第57話<殲滅戦ⅩⅦ>
今回で第一部完結となります。
数少ない読者の方々。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
第二部の再開にはちょっと時間が掛かります。
あと時間があれば、この第一部は圧縮させるための再構築したいと思います。
「椎名、まだかよッ!」
「うるさい! 失敗するわけにはいかないのよ! ちょっと黙ってて!」
急かすボブに椎名がキレたように返す。
人工呼吸器を口に突っ込まれた式守を中心に、天羽、椎名、ボブ、ン・バックがいた。ン・バックが式守の戦闘用宇宙服をナイフで切り取り続け、天羽は泣きながら歯を食い縛り、胸骨圧迫機能の激しい振動で外れそうな人工呼吸器を押さえつけている。
椎名は脈のない式守の左腕前腕部から必死の形相で大静脈を探していた。既に肘に近い場所にある大動脈には太い針が固定されている。ボブは無線機でアニー少尉に状況を説明しながら、こちらに向かっている救護班への無線誘導を実施中だ。
みんな、必死だった。
式守の周りで、誰一人として蘇生を諦めていなかった。
だから――気付かなかった。
ボブの背後から忍び寄る、蜘蛛のような8本の脚が生えた飯田3等軍曹の左腕に――。
それは針のような脚を床に突き刺すようにして、ぎこちなく這うように進む。
肩の根元から引き千切られた左腕は、蛇が鎌首をもたげるように手首を曲げた。上腕部の左右から生えた蠅取り蜘蛛のような脚は力を溜めているかのように折れ曲がり、その高さ50センチほどはあろうか。しかも、遺体の肘関節部には通常であれば有り得ない膨らみがあった。他にも不自然な膨らみがいくつかあり、その下には瘤のようなものがあることが想像出来た。
そんなもの、遺体がただ腐敗しただけで出来るわけがない。
遺体の一部が――それも死者の左腕が蜘蛛のような脚を生やして、歩き回るわけがない。
だが、それを可能にする異星生命体――だからこそ地獄からの使者。
奴らは何でも利用する。
再利用できる。
文字通りに、何でも利用し、使うことができる。
恐るべき適応能力と宇宙空間に生息可能な強靱な肉体を以て、それを為す。
「――ボブッ!」
ボブ達の背後から忍び寄る敵。
それに気付いた葉山は反射的に79式5.7ミリ無薬莢空式短機関銃を構えたが、引き金は引けなかった。
彼から見れば、敵の背後には動かない式守がいる。
1発で仕留めたとしても、葉山には自分が放った弾丸が今も動く犠牲者の腕を貫通する可能性が拭えなかった。そのことを誰が責められるだろうか。
ボブは相棒の声に素早く反応した。新兵とは思えぬほどの動きで背後に振り向きながら――敵が来るとすればその方向しかない――HOWA製79式5.7ミリ無薬莢空式短機関銃を腰だめに構えた。
そして、彼も撃てない。
ボブと葉山の距離約30メートル。INVELLを挟んでほぼ一直線上にいる上、二人の中間地点近くにいる。
二人の動きが止まってしまった。
だが、この時、本当に止まってしまったのは肉体ではない。
彼らの思考だ。
本来、止まってはいけなかったもの。
そんなボブの視界の中でもう一つの人影が動く。
葉山と同じように拳銃を構えていたクリスティーナだ。
膠着した瞬間の中で、彼女は最初に動き出せた。ハッとしたように拳銃を下げると、左手で葉山の背中を強く叩き、叩かれた葉山はそれで意図を察した。
二人は弾かれたように身体を通路の端に寄せた。
同時に、狙いを付けるために銃を構え直すボブ。
蜘蛛のように歩く左腕に生えていた二つの小さな白濁した目玉――それは犠牲者の掌にあった――が、ボブ・ストライカーに淀んだ瞳孔を向けた。
瞬時に敵が動く。
死者の腕を依り代としたINVELLが、左右に大きく跳ねまわり、蛇行しながら、恐るべき速度で這い寄る。
敵は愚鈍そうな見た目を裏切り、想像以上に速い。
ボブは銃口をやや下に向けると、赤外線照準器が導く赤い光線を頼りに引き金を引いた。パスパスと、殺傷力があるとは思えないほど軽い発射音と共に銃口から弾が吐き出される。
装弾されている艦内用フランジブル弾なら跳弾しない。床や壁に当たれば粉々に砕けるようにと金属粉を固めた弾丸だ。敵が近づくなら、こちらにとっては好都合。懐に入られる危険はあるが、フランジブル弾を床に当てれば葉山とフランチェスカへの跳弾に気を遣わなくていい。
