第5話
店主は苦々しい形相ながら、定食のメニューを運んできてくれた。
俺は一応、何か変なものでも入っていないか『解析』するが、特におかしなモノの混入はなかった。どうやら普通に美味しい定食で間違いないらしい。
そして、俺はようやく定食にあった内の肉を頬張る。途端、感じた事のないような旨味が口一杯に広がる。スクナにしてみれば、肉と食べる機会なんてそうは無いし、何より温かい食事にありつくなんて事は彼の記憶を思い出す限りは無かったようであった。だからこそ何でも無い鶏肉を美味しいと感じてしまう。
それにしても……、こうして食事を食べ、美味しさを生身で感じていると『シャイニングナイト・ラストフロンティア』の中に入り込んでしまったという実感をまざまざと見せつけられる。ゲーム本編ではネクスト達が御馳走にありついている中、俺は彼らの残した冷たくなったご飯を処理する残飯係であったものの、どんな食事がこの世界にあるかはプレイ映像の中でも何度か見ていた。その一部をこうして食べているのが、俺が現実化したゲームの中にいるという感覚を強くしていた。
そんな事を思っている中、
「どうした? 食べないのか?」
俺はクオリアが未だご飯にありついていない事に気づく。
「でも…………」
クオリアは腹の虫を大きく鳴らしながら、尚も顔を俯かせたままだ。
彼女は確かゲーム本編では未だ十四歳であるにも関わらず、心優しく気遣いの出来る聡い娘であるという設定であった筈だ。それに彼女本来の『能力』の事もある。恐らく俺がこの定食二人分をギリギリ払う事の出来るという金銭事情である事に気付いているのだろう。
「お金の事なら気にしないでも良い。きっと何とかなる」
「でも……、私、こんなに優しくして貰っても困る」
「何故だ?」
「私、何も持っていないから……ただ、迷惑掛けるだけの存在。孤児院でもずっと
そう言われてきたから……」
「…………」
彼女、クオリア=セグルナイトはゲーム本編上では、その設定の殆どを明かされる事のないモブキャラとなっている。これは『シャイニングナイト・ラストフロンティア』のゲームシナリオ上逃れられない事であり、クオリアがこのゲーム世界にいる事に気付いたプレイヤーは俺一人である事は間違いないだろう。
きっとシナリオ改変に対して最後まで抵抗を続けていたというキャラクターデザイン担当に対する報復として、馬鹿プロデューサーがスクナと同様にクオリアをあのような末路に進ませたのだろう。『シャイニングナイト』シリーズのファンとして、いやゲームを愛する一人として許せない所業だ。
だからこそ俺はスクナに転生してよかった。不憫なままであったキャラクターの一人を運命から救えたのだから。
「クオリア。俺も以前までは酷い扱いを受け続けていた」
「……え?」
クオリアの驚いた表情を他所に、俺は言葉を続ける。
「俺の上司……いや、俺の仲間は、俺の努力や功績を一切認めないどころか、そうする事が当たり前だと思っていた。そういう奴はこっちの事を真っ直ぐには見てくれないんだ」
勿論、これはネクストに酷い扱いを受け続けていたスクナの話でもあるが、一方で日本に済んでいた会社員である東郷誠志郎の話でもあった。
俺は新入社員として入社した会社に貢献するべく努力をしたが、いわゆる上司には恵まれなかった。
俺に理不尽な仕事を押し付けるばかりか、その片付けた仕事すらも自らの功績にしてしまうようなクソ上司であった。しかし、新入社員で右も左も分からない頃だ。上司に逆らえば終わりだと思っていたし、どんなに理不尽な事を言われても我慢し続けていた。
いつか上司や周囲は俺の事を分かってくれる……。そんな風に思いながら、ひたすら頑張り続けていたのだ。
だが、理不尽な社会においてそんな日は決して訪れなかった。それどころか『こいつは理不尽な扱いをしても文句を言わずに耐えてくれる奴隷なんだ』という風な扱いが半ば常態化しただけに過ぎなかった。上司は経営陣や人事に対して俺の功績を自らの功績であると嘘を吐き続け、結果出世した。一方で俺は気づけば課内の仕事の半分を請け負っているまでに立派な社畜として成長していたが、その見返りは何もなかったに等しかった。
