【とんでるガール・鯖井晴ちゃん外伝】猫はバーにいる
私の連載作『とんでもガール・鯖井晴ちゃんの無人島失恋生活 with 愛猫』の外伝的な作品です。少し、いやかなり作風が異なりますが、どうぞ暖かく見守って頂ければ幸いです。
カンパーーーーーーーイ!!
キンッ!!
ここは東京はシンバッシー、かのデー○大久保氏も店を構えるサラリーマンが日々のストレスを発散すべく集う街。日々の仕事に疲れて酒に酔いしれる人々でごった返す街並みはいつだって活気と喧騒に溢れている。
そんな街にひっそりと隠れ家のように馴染む店があった。
『バー・ミケランジェロ』、ここの名物オーナーを目当てに訪れる客で溢れかえりつつ今日も店はシックな雰囲気に包まれていた。
「マスター、いつもの頂戴」
「にゃにゃー」
訳ありなのだろう、一人の女性が黄昏ながら注文を口にした。「ふう」と疲れたようなため息を吐きながら女性は愚痴をこぼす。
「ねえ、マスターって独身だっけ?」
「にゃー」
マスターのミケランジェロは小さく首を振りながら肉球でカクテルのシェイカーを振る。
「そっか……、一日で二度もフラれるなんて私って不幸な女ね」
「にゃー」
「ふふ、ありがとう。マスターの作るマタタビ・マタドールってマスターの心みたいに透き通ってる」
マタドール、テキーラをベースにパイナップルとライムの果汁を合わせた情熱の一杯。これにマタタビを加えるのがミケランジェロ流。
女はカクテルに口を付けながらサービスのキャットフードをかじった。ムニョムニョと失恋の心を和ませる音が響く。
おそらくオーナーのお菓子だったものが湿気ったので店のサービスに使ったのだろう。
女性はそんなことなど知らずにキャットフードにキスをしながら微笑んでいた。
そんな時だった、店のドアは唐突が開いて男は颯爽と姿を現す。そしてまるで既に決まっているかのように角の席に乱暴な音を立てて座る。足を組んで「いつものだ」とオーナーに言いながら睨みつけていた。
だがオーナーはそんな視線など気にも止めずに男の前にカシスオレンジを差し出す。
「にゃ」
「良いのかい?」
「にゃにゃ」
男は女性を一瞥する。だがオーナーがそれを不要と言うと「なるほどな」と呟きながら、再び女性に視線を送った。
「アンタが今回の仕事の依頼主かい?」
「ええ、私をフった男を仕留めて欲しいの。これでもかって言うほどに苦しめながらね」
「ほお、女をここまで狂わせるなんざロクな男じゃねえな?」
「ええ、アイツだけは許さない。……紅生姜、アイツだけは絶対に……」
「ははっ、牛丼のアンタを裏切って紅生姜の旦那は最近じゃあ飲食業界で引っ張りだこの人気者だからな!! 了解だ、その仕事は俺が引き受けよう」
男はガタッと立ち上がってカウンターに勘定を置く。そして自らが入ってきたドアに向かって歩き出して、ふと立ち止まった。
そして何かを思い出したようにクルリと振り返ってオーナーに問いかけた。
「ところでハルちゃんはどうした?」
「にゃー」
「ああ? 今度はタイムスリップして製糸業の技術を習得してるだあ? この間、大統領暗殺の仕事を終えたばかりじゃねえか」
「にゃにゃー」
「ふっ、あの子は意外と楽しんでるって? オーナーも厳しいこった、了解だ。ハルちゃんの代わりに、この仕事は天かすの俺がやり切ってやるよ」
天かすは殺し屋らしからぬ笑みをこぼして再び歩き始めてドアノブに手をかけた。すると牛丼がそんな天かすを試すように話しかけた。
またドールのグラスを遊ぶようにイジりながら、「はあ」とため息を吐くように。
「ねえ、アンタ。私と付き合わない?」
「他を当たってくれ。俺は天かす、うどんって言う最高の女が既にいるんだ」
「はあ、今日三回もフラれちゃった。私ってやっぱり不幸な女ね」
「……恋のABCって知ってるか?」
「何よ、唐突に」
「知ってるか?」
天かすは天井を見上げながらボソッと呟くように牛丼に問いかけた。
「……Aは愛してる、Bは僕の手を握ってください、Cはチュッチュベロベロ」
「そうだ、その先は知ってるかい? DとEだ」
「そんなのあるの?」
天かすは相変わらず天井を見上げるのみで、決して牛丼を見ようとしない。そしてそんな彼の心情を察してか、牛丼もまた視線を強要せずに会話を続けた。
牛丼は「うーん」と天かすの問いかけに一応の反応を示すも、やはり答えに辿り着かないと諦めたように天かすの背中を見つめながら答えを求めた。
まるで愛に飢えた自らの感情をぶつけるように天かすの背中を覗き込みながら。
「全然思い浮かばないわ」
「Dは抱きしめて良いかい? Eはエンドレスラブ、アンタもいつか出会えるといいな。永遠の愛に……」
ギーッと音を立ててドアは閉まっていった。
こうして心を弄ばれた女の心が一つ、救われていった。そして、その裏でとんでもガールが歴史を捻じ曲げているのは、意外と知られていない。
ハルちゃんが明治時代の冨岡製糸場で製糸業の量産化に成功した功績によって政府の要職に就こうとしていたのはまだ誰も知らない事実である。
彼女の肖像画が現代日本の教科書に掲載される五秒前だった。
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