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第54話<殲滅戦ⅩⅣ>

あと、数話で第1部完の予定。

誤字修正

2022/05/04 漢数字→アラビア数字

 椎名とン・バックが天羽と式守を連れて走り出した直前、3隻の装甲駆逐艦が動き出す。

「磯風、緊急発艦!」クリスティーナの宣言が皮切りに次々と出撃報告が続く。

『浜風、発艦します!』

『浦風、発艦完了!』

 フランチェスカが短く伝え、三上が吠える。

 ほぼ同時に第3177駆逐戦隊の若き艦長たちが操る装甲駆逐艦が、超巨大戦艦〈比叡〉から浮かび上がった。

 スピード感は全くない。

 星々の瞬きは動くことなく、何かとすれ違うこともない。

 だから速度を感じない。

 秒速40キロの世界は、とても静かで揺れもない。

 映画のような激流のように流れ去る景色も、幻想的に光の尾を引く星々もない。

 音もなく、ふわりと揺れた視界の変化だけが出撃した証だ。

 何もない、黒い空間に浮かぶだけ。

 だが、いま操艦を誤れば彼等は死ぬ。

 クリスティーナが操る磯風とフランチェスカが操る浜風が流れるように比叡の右舷へ、三上が操る浦風は比叡の左舷へと動く。

 今はまだ比叡と彼等3人の装甲駆逐艦の速度はほぼ同じ。

 ここから彼等の操艦は始まる。

 比叡の巨大な船体を、舐めるように彼等は動く。

 その間隔、約30メートル。

 200メートルを超える装甲駆逐艦からみれば、伸ばせば手が届きそうに見える距離。

 〈磯風〉の狭い艦橋のドーム型スクリーンの左半分を埋め尽くす巨大な壁。

 リチャードは遠近感が狂いそうな巨大さに用心し、距離計に目をこらした。

 薄汚れた傷だらけの白い最外壁とその上に凝固させた鈍色の氷に包まれた超巨大戦艦〈比叡〉の右舷を左手に見つつ、クリスティーナの操る〈磯風〉はゆっくりと沈降するように比叡右舷後方下部を目指す。

 クリスティーナの〈磯風〉よりも先を行くのはフランチェスカの〈浜風〉。彼女が操る鋭角なシルエットの装甲駆逐艦は沈みながら後退するように見える。その影を踏むかのように、ほぼ同じ航跡でクリスティーナの〈磯風〉が続く。三上少尉は比叡の左舷で2人と同じ速度で同じような航跡を残して移動している。

 額にじわりと脂汗が滲ませながら、船を操るクリスティーナとフランチェスカ。

 彼等の装甲駆逐艦の推進器はアイドリング状態で、噴出口には既に雷の輪――プラズマホイールが完全展開されていた。艦長席左側にあるスロットル・レバーを動かせば、核爆発による推進力が瞬時にして生み出される。

『指定コンテナの最外壁をパージしたぞ!』

「了解!」

 ダメージコントロールを担当している青木機関長の伝達。応急処置班の者たちが分厚い最外壁――コンテナをデブリや敵の攻撃から守る一番硬い装甲を強制的に外したのだ。

 メインスクリーン上の小さなウィンドウに映る数枚の黒いパネル。1枚数メートル四方の代物。それは運が良ければ、小惑星帯辺りで回収できるかもしれないが、それにクリスティーナたちが関与することは一生無いだろう。

