EP.98
「さっさと拘束するぞっ!」
レオネルが声を上げ、ミゲルが光の輪でぎゅうぎゅうにシャックルフォードを締め上げた。
シャックルフォードはもはや抵抗も出来ず、空をただ見つめる廃人のようになっている。
「おい、またスキルを使われたら厄介だぞ。
その度にクラウスに捕まえさせんのか?」
困ったようなジャンの声に、キティをギュゥッ〜と抱き締めていたクラウスが顔を上げ、何事も無いかのように答える。
「そいつの特殊スキルなら、俺が吸い込んだ。
ついでに魔力増幅と身体強化も解除しといたから、もうそいつは何も出来ない。
ちなみに、そいつの特殊スキルは、一つじゃない、二つだ」
クラウスの言葉に、皆が固まり、驚愕の顔を向けた。
ん?
今コイツ、なんて言った?
はっ?
「待て、まずは、確認だ……。
特殊スキルを吸い込んだ……とは?」
「面白そうなスキルだったから、そのうちキティと遊ぼうと思って、頂いた」
レオネルの問いに、クラウスはケロッとして答える。
んっ?
待て待て……。
情報が多いな……。
まず、レオネルが聞きたいのはそこじゃない……。
キティと遊ぶどうこうはまぁ、いいとして。
そんなの勝手にやってくれ。
あの物騒なスキルでどうキティと遊ぶのかとか、考えるのも面倒くさい。
キティはキティで、嫌な予感がするのかブルルッと体を震わせている。
「待て、そういう事では無く。
お前、人のスキルを自分の物に出来るのか?」
あっ、レオネルがきちっと確認を入れてる。
流石、クラウス管理大臣。
「さぁ?やってみたら出来た。
今までも無意識にやってたかもな」
悪びれ無くそう言うクラウスに、レオネルが真っ青になって、こめかみを押さえた。
「何でも有りかよ〜っ」
ジャンが、ヘナヘナとその場に蹲る。
「とっくに人の枠から外れていた、という事ですね……」
ミゲルが両手を胸の前で組んで、涙を流す。
「わ、分かった……。
その件は、また後日確認するとして……。
シャックルフォードのスキルが二つあったというのは、本当か?」
レオネルが眉間に皺を寄せて聞くと、またしてもクラウスは、何でも無い事のように軽く答えた。
「もう一つは、触れた他人の姿を模写するスキルだったな。
必要無いから、消滅させといたが、レベルは何故かカンスト超えしていたぞ」
皆んな、真っ青な顔で固まった。
コピー能力っ!しかもカンスト越えっ!
マジかよっ!
それめちゃヤバいやつじゃねーかっ!
そんなもん、触れれさえすれば、下手すれば、王族にだって……。
そこまで考えてキティを見ると、やはりキティもそこに気付いたのか、ガクガクと震えながらノワールを見た。
「お兄様……この部屋に辿り着くまでに、近衛騎士様や、教会の警備兵がいた筈ですが……彼らは?」
ノワールは、得心のいった顔で頷いた。
「皆んな、眠らされていた。
意識を取り戻しかけていた者に、この部屋に誰か近づかなかったか、と聞いたら、クラウス様以外は誰も……と言っていたが。
そういう事か……」
キティは怒りでブルブルと震えていた。
それもそうだ。
シャックルフォードは既に、クラウスに化けていたのだから。
そうして易々とこの部屋に侵入した。
クラウスを騙って皆を騙し、キティを殺しにきたって訳だ……。
そりゃキティには許せないだろう。
キティを抱くクラウスの手にも力が篭る。
きっと、キティと同じように怒りを感じているんのだろう。
その証拠に瞳が大きく開いて、更に瞳孔も開いている………。
お、同じじゃないな。
ちょっと黒い霧も出かかってるもんなっ!
ちょっ!
飼育員さんっ!
早く早くっ!
それに気付いたキティは慌ててクラウスにギュッと抱きつき、クラウスを睨みながら見上げた。
「メッです、クラウス様っ!」
途端にシュンと項垂れるクラウス。
「……はぁい」
飼育員さ〜んっ!
流石ですっ!
見てて気持ち良いくらいの腕前っ!
