うす緑の風が吹く
これは私が、知り合いの風から聞いた話です。
少しずつ昼が長くなり、暖かさと肌寒さが、さざ波のように繰り返された後。
気付くといつの間にか、町からすっかり冬の気配が消えています。
そんな頃、町にうす緑の風が吹きます。
新しい木の芽・草の芽が、芽吹いてにょきにょきのびるからです。
のびる力は風に溶け、あちこち運ばれてゆくのです。
どんどんどんどん、のびろよのびろ!
どんどんどんどん、すすめやすすめ!
どんどんどんどん、ゆけやゆけ!
うす緑の風にまず心をムズムズさせるのは、おさない子供たちです。
どんどんどんどん、のびろよのびろ!
どんどんどんどん、すすめやすすめ!
どんどんどんどん、ゆけやゆけ!
「おかーさーん!」
窓ごしに青い空を見上げていた、子供が叫びます。
「おそと!おそとであそぶー!」
うす緑の風に心を動かされるのは、子供だけではありません。
どんどんどんどん、のびろよのびろ!
どんどんどんどん、すすめやすすめ!
どんどんどんどん、ゆけやゆけ!
公園のベンチで休んでいた疲れた大人が、木もれ日を見上げてため息をつきました。
と、うす緑の風が吹き、優しく鼻をくすぐったのです。
「……もうちょっとだけ、がんばってみるか」
つぶやいて立ち上がったその人の目は、少しだけ、やわらかくなっていました。
どんどんどんどん、のびろよのびろ!
どんどんどんどん、すすめやすすめ!
どんどんどんどん、ゆけやゆけ!
「そうだ、こうして縮こまっていたって仕方がない」
気負った目でそう言うのは、冬中、恋する心を秘めていた人です。
北風の中で甘やかな悩みに押さえつけられていた顔を上げ、うす緑の風を吸ったとたん、恋する人はそんな気になりました。
「今日こそ言おう、あの人に!」
決意を後押しするように、うす緑の風がどうっと吹きました。
どんどんどんどん、のびろよのびろ!
どんどんどんどん、すすめやすすめ!
どんどんどんどん、ゆけやゆけ!
病院の窓から外を見ていた、老いた人にもうす緑の風は届きます。
「そうだねえ、そろそろ……」
つぶやき、ゆっくりとその人はまぶたを閉じました。
風は開けた窓からそろりと入ると、優しく、その人の閉ざしたまぶたを撫ぜました。