第59話 式守七〇八 Ⅰ
やっと、式守七〇八になります。
テンプレ構成なら序盤レベル…………w
復興歴301年11月12日10時33分
人類連邦統合軍 第3聯合艦隊 第32任務艦隊 旗艦〈比叡〉
第3人工冬眠室
式守たちがINVELL潜入種を殲滅してから3日後。
緊急起床により起こされた第3177駆逐戦隊の少年少女たちは、再び数ヶ月にも及ぶ人工冬眠に就こうとしていた。
彼らが3日前に実施した殲滅戦の結果は散々なものだった。
最終結果として第3聯合艦隊の人的被害は死者11名、重傷者8名。
物的損耗として超弩級宇宙戦艦〈比叡〉から流出した空気は全乗組員の呼吸量にして2ヶ月分以上と見積もられている。
まだ本格的な戦闘が始まっていないにも係わらず相当な損耗である。
しかも、彼らが攻撃終了まで補給できないことを考えれば致命的でさえある。
それでも彼らの任務は変わらない。
まずは人工冬眠により、余分な空気等の損耗を抑えることが肝要であった。
しかし、第3177駆逐戦隊で人工冬眠にしない者を変更した。
人工冬眠に入らない(入れない)のは負傷して特別集中治療室で治療中の天羽智花、足に怪我を負った椎名夏穂、低酸素症で後遺症の恐れがある式守直也。彼らは治療が完了するまで人工冬眠に入れない。
その代わりに本来人工冬眠に入らない航宙士らが選ばれた。クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングの春風型装甲駆逐艦〈磯風〉から部下である砲撃手のシウバ・エメウソン・上杉と、フランチェスカ・〈東郷〉・トモエの春風型装甲駆逐艦〈浜風〉から通信手のセレスタン・ボーヴォワール、同じく同隊装甲駆逐艦〈浦風〉から早乙女雄偉の3名が木星到着直前まで眠りに就く。
これから眠りに就く同期たちを見送る為に式守直也と椎名夏穗は第3人工冬眠室にいた。椎名は松葉杖で片足を引きながらであるが後遺症の心配は無かった。
二人は専用のインナースーツに着替えた第3177駆逐戦隊海兵隊員が各々の冬眠カプセルに向かう途中で見送る。
その途中で思い思いの言葉を交わす。
だが日系黒人のボブ・ストライカーは無言で、容赦なく式守の左肩を右拳で殴った。
黒人特有のしなやかなバネで繰り出された一撃だったが、式守はそれを避けることなく受けた。
ボブが式守を刺すような目で睨む。
「お前、分かってんだろうな」
「…………ああ」
「天羽がお前を救ったんだからな。お前を助けるために天羽は怪我したんだからな」
「ああ」
「アイツには必ず、応えろよ」
「分かっている」
それからボブは天羽の親友である少女に向き合った。
椎名夏穗は第3177駆逐戦隊でただ一人の衛生兵であり、長身でグラマラスな肢体を持つ短髪の少女。
「天羽に伝えてくれ。頑張れって」
「必ず伝える」
その応えに頷いたボブは自分の冬眠カプセルへと歩き始めた。
次に荒木大祐――いつもは巌のように彫りの深い顔に不貞不貞しい表情を浮かべているが、今は見ている方が痛くなるほどの表情を浮かべていた。190cmを超える巨漢は、まず椎名に声を掛けた。
「天羽の看病を頼む。俺たちじゃ力になれない」
「言われるまでもないわよ。その為に私は寝ないのよ」
「ああ、全部終わったら、天羽の快気祝いに合わせて何か奢るよ」
「そんなこと言われちゃうと期待しちゃうから。忘れないでよ」
「ああ、任せとけ」
それから荒木は式守を見下ろすように見た。
「式守、一つ教えてくれ」
「何を?」
「どうして、あの潜入種をナイフで切れた? 銃弾を躱すINVELLにどうやって刃を当てた? お前の戦闘記録を見ても納得が出来なかった。一体、どんな手品を使った」
天羽が今も意識不明の重体になるほどの怪我を負わせたのはINVELLの潜入種。犠牲者である飯田甲陽三等軍曹の右腕に寄生した宇宙生物は、低速とはいえ近距離からの圧縮空気銃の銃弾をほぼ完璧に避けた。その動きは右腕に蜘蛛のような脚を生やした生物とは思えない俊敏さで、できの悪い映画のようにさえ見えた。