キティの方はしょげているクラウスに何やらハフハフしているが。
だからどうしてそれを可愛い、に分類出来るのか……。
シュンとしているクラウスに理性が焼き切れたのか、その胸にスリスリと頬擦りをしているキティをチベスナ顔で眺める。
「……クラウスの闇魔法を……メッ、の一言で鎮めた、だと?」
ジャンが信じられないものを見た、という目でキティを見つめる。
「流石ですっ、キティ様っ!」
もう崇める勢いで、ミゲルが祈るようにキティを見ていた。
「やはり、生かしておいて良かった。
この男には色々と聞く事がありそうだ」
レオネルが冷や汗を流しながら、シャックルフォードを見た。
「ミゲル、こいつをどこまで回復出来る?」
レオネルの問いに、ミゲルは難しそうな顔をして答えた。
「……時間を頂ければ、会話くらいは出来るまでに回復出来るでしょう」
その答えに、レオネルは満足そうに頷く。
「分かった。では、お前に任せる」
レオネルとミゲルは顔を見合わせて、頷き合っている。
あ〜良かった。
ミゲルが原作通りのヘッポコじゃなくて。
やっぱ全員レベ上げしといて良かったな。
などと考えていると、ジャンがクラウスの肩をガシッと掴み、情け無い声を出す。
「お前さぁ〜、なんでやり過ぎちゃうの?
ねぇ、何で?
特殊スキル二個持ちを制圧しちゃうのは、流石としか言いようがないけどさ〜。
やり過ぎないで?
お願いだから、やり過ぎないで下さい」
ジャンの懇願に、クラウスはツーンっとそっぽを向いて答えた。
「キティが危ない目に遭ったんだ。
アレでも生ぬるい。
簡単に殺すんじゃ気が収まらなかったから生かして苦しめてやったが。
そのお陰で生捕り出来たじゃ無いか」
そのクラウスの肩をガクガク揺らしながら、ジャンは半泣きで訴えた。
「廃人じゃんっ!会話も出来ない廃人状態じゃんっ!
取り調べたい事が山程あんのにっ、時間が掛かっちゃうでしょ〜?」
「知るか」
クラウスはツンツーンっと更にそっぽを向き、頬を膨らませている。
その様子を見ていてキティが、クラウスの膨らませた頬をツンツン突くと、クラウスは小首を傾げながらキティを見た。
「クラウス様、ちょっと悪かったなって思っていますよね?
こういう時は、素直に謝りましょう、ね?」
キティにそう言われると、クラウスはテレテレと頬を染め、こちらに向かって軽く頭を下げた。
「す、すまなかった」
視線を逸らしながら頭を上げるクラウス……。
キティはよく出来ましたとばかりに背伸びしてクラウスの頭をナデナデしている。
ふと、キティが私達の異様な気配にこちらを振り向くと、そこには石化した皆の姿が………。
キティがすぐに周りを警戒しつつキョロキョロし始める。
違う違う。
石化魔法攻撃など受けてない。
私らを石化させたのはお前だよっ!
いち早くその石化から回復した私が、ふらふらしながら呟いた。
「最強だわっ……キティ…あんたが世界最強よ…」
他の皆も次々に石化が解けたが、顔色が悪く、ふらふらになっている。
「あの、クラウスに謝らせたぞ……。
もう、何でも有りかよ、キティ嬢……」
ジャン。
「悪い夢を見ているようだ……」
レオネル。
「天変地異の前触れに違いありません…ああ、神よ……」
ミゲル。
「皆、すまない。
キティの純粋さは時に凶器になり得るんだ……」
ノワール。
その私達の反応に納得のいかない様子で、ぷぅっと膨れるキティ。
いやいやいやっ!
ごめんね、いーいーよーとかってなると思ってた?
ならね〜よっ!
私らそんな感じじゃないからっ!
その能天気で平和な頭はどこからきているんだ、とキティを畏怖の目で見つめてしまった。
その私を見つめ返してきたキティは、私の顔を見てハッとした表情をする。
その顔に、そういやコイツあの状態のシャックルフォードに蹴り入れてたな、って浮かび上がってきた。
ん?
何だ?
シャックルフォードが魔力増幅と身体強化していた事か?
身体強化している人間を蹴り一つでぶっ飛ばしたくらい、何だよ。
「あ、な…なっ」
ワナワナと震える指で私を指差すキティに、私はぷくーっと膨れて、拗ねたように口を開いた。
「私だって身体強化くらい、使えるわよー」
使えんのっ⁈
って顔して驚いているキティ。
使えるわっ!
なんだよなんだよ、超一級戦闘民族って私の事言い出したのキティだろ〜。
それくらいの事で、なんでそんなに驚く?