その後、査定において課内の業績が下がった際に俺だけのボーナスがガッツリカットされた時、俺はようやく理不尽な事実は変えられない事に気付いた。こちらを奴隷としてしか見ていない奴は功績だけを掠め取り、責任だけを押し付ける。俺のボーナスが大幅削減されていた時、上司のボーナスはいつもよりむしろ多かったと聞かされた時、俺はようやく会社を辞めようと決意していた。
そして、辞める為に半ば嫌がらせで押し付けられた仕事を寝る間も惜しんで片付けていた結果、過労気味になって目眩をお越し、気付いた時には車に引かれていた。……とまあそんな日本のどこにでもありそうな理不尽な日々を俺は送っていたのだった。
そんな俺だからこそ日々溜まったストレスを癒やしてくれていた趣味のゲーム『シャイニングナイト』シリーズが『シャイニングナイト・ラストフロンティア』で穢されてしまった時、殊更に許せなかったのだ。
そして、同じく理不尽な扱いを受けてしまったキャラクターであるクオリアに共感を覚えているのかも知れない。
「だからクオリア、俺には分かるんだ。以前の環境でお前が皆から虐げられていたのは決してお前の所為じゃないよ。お前のその『能力』は決して誰かを傷つけるものじゃないのだから」
「あ…………私のこの力、分かる、の?」
「ああ。――――人の感情が色で分かるんだろ?」
クオリア=セグルナイトの生まれながらの能力は『他人の感情を見ただけでおおよそ分かる』と言ったものであるらしい。
これはゲーム本編発売前の資料から明かされている設定であった。ヒロインとして正式に登場する事が確定していた時から、クオリアはその能力が故に他人から必要以上に忌避されているという設定だった。
それが設定の変更が加えられた現在のゲーム本編でも流用され、結果イベント『盗賊と子供の行く先』に繋がったのだろう。
一方、俺に能力を言い当てられた事に驚いた様子を見せていたクオリアだったが、やがてコクンと小さく頷いた。
「私は……皆が何を考えているか、……少しだけ見える。それだけなの、本当に。私にとってはそれがずっと普通の事だけれど……皆にとってはそうじゃない。それが怖いって……」
クオリアはまるで嗚咽でも吐くかのように言葉を紡ぐ。
「私は普通じゃないって。だから一緒に居たら嫌だって、いっぱい、いっぱい……言われた。それでも皆と友達になりたいから、色々頑張った。けれど、結局は駄目だった。院長先生も最後には出ていけって言ってた。私をここに置いてはおけないって。役立たずは……要らないって」
クオリアの目からは涙がポタポタと流れ落ちる。
この時、俺は本心から彼女を、クオリア=セグルナイトを救ってやりたいとそう思った。彼女に何が出来るだろうか。俺は東郷誠志郎として、スクナとして一体彼女に何をしてやれるのだろうか。
「……腹は膨れたか? とりあえず行こう」
「待って。待って、スクナ。お願い、行かないで」
そう言って俺が立ち上がろうとすると、クオリアが俺の腕にしがみつく。
「私を……一人にしないで……」
「大丈夫だよ、クオリア。俺はお前を一人になんかしない。けれど……まずはお前の認識を正してやりたいんだ」
「にん……しき……?」
泣いていたクオリアは、不思議そうな表情で俺を仰ぎ見る。
「そうだ、クオリア。食った分、お前には働いて貰おうと思ってな」
「え、……私に出来る事ならやる。なんでも……なんでもするよ?」
クオリアの必死な表情を前に、俺は首を振る。
「なんでもなんてしないで良いよ。それよりもお前は自分の価値を認めるべきだ」
「え、……でも。私、出来る事なんて何も……」
「そんな事はない」
俺はイベントの中で、今出来るうってつけのものを思い出していた。
彼女に自らの価値を認めさせ、且つ今の状況を改善出来るとっておきのイベントだ。
「付いてきれくれ、クオリア。俺にはお前の力が必要だ」
クオリアは状況が掴めないようで、またぞろ不思議そうな表情を浮かべていた。
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