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幕間:白い対話



……あれ?ここどこだ?

私はキョロキョロと辺りを見渡し、首を傾げた。


辺り一面真っ白なその空間は、何だか見覚えがあるような……気がする。


んっ?ここは……?



「お久しぶりですぅ〜お元気でしたか〜」


向こうの方から何やらこちらに走り寄ってくる人影(?)が。

同系色過ぎて分かりにくいが、上から下まで真っ白なあの姿は………⁉︎



「ク〜リ〜シ〜ロ〜……」


瞬間、身体強化MAX状態にした私は、ゴッと火花をちらしながら、クリシロに向かって凄まじい速さで走り寄る。



「わぁ、あははは、本当にお久しぶり……ヒュッ………グハァッ!!」


瞳をギラリと光らせ、ニコニコ笑うその顔面を思い切りぶん殴る。


衝撃で吹っ飛ぶクリシロを追撃して、今度は顎を殴り上げると、見事にクリシロは空に向かってヒューと飛んでいった。


暫くすると地面にドサッと落ちてきたので、ゆっくりその上に跨りマウントをとると、顔面をボコボコに殴りまくった。



「あっ、がっ、ちょっ、まっ、待って下さっ、あのっ、話、私の話をっ、ガッ、アガッ!!」


どんどんクリシロの顔面がパンパンに腫れていくのを見て、ふーと手を止める。


「ハァハァッ、あの、話をしましょう、ねっ」


媚びるように下から私を見上げるクリシロに、瞳の奥を昏く光らせニヤリと笑うと、拳をボキボキと鳴らし、首をゆっくりと回した。



「あっ……ちょっ、ちょっと待って下さい、まずは私の話を……話を聞いてぇっ!

ガッ、グハッ、グフッ、アガァッ!」


ゴッ、ガッ、ドコッ、ガッ!

無言でクリシロを殴り続ける音と、クリシロの苦しそうなくぐもった声だけが、何も無いその空間に響き渡った。









「あの、そろそろ話を聞いて頂けますでしょうか……」


ボッコボコの顔でウッウッと泣いているクリシロを見て、やっとスッキリした私は、蹲ってひざを抱えるクリシロの目の前にドッカと胡座をかいた。


「で、何で私をあんな世界に生まれ変わらせたのよ?

好きな場所に生まれ変わらせてくれるって話だったんじゃないの?」


くんだ胡座の片足に肘を置き、手で頬を支えながら口を尖らせる私に、クリシロは目を見開いてパチクリさせた。


「……え?私は貴女の心のままに、生まれ変わらせましたよ?」


とんでもない事を言い出すクリシロに、その胸ぐらを掴んで噛み付くように迫った。


「どこがよっ!私の望んでたのはドラゴンに魔王に冒険三昧な俺tueeeな世界っ!

あんな、うふふオホホごめん遊ばせな世界じゃねーーーんだわっ!」


勢いで思わずクリシロの頭を掴んでゴンゴン頭突きをすると、クリシロはヒィィィィッと悲鳴を上げながらシクシク涙を流した。


「すみませんすみませんっ、少しご提案としてあの世界のビジョンを流しましたっ!

すみませんっ!でも貴女の魂はそのビジョンも見ずに、一直線にあの世界に向かって行きましたよ?

これは本当ですっ!」


クリシロの必死な様子に、ピタリと動きを止め、その真っ白な瞳を覗き込んだ。

うん、分かりにくい。

まったく表情が読めん、が、まぁ嘘はついてなさそうだ。


んっ?て事は、私が自分であの世界に飛んでったって事?

いやいやいやいや、それは無い、それは。

何で私があんな、うふふオホホな世界に自分から行くんだよ。

ないない、無いわ〜。


へっと鼻で笑いつつ、ふとクリシロに異世界に飛ばしてもらった時の事を思い出した。


絶対に冒険の世界に生まれ変わりたかったから、必死に大好きなラノベの世界を思い浮かべていた……んだけど、そうだ、最後の最後に、〈キラおと〉のゲーム画面を嬉しそうに私に向かって見せる希乃の顔が……浮かんだような………あっ!