乾いた笑いを上げるキティに、私は首を捻った。
「おやおやぁ〜、無事に片付いたみたいだね?」
間延びした声に振り返ると、エリオットがニコニコ笑って立っていた。
「気配を消して近付くの止めなさいよ」
私が呆れたように肩を上げると、エリオットは、穴だらけになっている部屋を見渡し、ふむっと顎に手をやる。
「それにしても〜…また派手にやったね」
ニッコリ笑って私に振り向くエリオット。
私は、ピャッと数センチ飛び上がり、脱兎の如くキティの背に隠れた。
くそっ、屈んでも隠れられないっ!
縦幅は諦めてるから、横幅何とかしてくれよっ、キティッ!
エリオットは溜息を吐き、部屋の中央で片手を上げる。
「タイムリバース」
エリオットがそう呟くと、ボロボロだった部屋が、見る見る綺麗に元通りになった。
「あいつの特殊スキルの一つよ」
私がキティの耳元で囁くと、キティは驚いた顔で目を見開いている。
アイツとも本格的に親戚付き合い始まるからな〜。
これくらいはキティだって知っといていいだろう。
しかしアレ便利だな〜。
よーしっ!
助けてよ〜、エリオットモ〜ン。
「ちょっと、それ、私のドレスにもお願い」
私は相変わらずキティの背の後ろに隠れた(つもり)まま、破れたドレスから足を覗かせた。
途端にエリオットの笑顔が引きつり、ズカズカとこちらに大股で歩いて来ると、キティの背の後ろからヒョイっと私を引き摺り出し、腕に抱えた。
「……なるほど……このお転婆にはお仕置きが足りなかったらしい……」
ボソッとそう呟いて、ニッゴリ微笑むエリオット……。
ち、違うんだっ!
これはっ、これはキティを助けるのに必要だったんだよ〜〜〜っ!
絶叫を上げながらドナドナされていく私を、チベットスナギツネ顔で手を振り見送るキティ……。
テメーこの野郎っ!
命を助けて貰っといてっ!
ちくしょ〜覚えてろよっ!
絶対に何か、何か微妙に困る嫌がらせしてやるからな〜〜〜っ!
私を抱えスタスタ歩いていたエリオットは、途中の柱の影にスッと私を連れ込み、そこに下ろした。
エリオットが不機嫌そうに、タイムリバースで私のドレスを元に戻してくれる。
「まったく、リアはもう少し自分の魅力について自覚した方がいいね」
ぶつぶつ言うエリオットを私はケッとガラ悪く笑った。
「戦闘中にヒラヒラしたもん邪魔でしかないじゃない。
破らなきゃ自由に動けないんだから、仕方ないでしょ」
ツンツンして言い返すと、エリオットは深い溜息を吐いた。
「そもそも公爵令嬢は戦闘なんかしないんだけどね」
呆れたようにそう言うエリオットに、私はますますツンツーンっとそっぽを向く。
何でぃ何でぃっ!
公爵令嬢が戦闘しちゃいけない法律なんかないじゃないかっ!
ケッ!
むくれる私の頭を撫でながら、エリオットが穏やかな声を出した。
「まぁ、リアの頑張りのお陰でクラウス達が間に合ったからね。
良く頑張ったね、リア」
急に優しい顔でそう言うエリオットに、ちょっと拍子抜けした私は、どうしたらいいか分からず、エリオットから顔を逸らした。
その私の顎をエリオットが掴み、クイッと自分の方に向ける。
「本当に、良かったね、リア。
キティちゃんが無事で」
まるで全てを知っているかのようなエリオットの温かな微笑みに、急に喉に何かが込み上げてきた。
ヤバいっ。
気を抜いたら泣きそうだ。
ギュッと唇を噛んで涙腺を抑えていると、エリオットがその私の唇を優しく親指でなぞった。
いきなりそんな事をされて、驚いて口を開けると、エリオットはよしよしとまた頭を撫でる。
「涙はキティちゃんの婚約式まで取っておこうね」
その柔らかい眼差しに、何だよそれ……別に泣かないし、と言い返そうとして、ふと思った。
……キティ、婚約式どうするんだろう?
