EP.104
何とかクラウスをキティから引き離し、部外者にはとっととご退場(追い返した)頂いて、私とキティ、とおまけのエリオットは校舎へと向かう。
「入学式の準備、大変だったね」
ふぅっと遠い目をするキティの肩を、ポンポンと労うように叩きつつ、私も溜息を吐いた。
「例年と違って華美な装飾が無い分まだマシよ。
生徒会なんて、結局は生徒達の奴隷なんだから……」
私とキティは顔を見合わせ、疲れた顔でふふふっと笑った。
「新生徒会候補はどうするの?急がず来年度に決めるの?」
キティの問いに、私はニヤリと笑った。
「もちろん、今年度から補佐に入ってもらってガッツリこき使う気よ!
エリー達の穴を埋める為には、今から仕事を覚えてもらわないと」
私達の生徒会は、内三人が3年生だから、そこの補佐は既に決めてある。
が、実は他にも声をかけてあるのだが、まだ色良い返事は返ってきていない。
まぁ、そこは後々でも良いかな、と思っている。
ゆっくり、ジワジワと追い込んでいった方が楽しそうだし?
ぐふっ、ぐふふふっと笑う私から、キティは嫌なもの見たって感じでゆっくりと目を逸らした。
後ろを歩くエリオットはニコニコ顔で、わぁ、リア、楽しそうだね、とか言っているが。
表玄関に向かっていると、何やらその前に人集りが出来ていて、私に気付いた生徒達が、一様に憐れむような目でこちらを見てきた。
んっ?何だよ?
不思議に思ってキティと顔を合わせる。
何事かあるようだが、一体何だろう。
首を傾げていると、人垣の向こうから朝から全く聞きたくもない阿呆の声が聞こえた。
「だから、この俺様が気に入ってやったと言っているんだっ!
名乗る名誉を与えてやるから、早く名前を教えろっ!」
阿保が阿保な事を言って誰かに迷惑をかけているみたいだな。
だから、先程から私は皆に憐れみの目を向けられてた訳ね……。
スルーして教室に行きたいところだが、残念、私、生徒会長。
生徒の自治に任されて、ある程度の自由を与えられている以上、多少の問題くらい自分達で解決出来ねばならない。
あ〜あ、面倒くせぇよぉ〜。
内心シクシク泣きながら、私は人垣の中に入っていった。
っていうより、自然に道が出来てた。
おおっ!モーゼになった気分っ!
「おいっ!聞いてるのかっ⁉︎
いいから早く名前を教えろよっ!」
胸を偉そうに逸らしたチンチクリン、もといフリードが1人の女生徒を相手にしつこく迫っているようだ。
その隣でニヤニヤ笑っている側近その1と、後ろで項垂れてるだけの側近その2と3。
情けない奴等め。
こんなに注目を集める前に、何故もっと上手く事を収めなかったんだ。
まだまだ無能という事か……。
残念すぎるご一行様に深い溜息を吐きつつ、そのフリードに目をつけられてしまった不憫なご令嬢に目をやって、私はビクッと固まった。
キャラメルブロンドの髪に、蜂蜜色の気の強そうな大きな瞳。
だがその瞳は今、眠たそうに半分瞼が下りている。
ニーナ・マイヤー男爵令嬢。
いや、アレは間違いなくシャカシャカだ。
キャラメルブロンドの髪をバッサリと切って、この世界で初めて見るショートカットにしている。
だからといって男装のつもりでは無いらしく、制服も女性用を着ているが、スカートが膝上の長さに改造されていた。
外套をパーカーのように作り直したような物を上から羽織っていて、両手をポケットに突っ込んでいる。
これに耳にイヤホンがあれば、完璧に前世でのシャカシャカだ。
髪色や瞳や背の高さなど、見た目は全く違うが、そのファッションと佇まいは間違いなくシャカシャカだった。
……いや、前世では腰まであるロングヘアーだったのに、なんでわざわざショートに……?
前世との相違点に首を傾げていると、何かに気付いたかのようにシャカシャカの顔が上がって、ゆっくりとこちらに顔を向けてきた。
眠たそうな瞼がゆっくりと見開かれ、その瞳にハッキリ私の姿を映すと、口を開けてニヤリと笑った。
ぬらぬらとやけに赤いその口を見ながら、ゴクっと唾を呑み込む。
シャカシャカは嬉しそうにニヤリと笑って、迷いなく私の方に歩いてきた。
そして目の前まで来ると、私を上から下まで眺めて、呆れたような声を出した。
「アンタそれ正気?」
信じられないといった口調で私を指差す。
何だよ?
学園の女生徒用の制服を正しく着用している事か?
それともこのロングヘアーか?
グラドル並みのこのお胸大明神様の事かっ?
お前はアレだな。
前世よりちっこくなってるし、そこそこデカかったあの乳はどうした?
失くした乳はここには無いぞ?
なんせこのお胸大明神様は私のだからなっ!
ヌァーハッハッハッハッハッハッ!