あっら〜〜。

冷や汗をかきながら、あははははっと作り笑いを浮かべる私に、クリシロはまさかっ!て顔でワナワナと震え出した。


「えっ?今ボコボコにされたのって、それが原因だったんですかっ⁉︎

私はてっきりあの子への恨みを私に向けてきたのかと……。

だから甘んじて受け止めたのに……。

そんな……ただの誤解だったなんて……」


パンパンに腫れた顔でハラハラと涙を流すクリシロに、流石に申し訳なくなりながら、私は焦ってその顔を覗きんこんだ。


「どうした?大丈夫か?

ひどい顔じゃないかっ⁉︎」


一体誰だっ!

こんな非道な真似をしたのはっ!


「貴女ですよっ!」


クリシロはとうとう顔を手で覆ってさめざめと泣き出した。



あ、はははははっ、な〜それな〜……。

私だよな〜。



生まれ変わりの件が完全なる私の勘違いだった事に、今まで、次会ったら絶対にボッコンボッコンのギッタンギッタンにしてやるっ!と息巻いていた分も含め、流石に悪かったな〜と反省した。


顔を手で覆いえぐえぐ泣いていたクリシロが顔を上げた時、その顔がすっかり綺麗に元通りになっているのを見て、そんな気持ちもスンと消えたが。


ちっ、神様だもんな。

ボコボコにしたところでノーダメージかよ。

ちっ。


私の舌打ちにクリシロはビクビクしながら、パチンと指を鳴らす。


そこにパッとテーブルと椅子が現れ、お茶と茶菓子まであるのを見て、クリシロが何やら私に話があるのは本当らしい、とやっと気付いた。


ボコられたくないが故のその場しのぎの言い訳だと思っていた。



テーブルにつくとクリシロも私の正面に座り、ニコニコ笑いながらカップにお茶を注いでくれる。




「で?話って何よ?」


クリシロの淹れてくれたお茶をゴクゴクッと一気に飲み干して、私は早速疑問を投げかけた。


「いえ、話というか、貴女の疑問に何点か答えるべきだと思いまして、こうしてお呼びしたのです」


ニッコリ微笑むクリシロは、どこかミゲルに似ていた。

博愛を浮かべたその微笑みのせいだと思う。

信仰する者とされる側という違いがあれど、精神は同じなのかもしれない。



「ふ〜ん、それもプチッとアンタに殺された故のアフターケア?」


ハッと鼻で笑うと、クリシロはグサリと何かに抉られたかのように、自分の胸を押さえた。


「私がプチッとやった訳では……いいえ、ペットのやった事は飼い主の責任……。

って、そうではありません。

貴女が思いの外渦の中心に近付いてらっしゃるので、お教え出来る事は伝えておこうと思いまして」


クリシロの言葉に私は首を捻った。


「渦の中心って何よ?」


即座に問いかける私に、クリシロは穏やかに笑った。


「私はある方にお願い事をしているんです。

私の願いを叶える為に、その方はあの世界にいます。

その願いはもう少しで叶うところなのですが、その方の探していた最後のピースが、実は貴女があの世界に生まれ変わった事で揃ったのですよ。

本当に人の縁とは不思議なものですね。

私としては、後はその方にお任せして、貴女にはあまり関わって欲しくは無いんですが。

どうやら、貴女が望む望まないに関係なく巻き込まれてしまいそうなので。

その事を貴女に少しだけ知っておいて欲しかったんです」



えーー………。


私はクリシロの話に引に引きまくった。

だって……なんか面倒くさそうなんだもん。


ってか、私が最後のピースを揃えたって、何の事だよ。



「その辺の詳細は教える気あんの?」


一応、ダメ元で聞いてみると、クリシロはニコニコしているだけで何も返してこない。


なんだよ、そりゃ。

人を巻き込んでおいて、それか。

コイツのこ〜ゆ〜とこなんだよなぁ。



「……分かったわよ。

じゃあ、答えられる事は答えてよね。

まず、何であんな〈キラおと〉そっくりの世界があるわけ?」


まぁ、単純に気になってたとこから聞こうと思ったのだが、クリシロは妙な顔をして首を傾げている。


「〈キラおと〉?ですか?

それって一体何でしょうか?

