、それとは別に、自分の力で貴族位を手に入れたい。

ですからシシリア様のお側で色々と学びたいと思います。

どうか、僕もよろしくお願いします」


すっかり一人称が、格式ばった『私』から『僕』に戻っている事にも気付かない様子のユランに、私はニマニマと笑った。


やはりショタに私は似合わない。

僕またはぼくがベスト。

あざと過ぎるが、ユランと自分の名前で言っちゃうのもアリ。


私の側近になるからには、やはりユランにはショタを極めてもらわねばなるまい。

ふっふっふっ。


まずはあのうりゅ〜っとした泣きそうな顔。

あれから極めてもらおうか……。


ふっふっふと不敵に笑う私に、ユランが身の危険を感じたのか、ビクビクと体を震わせている。


うん、いいねっ!

ちょっとうさ耳つけてみようか?


手をワキワキさせる私の耳に、エリオットがふっと息を吹きかけてきた。


ハワギャーーーーーッ!

き、き、貴様っ!

今日を貴様の命日にしたいようだな、よし、そこへ直れっ!


ガバッとエリオットの方を振り向くと、しかしそこにエリオットの姿は無かった。


あっ?

逃げたのか?


イラッとしていると、何やらツンツンと服を引っ張られ、んっと視線を下に向ける。



いや、エリオットいた。

チビになっているが、いた。

今回は前回より更に小さくなってやがる。

推定4歳児。


真っ白な肌に、プクプクのほっぺ。

キラキラのお目々に、プルプルのお口……。


んんっ!

きゃっ、きゃわいいっ!



私はそのエリオットの両脇にスッと手を差し入れ、軽々持ち上げるとストンと自分の膝に乗せた。


「では2人共、これからよろしくね」


ニッコリ微笑む私に、2人は同時に立ち上がると、ブンブンと手を顔の前で振る。


「いやいやいやっ!で、殿下っ!

殿下がちっちゃくなってますけどっ!」


「シシリア様、無理ですっ!

私もう、訳が分かりませんっ!」


ユランとリゼの叫びに近い声に、私はツツツーと目線を逸らし、努めて冷静な声を出した。


「これは、アレよ。ペット。

生徒会のマスコット的な何かよ」


ここは一つ。

その辺で手を打って欲しい。

マスコットキャラがいないと、やっぱ寂しいじゃん?

物足りなく無い?

物足りないよね?


どうかな〜っとチラッと2人を見ると、しかし2人は同時に叫んだ。


『無理ですっ!』



……チッ。

ご新規さんに一からコイツの事説明すんの、面倒くさいんだよな〜。


ハァッと溜息を吐きながら、チビエリオットのほっぺを指でツンツンすると、膝の上でくすぐったそうにうふうふ笑っている。


通常サイズの時はただただ腹立たしいそのうふうふ笑いも、このサイズだとただただ可愛い。



あ〜〜、ペットとして生徒会で飼いたいなぁ。

………ダメ?






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