EP.102
今日は王太子宮の庭園で、エリオットと向かい合ってお茶をしている。
もちろん、エリオットに呼び出されたからだ。
「シャックルフォードの件、大丈夫かい?」
エリオットが心配そうに私を見る。
同じ転生者であるシャックルフォードはクラウスによって亡き者になった。
転生者でこの世界から消されたのは、これで2人目だ。
まるでこの世界に拒絶されるかのように。
最後までこの世界に馴染もうとしなかったニアニアとシャックルフォード。
だが2人とも、元の世界でも馴染めていたとは言えない。
自分の置かれた場所に不平不満を抱え、己の行動は顧みない。
自分以外の人間の痛みを知ろうともせず、不幸を嘆き、自分のみの幸せを渇望するだけで……。
アイツらの居場所は一体何処にあるのだろう?
次に生まれ変わった場所では、少しは他人を幸せに、そしてそこに自分の幸せを感じる事が出来るのだろうか?
せめて家族くらいは、次こそ大事に想ってほしい。
「クラウスのやった事は正当な事よ。
私が口出す事じゃないわ」
お茶を一口飲んでから、静かにそう答えると、エリオットはテーブルの上で私の手を優しく握った。
「リア、あまり抱え込まないでね。
たまたま不幸な巡り合わせが重なったけれど、それは君1人で抱える必要は無いんだ」
気遣うようなエリオットの温かい目に、私はふっと笑った。
「心配しないでも大丈夫よ。
シャックルフォードは自分のやった事が返ってきただけ。
そこに私が出来る事は無かった、それだけよ」
もちろん、いくら私でも人の人生まで背負うつもりなどない。
そもそもそんな事、出来ない。
私もキティも、前世の記憶を持ったままこの世界に生まれ変わって、自分達の事だけで精一杯だった。
同じ転生者というだけで、アイツらの面倒までみる義理は無い。
まぁ、キティの考えは違うだろうけど。
だからキティにはニアニアの事も、シャックルフォードの事も教えるつもりは無い。
知られる訳にはいかない。
「そんな事より、問題なのはニーナね。
シャックルフォードから聞き出した情報は皆に共有済みだから、アンタも報告書を読んだんでしょ?」
私がチラッとエリオットを見ると、エリオットは顎を掴み考え込んだ。
「そうだね、シャックルフォードの証言では、ニーナは北の魔術薬を彼に渡した事になる。
北は攫ってきた帝国人に非人道的な実験を繰り返してきた。
その魔力増強薬もその過程で生まれたものだと調べがついたよ。
だけど、それをどうやって手に入れたのか。
一介の男爵令嬢がどうやって北との繋がりを持ったのか……」
考えながら話すエリオットに、私も疑問を口にした。
「それにシャックルフォードは例の触れた相手に姿を変えられるスキルを、ニーナから譲り受けたと言っていたわ。
自分が死ねばスキルはニーナに戻るって。
そんな事が本当に可能なの?
そのスキルはクラウスが消滅させたから、もうニーナに戻る心配はないけど。
自分のスキルを譲り渡したりって、それって今回クラウスがシャックルフォードにやった事の逆って事よね?