あっ、ちょっと待って下さいね」


クリシロは私の顔の前に掌をかざし、何やら瞑想するみたいに目を瞑った。

掌から金色の光がパァッと光り輝いて、ゆっくりと消えていく。


「あー、なるほどぉ。ゲーム?とかいうのですね。

読み物のようで、選択肢によって展開が変わるだなんて、面白い遊戯ですね。

ですが、流石に物語の中には生まれ変われませんよ?」


ふふっと笑うクリシロに、今度は私が首を捻った。


「何言ってんのよ、じゃあ何でゲームとそっくり同じ世界があるわけ?」


私の問いに、クリシロもコテンと首を傾げる。

2人の周りに?マークが浮かんだ。



「そっくり?同じ?ですか?」


んっ?と不思議そうなクリシロに、私はいやいやと口を開いた。


「同じじゃない、設定とか、名前とか、ビジュアルとか。

私なんか〈キラおと2〉の悪役令嬢に生まれ変わってんのよっ?」


私の言葉に、クリシロはますます首を捻るばかり。


「設定、名前、見た目、ですか?

う〜ん、では、貴女が生まれ変わったという、そのゲームでの悪役令嬢のお名前は?」


穏やかにそう問われて、私は何をそんな分かり切った事を……と思いつつ、答えようと、口を開く。


「そんなの、あっ……えっ?うっ………あれっ?」


当たり前の事を答えるだけなのに、出てこない。

〈キラおと2〉の悪役令嬢の名前が出てこなかったのだ。



「えっ…ちょっ、なんでっ!

アンタ、私になんかしたっ⁉︎」


クワっとクリシロに食ってかかると、クリシロはヒェッと短い悲鳴を上げて、自分の頭を守りつつ、涙目で私を見上げた。


「な、何もしてませんっ!本当に。

今何かする必要が私にありますか?」


ビクビクオドオドはしているが、それは単純に私の物理的暴力にビビっているだけのようだ。

特に嘘をついている様子はない。


ってか、私の勝手な印象だが、クリシロは人を騙したりはしない、いや、する事すら必要ないというか、そんなものは元からクリシロの中に存在しないような気がする。


言わない、言えない事はあるようだが。



そのクリシロの様子に、私は仕方なく椅子に腰を戻した。


「じゃあ、本当に、あの世界は〈キラおと〉とは関係ないの?

