EP.101
王宮内の貴族牢に向かう私の後ろを、エリオットがピタリとくっ付いてくる……。
「何で私についてくるわけ?」
エリオットの方を振り向きもせずに聞くと、すぐ後ろから不思議そうな声が聞こえる。
「僕がリアについて行かない事なんかあったっけ?」
そ〜だなぁ。
あんま無いよなぁ。
私はそれが何でだ、と聞いているんだが?
チッと舌打ちすると、エリオットがガーンッとショックを受ける気配を感じたが、いちいちショックを受けるくらいなら私の迷惑も考えろ。
イライラしながら廊下を進むと、シャックルフォードが入れられている牢に着いた。
「ねぇ、私アイツと2人きりで話したいんだけど」
エリオットを目だけでチラッと振り返ると、残念そうに溜息を吐きながら首を振る。
「僕がリアと他の男を2人きりにするわけないでしょ?
リアったら、可笑しな事言うね」
可笑しな事を言ってるのは貴様だよ。
どう考えてもそういう事じゃないだろ。
何でもかんでもそっち方面に持って行くな。
私はハァ〜ッと深い溜息を吐き、どうすっかな〜と思案にくれた。
シャックルフォードとはどうしてもサシで話さなきゃいけないからなぁ。
私は仕方なく、エリオットをビシッと指差す。
「じゃあ今発動しているスキルを全部解除して、私の防音魔法結界外にいる事。
それなら同じ部屋にいてもいいわよ」
私の譲歩案にエリオットは胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
どうせ追い払うのは無理だろうし。
仕方ないかぁ。
腰に手を当て深い深い溜息を吐く私を、エリオットがニコニコして見ている。
なんかもう、この妖怪に取り憑かれた状態が通常になりつつあるのが心の底から嫌だ。
牢の出入り口を守る兵に向かって手を挙げると、恭しく礼を取り、扉を開いてくれた。
中に入ると、ソファーに座ったシャックルフォードがぶつぶつと何かを呟いている。
私はその向かいに座り、私達の周りにだけ防音の結界を張る。
エリオットは部屋の隅で壁に背を持たせかけ、腕組みをしてこちらの様子を見守っていた。
「ご機嫌よう、 テッド・シャックルフォード子爵令息」
声をかけても全く反応が無い。
すっかりアッチの世界の住人になっちまってるじゃねーかっ!
クラウスの奴っ!
やり過ぎなんだよっ!
ミゲルが治癒を施している筈だが、やっぱりまだ早かったか……。
チッと舌打ちする私の耳に、シャックルフォードの口から呟かれた言葉が飛び込んできた。
「くそっ、せっかく死神に生まれ変わったのに……」
……ほう?
やはりコイツ自分が死神だと知っていたのか。
私はニヤリと笑うと、シャックルフォードを見つめ、静かに口を開いた。
「貴方、もしかして〈キラおと〉の制作側の人間なの?」
私の言葉にシャックルフォードはバッと顔を上げて、目を見開いている。
「なっ、あっ、い、今、なんて……?」
随分見た目が酷くなってんな、コイツ。
私はそのボロボロの顔を見て、クラウスまじエグい、と内心震えた。
老いたり若返ったりを繰り返されたせいで、肌がミイラみたいにボロボロになって、目は血を流したように真っ赤に充血している。
いやっ、怖いっ!
クラウスさんっ!マジやりすぎっ!
キティにボコボコにされればいいっ!
内心ガクブルしながら、シャックルフォードに向かってニッコリと微笑む。
「ですから、貴方は〈キラおと〉の制作側の人間なのか、と問うたのですよ?」
同じ事を2回言わすなよ、とイライラした事など微塵も見せず、優しく微笑む私に、シャックルフォードはガバッと立ち上がり、私に向かって手を伸ばしてきた、が、もちろん奴との間には強化バリアを張ってある。
シャックルフォードの伸ばした手はバチンッとバリアに阻まれて、奴は短い悲鳴を上げて自分の手を押さえ蹲った。
「で?いい加減答えて下さらない?
貴方は〈キラおと〉の公式発表されていない内容まで知っているようですが、制作に携わった人間なの?」
これ、3回目なっ!