「地上型と違い、宇宙型のINVELLの多くは光で周囲を知覚する。種類によっては赤外線も感知する。だから、みんなが使っていた赤外線レーザー標準器はこれから撃つところを敵に教えているのと変わらない。それを防ぐために、俺のナイフはミラーコーティングで光を反射しやすいように加工してある。だから……分かりやすく言うと、ナイフで目くらましを仕掛けながら襲ったんだ」
「そうか……じゃあ、お前はどこで、それを習ったんだ?」
「俺を育ててくれた孤児院」
「そうか……」
不意に、ヒュッと鋭く吹かれた呼気と共に肉を打つ音が響く。
それらが椎名の耳に届いたときには荒木の右拳は式守の土手っ腹に食い込んでいたが、式守直也は僅かに顔を顰めただけで立っていた。
巨漢の一撃をもろに受けながら膝も付かない式守に椎名は目を見開いた。
「……うそ……」
荒木が格闘訓練で同期を殴るのは何回も見てきたが、その直撃を受けて倒れなかった者はいなかった。
その結果に驚いていないのは殴った荒木本人と、それを避けなかった式守だけだ。
「今度は先に教えろよ」
「時間があったらな」
「……お前、本当に変わったな」
「…………まだ、改造中さ」
「今までのお前は演技だったのか?」
「いいや。俺はそんなに器用じゃない。だけど……これが、これからの俺だ」
「訳が分からん……」
それ以上何も言わずに荒木は冬眠カプセルに向かった。
彼の次はちょび髭を生やしたアラブ系のン・バック、引き締まった肉体のタイ人の血を引くトミー、優等生タイプの葉山が天羽への見舞いの言葉を告げていく。
それに続くのは三人の航宙士。同じ隊で有りながらほとんど会話したことのない二人を、式守と椎名は無難な言葉で見送ったが最後の一人、シウバ・エメウソン・上杉だけが立ち止まり、式守の顔を見た。
海辺が似合いそうな小麦色の肌をした美男子は、椎名ではなく式守に声を掛けた。
「君の生い立ちは多少耳にした。その上で話したいことがあるんだ」
「それで?」
その言いように、椎名はどうしようもないほどの違和感を覚えた。
それは耳にタコが出来るほど天羽がよく話していた式守直也とも、自分と共に訓練を過ごしてきた式守直也とも違う。
まるで別人になったような口振りと態度。
あまりにも違う。
潜入種との戦い以降、式守直也は人格が完全に変わってしまったとしか思えない。
なぜ変わってしまったのだろう?
死にかけたことによる開き直りだろうか?
それは天羽の怪我が原因なのだろうか?
椎名は疑問に思いながらも式守本人に尋ねたことはなかった。
「航宙士の俺が海兵隊の君に言うのもなんだけど……君はよくやったと思う。生身でINVELL相手に白兵戦を行うなんて無謀というか……勇敢すぎるし、ましてやナイフ一本で致命傷を与えたなんて聞いたこともない。あれ以上の結果は誰も手にすることは出来ないと思う。だけど君は、これからそれ以上の結果を求めるんだよね?」
「これは意地です。僕が俺に戻る為の意地なんです」
「…………正直、君の言葉はまったく理解は出来ないけど心意気だけは分かったよ。幸運を」
それだけ言うとモデルのような青年は自分の冬眠カプセルに入った。
仲間たちが各々の冬眠カプセルに入ったのを確認すると、式守と椎名は揃って、吹雪のような冷気が吹き込み始めた第3人工冬眠室から出た。
これから数分もしないうちに彼らは薬物により人工冬眠に入る。
木星までの彼らの眠りは機械化歩兵が守ることになる。
式守と椎名は、天羽が眠る特別集中治療室へと足を向けた。
天羽智花は目が開いたような気がした。
朦朧とする意識。
焦点の合わない視界。
ふわふわして落ち着かない浮遊感。
起きたはずなのに消えない眠気と怠さ。
周囲を見ようと首を動かすが焦点が合わない。
目に入るのは白い光と白い景色。
(ここは病室……?)