じゃあ何で〈キラおと〉をプレイしていた人間ばかり集まってたのよ」


クリシロが嘘をついていない事は分かったが、依然そこが謎だった。


「う〜ん、実は前世の記憶を持っている人間は、浄化されなかった魂なんです」


クリシロの言葉に私は目を見開いた。

そんな私にクリシロは、少し悲しそうに目を伏せる。


「まれに、強い負の感情に魂が支配され、転生の際、浄化されずそのまま生まれ変わる人がいるのです。

そんな魂の救済措置として、本人が強く望む場所に近い世界に生まれ変わらせる事はありますね。

あくまで救済措置ですから、結局は本人次第なのですが……」


クリシロの話に私は絶望に突き落とされた気がして、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。


……強い負の感情……浄化されなかった魂………。


グッと唇を噛んだ後、私は自分でも驚くほど低い声を出した。



「……キティも……そうなのか……?」


私のその声に、クリシロは慌てるようにブンブン手を振った。


「いえっ、彼女は違います。

あの世界が彼女の魂の元々の居場所ですし。

前世の記憶があるのも、彼女の特性と言いますか……。

実は地上に生まれ落ちるのは、前世のアレが初めてだったんですよ。

それも……ちょっと迷子になったというか……方向音痴な方なので……。

とにかく、彼女の場合は魂の穢れどころか、まだ真っ白な状態に近いくらいなので。

彼らとは違いますよ」


クリシロの説明に私はホッと胸を撫で下ろした。

もし、キティが浄化されなかった魂だったとしたら、それは間違いなく、私のせいだから……。



「じゃあ、あの2人は前世の魂が浄化されずに、記憶を持ったまま生まれて、自分達の望む世界に生まれ変わったのに、そこでも救済されなかった、って事?」


気を取り直した私がそう聞くと、クリシロは悲しそうに頷いた。


「ええ、そうです。

……ただ彼らは少し特殊というか。

前世今世合わせて、穢れた魂に触れ、穢れを増幅されてしまったので……。

本来なら消滅させるべき魂なのですが、今はここにある安寧の泉で眠らせています。

彼らが触れた魂が消滅した時、次の輪廻に向かう事が出来るでしょう」


睫毛を微かに震わせるクリシロは、沈痛な面持ちでそう言った。


「その穢れた魂って……シャカシャカの事ね?」


ギラッと瞳の奥を光らせると、クリシロは憐れむような目で私を見た。


「……そうです。そして彼女は貴女に執着している。

輪廻の理を無視して貴女の魂を追いかけるほどに。

そしてそれは……私のせいなのです……私が彼女から奪ったから……」


申し訳なさそうなクリシロに、私は深い溜息を吐いた。


「奪ったもんを返してやればいいじゃない」


私の言葉にクリシロは残念そうに首を振る。


「それは出来ません。彼女による惨劇を抑える為に必要な事だったのです」



……なんかもう……物騒だなぁ。

私は再びはぁ〜っと深い溜息を吐く。

クリシロがますます小さくなって、申し訳なさそうに俯いていた。



あ〜〜アイツに関わるの本当に嫌なんだけど、やっぱ狙いは私かよ〜〜。

面倒くせーーーっ!


バタンッとテーブルに突っ伏する私を、クリシロがオロオロと伺っていた。



クリシロは言える事は全部話してくれているようだ。

だけど、シャカシャカの事にしても、言えない部分は最初から伏せている。


……つまり、アイツの正体はナニかって事。


そこを聞いてもどうせ、困り顔をするだけで話してはくれないだろう。



さて、何にしても、やはりあの世界はゲームの中では無かった。

ゲームに出てきたキャラの名前も、今となっては正しいかどうかさえ分からない。


つまり私達は、よく似た世界をそうだと思う事で、前世の記憶との折り合いをつけていたんだと思う。


やはり、記憶を持ったまま生まれ変わるのはハイリスクだって事だ。

通常なら浄化されなかった魂が行き着く業のようなもの。


リスクを軽減する為に、前世よく見知った世界観だと思い込む事で、混乱を避けているのかもしれない。


私はこの世界を知っている。

だから上手くやれるし、生きていける。

そんな風に脳が思い込もうと働くのではないだろうか。


……キティの場合は腐り切った脳の暴走な気がしないでもないが……。


何故〈キラおと〉に皆が集まったのかは分からない。

だけどそれぞれそこに、何某かの希望を見ていたのかもしれない。



「でもそれにしても、本当にそっくりなのよね」


私の無意識の呟きに、クリシロが恐る恐るといった感じで顔を上げた。


「私の経験ですと、貴女方の人種は本当に、生まれ変わりや異世界に寛容な印象があります。

宗教的にも輪廻や生まれ変わりを受け入れているのもあるのでしょうが、その、物語の中に生まれ変わるといった独特な解釈は、ここ最近の人間に多い傾向だと思います。

それは既に一つの概念として定着しているほどですね。

浄化しきれなかった魂、そして更にまれではありますが、生まれ変わる前に強い後悔や心残りのあった魂、どちらも前世の記憶を消しきれず生まれ変わりますが、皆一様に、その事をすんなり受け入れるんですよ。

記憶がある事も、そして生まれ変わった先の異世界についても。

あっ、ここは〜〜の世界。

と、それはすんなりと」


クリシロの話に、今度は私が俯いてプルプルと震えた。


わ、悪かったなっ!

それがジャパニーズクオリティなんだよっ!


イギリス人が魔法や妖精や不思議な存在を信じているように、日本人は異世界転生を信じてるんだよっ!


そりゃ最近の話だけど?

歴史はまだ短いかもしれないけど?

でも爆発的に共通認識として広まりつつあってだなっ、ただの生まれ変わりじゃない、生まれ変わりといえば異世界っ!

これはデフォッ!

もはやデフォッ!


むしろ異世界以外のどこに生まれ変わるって言うんだっ!