ニーナは闇の力を持っているって事?」
魔力では不可侵だと思われていたスキルが、今回クラウスのお陰で闇の力なら干渉出来る事が判明した。
といっても依然謎の部分の方が多いが。
「それはどうかな、ニーナは出生時の魔力測定で魔力が無い事が証明されている。
ただでさえ闇属性は通常ではあり得ない魔力量だというのに、魔力0のニーナが闇属性を持っている事は考えづらい……普通なら。
何らかのスキルを持っていると考えた方が妥当だろうね、今のところ」
エリオットの言葉に私は頷いた。
「そうね、まぁそんなところでしょうね。
だとしたら、スキルは複数持ちと考えておいた方がいいかもね。
今回のシャックルフォードに譲ったっていうスキルと、スキルを他人に譲渡出来るスキル。
最低でも二つ……シャックルフォードの方はクラウスが消滅したからニーナに戻る事は無いとして、問題はスキル譲渡の方。
それが、自分のスキルを人に渡すだけのものか、人のスキルを自分や他の人間に譲渡出来るものなのか……」
言いながら冷や汗を流す私に、エリオットはふっと笑った。
「だとしたら、ニーナは僕の天敵という事になるね」
困ったように笑うエリオットに、私は真剣に頷く。
そう、規格外のスキル持ちのエリオットは、ニーナにとって格好の獲物になってしまう。
「アンタ、うっかりニーナに接触したりしないでよ。
クラウスの闇の力で人からスキルを奪ったり消滅させたり出来たくらいだから、似たようなスキルをニーナが持っていないとも限らないわ」
ギロリと睨むが、コイツに忠告など通用しない事は私が1番よく知っている。
じゃあ試してみようかなぁ、くらいの浅はかさで行動しかねないのがこのエリオットという男だ。
ジーッと見つめていると、エリオットはこめかみからツーと汗を流し、その私からゆっくり目を逸らした。
お前は好奇心の化け物かっ!
そういやお前、社交界デビューのパーティの時も、準魔族の力に興味津々だったもんなぁっ!
常に1番やばい場面で特攻していくの止めろよっ!
何度も言うが、この国の王太子だって自覚をいい加減に持てっ!
その額に〝僕が王太子です〟ってタトゥー入れてやろうか?
斬新すぎて逆に誰もツッコめない迷惑なやつな。
ギリギリギリィッと鬼の形相で睨み付けると、流石にエリオットも溜息を吐きながら降参のポーズをとった。
「……分かりました。ニーナ・・マイヤー男爵令嬢には必要以上に接触しません」
胸に手を当て誓うような仕草をするエリオットを、まだ警戒しつつもひとまずは信じてやる事にした。
……まぁ、コイツの事だから、直ぐにヒョコヒョコ近付いて行きそうだが。
ふ〜む、その時はさてどうするか、などと考えていると、エリオットが急に立ち上がり、私の隣に椅子をズラすとそこに座った。
肩が触れ合うくらいに近付いてきたエリオットに、胸の鼓動が速くなり、咄嗟の事で身動きも出来ずにいると、エリオットは私の手を取りギュッと握る。
「ねぇ、リア。リアの中で全てが落ち着いて、君が冒険の旅に出たとしても、いつか僕のところに帰ってきてくれるって約束してくれる?」
何だか珍しく心細そうな表情をするエリオットに、胸がズキッと小さく痛んだ。
な、何だよ、その顔……。
捨てられた犬みたいな目すんなよ。
私はそういうのにめっぽう弱いぞ?
知っててやってんなら今すぐ止めろ。
たじろぎながら、エリオットを見つめていると、その瞳は真剣そのもので、私はゴクッと唾を呑み込んだ。
「そ、そんなのいつになるか分かんないのに、アンタ一体どうしたいのよ?」
動揺を隠せない私に、エリオットはふわっと笑った。
「僕の最後を看取って欲しいかな。
夢なんだ、誰かに看取ってもらうの。
その誰かは、リアが良いって思ってる」
いや、いきなり色々すっ飛ばして終活の相談かよっ!
まだ20代のくせに何言ってんだ、コイツは。
意味が分からないといった顔をしている私に、エリオットはクスッと笑う。
「僕、待ては得意だけど、本当に置いていかれるのは辛いんだ。
だから、必ず僕のところに帰ってくるって約束して、ね?」
急に縋るような目をするエリオットに、やはり胸がズキリと痛む。
何だろう……。
何か、コイツを置いてどこにも行っちゃいけないような気がする……。
「アンタさぁ、そろそろ結婚したり世継ぎ作ったりしなきゃいけないんじゃないの?
私を待つって言っても、その前に自分の家庭が第一でしょ?」
胸の痛みを誤魔化すように、ハハッと笑うと、エリオットは何故かキョトンとして首を傾げた。
「リア以外と結婚なんかしないよ?
いつも言ってるでしょ?