その考えに至った途端――。
急速に意識が覚醒していく。
何があったかを思い出していく。
(――――式守は)
呼吸していない式守を、夏穗と引き摺っていて……。
不気味なINVELLが襲ってきて……。
(……あの時……私は……)
ボブたちの銃撃を避けるINVELLが迫ってきたという事実は記憶にある。
だけど、その姿形がはっきりしない。
あれだけのことがあったのに、なぜか物凄くあやふやで、記憶に霧が掛かったように思い出せない。
『……か、――――智花、大丈夫? ……聞こえる? 気分はどう?』
聞き慣れた椎名の声が微かに震えて聞こえた。
『……うん。よく分からないけど、気分は、悪くない……と思う』
『どこか痛いところはない?』
『…………痛くは……ない……かな』
苦労して声がした方に目を向ける。
どうして自分の身体がこんなに動かないのか分からない。
『夏穗……おはよう……』
『おはよう、智花』
泣き出しそうな椎名夏穗に、天羽智花は微笑もうとして上手く出来なかった。と思った。
寝ている天羽に椎名は身を寄せて抱きしめた。その仕草はまるで大事な、壊れやすそうなものを触るようにゆっくりとした動き。
『よかった……智花が目を覚ましてくれて』
『ありがとう……夏穗』
天羽は椎名に応えるように右腕を動かして、親友を抱き返したが――――。
動かしたはずなのに全く動いた気がしない右手。
まるで麻酔でもしているかのように感覚がない。
不思議がる天羽に気が付いたのか、椎名が身体を離して説明を始めた。
『全身麻酔を使っていたし、かなり鎮痛剤を使っているから無理しないで。今も……とても動きにくいでしょ?』
『……うん』
そう言われればそうかもしれないと天羽は自分自身を納得させた。
だか、それよりも彼女の心は今一番気になっていることを問い掛ける。
『夏穗…………式守は?』
天羽が恐る恐る問い掛けた問いを、椎名は破顔一笑して答えた。
『蘇生成功。ちゃんと生きてるわよ』
『…………よ、かったぁ…………』
ただ、それが嬉しくて。
式守直也が生きていることが何よりも嬉しくて。
彼女の感情が決壊したように大粒の涙がぼろぼろと溢れては零れ落ちていく。
言葉が詰まる。
だらしないぐらい鼻水が溢れて、言葉が詰まって、感情のまま泣くことしか出来ない。
式守を助けることが出来て良かった。
式守が助けてくれて良かった。
式守と一緒に生きていて良かった。
椎名は泣き続ける天羽の右手を静かに覆うように握りながら静かに『よかったね』と相槌を打った。
『あとね、智花。式守も入院しているから今は見舞いに来れないけど、アイツの方が軽傷だから二週間もしないうちに顔を見せに来る予定よ』
『うん』
『それから、アイツからの言伝。本当に助かった。今度一緒に地球に帰ったら、何でも言うこと聞いてくれるって』
その言伝に驚いた天羽は目を見開き――――。
それから、あの誘いを親友に知られたことに顔を赤らめ――――。
恥ずかしさで少しどもりながら――――。
『…………うん。期待……してる』
『また来るから今日はもう寝ましょう』
『うん。また、ね』
天羽は目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
その様子を見て、椎名は心の底から安堵の息を吐いて、それから特に脳外科で多用される医療用拡張仮想空間との接続を切った。




