EP.108
「で、ですが、王家の王子殿下に仕えられる栄誉を、栄誉の為なら、僕、あっ、私は……」
ガクガクと震えながら、焦点の合わない目で私を見上げるユランに、私は優しくその肩をポンポンと叩いた。
「うんうん、分かる分かる。
ユランはよく頑張ってるよ。
でも流石にあれは割り切れないでしょう?
確かに学業の成績だけでひとを測りたくはないでしょうけど、それでもアレはナイわよね?」
「ナイですね」
スパッとリゼが答えると、ユランをジッと見つめる。
「王家の方々は私達なんかより遥かに優れた教育を幼い頃から受けてきているんです。
もちろんそれは楽な事ではありませんが、人民を導くべき立場に生まれた以上、当然の責務です。
誰よりも優れている必要はありませんが、その為の側近制度ですし、それでも0点はあり得ません、0点は。
確かに例え学業が人より劣るとしても、それは人を責める理由にはなりませんが、人を蔑み痛めつけるような人間になんて、そもそも何を求めて仕えるつもりですか?」
スラスラと正論を並べ立てられて、ユランはとうとうその瞳に涙を滲ませた。
うりゅうりゅ〜と潤ませた瞳で見上げられ、流石のリゼもうっと言葉を呑み込んでいる。
ほうほう。
これがショタの本気か……。
うん、良いっ!
良い笑顔でユランに向かってサムズアップしている私を、2人が怪訝な顔で見ている事に気付いて、私は誤魔化すようにエホンゴホンと咳払いすると、またユランの肩をポンポンと叩いた。
「側近ってのはね、主のご機嫌伺いの為にいるんじゃないのよ。
主に足りない物があればそれを補い、主が間違いを犯せばそれを諫め、時には忠言する。
それが例え主の不興を買おうとね。
もちろん、主も側近の言う事に耳を傾け、自分で判断する事を怠ってはいけないわ。
耳触りの良い事を言う側近の言葉ばかりを聞いて、物事を惑わされていては政務は立ち行かないからね。
さて、それを踏まえて、ユラン、貴方アレを何とか諌めて正しく導く自信がある?」
再びフリード達をピッと指差すと、ユランはジーッと、馬鹿笑いしながら他の生徒達を虐げるフリードを見つめ、ガクッと肩を落とした。
「……僕には、無理です」
オッケーオーライッ!
やっと心が折れたかっ!
いやいやいや、論より証拠。
本人をまともに見ればそうなると信じていたよ、ユラン君っ!
君はよく頑張った。
私はニコニコご機嫌で笑いながら、さて撤収〜っと力無く肩を落とすユランの肩を抱き、クルッと向きを変えた。
ハイハイ帰るよーっ!
もうここには用はないからねー。
フリードのAクラスでの暴挙については、正式にゴルタール家に抗議しておくから。
あとついでに、本人の希望している私立学園への転園手続きも進めといてやるからな〜。
グッバーイ、フリード。
ニヤニヤ笑っていると、ふと視線を感じ、後ろを振り返った。
そこには廊下の窓際に背を持たせかけ、楽しそうに笑いながらこちらを見ているシャカシャカの姿があった。
……見えてんな、アレ。
エリオットのスキルで姿を消しているのに、あの顔は確実に見えているって表情だ。
クソッ。
マジで何なんだよ、アイツ。
シャカシャカは指を顎に当て何やら考えた後、何か愉快な事でも思い付いたかのようにニヤリと笑い、ゆっくりとフリードに近付いていった。
「ご機嫌よう、フリード様」
ヒロインらしい可愛らしい微笑みでフリードに話し掛けると、その肩にそっと触れた。
「ニ、ニーナ嬢っ!き、君から話しかけてくるなんて珍しいなっ、な、何か用かよっ」
バグり気味のフリードが設定の定まらないキャラで反応を返すと、シャカシャカは一瞬嫌悪に顔を歪めた。
ほんの一瞬の事だったので誰も気が付いていないようだが、少し離れたところから様子を見ていた私には、ハッキリとそれが見えた。
シャカシャカはフリードに向かって見下すような目でニコリと笑う。
「いつもお誘いをお断りしてばかりなので、偶には私からお誘いしようかと思いまして」
完全に上からの物言いに、フリードはまんまと顔を輝かせ、まるで尻尾をぶんぶん振って涎を垂らす犬のようにシャカシャカににじり寄った。
「まぁ、ニーナがそこまで言うなら付き合ってやっても良いぜ」
そう言いつつ、するりとシャカシャカの肩を抱く仕草などが本当にキモい。
急に呼び捨てになったとことか、付き合って、ってとこに別の意味も込めちゃってるのがダダ漏れなとことか、全体的にキモい。
アイツ、小さい頃はまだ少しは、多少は、微妙に、可愛いとこもあったような気がしないような事もないような感じだったのに、すっかり出来上がっちゃってるなぁ。
見た目は中の上?上の下?まぁとにかくそこまで悪くは無いんだけど、兄2人が極上な見た目のせいで、比べられたくなくて社交にまったく顔を出さないから、なんかもうコミュ力がクソ。
人との距離感がおかしな事になってるし。