という苛つきはもちろん表に出さず、ゆっくりと丁寧に尋ねる私をシャックルフォードはギッと睨み付けてきた。
「誰があんな頭の悪いゲームの制作なんかっ!
僕は旧帝大卒だぞっ⁈あんな底辺な会社に勤める訳がないだろうっ!」
唾を飛ばして吠えるシャックルフォードだが、もちろん強化バリアのお陰でその唾さえ私には届かない。
カッカッカッカッ。
「では何故、公式には無い死神の存在を知っているんでしょうね?」
テメーの学歴なんかどうでもいいから、早よその辺教えろよ。
流石に眉をピクピクさせる私に、シャックルフォードは急に焦ったように目をキョロキョロさせ始めた。
「ぼ、僕は、僕の優秀さを理解出来ない低脳な会社を辞めてやったんだ……。
リ、リフレッシュする為に、親が勧めてきた仕事を仕方なくやっていただけで……。
そ、そうっ、僕くらいの人間になれば、一生底辺の生活なんて知る事もないからな。
気まぐれに底辺の生活ってやつを見てやろうと思っただけだっ!」
いや、グダグダと全く内容が無い上に、話が全く進まねー。
何なんだ、コイツは。
流石にイライラとしながら、私は組んだ腕をトントンと指で叩いた。
「では、その新しい会社が〈キラおと〉の制作と関わっていたのですか?」
私の続けての質問に、シャックルフォードはモゴモゴと言いにくそうに何事か呟いた。
はっ?聞こえねーよっ!
「何て仰ったのかしら?もう一度言って下さる?」
苛つきを抑えて丁寧に聞き返すと、シャックルフォードはカッと顔を真っ赤にして、私を睨んだ。
「清掃のバイトだよっ!担当のビルに〈キラおと〉を作ってる会社が入ってたんだっ!」
シャックルフォードに怒鳴られて、私は眉をピクリと上げた。
なるほど、コイツの事が段々分かってきたぞ。
私は足を組んで、シャックルフォードを冷たく見つめた。
「で?あんた、前の会社には大卒で何年勤めたの?」
急に口調を変えた私に、シャックルフォードはビクッと体を揺らした。
「に、2年……」
ボソッと呟くシャックルフォードの胸倉を掴んで、親の分まで殴り倒したくなる衝動を必死に堪える。
石の上にも三年って諺を知らんのかっ!アホタレッ!
「それで?次の仕事は?」
間を置かずそう聞くと、シャックルフォードは言いにくそうに口を尖らせた。
「だから……清掃のアルバイト……」
はあぁっ?
旧帝大出といて、有り得んだろうっ!
「インターバルはっ⁉︎」
思わず声を荒げる私に、シャックルフォードはビクゥッとその場で飛び跳ねた。
「15年ですっ!」
その返事を聞いて、私は頭を抱えた。
出たよ、クズが。
はいはい、所謂子供部屋おじさんってやつね。
しかも超高学歴ってクズ中のクズじゃねーか。
旧帝大出といて会社を2年で辞めて、15年引き篭もってた訳だ。
コイツの言ってる旧帝大ってのは、本人の能力と努力は当たり前に必須だが、親の努力と苦労も無ければ入るのは難しいだろう。
そこまでやってもらっておいて、社会人歴2年……。
ニート歴15年かよ……。
その時点で既に40手前じゃねーか。
しかも、生まれ変わっても親に迷惑をかけやがって。
キティの希望で婚約式を優先させたから、コイツが起こした事件は公表されなかったが、普通に第二王子の婚約者殺害未遂だからな。
当然、シャックルフォード子爵家は取り潰し。
親は爵位取上げの上、慰謝料と損害賠償の為財産は全て没収。
それでも秘密裏にキティが減刑の為の嘆願書を出したお陰で、それくらいで済んでいるのだ。
本当なら、親子ともども毒杯を賜っていただろう。
下手したら一族もろともだ……。
それだけの事をした自覚はコイツには全く無いらしい。
相変わらずこの世界をゲームの世界だとたかを括っているのだろう。
「で、何で死神の存在を知ってるわけ?」
もうイライラを隠しもせずにそう聞く私に、シャックルフォードはその顔を嫌そうに歪めた。
「その会社には喫煙ルームがあって、そこでよく製作側の人間が煙草休憩をしていたんだよ。
中でも薄汚いあの女2人……。
シナリオを担当しているみたいで、死神の設定が直前になってボツになったとギャーギャー騒いでたよ。
他にも、キティたそが本当は生きていて、記憶を失い戻ってきたキティたそが、2のヒロインになるという案とか……。
煙草臭い息でギャーギャー言う前に、自分の能力不足を反省するべきだね。
そんなだから頭のおかしい後輩に2のシナリオ担当を奪われて、あんな糞ゲーが誕生したんじゃないかっ。
あの女共がもっとしっかりしていれば、キティたそが2のヒロインになる夢だって叶えられたんだっ!」
シャックルフォードは興奮して、唾を飛ばしながら語尾を荒くして語っていた。
……マジかよ…?