テーブルを掴んで真っ赤な顔で奥歯をギリギリいわす私に、クリシロはビクッと体を跳び上がらせた。



「つ、つまりですね、私が関与した貴女や、元々あの世界の魂であったキティさんは別として、記憶持ちの異世界転生者の魂はいわくつきという事です。

さっきも言いましたが、あくまで救済措置として、その魂の好む世界に生まれ変わらせる訳なんですが、最近の傾向としては、皆異世界に転生するなって、ただそーゆー話でして。

決して貴女の前世の文化や好みを馬鹿にした訳ではなく……。

とにかくですねっ、貴女が今いる世界がそのゲームという物語に酷似しているのは、それは貴女の前いた場所にも同じような文化や国があったからでは、と思うんです」


うんうん、なるほど。

確かに、乙女ゲーだから、中世ヨーロッパなんかをモデルにしているわな。

ドレスにパーティ、王子や王女が出てこないと話にならんからな。


私がうんうんと頷くと、クリシロはホッとしたように息をついた。


「それでですね、文化や服装、人種の見た目などで、貴女方はこれは〜〜の世界、と思い込む訳です。

そして自分の生まれ変わり先の性別や見た目、社会的地位によって、〜〜の世界の〇〇に生まれ変わった、とすんなり受け入れる。

貴女が生まれ変わったのは、異世界にある一つの王国の身分の高い女性ですが、貴女はゲームの物語に出てくる人物と錯覚しましたよね?

あとは周りをそのゲームの物語に出てくる人物に当てはめていくだけ。

まぁ貴女は途中でそこがゲームの物語の世界では無いと気付いていましたが。

本当は気づいても気づかなくても、どちらでも良いんです。

ただ、自分である事が大事なのですから」


クリシロの言葉に私は首を捻った。


「自分である事?」


聞き返す私に、クリシロは穏やかに微笑んだ。


「そうです、貴女の前世の誰でもない、今の貴女。

ただそうあれば良いのです」


慈愛のこもったその顔を見ていて、なんだか頭がスッキリとしてくる。



「つまり、前世の記憶を持って生まれたシシリア・フォン・アロンテン。

この今の私でいれば良いって事ね?」


ニッと笑う私に、クリシロはしかし少し困った顔をした。


「そうなのですが、貴女の場合、記憶があろうとなかろうと、そのままだったかもしれませんね」


あはは……と乾いた笑いを上げるクリシロに、確かに、と私はそう思った。



記憶が無くとも物理的な強さや魔法を求めた自信がある。

キティだって、あんなどタイプな見た目、私が放っておくはずがない。

間違いなく推してた。

まぁ、刀については前世の記憶頼みしかないけど、私の事だから、極限まで切れ味にこだわった剣の開発くらいはしていた筈だ。


って事は。

前世の記憶があろうがなかろうが、結局やってる事は変わらないって事だ。


私は私以外の何者にもなれない。

それは前世の私とも違う。

今の私自身。

シシリア・フォン・アロンテン、それが私なのだから。



私の様子を見ていたクリシロは、柔らかい微笑みを浮かべると、安心したように息を吐いた。


「どうかその事を忘れないで下さい。

彼女が求めているのは前世のあなたです。

ですが、もうそれはどこにも存在していない。

その事を彼女が早く気付いてくれれば良いのですが……。

気付いても納得はしないでしょうね。

どうか彼女の怨讐に引き摺られ、今の貴女を忘れないで下さいね。

彼女の求める人は、もうどこにもいないのだから」


気遣うようなクリシロに、私はニッコリと笑ってその胸ぐらを掴んだ。


「前世の私の存在を亡き者にしたのは、お前だけどな?」


ニコニコ笑って拳を振り上げる私に、クリシロは笑顔を凍らせて、カタカタと震え始めた。


「その節は……大変な事をしでかしてしまい、誠に申し訳ありませんでした……。

あの、出来れば、出来ればですね?

ちょっと手加減して頂ければ大変嬉しいのですが……」


ギュッと固く目を瞑る情けないクリシロの姿に、思わず大笑いしてしまう私を、クリシロがキョトンとして見ていた。



「まぁ、もういいわよ。

親不孝しちゃったけど、今の人生も何気に気に入ってるし。

ボサ子にもまた会えたし……。

元々最初から、アンタの事恨んでないしね」


私の言葉にポカンとするクリシロに、クスッと笑う。


「神様のペットが落っこちてきて、それにプチッと踏まれるなんて、災害レベルじゃない。

不運ではあったけど、何かを恨んでも仕方ないからね。

アンタは責任感じて良くしてくれた訳だし、思ってた世界と違う場所に生まれ変わったのだって、結局は私の意志で、アンタのせいって勘違いしてただけって分かったし」


フゥッと息を吐く私に、クリシロは穏やかに微笑んだ。


「貴女は強いですね。そんな貴女だから、あの子も着いていったんでしょう」


クリシロの言葉に私は首を傾げる。


「あの子って、誰よ?」


私の問いにクリシロはニコニコ笑うだけ。


ハイハイ、言わない言えない案件ね。

自分も仲間に言えない事(前世関連)の時によく使う手だから、強く出れないってのもある。

まぁ、仕方ないか。



「とにかく、私はシャカシャカに狙われてるって事ね。

でも自分をしっかり持っていれば何とかなるって事でしょ?