敵である8本の脚の生えた左腕は、目でまったく追えないほど速いわけではない。
だが器用に、右に左にと弾丸を躱した。
「Dammit!!」
人の腕に昆虫の脚という奇っ怪な姿をした異星生物体は、まるで射手の思考と狙いを読み切ったように亜音速の弾丸を回避し続ける。
右に左に幻惑的に動く上に、2~3発当たっても少し衝撃で遅くなる程度。あっという間に元の速度に戻り、怯む様子もなく迫ってきた。
「アジィーブ!」
悪態と共にン・バックも加勢し、引き金を引いた。ろくに狙いもしない、弾幕を張るだけの目くら撃ち。
それでも敵は避け続ける。左右だけではなく、前後にも跳ねて躱す。
何発かは当たった。死肉を抉り、黒く変色した血を撒き散らす。
血とともに耐えがたい腐臭も漂う。誰もがそれに気付かない。それを意識する余裕がない。
そして、このような状況に陥って、椎名夏穂も蘇生処置の中断を決断した。
「智花! 式守を後ろに運ぶよ!」
「――でも、これ以上遅かったら!」
蘇生の可能性が完全に無くなってしまう。
言い出せない一言。
言葉に詰まったのは天羽だけではない。椎名も同じだ。
もう手遅れなのは、椎名夏穂が一番よく分かっている。
諦めきれなかったのだ。
認めたくなかったのだ。
自分が救えないということ。
式守直也が二度と動かないということ。
だから、せめて――これ以上、誰かの命が無くなるのは耐えられそうにない。
そんな危険に晒すことも耐えられそうにない。
まして、大事な天羽智花の命には代えられない。今の天羽は戦うことなど出来ない。本人が戦うと言っても、むしろ危険だ。落ち着いたら怒りに駆られ、どのような失敗をしたとしてもおかしくない。
「さっさと逃げろ!」
ン・バックの射撃は当たる気配すらない。
彼は二人の少女を優先すべきと判断した。
「装填!」
弾切れを起こしたボブが叫ぶ。
「援護!」
ン・バックが指切りしながら――機関銃をわざと途切れ途切れに連射し、器用に跳ねて避けるINVELLを牽制する。
敵は、もはや這うだけではない。
この短時間に銃撃に慣れてしまったのか、それとも何かを学習したのか。
はたまた、元々有していた本能か。
蛇のようなしなる腕は、細い8本の脚をバネのように使い、蠅取り蜘蛛のように壁を跳ね回り始めた。
この化け物にリーチと飛び道具が無いのが救いか。と、ボブは弾倉を代えながら思った。
しかも見かけによらず、やけに慎重で、いきなり飛び掛かってこない。
敵は間違いなく、思考し、判断し、観察している。
それが分かるほどの行動を見せている。
これが式守のアニキが注意していた潜入種というものか。
だが、もう……ヤバい。
ボブは内心焦っていた。それは徐々に恐怖に近い感情へと変わる。
飛び回る腕に照準が間に合わない。
半ば勘で射撃する。牽制としては機能しているが、劣勢に陥っている。
逆転の手口はあるが、この状況では使えない。
椎名たち、クリスティーナたちも邪魔だ。
第一、状況を理解出来ない。
どうしてこんな化け物が、自分たちの銃撃を躱し続けれるのか。意味が分からない。
なんで、あんな姿形で一瞬見失うくらい素早く動けるのか。理解できない。
「――ああああっ!」
ン・バックの悲鳴。
彼は天井にまでへばり付いた不気味な左腕を狙い、そして外し、弾丸は天井にあったLED照明灯を数個纏めて砕いた。
それは僅かな空間にしか影響が無かったが、ボブたち3177駆逐戦隊には致命的だった。
瞬時に闇に落ちた数メートルの空間。
その中でボブとン・バックの視界に焼き付いたのは、ショートして飛び散る火花の中、彼らの頭上を越えて跳んだ左腕の姿。
「天羽!」
「椎名!」
二人の少年が叫ぶ中、一番遠くにいた葉山が一か八かで短機関銃を撃った。それだけでも驚嘆に値する判断力と反射神経だったが、彼が放った弾丸は掠りもしないで天井に当たり、そのまま飛び散る粉となった。
「「――!」」
式守を運んでいた天羽と椎名は悲鳴も出せず、硬直してしまった。
不幸にも、天羽には全てが――ある意味、運命さえも見えていた。
