ポーチに明かりが灯っている家には
引っ越しをした。住宅街の隅に佇む1DK。4つの部屋が一つの建物内に入っており、私の部屋は面する道路から見て一番右にある。
外装はオレンジのレンガ柄で、内装も白を基調とした清潔感のあるもの。カウンターや少し広めのベランダがあり一人暮らしの手には余るほどの広さがある。
その部屋で私は少し奇妙な体験をした。
「あぁ、おはようございます」
越してきてすぐの頃、私は隣人とゴミ出しのタイミングがかぶり、予期せぬタイミングで顔を合わせることになった。
中肉中背の男性で、スーツではなく作業着を来ていた。日産の高級車に乗り込み、そのまま仕事だろうか、へ向かっていった。
型落ちだったが車好きということがわかる。おそらく車かそれに近い現場仕事をしているのだろう。
ある日、彼の車が停まっておらず外出中かなと思っていたが、玄関にあるポーチライトがついていた。基本的に家にいるのだが、物音は聞こえなかったため同棲している可能性も低い。最初は消し忘れかな、と思っていた。
それが数日間続いた。さほど電気代はかからないだろうし、帰宅時に荷物が多い場合ならば付けておいた方が楽なのだろうか。しかし、とある日、私が寝付けず夜食でも買いに行こうかと夜の11時ごろに玄関を出るとポーチが消えていた。確かに家に入った後は特に来客でもない限り、付けておく道理はない。だが私が驚いたのは彼の車が駐車場になかったことだった。
在宅時には消し、外出時には付けておく。
私はその違和感に興味をそそられ、彼の玄関先を観察することにした。幸い、私の部屋の道路側に面する部屋の窓から、それは容易にできた。
彼の朝は早かった。昼夜逆転している私が寝ようかなとなる朝6時ごろ、彼は家を出発する。逆に帰る時間はまちまちだ。昼の2時に玄関が閉まる音が聞こえたかと思ったら、夜中の1時の場合もある。お疲れ様です。
肝心なのは、ポーチライトの消えるタイミングだ。これは決まって彼が帰宅した数分後に消えるということがわかった。部屋の構造的にポーチライトは玄関と玄関から続く廊下の先にある2箇所のボタンで操作できる。帰宅してすぐは気づかないが、廊下をわたってのちに気づくのだろう。防犯用に付けているのだろうか?それだったら家の中のライトを付けておく方が合理的である。
次に私はポーチが付くタイミングを観察した。
これが少々私にとって難儀だった。私の生活習慣が乱れていることもあるが、そのポーチがいつも気がつくとついているのだ。彼が家を出る際も何度か観察をしたが、彼がポーチを付けて出ていく様子もない。収穫がなかったな、と残念がりながら眠りにつき、起きるとそれは付いている。
これに私の好奇心は三大欲求のうちの睡眠欲を吹き飛ばすほど高揚した。そう、24時間起きていてやろうと躍起になったのだ。
そして決行の日、私はエナジードリンクとスナック、おにぎりなどをコンビニで調達し観察を開始した。
午前0時、彼の足音が十分に防音加工を施された壁の向こうから伝わってくる。そしてポーチも消えている。傾向通りだ。
午前1時、彼はまだ起きているようだ。トイレの流れる音が聞こえる。ポーチの明かりも見えず、住宅街ということもあって静寂が辺りを包んでいる。
午前2時から午前5時にかけては何も変化がなかった。強いて言えば私の家で買っているハムスターが珍しくキーキーと鳴いていたことくらいだった。
午前6時、彼の部屋の扉が開き、まだ少し暗がりの中、作業着姿の彼が姿を見せた。ゴミ袋を持っていた。燃えるゴミを危うく出し忘れるところだった。ありがとう、隣人さん。
ゴミ置き場は家から徒歩3分と住宅街にしては程近いところにあり助かっている。エナジードリンクの味に飽きた私はゴミ置き場のすぐそばにある自販機でお茶を買い、家に戻ってきた。彼の車はなかった。
ポーチがついている。
おかしい。彼がゴミ袋を持って家を出発し、車で出ていくところをこの目で見たはずだ。