子供だって、リア以外となんてあり得ないし。
僕の初めては全部、リアの為に大事に取っておくから、欲しくなったらいつでも言ってね?」
いや、要らん。
そんな物どれも欲しくは無い。
頬を染めて乙女のようにモジモジするエリオットに、一瞬でスンッと気持ちが落ち着く。
「アンタは王太子の務めを果たさずどうするつもりなのよ?
未来の王妃と王太子は必要でしょーが。
次世代に繋ぐつもりは無いわけ?」
また訳の分からない事を言い出したエリオットに、呆れてそう言うと、エリオットはニヤリと笑った。
「それを僕に与える事が出来るのはリア、君だけだよ。
僕は君以外の誰も受け入れる気は無いからね」
いや、分からん。
さっぱり分からん。
ここは不思議の谷か?
「いや、だからね?
私は結婚とか、子供とか無理よ?
アンタだからじゃなくて、誰とも。
分かる?分かるよね?
で、アンタはこの国の王太子。
ゆくゆくは王様になるんだからね?
奥さんと子供は必須でしょ?
私は無理、ね?
だから、他の誰かと結婚して子供を作るの。
ドゥーユーアンダスタン?」
子供でも分かるようにゆっくりハキハキ分かりやすさをモットーに!
エリオットの目をジッと見つめてそう伝えると、エリオットはやはりモジモジと恥じらいつつ、上目遣いで私を見た。
「でもぉ、僕は全てをリアに捧げるって決めてるからぁ、他の人とか無理ぃ。
僕の花を散らせるのはリアだけなのぉ」
頬を染めて乙女のような仕草をするエリオットに、あっ、この宇宙人に私は何を理解させようとしてたんだろう……と一瞬で後悔した。
「あのさぁ、アンタの意思とかじゃなくて、じゃあ実際問題どう解決するつもりよ?
せめて後継ぎ、王太子は必要でしょ〜が。
どっかから攫ってくるって訳にもいかないでしょ〜」
自分で言ってアハハナイナイと笑う私を、エリオットが感心したような目で見つめている……。
………おい、ちょっと待て。
まさか、こいつ………。
そこまで考えて、私はガターンッとテーブルを激しく揺らしながら立ち上がった。
「アンタまさかっ!私とどうこう出来なかったら、キティとクラウスの子を王太子にとか考えてないでしょうねっ!」
鬼の形相の私に向かって、エリオットが片目を瞑り、舌を横にペロッと出す。
やめんかーーーーっ!
あの2人が自分達の子供を、大人しく王太子になど差し出す訳がないだろうっ!
そもそもが、キティが王太后とかちょっと待て!
その子に王位を譲った瞬間、あの2人が後ろ盾になるんだぞ。
チワワにしか興味の無い魔王と、BでLがジャーキーよりも好物なチワワ(魔王の飼い主)にこの国が………。
間違いなくデッカい大規模なコミケランドになっちゃうっ!
王国じゃなくてコミケランドになっちゃうっ!
めちゃくちゃ偏るっ!
国としてあるまじき方向に偏っちゃうっ!
キティの趣味趣向は私が1番分かってるから、もうこの国の行く末が透けて見えるわっ!
国民総腐れオタ化待ったなしっ!
私はテーブルに置いた手をブルブル震わせて、目尻に涙を浮かべた。
「ちょ……ちょっと……待て。
わ、分かったから………ちょっとだけ……考えさせて、くれ」
砂を吐くようにそう言う私に、エリオットがに〜こりっと笑った。
「リアって何気に愛国心が強いよね?
僕はね、リアが冒険者になって旅に出ても、いつか必ず僕の元に帰ってきてくれるならいくらでも待てるよ?
でも確かに、僕の立場的に後継ぎは重要だよね?