よくあんなん相手にすんな〜。
チベスナ顔でシャカシャカを眺めていると、シャカシャカがフッと笑いながらコチラを振り返ってきた。
新しい遊びの為の玩具を手に入れたとでも言うように、その目が楽しそうに歪む。
ありゃまた、碌でも無い事考えついたんだろーな……。
一応、まぁ一応は王家の三男坊なんで、あんまとんでもない事に巻き込まれるのは宜しくは無いのだが……。
うん、メンドクセ。
私はクルッとシャカシャカとフリードに背を向け、ユランの肩を抱いたまま生徒会室に戻る為歩き出した。
その後をリゼも着いてくる。
背後から、はしゃいだフリードの声と冷めたシャカシャカの声が聞こえてきたが、その全てに背を向け、私はその馬を去った。
「やぁ、おかえりっ!」
満面の笑顔で迎えてきたエリオットがパチンと指を鳴らし、私達の姿を消していたスキルの効果が切れた。
生徒会室に戻り、ご機嫌な様子のエリオットに眉を顰め、よくよく見るとエリオットとキティとマリーで、まるで女子会のようにキャッキャッしていただろう痕跡を見つけ、私はしまったーっ!と片膝をつきそうになるのを必死に堪えた。
エリクエリーが残念そうに、コチラをちらちら見てくるし、ゲオルグは何かぐったりしている……。
「シシリィがいない間に、エリオット様とマリーちゃんと恋バナとかで盛り上がっちゃった」
黙れっ!隠キャ腐れオタッ!
調子に乗りおってからにっ!
何が恋バナじゃっ!
前世今世合わせて、今初めてその言葉使っただろーーっ!
ドヤ顔で鼻の穴広げてんじゃねーよっ!
テヘペロッと舌を出すキティの胸ぐらを掴んでブンブン振り回したい衝動を必死に耐えて、私はヒヤリと冷め切った声を出した。
「今すぐそのキモい会を解散しなければ、この場を塵に還す」
低い声でカウントを始める私に、女子会メンバーがピャッと飛び上がり、ガタガタと椅子を元に戻し始めた。
チッ、失敗した。
エリオットとキティとマリーを混ぜたまま放置するなど。
そりゃ発酵現象起こすよな。
あ〜私としたことがマジぬかった。
フラフラとソファーに座ると、ユランとリゼに向かってチョイチョイと手招きして、目の前のソファーを手で指し示した。
2人は大人しく対面のソファーに座ると、何だか疲れ切った様子で肩を落としている。
「正直、第三王子殿下があそこまでの方だとは思っていませんでした」
侮蔑のこもったリゼの言葉に、ユランが膝の上で服をギュッと握る。
そのユランを労わるように、私は話しかけた。
「ユランはどうしてそんなに権力に拘るの?
いくら嫡子では無いとはいえ、アルケミスト伯爵は貴方の為に貴族位くらい用意しているでしょう?」
私の問いに、ユランは悔しそうに顔を曇らせた。
「……はい。学園を卒業して、後々家庭を持ったら、アルケミス家の保有する子爵位と領地を譲り受ける予定です」
なんだ〜。
子爵なら十分じゃないか。
アルケミス家門なら由緒正しく歴史も古いし、魔力も繋ぐ事も出来る。
子爵とはいえ伯爵同等の扱いになると思うよ?
それで何でそんな不満そうなわけ?
はて?と首を傾げる私に、ユランはグッと前のめりになって必死な形相になった。
「でも私は、中央で政務に関わりたいのです!
私が受け継ぐ爵位には、国政会議に加わるほどの力が無いので……。
ですが、王家の方の側近であれば、それも叶うと思ったもので……」
そこまで言ってまた力無く俯くユランに、私はふ〜むと顎を手で掴んだ。
そうだなぁ。
家主の補佐はだいたい嫡子がやるから、ユランん家の場合は、やっぱりそれは兄ちゃんになるし、若くして国政に関わるならやはり王家の人間に引っ付いてるのが1番だろうが……。
「でもねぇ、無いのよね」
私の呟く言葉に、ユランが首を傾げた。
「無いのよ、フリードに国政に関わる特権」
両腕両足を組んで、胸を逸らし、ハッキリと告げる。
ドーンッ!と効果音が欲しいとこだが、まぁ私のこの態度で十分伝わるだろう。
やはり効果的面、ユランはあんぐり口を開けて呆然としている。
リゼなど頭痛を抑えるようにこめかみを揉んでいた。
あれ?その仕草よく見るやつだなぁ。
「……無い、って?どういう事ですか?無いって……?」
呆然としたまま呟くユランに、いつの間にか私の背後に立っていたエリオットが、背もたれに両手を乗せ、私の顔の近くまで屈んで耳元で楽しそうな声で答えた。
「陛下の意向で、実力主義に変わってきているからね。
例え王子であれ、功績が認められないと国政には関われないよ。
例えば僕なら、地方の治水工事による雇用と需要を呼び込み、地方の経済発展に貢献した、とか。
クラウスなら王国のフリーハンターとして最上難易度のモンスター討伐に成功したりとか。
他にもあるけど、とにかく国にどう貢献したかで発言力も変わるからね。
まぁクラウスは毎回代理を立てて会議をバックれてるけどっ!