考えられる可能性は2つ。実は同居人がいる、もしくは車をどこかに預けて彼だけ帰宅しているか。
彼の部屋に誰かいるかを確認することができればこの疑問は両方とも晴れる。私はキッチンからコップを持ち出し、飲み口を壁に、そこを自分の耳に当てた。
何も聞こえない。
次に少々常識はずれではあるが、視覚的な確認を試みた。この物件は川のそばを走る道路と住宅街の中を走る道路に挟まれており、川のそばの道路はもちろん増水に備えた盛り上がった上を走っている。その道路から家を除けばリビングを見ることができる。
私は上着を引っ掛け、急ぎ足でその道路から彼の部屋のリビングを除いた。彼はいなかった。
自身の部屋に戻る途中にガスメーターも確認したが回っていなかった。
まずは落ち着いて観察だ。同居人がいて今はリビング以外で眠っているのかもしれないし、彼が何の目的か遠隔操作でポーチのオンオフをできるようにしているかもしれない。しかしその日、彼の部屋の扉は彼以外を通さず、物音ひとつ聞こえなかった。
午後11時、彼が帰宅した。数分後ポーチが消えた。この24時間観察も終盤だ。エナジードリンクをグッと煽り、カフェインで集中力を保持する。
午前0時、見慣れない軽自動車が道路向かいの一軒家の前に停車した。ハザードを焚くわけでもなく、ただ停車した。すぐに部屋の電気を消しあちら側から私の顔が見えないようにし、車を観察した。少しすると運転手が室内灯を付けた。スマホで何かを入力している。ジッとそれを観察しているその時だった、
運転手が肩越しにぎろりと私の方を睨んだ気がした。睨んだかどうかは正確ではないが、確実に私の部屋の窓を見ていた。
そして、その軽自動車は走り去っていった。
「ふぅ、焦ったぁ」
そう息をつき、私が椅子に座り直すと窓のガラスに反射した、私の背後に位置するドアが少し空いている。
「きちんと締めなかったっけ?」
などと独り言を呟き、ドアをきちんと締めた後、眠りについた。またうちのハムスターがキーキー鳴いている。
数ヶ月後、国内最大級のネット掲示板2ch(現5ch)でこのような話を見つけた。
「何かがおかしい・・・一人暮らしなのにトイレットペーパーの減り方が異様に早いんだが」
この話を見つけた時、私の身体は総毛立ち、引っ越しの準備を始めた。
よく考えれば誰もいない時だけついているポーチも、普段鳴かないうちのハムスターが鳴いたのも、あの軽自動車も全て納得がいく。
「Phrogging」という単語を知っているだろうか。日本語では「ヒル」ともいうらしい。
これは、他人の家に家主がいないうちに忍び込み、その家のものを使って生活する人々、もしくはその行為を指す。
家主の生活習慣を観察し、仲間内で情報を共有し、組織的にこれをおこなっている人々もいると聞く。逆に彼らの中で家の取り合いにならぬよう目印をつける場合もあるという。
ポーチのオンオフはその目印だったのかもしれない。そして住宅街ということもあり、周りの住民に気づかれた場合、家主本人に話がいくかもしれないというリスクもある。そのためのあの真夜中の軽自動車だったのかもしれない。言うなれば観察者だ。しかし、私は室内の電気を消していた。顔おろか室内は見えない状況だったはずだ。それならなぜ、私が24時間観察を決行したあの日はピッタリ私がいない時間にポーチをつけることができたのだろうか。
引っ越した後の家選びでは、私は屋内を隅々までチェックした。床下や収納の天井裏、人が入れるスペースがあるところ全てをチェックし、埃が違和感を持って偏っていないか、そこにあるはずのないゴミ等の物が無いか。
しかし安心はできない。彼らはとても近くで私たちを観察しているし、私たちは私たちが思っているよりも習慣的に生きている。彼らにとってはそんな決まった動きしかしない私たちはまな板の上の鯉なのだ。
今一度、家の隅々まで点検がてら目を通してみてはどうだろうか。