キティたんがヒロイン……。
何故通らなかった、その企画っ!
上はアホかな?アホなのかな?
もし通っていれば、キティたんのキティたんによるキティたんまみれの神ゲーが爆誕していたのにっ!
これについては意見が完全に一致した私達は、何も言わずとも意思疎通して拳を握り、ギリギリと奥歯を鳴らした。
おのれっ!
その後輩は絶対に、仕事のセンスも無いのに小賢しくて上に可愛がられるタイプだなっ!
絶対そうだ。
対して喫煙ルームのお二人は職人肌の天才ですね?
そんで、対人スキルは低めなんでしょ?
でもあのキティたんをこの世に誕生させた天才様ですよね?
くそうっ!
才能だけではどうにもならない社会の仕組みが恨めしいっ!
奥歯がすり減りそうになる程ギリギリ言わせながら、いや、でもそれとコイツは関係ないな、と冷静になってシャックルフォードを見つめた。
「それで?自分がその死神に生まれ変わったと分かって、シナリオ通りに動いたのは何故?」
私の問いにシャックルフォードは激昂したように立ち上がった。
「違うっ!僕はキティたそを助ける為に動いていたんだっ!」
ああ?
ぶっ殺しに来といて何言ってんだコイツは。
私の白けた視線にシャックルフォードは慌てたように両手を振った。
「本当に僕は、キティたそに何かするつもりは無かった。
死神に生まれ変わった事に気付いた時は、凄く嬉しかったくらいなんだから。
僕が何もしなければ、キティたそは死なないって。
でも、王子ルートだけは違う。
僕はシナリオライターが話しているのを直接聞いたんだから間違いない。
王子ルートのキティたその死だけは、死神が関わっていない、あれは本当に自殺だったんだよ。
だから僕は、それだけは防ごうと……思って……あれ?何で僕、あんな事を……。
そうだ、キティたそに目を覚まして欲しくて、王子なんかと一緒にいたら、君は自殺しちゃうんだって、そう教えてあげなきゃって……」
みるみる瞳から色を失くしていくシャックルフォードに、私は首筋にゾクリと寒気を感じた。
……覚えがあんなぁ、これ。
「ねぇ、アンタに魔力増幅アイテムを渡したのは誰?」
私の問いに、まだぶつぶつ言っていたシャックルフォードは、反射的に答えた。
「ああ、それは、2のヒロインだよ」
何故こうも、嫌な予感は的中するのか……。
「ニーナ・マイヤー男爵令嬢ね。
何故彼女がアンタに?」
私の問いにシャックルフォードは焦点の合わない目でペラペラと喋り始めた。
「それが、変な子だったんだ。
僕の事を、同じ転生者のよしみで助けてあげると言って近付いてきた。
それから、北の大国で開発された魔力増幅薬をくれて、あと、面白いからあげるって、触れた相手に化けられるスキルもカンストの状態で譲渡してきた。
アンタが死んだら私の所に返ってくるから気にしないでって言ってた。
あと、アイツらがまだツルんでるのが、ほんの少しだけ気に食わないのよね、って……。
何の事かは分からないけど」
まるで予めそうプログラミングされていたかのように、シャックルフォードは喋り終わると力無くドサっとソファーに座り込んだ。
「つまり、アンタはキティを助けるつもりでいたのに、ゲームとは違うキティに腹を立てていた。
そこへ2のヒロインが来て、アンタに何事か囁き、薬とスキルをくれたのね?」
私が確認すると、目の色を徐々に取り戻してきたシャックルフォードは、だがまだ呆然としたままコクッと頷く。
「でも僕……なんでキティたそにあんな事……。
僕はキティたそにいつまでも今のままの、僕だけのキティたそでいて欲しかった。
その為にはキティたその時間を止めるしか無かったんだ。
そう、あの2のヒロインと話していると、何だかそれが正しい事に思えてきて……。
出来なきゃ僕の為にここまでしてくれたこの子をガッカリさせちゃうって思ったら、言いようの無い恐怖に襲われたんだ……」
ぶつぶつと呟くようにそう続けたシャックルフォードは、言いながらもそんな自分に合点がいかないような、不思議そうな顔をしていた。
……シャカシャカ、またアイツかよ。
ニアニアに使っていた訳の分からん洗脳みたいなやつか?