と、逆に指差して高笑いしてやりたいのをグッと堪え、厳しい目でシャカシャカをジッと見つめた。
男爵令嬢に先に声をかけられ、ホイホイ返事する訳にはいかんのよ。
扇を優雅に広げ、それで口元を隠す私を、シャカシャカがプッと吹き出して、大笑いし始めた。
「アンタ、何それ、マジなのっ⁉︎
ヤバいっ!ちょーウケる。
王子がお姫様ごっこかよ。
アンタにそんな趣味があるなんて、面白すぎるんだけどっ!」
アッハッハッハッと笑うシャカシャカに、私は違和感を感じ、背中に嫌な汗が流れた。
……コイツ、こんな感情豊かだったか。
いや、そりゃさっき見た感じは以前と変わりなく見えたが、今目の前でバカ笑いしてる、これは何だ?
これがシャカシャカ?
感情の起伏が皆無で、表情筋も死んでたシャカシャカ?
コイツがこんなに表情を変えるのを初めて見た、こんな大笑いしているところもだ。
何がコイツを変えたのか。
転生して性格まで変わったのだろうか。
とにかく様子を見るしかない私は、笑い続けるシャカシャカを扇越しにジッと眺めた。
もちろん、一切の感情を表に出さないように。
「はー、笑ったわ、こんなの初めて。
王子がこれからって時にさっさと死んじゃったお陰で、前回は本当につまらなかったけど、今回は楽しませてくれそうで安心したわ」
くっくっと笑うシャカシャカを、感情の無い目で見下ろしていると、シャカシャカは私の隣にいるキティをチラッと見て、ニタリと笑った。
「本当に図太いね、アンタらまだつるんでるとか、マジウケる。
まぁ、そのお陰で、また王子を壊せる材料があってこっちも楽だけど」
そう言ってキティの髪に手を伸ばすシャカシャカ。
私は素早く扇を畳んで、その手をパシッと払い落とした。
「貴女、先程から随分と不躾でいらっしゃるわね。
私にも、そしてキティ様にも、そのような態度をとって頂いては困りますわ」
シャカシャカを捕らえようと身構えている護衛騎士達にスッと手を上げ下がらせる。
フィーネやシャックルフォードの事もある。
こちら側にどんな手で付け入ってくるか分からない以上、この程度の事で騎士達と接触させたくは無い。
高位貴族然とした私の対応に、シャカシャカは驚いたように一瞬目を見開き、また吹き出して笑った。
「アハッ、何まだそれ続けるの?ウケる。
分かりましたわ、お嬢様。
じゃあ、私も合わせて差し上げますから。
これから、楽しみですわね。
よろしくお願い致しますね?シシリア、様?」
笑いながらそう言うと、シャカシャカは完璧なカーテシーで礼をとり、優雅に微笑んだ。
「じゃ、私はもう行くわ。
あんまりアンタと長くいると、我慢出来なくなってまたその子を殺してアンタで遊びたくなっちゃうし」
キティを指差しくっくっと笑うシャカシャカに、一気に全身の血が下がり、急激に寒気に襲われた。
ブルッと震える私の手をキティがギュッと握ってくれて、そこから温もりを感じ、私は驚いてキティを見た。
キティは力強い瞳で真っ直ぐ私を見つめ、大丈夫だと言うように小さく頷いた。
真っ青な顔をしているだろう私の肩を、エリオットが優しく抱いて、安心させるように微笑む。
周りが呆然としている中、シャカシャカは何も気にならない様子でスタスタと校舎に向かっていたが、急にピタッと足を止め、クルッとこちらを振り返った。
そして、狙いを定めるようにエリオットを指差す。
「あっ、そうそう、そこのレアアイテムみたいな男。
便利そうだから、必要になったら私が貰うから、よろしくね」
フッと不敵に笑うと、それだけ言って去っていった。
その姿をボーッと見ていたフリードが、ハッと我に返り慌ててシャカシャカの後を追いかける。
「コラッ!待てっ!まだ俺の話が終わってないぞっ!
名前っ、名前を教えろっ、いや、教えて下さいっ!」
ギャーギャー言いながらシャカシャカの後を追うフリードを、周りの生徒達が呆れた表情で見送っていた。
「やぁ、皆、こんな晴れの日に騒がして悪かったね。
さぁ、もう各自の教室に行って式まで待機していてくれ」
ニコニコとよく通る声で皆に指示を出すエリオットに、皆が慌てて背筋を伸ばし、一斉に礼をした。
エリオットは私とキティをエスコートしながら、その皆の間を悠然と歩き、校舎に向かう。
んっ?
何か両手に花状態になっていないか?
コイツ、自然な流れでこのポジションに収まりやがった。
うぉぉっ!
すげームカつくっ!
絵面が納得いかねぇっ!
お前、めちゃモテに見えんじゃねーかっ!これじゃっ!