もちろん、リア以外の女性とどうこうなんて僕の選択肢には無いから、そうなると血順的にもクラウスの子供が王太子になると思うんだ。
そしたら、キティちゃんによるキティちゃんの為のキティちゃんまみれな楽しい国に生まれ変われるかもしれないね。
僕はこの国が楽しく幸せならそれも大賛成だよっ!」
バチコーンッとウィンクするエリオットを、私は真っ青な顔で涙を浮かべて見つめた。
……私が他国の王なら、何この国、キモいしチョロいって直ぐに攻め込む……。
んで、地獄の大魔王に返り討ちに遭って、そんな国に負けたとか言えないから箝口令を敷くだろ?
そしたらまた何も知らない他の国が、何この国、キモいしチョロいって………負の無限ループだわっ!
無益っ!
この世で最高にしょうもない無益な争いが繰り広げられちゃうっ!
私はなっ!
こう見えても生まれ育った国を愛しちゃう体質なんだよっ!
前世の時だって、常に日の丸背負って生きていたんだっ!
この胸に大和魂刻んで生きてたんだよっ!
愛国心なくしてテメェの生き様は語れねえだろっ!
それが………。
生まれ育ったこの国が………。
超クソデカコミケ会場になる未来とか………。
私はガクガクと震えながら、力無くガクッと肩を落とした。
「……分かった……お前については……検討する………から、ちょっと、待ってろ……」
血を吐くような私の言葉に、エリオットはパァァァァァッ!と今世紀最大の良い笑顔で、私の手をとった。
「ありがとう!リアッ!
何で思い直してくれたのかは分からないけど、僕最高に幸せっ!」
嘘つけっ!
お前っ、分かってんだろ⁉︎
全部分かってて私を追い込みにきてんじゃねーかっ!
このサイコパス野郎っ!
グギギッとエリオットを睨み付けると、エリオットは私の指先に口づけをして、その瞳の奥を妖しく揺らめかせた。
「ふふっ、前向きな検討を期待してるよ?リア」
……もう、囲い込まれてロックオンされた感がハンパない………。
それもこれもっ!
あのヘッポコ神のせいだっ!
くそっ!クリシロ野郎ーーッ!
今度会ったら絶対に許さんっ!
ボッコボコのギッタンギッタンにして、シシリア様何でも言う事聞くので許して下さいって言うまで泣かしてやる。
そうだっ!
そんで生まれ変わりをやり直させればいいんだっ!
次こそ俺TUEEEな異世界にランナウェイッ!
念の為性別も変えてもらおう、そうしょう!
今度こそ『異世界で俺だけレベチな件〜えっ?今倒したのって魔王だったんですか?〜』の開幕やでーーーっ!
そしたらこのサイコパスストーカー宇宙人ともおさらばバイバイっ!
面倒くさい令嬢とか、王太子妃とか、王妃とかっ、終わり終わり、終了のお知らせ〜〜っ!
ぬぁ〜はっはっはっはっはっはっ!
腹の中で大爆笑する私の耳元で、エリオットが楽しそうにボソッと呟いた。
「僕、何かリアの為なら時空も世界感も越えられそうな気がする。
あと、性別も関係ないからね?」
……ぬぁ〜はっはっはっはっはっはっ………。
ク〜リ〜シ〜ロ〜野郎〜〜っ!
絶対にっ!ぶちのめすっ!
ご機嫌で私の肩を抱き、髪に口づけるエリオットの横腹に拳をめり込ませながら、私は空をふり仰ぎ、クリシロに向かって高らかに決意表明をぶちかました。
〜第一部 完〜
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
これで第一部完結とさせて頂きます。
第二部からはシシリアが悪役令嬢として活躍する〈キラおと2〉の始まりです。
が、その前にちょっぴりお休みを頂きます。
第二部スタートまでほんの少しお待ち下さい。
シシリアと愉快な仲間達の事忘れないでねっ(土下座)
ブクマやいいね、★などありがとうございました。
誤字報告も本当に助かっています。
また、いつも楽しく温かいご感想ありがとうございます。
皆様から頂いた全てが執筆の活力となり、ここまで頑張ってこれました!
本当にありがとうございました。
ではまた、必ずお会いしましょう。
早めに再開出来るように頑張ります!