何にしても、気持ちわりー事に変わりはない。
それに、コイツの話だとシャカシャカはもう既に私とキティが転生者、王子とボサ子だと気付いているようだ。
チッと舌打ちをすると、シャックルフォードがビクッと体を揺らした。
どうやらだいぶ正気に戻ってきたようだ。
何故自分がキティに手を出そうとしたのか分からない様子で、しきりに首を捻っている。
「お〜い、リア、時間切れだよー」
その時、結界の外からエリオットに声をかけられ、私はパチンと指を鳴らして結界を解除した。
エリオットが何食わぬ顔で私の隣に座った瞬間、ガチャリと扉が開く。
「兄上、ここで何を?」
クラウスが入って来て、訝しげにこちらを見つめていた。
「もちろん、彼から魔力増幅やスキルの事を聞く為だよ」
ニッコリ笑うエリオットに、クラウスの後から入ってきたレオネルが冷静に聞いてくる。
「で、聞き出せましたか?」
レオネルの問いに、エリオットでは無く私がすかさず答えた。
「もちろん、バッチリよ」
サムズアップする私に、レオネルは思いっきり眉間に皺を寄せた。
何でだよっ!
「なら手間が省けたな、もういいか?」
無表情にそう言うクラウスに、レオネルが真面目な顔で頷く。
「シシリア、お前はもう行きなさい」
レオネルにそう言われてソファーから立ち上がる私に、もちろんエリオットが引っ付いてくる。
そのエリオットの肩を掴んで、レオネルが真剣な声を出した。
「あまりこういった事にうちの妹を巻き込まないで頂きたい」
そのレオネルにエリオットは申し訳無さそうに微かに笑った。
「ごめんね、今後は気をつけるよ」
それは違うぞ、わざわざ巻き込まれに来たのはエリオットの方だからな、と言おうとしたが、何故私がシャックルフォードに用があったのか聞かれても答えようがない事に気づき、私は口をつぐんだ。
エリオットは全て分かってるから、とでも言いたげな顔で私に向かって密かに片目を閉じた。
何か借りを作ったみたいで嫌な感じだ。
「それじゃあ、僕達はもう行くね」
エリオットが私の肩を抱いて、扉へと向かう。
私達と入れ変わるように、ミゲルとジャンも部屋に入ってきた。
肩越しにレオネルがミゲルに大丈夫なのか?と聞いている声が聞こえた。
「祈りを捧げ、この者の魂を浄化するのが私の役目ですから」
ミゲルの穏やかな、落ち着いた声を聞きながら、私とエリオットは部屋を後にした。
廊下を元来た方向に戻っていると、ミゲルの祈りの声が聞こえてくる。
続けてシャックルフォードの断末魔のような悲鳴………。
直ぐにエリオットが私の耳を手で塞いだから、それは一瞬だけ私の耳に届いただけだった。
陛下はシャックルフォードの処分をクラウスに任せた。
クラウスがそう頼んだからだ。
キティを殺そうとした奴を、クラウスが1秒でも長く生かしておく筈も無かった。
ミゲルの祈りが届いて、浄化された奴の魂が、今度こそ親孝行出来るように……。
密かにそんな事を考えながら、エリオットに肩を抱かれてその場を後にした……。