その代理がクラウスの側近のレオネルやノワール君だね。
つまりユラン君はその辺の地位にいたい訳でしょ?
それならフリードでは叶わないよ。
そもそも本人に何の実績も無いから、会議に出席出来ないからねっ!」
アハハっと笑うエリオット。
近いっ!あとこそばゆいっ!
やめんかっ!
若干プルプル震える私に気付いているくせに、離れるつもりは無いらしい。
私はクルリと振り返ると、エリオットに向かってニッコリ笑う。
エリオットは途端に鼻の下を伸ばしてデレ顔になった。
私がスゥッと息を吸い込むと、エリクエリーがキティを保護して魔道具で結界を張り、同じくゲオルグがマリーを部屋の隅に保護して魔法防壁を張った。
カッと目を見開き、両手をエリオットに向けて同時に叫ぶ。
「真空波っ!」
「ぐはぁっ!!」
一瞬でエリオットはドゴォッと吹っ飛び、壁にめり込んだ。
パラパラと壁から破片が落ちる音だけ聞こえ、辺りがシーンと静まり返る。
エリオットが壁からドサッと床に倒れるのを見守ってから、私は再びクルッとユラン達に振り返った。
「という事だから、いくらフリードに引っ付いていても、アンタの願いは叶わないわよ」
ピッとユランを指差すが、ユランはそれどころでは無いといった感じで、真っ青になって床に倒れたエリオットを凝視していた。
「おっ、おっ、王太子殿下ーーーーーっ!!」
ややして立ち上がり絶叫するユランに応えるように、エリオットが何事もなかったかのようにむくりと起き上がると、服をパンパンと叩いた。
当然、無傷である。
ちっ!
「いやぁ、ごめんごめん。驚かせちゃったね。
僕とリアはよくこうやって戯れついちゃうけど、気にしないでね?
って言っても無理かな、ふふっ、目の前でイチャイチャされたら気になっちゃうよね?」
ポッと頬を染め、モジモジと身を捩るエリオットに、理解が追い付かないのかユランは、イヤイヤと震えながら首を振って後ずさった。
「戯れ……イチャイチャ………?」
呆然としたままリゼが呟くと、ユランが力が抜けたようにドサッとソファーに座り込む。
「正常な反応を初めて見たよ、なるほど、そりゃこうなるっ!」
マリーがにゃははっ!と笑い転げるのを、そろそろ眠さが限界ですね、と眺めながら、私は溜息を吐いた。
「戯れついている訳でも、ましてやイチャイチャしている訳でも決して無いから。
エリオットは私をイラつかせる天才なのよ。
私は口より先に手が出るタイプなだけ」
だって、脳筋だからーーーっ!
丁寧に説明したってのに、ユランはまだ化け物を見る目で、その顔に恐怖を浮かべ私を見ていた。
「そうそう、主に僕に対してだけだけど。
リアのそういった特性は残念ながら国政の場ではあまり歓迎されないからね。
今までは本人が頑張って抑えてきたり、クラウス達と共にする事が多かったから、レオネルやミゲル君が上手く抑えてたんだけど、2人はクラウスの側近だからね、これからはそうもいかない。
で、君達なんか適任じゃないかなって、僕は思うんだけど、どうかな?」
ニッコリとエリオットに微笑まれ、ユランとリゼは何の事か分からないって顔でポカンとしている。
私はハァッと深い溜息を吐き、2人にきちんと向き直った。
「エリオットはどこでもかしこでも私にちょっかいをかけてくるのよ。
流石に会議中に王太子を吹っ飛ばすわけにはいかないから、2人で上手く私を諌めてくれない?」
私の言葉に2人はまだ首を捻っている。
賢いこの2人ならそろそろ察してもいい頃だが、さっきの王太子ぶっ飛ばし事件がまだ尾を引いているのだろう。
ややして先にリゼが我を取り戻し、ハッとした顔で口を開いた。
「あのっ、ではシシリア様は会議に出席される御資格を有している、という事ですか?
そして私達に、シシリア様の側近になる栄誉をお与え下さるのですか?」
やっと理解してくれたリゼに、私はニカッと笑った。
「私は人使い荒いけどね、それでも良かったら、どうかしら?」
途端に2人はソファーからバッと立ち上がり、胸の前に手を当てた。
「側近へのお誘いありがとうございます。
誠心誠意シシリア様をお支えしたいと存じます」
リゼがそう言うと、負けじとユランもズイッと身を乗り出し、その瞳をあざとくキラキラと輝かせた。
「私も誠心誠意シシリア様にお仕え致します。
必ずやお役に立ちますので、どうかお側に侍る事をお許し下さい」
もうっ、ユランったら、あざとさが素直過ぎるっ!
キラキラ輝くショタの笑顔に、背後からキティとマリーの溜息が聞こえてきた。
いやぁ、可愛いは世界を回すね、いっそ。
メリークリスマス!




