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第56話<殲滅戦ⅩⅥ>

2022/05/04 漢数字→アラビア数字。

 復興歴301年11月10日13時37分

 人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊 

 旗艦〈比叡〉右舷後方下部第4100区画

 装甲駆逐艦〈磯風〉艦橋


「何しに行くんだい?」

 リチャードは、装甲駆逐艦〈磯風〉の艦長席から立ち上がったクリスティーナを咎めた。

 〈磯風〉は〈比叡〉の船体に突き刺さり、エイミー・〈ゴートン〉・霧島技術少尉が操る多数の人型ロボット兵器――全局面多目的兵装(ARM)システム()により固定作業中だ。

 艦長としての仕事は少ないが、無いわけではない。

「人命救助よ」

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングは足を止めずに応えた。今から向かう艦長室は、非常時に医務室として使用出来るように医薬品や治療器具が備え付けてある。その中には小型であるが延命用人工心肺器まであった。彼女はそれを届けるつもりだった。

「今から心肺蘇生を、君が行なう意味はないと思うが」

 背後から聞こえる言葉に、金髪の少女は宇宙服の艦内用無線機で答えた。

「人工心肺器なら、式守君の脳死だけは防げるかもしれないわ」

 慣れた手つきで艦長室の壁のパネルを開ける。人工心肺器とはいえ小型で本格的なもので、船外作業員が長時間漂流した場合を考慮した備品だった。

 強化樹脂製のトランクケースのような容器を引っ張り出すと、ヘルメットのバイザーを下ろして宇宙服の気密を確認した。最後に、思い出したかのように医療棚の隣りにある小さな武器庫を開けた。4つある低反動個人用防護火器の中で最も小さい拳銃と弾倉を3つ、それとホルスターを取り出すと装弾して腰に取り付けた。

「人工心肺器、僕は使えないけど一応確認するよ。クリスティーナは、使ったことはあるの?」

 リチャードの疑問はもっともだった。

「貴方と同じ。訓練でしか触ったことないわよ」

 クリスティーナも訓練以外の経験など無い。と、あっけらかんと答えた。訓練の一環として使用方法とダミー人形を使った実技訓練を受けたことはあるが、本物の人間に対して使用したことなどない。

「持っていくだけよ。あとは衛生兵メディックの椎名さんに任せるわ」

「それなら安心だ」

「コンテナに直接入れる場所は?」

「艦首中央、主砲の整備用通路が使えるはず。あそこなら、人ひとり通れる」

「強度的に大丈夫だったかな?」

「装甲駆逐艦で最も固いパーツが主砲だよ。この程度なら砲身自体は歪んでいない。出れるとすれば、出た先は4110ブロックだと思う」

「今さらだけど……艦首の非常口、塞がれてない?」

「その時はどうしようもない」

 そう言いながら、リチャードはコンソールのパネルを剥がした。火花が散った場所を確認しなくてはと思っての行動だ。

「了解。分かったわ」

 クリスティーナは式守の命を救うかもしれない器材を手に、艦中央の主砲区画へと小走りに向かう。

 駆けていく艦長の後ろ姿を監視画面で浮かべながら、リチャード・ヘイゼルマンは安堵の息を吐いた。

 海兵隊員一名が生死に境を彷徨っているが、少なくとも自分は生き残った。

 装甲駆逐艦で戦艦に体当たりをかまして生きているのだ。

 神に幸運と感謝をすべきなのだろう。

 さして信心深くない彼は、不慣れな仕草で十字架を切った。


 リチャード・ヘイゼルマンが神に感謝を捧げてから約2分後。

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングは運が良い。と、小さくて頑丈な扉を開きながら思った。

 最悪の場合、この扉は開かなかっただろう。

 そうしたら、比叡の中には戻れなかった。

 〈磯風〉の全周を覆う追加装甲の支柱が潰れて装甲駆逐艦の本体に密着した場合、出入りが出来なくなる。一週間程度は艦内に閉じ込められることを覚悟していただけに、助かったと胸をなで下ろす。

 とはいえ、状況はよくない。

 敵を殲滅出来たとは思えない。

 護身用の個人防護火器は持ってきたが、正直言えば扱いには慣れていない。心細いのも事実。

「3177HQ、こちらクリスティーナ。アニー、聞こえる?」

 支援任務だったため海兵隊側に今作戦の呼び出し符号も編成もない状況なので、名前でそのまま呼んだ。

『クリスティーナ! こちらアニー! 大丈夫なの!?』

 ありがたいことに、即座に返事が来た。

「アニー! 私の現在地、4110ブロック。人工心肺器を運搬中! 式守2等兵までナビゲーションを!」

『人工心肺器!? そちらの位置不明。まだCOP《共通作戦図》に反映されてない。今、そのブロックのどこら辺にいるの?』

「どこら辺と言われても……真ん中辺り?」

『じゃあ、4110と4111ブロックの連結部に向かって! 二組を急いで向かわせる!』

 2組と言われても、それが誰のペアだか分からなかった。彼女はそこまでは必要がないと思って、珍しく憶えていなかったのだ。

「誰と誰?」

『ボブと葉山よ! 2組、聞こえた!? 聞こえているなら返事を!』

『こちら2組! 話しは聞いた! もう向かっている!』

 切羽詰まった声に聞き覚えがあった。ボブの声だ。派遣された海兵隊ではただ一人の黒人系。瞬発力に優れた運動能力は火星での合同訓練でも見たが、かなり印象的だった。

『あと何分?』

『1分以内!』

 クリスティーナは走り出しながら時刻を確認した。ヘルメットのバイザーの左上に小さく表示された数字は1340。

 ボブ二等兵が予告通りに来ても1341。

 式守二等兵の心肺停止の報告は1332。

 すでに9分も経過した。

 蘇生率は10パーセント以下。

 宇宙服のAEDや胸骨圧迫(CPR)機能で生き返るだろうか?

