世界線B
病室に現れたのは父親だった。
世界で1番会いたくないクズと面会した。
数ヶ月も植物状態で、やっと目が覚めて、この惨状を受け入れて、いつ死のうかと思ってた俺に会いにくる唯一の人間が、不幸の元凶である父親だけだなんて本当に滑稽な話だ、笑える、本当にふざけた笑い話だ。
数分、父親は俺を見て沈黙していた。
それはそうか、片目が失明して、片腕が潰れて、両足が切断された俺を見てなんて声をかけたらいいかなんて、躊躇うのも無理はないだろう。
「なんだよ、生きてたのか…」
…………は?
俺の聞き間違えでなければ、度し難い発言だ。
ただ、そもそもこんなクズに何も期待はしてなかったのも本心だった。
「お前の医療費とか知らねぇからな。あー、あともう引越ししてっから帰っても何もねぇから。じゃあな」
そう言うとクズはそのまま立ち去った。
たったこれだけを言いにきたみたいだ。
本当に終わっている。あれが俺の父親であり、不幸の元凶だ。
なにも期待していないのに、消えてくれて良かったのに
なんでかわからないが、俺の頬から涙が零れた。
死ぬ準備は完璧なまでに整った。
17年間の人生、自分でも驚くほど何もなかったな。
何も無い人生だからこそ、俺の周りには何もなかった、充実感も、努力も、達成感も、友達も、恋愛も、なにもかも、なにもかも無い。
…もういい、はやく死のう。
俺を生かしてくれた医師には申し訳ないが、希望も何も無い、障害の身体になった俺はもう生きる価値なんて無い。
「次、生まれ変わったら
英雄になりたいな。。。」
夢での出来事を思い出して、思わず意味が分からないことを小声で囁いた。
どこまでも不幸で、醜いな、俺…。
「いいよ、英雄にしてあげる」
この声…夢で聞いた声…
「ーーーッッ!!!!?」
俺は辺りを見渡した、だが、誰も居なかった。
ただ、たしかに声は聞こえた、あの金髪の少女だ、間違いない。
「ど、どこにいるんだ」
声にならない掠れた声で俺は問いかけた。
「夕暮ヤミの意識に直接話してるんだよ」
…また意味のわからないことを言い始めたが、疑うことはしなかった。
「俺は…もう死ぬことにした…」
掠れた声で少女に死ぬことを伝えた。
「死んだら英雄になれないよ?」
生きていても英雄なんかになれない、そもそも、こんな状態じゃ普通の人間以下の存在だ。
「世界線Bの話し、覚えてる?」
少女は俺に夢だと思ってるときに話してたことを急に始めた。たしか、いま俺の生きてる場所が世界線Aで、少女は世界線Bに居ると…。
「それが、なんなんだ…?」
掠れた声で少女に答える。
「私とパートナーになって一緒に世界線Bに来てほしいの」
さっきから何を言ってるのか理解できない。
ただ、なんでだろう…人にこうやって頼られたことがなかった俺には、一緒にきてほしいという言葉に惹かれてしまった。
生きてきて必要とされなかった人生だから、なおさらだ。
「障がい者の俺になにができるって言うんだ…」
必要とされることに抵抗があった、結局どこに居ても邪魔だと予想はついていた、それ故に保険をかけるように、牽制するように、今の現状を少女に話した。
「関係ないよ、世界線Bの夕暮ヤミは無傷だから」
?????
「だから一緒にきてほしいんだ」
・・・・・・・・。
「わかった。」
気づいたら俺は答えていた。
これからなにが起こるか検討もつかない、死のうと思っていたのに少女の言葉に乗せられ、よくも分からない世界線Bとか意味がわからない言葉に乗せられ、それでも・・・
英雄という言葉が俺をそうさせていた。
「ありがとう、夕暮ヤミ」
少女の言葉は不思議と暖かみがあり、それと同時に
俺の意識が薄らと消えていった。。。
ゆっくりと…目の前が暗くなり
意識が…ゆっくりと…ゆっくりと…・・・
・・・・・・・・・・・・
どれほど時間が経ったのだろうか
意識はあるけど感覚がない、目を開けているのか閉じているかもわからない
前にもあったな…そうだ、事故の瞬間だ。
それで少女がよくわからないことを言い出して、接続がなんとかって…
「あーーー!!また接続間違えたーーー!!!!」
とんでもない大声なのに俺は感覚がないせいでダイレクトに少女の叫び声をくらった。鼓膜が破れてもおかしくない。
「あ!!これこれ!これで間違いなし!ポチッとな!!」
とんでもなく脳天気な声が聞こえた瞬間、また意識が…
ゆっくりと…ゆっくりと…意識が…
これから俺は、世界線Bで生きていくことになるのかと思いながら…
ゆっくりと目を覚ました。
これからなにがあるのかわからないが、世界線Aの俺は死んだ、死んだことにした。