アイツがどんな存在なのかとか、正直気にはなるけど、重要なのはそこじゃないって事ね?」


話を纏めて念を押す私に、クリシロは神妙な顔で深く頷いた。


「彼女の事は彼女自身の問題です。

彼女が起こした事、その全て、彼女の問題なのです。

貴女は否応無しに巻き込まれてしまいましたが、彼女が貴女に求めているものを差し出す必要などはありません。

貴女が貴女でいれば、必ず彼女を跳ね除けられる筈です」


真剣なクリシロの表情に、相変わらず意味は分からなかったが、想いは痛いほど伝わってきた。


私をシャカシャカから守りたいという気持ちを……。



「分かったわ、アイツが何を言おうとやろうと、それは私のせいじゃないって事よね?

まぁ次は、アイツに私の大事なものを奪わせないし、傷付けさせないけどね」


ニッと笑う私に、クリシロは嬉しそうに微笑んだ。






「ああ、もうこんな時間です。

貴女をここに留めておく事も限界のようですね。

シシリアさん、どうか私の話した事を忘れないで。

貴女が貴女である事を信じて進んで下さい」


クリシロがそう言うと同時に、私の周りを輝く光の粒が飛び回り、どんどんとそれが増えて私を覆っていった。


やがて自分がその光に溶けるかのように、ここでの存在が薄くなっていく感覚を感じた。



「クリシロッ!色々ありがとうっ!またねっ!」


最後にそう声をかけると、クリシロは私に向かって深々と頭を下げて、愛情のこもった声で言った。


「どうかあの子をお願いします……」


その声を聞き終わるか終わらないうちに、私の意識は完全にそこから離れた。











パチッと目を覚まし、辺りを見渡して、そこが自室である事を確認すると、私はベッドからガバッと起き上がった。



「……何だ、夢か……」


お約束なのでそう呟いてみるが、いやいやいや、んな訳ない。


アレはクリシロのホームに再び招かれた、という事だろう。


現実と違って、夢の中にいたみたいに自由に出来なかった事を思うと、歯痒い思いがした。


……随分聞き分けが良かったなぁ、私。

夢ってそうなんだよなぁ。

本当ならこうしたいああしたいってのがうまく出来ない。


例えばゾンビに追われてて、全力疾走しているつもりなのに、全く前に進まない、とかそんな感じ。


起きてめっちゃイライラするやつ。

今がまさにその状態だった。




クソッ!

クリシロの奴、意味深な事ばかり言いおってからにっ!


めっちゃ気になるじゃねーかっ!

あの方とかあの子とか、誰だよっ!

あとキティが元々この世界の魂だとか、意味分からんっ!


クリシロの言う通りなら、前世が初人生だったって事になるが、随分スムーズに腐ってたけどアレか?魂が清いと素直に腐るのか?

腐れオタの中でもかなりのクズっぷりだったぞ?


あと、シャカシャカ。

何だよっ!私に何の用だよっ⁉︎

こっちは1ミリも用はないんだよっ!



バシンバシンと枕をベッドに叩きつけ、ギリギリと引っ張った。


ク〜リ〜シ〜ロ〜ッ!

全部知ってるくせに小出しにしおって〜。

しかも私の行動に夢の中みたいな制限までかけやがって〜〜。



リアルだったらもっとボッコンボッコンにして、物理的に全部吐かせてやったのにっ!



次会ったらもう容赦はしねぇ。

制限されようが、今回みたいにホワッと誤魔化されないからなっ!




首洗って待ってろよっ!!!



勢い余って枕を引きちぎってしまい、中から羽がブワッと溢れ出て、宙を舞った。



アレ?これ明日、私がメイド長に怒られるやつ……?



チクショーーーッ!クリシロッ!

もう絶対に許さんっ!








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