優れた格闘センスを持つ彼女は、それを生かせるだけの素養として身体能力はもちろん、動体視力も人並み以上に優れている。
異星生命体に侵食されて、異様に膨らんだ犠牲者の左腕。
白濁した目玉の生えた掌。歪に曲がった指に生えた巨大なかぎ爪。蛇のように空中でくねる腕。
それが自分を殺すために、真っ直ぐに跳んでくる。
走馬燈のように様々な風景が、天羽智花の脳裏に浮かんだ。
夏の空。幼い頃の思い出。おんぶしてくれた父の背中。抱き締めてくれた母の腕。
祖母が用意してくれたスイカ。祖父がくれた麦わら帽子。駆け巡った高原。
桜が散る校庭。抱き合って別れた同級生。見送りに来てくれた幼なじみ。
一人で来た宇宙港。
拾われたチケット。
まだ幼い、ひどくぶっきらぼうな式守の言葉。
ごめん。
それだけが少女の中で浮かび上がった。
直後、頭部に受けた衝撃で天羽智花の意識は白く染まった。
ボールのように跳ねる頭。目には映るのは白いリノリウムのような床。
途切れ途切れの意識。血の臭いが鼻を突く。
何かを考える暇もなかった。
さらに宙に浮いた――投げられたと漠然と思ったのは、日頃の稽古の成果か。
そのまま受け身も取れず、雑巾のように壁に叩き付けられた。
「智花っ!」
「天羽!」
「Fuck!」
自分を呼ぶ声。不鮮明で、反響しているようで、どこから聞こえているかも分からない。
朦朧とした意識の中で、ぐるぐると廻る視界。
遠のく意識に抗えそうにない。
呟こうとしたが、それは言葉はおろか、音になることさえなかった。
(みんな……)
唇が微かに震え、そして、天羽智花の意識は途切れた。
「――智花ぁあああぁっ!!!」
耳を劈く椎名の絶叫が、クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングの意識を再び動かした。
悲鳴を上げながら、ピクリとも動かない天羽へ這い寄る椎名。
だが、彼女もクリスティーナの視界の中で、床を這う腕に足を捕まれ、持ち上げられるや否や、棒のように壁に叩き付けられた。
余りにも非常識すぎる光景。
唖然とし、そして戦慄した。
初めての実戦。初めての異星生命体。何もかも想像の枠外の出来事。
誰が、想像できようか?
死者の腕に寄生した敵が、人一人を投げ飛ばせることなど。
誰が、予想しようか?
蜘蛛のような脚しかない腕が、低速弾とはいえ空式短機関銃の銃撃を躱すなど。
距離を置いて戦いを見ていた彼女は、今この場で全体を俯瞰していた、ただ一人の人物。
そのクリスティーナの視界の中で、最悪を回避するために皆が動く。
加勢するために、猛烈な勢いで走って行く葉山の背中。
一瞬とはいえ、動きの止まったINVELLを素早く蹴り飛ばして引き剥がすボブ。
椎名を守ろうと駆け寄るン・バック。
クリスティーナ自身も拳銃を構え直して突撃する――外れないほどの至近距離ならば、彼女の腕前でも当たるという目論見。
その最中、クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングは今までの人生の中で、もっとも信じられない出来事を見た。
「おえぇええっ―――」
死んでいたはずの式守直也がゆらりと立ち上がり、嘔吐きながら唾液を吐き捨てた。
「え……?」
銃声が鳴り響く中、幽鬼のように立ち上がった人影は、クリスティーナ以外誰一人気付かない。
少年が動く。
今までの何もかもが嘘だったように――憂いなく、躊躇いなく、淀みなく――疾風の如く駆ける。
再び弾丸を躱して壁に張り付いたINVELLの眼前へと一瞬で踏み込んだ式守が、右手で逆手に握りしめた白刃を目にも止まらぬ速さで振う。
瞬時に二往復した煌めく白刃は、鉤爪の生えた指を切り飛ばし、蜘蛛のような脚も2本切断した。
突如表われた予想外の助太刀に、今度は味方が混乱した。
「――!?」「な!?」
彼等が同士討ちを防げたのは、今までの厳しい訓練の賜物と幸運の結果。
射線上に予告もなく踏み込んだが、幸いなことに――正確にいえば、ボブたちの優れた反射神経のお陰で死ななかった。
獣のように飛び掛かるINVELLを、式守は右腕で受け流すように払う――無論、刃を当てる攻防一体の動きとともに――。
(――銃弾さえ躱すINVELLを斬った!?)