先程一気に下がった血が巡りだし、カッカッと頭から湯気を出す私に、エリオットはチラッと視線を向けると、安心したかのように小さく息を吐いた。
やっぱりこの状態は、私を揶揄うためだったかと、更に頭に血が昇った瞬間、私と反対側でエリオットの手をとりしずしずと歩くキティが、正面を見つめたまま、ボソリと呟いた。
「シシリア様、式が終わりましたらお話がございますので、いつもの場所でよろしいでしょうか?」
抑揚の無いその声色に、目尻に涙を溜めながら、ガタガタ震え、短く答える。
「ひ、ひゃい……」
エリオットが同情のこもった瞳で、眉を下げ私を見つめていた………。
その後、入学式も滞りなく終わり、私は学園のいつものカフェテラスでキティと向かい合っていた。
お馴染みの結界の為、周りからは和やかにお茶をする私達の姿しか見えないだろうけど、実際は氷点下……。
キティは何も言わずお茶を飲んでいるだけだが、漂う空気が肌を刺すくらいに痛いっ!
流石あのブリザードの妹なだけあるぜ……。
そのキティの様子をチラチラ伺いながら、私は内心深い溜息を吐いた。
きっとキティは、朝のシャカシャカの発言について私に問い正したいのだろう。
シャカシャカが希乃を殺したってやつだ。
アイツ、前世ではバックれてたくせに、アッサリ自分から白状しやがって、どういうつもりだよ……。
私は卑怯者だから、キティに前世の死の真相を思い出して欲しくなかった。
自分でも反吐が出るほど汚い奴だと思う。
キティは前世で私と仲良かった事を既に思い出してしまっているけど、自分がどうやって死んだかについては何も言わないから、そこはまだ思い出せていないのだろう。
私にとってはその方が都合が良かった。
だって、それを思い出さなければ、仲良くしていられるからだ。
けど、それを思い出せばもう私達は今の関係ではいられなくなるだろう。
だって、そうだろ?
誰が自分を殺した原因を作った奴と仲良くなんか出来る?
しかもそれを知っていて、今世でも何も言わずにシレッと側にいたような奴、誰が信用するんだよ?
キティはシャカシャカの言葉で何かに気付いた筈だ。
私が意図的に隠してきたという事も。
いや、下手したら、全てを思い出したのかもしれない。
だったら、私達は、もう………。
目の前のお茶にも手をつけず、ギュッと膝の上で服を掴んでいる私に、キティはゆっくりとその口を開いた。
「ねぇ、王子、今朝のあの人、朱夏さんよね?」
抑揚の無いその声色に、ギュッと縮こまって、私は俯いたまま視線を漂わせた。
「あ、ああ……」
それだけ答えるのに精一杯の私に、キティは少し怒りを滲ませたように続けた。
「……あの人やっぱり、王子を苦しめたくてあんな事やったのね」
キティのその言葉に、私はバッと顔を上げた。
……ああ、やっぱり、キティは………。
「お、思い出したの……?」
自分の妙に乾いた声が、ざらりと耳に纏わりつく。
この後に及んで、私はまだその事実を受け入れたく無いと願っていた。
「ええ、思い出したわよ、自分がどうやって死んだか」
キティの返答に、目の前が真っ暗になってゆく。
ああ……もう、終わりだ、私は、私達は………。
グルグルとそんな言葉が頭の中を回り、吐き気が込み上げてきた。
キティが希乃の生まれ変わりだと気付いた時から、私は自分が王子、いや、紫衣奈だった前世を隠し続けてきた。
私の前世を思い出す事で、キティが前世どうして死んだのかを思い出させたくなかったからだ。
キティは、私のせいで、死んだのだから。
それなのに、キティが生まれ変わって目の前に現れてくれた事に歓喜して、また仲良くなろうと近付いた、浅ましい自分の事も知られたくなかった。
ああ、私はどこまで卑怯で卑劣な人間なんだ。
こんな人間に平気な顔して今まで側にいられた事を、キティはどう思っているんだろう。
きっと悔しくて、私の事を軽蔑しているんだろうな。
また俯いた私は、制服のスカートをギュッと握る自分の手を、ただただジッと見つめて、キティの言葉を待った。
私への非難でも嘲りでも、全てを受け入れるつもりだ。
それでキティが、もう顔も見たくないと言うなら、全てを捨てて、この身を隠す覚悟もある。
キティが私をどうしたいか、それがどんな事でも受け入れようと、私はとっくに決めていた。
遅かれ早かれ、シャカシャカが絡んでくれば、その内全てがキティにバレてしまう事は分かっていた事だ。
それくらいの決心ならとうに心に決めていたじゃないか。
ただちょっと、キティとの時間が楽しすぎて、ほんの少しだけでも、その時間が続けばいいと、浅ましくも願ってしまっただけ……。
「王子、私……」
キティがゆっくりと立ち上がる気配がして、私は思わず顔を上げた。
キティはその顔に、明らかな不快感を浮かべ、静かに私を見下ろしていた……。
もう、終わりなんだな……。
やっと諦めのついた私は、ゆっくりと瞳を閉じた。
涙だけは、流れないように……。