 医学的には、もはや奇跡を信じるしかないレベル。

 だけど、そんなことは言えない。

 本当は、式守直也とは大して話したことがない。

 仲間としての付き合いは実質1ヶ月もない。

 許可を待たずに突っ込むべきだっただろうかと、クリスティーナは合流点へと走りながら悩んだ。

 結局、彼女の悩みが答えを得ることはなかった。

 全力疾走のボブ・ストライカーが正面から来たからだ。

 彼はヘルメットを背中にぶら下げたまま、必死の形相で短距離走選手のように駆けてきた。相棒の葉山は10メートル以上離されていたが、彼は彼で銃を手に周囲を警戒しながら走ってくる。

 走ってきたボブの余りにも凄い形相に、一瞬クリスティーナは呆気にとられ、そして、彼と目が合った。

 それだけで、彼が何を求めているのか分かった。

 クリスティーナが後先を考えず、全力で駆け出す。

 少女の身には重いケース――航宙士として火星出発以来、1日数時間とはいえ無重力空間で3ヶ月も過ごしている彼女の筋力は、本人が思っている以上に低下していた。

 あっという間に上がる息。

 ボブが急制動を掛けるが簡単には止まれない。彼の身体は床を滑るが、それでよかった。膝を付けて減速する間に、クリスティーナが彼に手が届く場所まで来ている。

 手渡されるケースに詰まっているのは、ただの機械ではなく生存への可能性。

 その意味も一緒に繋ぐ。

「これを椎名伍長へ!」

「OK! 葉山! 艦長を護衛!」

「分かった! 先に行け!」

 ボブは人工心肺器の入ったケースを受け取ると今来た通路を再び全速力で戻り、クリスティーナは上がった呼吸を整えるようにゆっくりと走る。

 葉山は肩で息をする金髪の少女の側で、周囲を警戒しながら、寄り添うよう歩調を合わせた。

 護衛は必要ないと言いたかったが、そんな余裕はなかった。

 ただ、少しでも先を急ぐべきだと顔を上げた。完全に立ち止まってしまっては駄目だ。

 正面を向いた視線の先には、走り行くボブがいる。

「……」

 金髪の少女にとって、その後ろ姿と当てられた感情は余りにも衝撃的だった。

 先に行ったボブの背中が見えなくなった。角を曲がったのだ。

 不謹慎だと思いつつも、心の奥底から湧いた感情を無くすことは出来なかった。

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングは、確かに思ってしまったのだ。

 式守直也が羨ましい、と。

 本当に、心から心配してくれる人がいて、隠すことが出来ないほど羨ましかった。

 フランチェスカなら同じように心配してくれるかもしれないが、それでも、あれほどの感情は表に出さないだろう。

「……行きましょう」

「大丈夫ですか? あとはボブが届けますから艦長は少しゆっくりでも」

 葉山はクリスティーナにかなり気を遣っていた。同い年で階級が桁違いに高いからでも、役職としての艦長だからというわけでもない。

 まだ完全に敵を掃討し終わっていない区画に、小さい戦闘艦とはいえ艦長という役職にある女子が、人工心肺器を一人で持ってくるなんて思ってもいなかった。

 危険な状況下で、自分たちの同期の命を救うために行動できる人物。

 式守の命が救えても、救えなくても、尊敬に値すると葉山は素直に思った。

「いえ、私たちも急ぐべきよ」

 呼吸を整えるとクリスティーナは再び走り出し、葉山は道案内をするようにその少し前を駆け出した。

 ボブの姿はもう完全に見えないが、今居る区画を構成する最小単位であるセルはそれほど大きくない。

 1~2分もあれば彼に追いつくだろう。

 通信系も復旧し始めており、クリスティーナの個人用無線機と〈磯風〉などの装甲駆逐艦とも繋がっている。

「リチャード、聞こえる?」

『ああ、感度良好。聞こえている。データリンクも問題ないようだね』

「式守2等兵の位置情報を、共通作戦図に入れて私に送って」

『了解。送る』

「ありがとう。フランチェスカ、こちらクリスティーナ、聞こえる?」

『クリスティーナ、こちらフランチェスカ、聞こえてる。異常はないわ。私一人だから、このまま事が終わるまで〈浜風〉に籠城する』

「無事でよかった。了解よ」

 網膜投影装置により視界の左隅に映る地図に、セル内での自分たちの位置情報が表示されていく。式守の倒れている場所は思った以上にここから離れておらず、ボブはもう式守の元に辿り着いていた。

「……急ぎましょう」

「椎名がいるので、そこまで急がなくても大丈夫だと思います。敵を殲滅し終えてない可能性がありますので、自分の数歩後ろからついて来て下さい」

 クリスティーナの一言に頷いた葉山だが、急ぐ理由は見当たらない。

 確かに人工心肺器が衛生兵の椎名に手渡されているだろう。彼の言葉ももっともだと頷いたクリスティーナは先導されるように歩き始めた。

 そんな彼らがボブや椎名たちと2分後に到着したのは、まさに幸運としか言い様がなかった。


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