クリスティーナの足が止まる。いま乱戦の中に入るのは自殺行為だと直感で理解した。
式守がインベルの脚を切り飛ばしたことにより、少年たちは一気に優位に立った。
すれ違いざまの攻防で脚を失ったINVELLは着地し損ね、無様に壁にぶつかるとドスンと床に落ちた。
この機を逃すほど、ボブも葉山も甘くない。
「うおおおおおおおっ!!」
雄叫びを上げながら、ボブが至近距離で引き金を引く。
葉山が少し離れたところから十字砲火となるように射撃する。
二方向からの弾丸の雨に、肉片が飛び散り、腐った血が天井を濡らす。
砕けて粉状になった弾丸が霞のように漂う頃、二人の銃は弾切れになっていた。
周囲に飛ぶ散ったのは、腐臭と漂う皮とやけにみずみずしい細切れになった生肉。破片となった作業服だった布きれとバラバラになった蜘蛛の脚。ばらまかれたどす黒い血には妙に粘り気があった。
それらはボブや式守たちの宇宙服も同じように汚していたが、誰も気にしていないし、気にするような余裕もない。
これで死んだ……はずだ。
この場にいる、意識のある者は誰もがそう思った。
――勝った。
だが、クリスティーナの目の前に広がる光景は暗惨たるもの。
片膝を付いて荒い呼吸を繰り返す式守。
鼻と口から血を垂れ流したまま動かない天羽。
鉤爪に抉られたふくらはぎを自ら止血する椎名。
天羽が窒息死しないようにうつ伏せのまま気道を確保し、口の中の血を掻き出す葉山。
焼却処理のために、油断なく敵の肉片を一カ所に集めているボブ。
担架を探しに走り出すン・バック。
クリスティーナは自分のやるべき事を一度呟いてから、無線機のスイッチを入れた。
「アニー、こちらクリスティーナ。聞こえる?」
『無事だったのね!? クリスティーナ、状況を教えて!』
「アニー、大至急、衛生兵と気密型担架を3つ用意して。INVELLとの交戦中に、天羽智花が頭部損傷で意識不明。おそらく、緊急手術が必要。トリアージ的には……レッド。椎名夏穂は右足に裂傷。本人が止血中だけど出血が酷い。式守は蘇生したけど、宇宙服の損傷が酷くて宇宙遊泳は不可能。急いで! 下手すると天羽と椎名が死ぬわよ」
『……嘘……でしょ?』
「いいから急いで! 比叡の緊急医療班に応援要請を!」
『――分かった。そのまま応急処置をお願い』
「了解」
無線を切ろうとしたクリスティーナの耳に、別の声が流れてきた。
『クリスティーナ、こちらフランチェスカ。状況は聞いたわ。提案があるの』
「どんな提案?」
『こちらは周囲にいた別の海兵隊を〈浜風〉に収容したけど、何人か動けるわ。彼等をそちらと合流させて、〈磯風〉の脱出艇に負傷者3人を乗せて放出。エイミーが操作するARMSで回収して比叡船内へ搬送。見積もりの立たない緊急対処班よりも、時間は計算出来るわよ。私としては、この方法で一刻も早く、天羽さんを比叡医務室に運搬することを提案する』
「……合流するまで10分程度?」
『もう少し早く出来る。状況が状況よ。私たちも極力合流した方が良いかもしれない』
「そうね……そうしましょう」
そう言って、今度こそ無線機を切った。
クリスティーナにもやるべき事がある。
負傷した3人を磯風艦内に搬送する準備が必要だ。
まずは経路と途中出入り口となるセルの気密性は保たれているか調べなくてはならない。
クリスティーナはやることを決め、仲間を救うために駆け出した。
第一部完結直前にあたり、今後のために感想及び評価等をお待ちしております。
「ちょっと続きが気になる」「頑張れよ」等は☆でも構いません。
お手数ですが、教えて頂ければ助かります。
2022/05/04 漢数字→アラビア数字。