せっかくここまで用意してきたけど、さっき殺されかけたばかりだし……クラウスの闇の力の事もあるし……流石に…。
私がそう思っていた時。
「あっ!婚約式っ!」
キティの素っ頓狂な声が聞こえる。
その声に、私は隠れていた柱からチラッと顔を覗かせた。
そうそう、今それを私も考えていたところなんだよ。
キティ、どうするかな〜。
クラウスは闇の力を暴走しかけたばかりだし、シャックルフォードの事もあるし……。
私が思案していると、やはりクラウスもオドオドした様子で申し訳なさそうにキティを見ている。
「……いいの?このまま婚約式を挙げて……。
こんな事のあった後だし、なんなら日にちを改めても……」
自分でそう言いながら、悔しそうな顔をするクラウス。
まぁ、そうだよな。
クラウスはこの日の為に幼い頃から色々やってきた訳だし。
そんなクラウスにキティはブンブンと頭を振った。
「良いんですっ!この日の為に集まって下さった皆様の気持ちを無得には出来ませんわっ!
それに私は、クラウス様最推し同担拒否沼の住人ですっ!
関連グッズ全コンプっ!
薄い本は端から網羅っ!
更に今や2度推し無双状態っ!
死んでも貴方を推せる私に、今や怖いものなどありませんっ!」
フンガーっと鼻息荒く捲し立てるキティに、クラウスは眉を下げて困惑顔になる。
いや、何気にクズ発言混じってたけど、大丈夫かっ⁉︎
そんな自分の廃沼っぷりを堂々とアピールされても……。
こっちの世界じゃまったく伝わらない上に、謎の恐怖を植え付けるだけだわっ!
「オシ……?ドウタキョヒ?
ごめん……よく分から無いけど……。
でも、本当に良いの?
あの……俺の力を見たでしょ?
そんな俺と婚約式を挙げてしまって、キティは後悔しない?
アレは王家で秘匿にされている類のものだから、それを理由に婚約を白紙に戻す申請は出来ないよ?」
オドオドとそう言うクラウスの、その瞳の奥が恐怖に揺れていた。
キティの謎の狂気っぷりに怯えている訳じゃないと信じたい。
まぁ、クラウスからすれば、キティに拒否される事以上の恐怖などないだろうが。
キティはニッコリ笑って、クラウスの頬を両手でパチンッと挟んだ。
「それこそ、だからどうだって言うんですか?
私、クラウス様が好きですっ!
クラウス様の不思議な力ごと、愛していますっ!
だからクラウス様は安心して、私に丸ごと愛されて下さいっ!」
両頬を挟まれて、目をパチクリさせていたクラウスは、キティの言葉にフニャッと泣きそうな顔で笑った。
闇の力をだからどうだって言うんですか?ってオイっ!
おまっ!
もう最強を超えてむしろ尊いっ!
やっぱり死んでも推しを推し続けた人間は気合いが違うぜっ!
キティ姐さんっ!
「……キティ、本当に君には敵わないな……。
俺も、愛してるよ。
この俺の全てを懸けて、君を愛すると誓う。
どうか、俺と婚約宣誓書を交わして欲しい……」
クラウスのあんな幸せそうな顔は初めてだな。
基本キティがいればご機嫌な奴ではあるが、やはり自分の力のせいで、いつそのキティを失う事になるか分からない恐怖を抱えていたように思うし。
あんな、心から安心しきったような顔は見た事が無い。
キティはクラウスのその言葉に深く頷き、自分も目尻に涙を滲ませている。
「はい」
短くそう答えると、キティは涙をポロッと流した。
そのキティにクラウスが顔をゆっくりと近づける……。
キティもつま先立ちで、クラウスに顔を寄せた……。
「ん゛ん゛っ!」
ノワールの咳払いに、キティはパッとクラウスから離れ……られないっ!
凄い力で捕まってるっ!
ってノワール、止めんなよっ!
今ちょ〜良いとこだったじゃんっ!
ちゅーくらいさせてやれ?
見たかったのにっ!
キティは我に帰ったように皆を見渡して、ハッとしたような顔をする。
皆の前で、好きとか愛してる、とか言っちゃって2人の世界でちゅーまでしようとしていた事に今更気づいたらしい。
ボンッと頭から湯気を立て、真っ赤になったキティに、クラウスが不満気に首を傾げた。
「キティ……キスは?」
そのクラウスにキティは魚みたいに口をパクパクさせている。
「なっ、あ…ななっ!にゃにっ!」
もはや涙を流しながら意味も無く辺りを見渡すキティと、柱の影に隠れて全てを見ていた私の目が合った。
私とエリオットが隠れてニマニマ笑いながら覗いていた事がバレてしまった。
バチっと目が合ったので、私はとても良い顔でサムズアップしておくっ!
キティが真っ赤な顔でこちらをプルプル睨んでいた。