 これで、クリスティーナの作戦に必要なものは全て揃った。

『4299コンテナまで、あと60秒』フランチェスカの短い報告。

『こちら浦風、8355コンテナまで55秒』三上の連絡。

「こちら磯風、了解。磯風は予定位置4100に到着」

 少女たちは、ただ漆黒の穴へと落ちる。

 それは下りのエスカレーターにでも乗っているかのように滑らかに進む。

 リチャードには己が奈落の底に向かっているとしか思えない。

 それは錯覚であり、ある意味真実でもある。

 だが、彼が従う少女に躊躇いはない。

 ふと、少女の爛々と光る、その透き通るような青い瞳には何が見えているのだろうかと思った。

 薄汚れた白い壁――比叡の最外壁との距離が静かに開いていくが、それは300メートルほど離れると止まった。

緊急用エマージェンシーアンカー、準備」

 金髪碧眼の少女が落ち着いた声音で指示する。

「アンカー、準備完了」

 応えた声以外の音はない。

 物事は静かに進んでいく。

 時折けたたましい無線の呼び出し音が鳴り、怒号のような遣り取りが拡声器から漏れる。

 海兵隊員の聞き慣れた声――誰かの悲鳴が何度も聞こえた。

 それでも、クリスティーナは静かだと思う。

 彼女は異常なほどに集中していた。

「アンカー照準固定(マーク)、開始せよ」

照準固定マーク、完了」

 数秒しか掛かっていない報告。遅く感じたが、今は苛立ちを感じない。

「I have all control」

「You have all control」

 操艦における全制御を得た少女は、最後の命令を下す。

「耐衝撃姿勢、確認」

 クリスティーナ自身も斜めに傾いたレーシングシートのような艦長席に、細い背中を押しつけるように座り直す。

「確認、異常なし」

 そう言ってから、リチャードは暫し目を瞑った。

『浜風、最終段階。A-OK』全く声音が変わらないフランチェスカ。

『浦風、準備完了』上擦った三上。

全局面多目的兵装(ARM)システム()展開完了。各機、固定良し。各艦は阿賀野とのデータリンクを確認せよ』

 そこに霧島技術少尉の無線が混じる。

 異常なしの報告が3つ、唱和するように響いた。

「作戦実施1335。各艦別命なく行動せよ」

 クリスティーナがフランチェスカと三上に命じた。

 今は、発案者である彼女が現場指揮官だ。

『『了解』』

 クリスティーナは画面端に映る時間を確認。

 現在時刻13時34分21秒。

 一時焦った感情を完全に抑えこんだ彼女に焦りはない。

 むしろ、その心境は晴れ晴れとしていた。

 超巨大戦艦〈比叡〉から失われようとしている4つのコンテナ列――長さ500メートル、幅100メートル、奥行き100メートル、高さ100メートルにも及ぶ船体。

 まだ戦ってもいないのにこの損失を許容することは出来ない。コンテナの中には貴重な水や食料、空気まである。

 そして、どうにかしないことには海兵隊の隊員たち――彼女の磯風の乗組員でもある天羽や式守を救えない。

『カウントダウンは私がやるわ。マイナス20秒より実施』

 幾分落ち着いた声音で霧島技術少尉の声が響く。

 現在時13時34分33秒。

 40秒になる直前に、クリスティーナの右手が操縦桿を左に動かした。

 機敏な動きで全長200メートルほどの春風型装甲駆逐艦が、その場に縫い付けられているかのように左回りに回頭。制動のために噴かした姿勢制御スラスター。一度の操作で慣性を完全に消し去り、ピタリと止まる。

 装甲駆逐艦〈磯風〉は槍の穂先のような船首を比叡に向けた。

『カウントダウン開始、20、19、18……』

 クリスティーナは自分の左下に視線を向けた。簡易宇宙服のヘルメットのバイザーには網膜投影装置がある。スクリーン外の映像は自動的に装着者の網膜に投影することにより、死角を無くすことが出来る。自分のシートの下に透けて重なるような感じで映し出される映像の中には、漆黒の宇宙に浮かぶ白く輝く鋭角なシルエット――クリスティーナが操る〈磯風〉の同型艦〈浜風〉が見えた。

 あそこにはフランチェスカがいる。

 親友で、ライバルで、頼りになる戦友。それだけで心強い。

 狙いは、ただ一つ。

 これほどの無茶な提案を通した、黒田大佐には感謝しかない。

 それに納得してくれた松田艦長と、総司令の伊佐波少将には何と言えば良いのか分からない。

 失敗など――しない。

『13、12、11……』

 秒針を読むエイミー・〈ゴートン〉・霧島は、きっとこちらに通信が届くまでの誤差までも考慮しているのだろう。艦内表示の時間とも狂いはなかった。

 〈磯風〉の艦首前方30メートルほど先に映る比叡の外壁には一カ所だけ、物理的に艦内部を守る最外壁がない。

 連結部を失ったため、比叡の巨艦から剥がれようするコンテナ群の塊。

 完全にバラバラになっていないのは船体から切り離された連結部以外は破壊されていないからだ。セル同士を繋ぐボーンが破壊されていないため、400個のコンテナは1つの塊のまま切り離されようとしている。

「リチャード」

 少女は不意に同期の名を呼んだ。

「なに?」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 生真面目な青年は微苦笑と共に肩を竦ませた。

『4、3……』

 カウントダウンを耳にしながら、クリスティーナは正面を見据えた。

 瞳を凝らせば――外部カメラの倍率を上げなくても、彼女の前には無数の破片が見える。

 連結部のボルト、セルの外壁、剥げた塗装、千切れた金属片。

 大小様々なデブリが艦の前を漂う。

『2、1』

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングはわざと指先と肩を緊張させて力を抜き、 フランチェスカ・〈東郷〉・トモエは瞑想するように閉じていた瞳を開けた。

『ゼロ』

「「突撃!」」

 二人の少女は、同時にスロットルレバーを押し込み、そして一瞬で戻した。

 核融合炉のエネルギーで形作られたプラズマホイールから、閃光のように噴き出た爆発。

 春風型装甲駆逐艦の推進力の1%にも満たない出力を、1秒以下の時間だけ噴射。

 言葉にすれば最小値に近いが、推進器の推力は秒速4キロを超える速度を叩き出せる。

 1秒以下とはいえ、地上を走る乗り物など比較にならないエネルギーを、200メートル近い船体が纏ったのだ。

 鋭利な刃物を思わせる艦首が、切り裂くように比叡の艦内に食い込んでいく。

 同時に〈磯風〉は、途轍もない衝撃と共に激しく揺さぶられた。

 コンテナが歪み、潰れ、千切れる。

 破片がガラスのように散り、周囲を切り裂き――そして船体に突き刺さる。

 リチャードがひたすら歯を食いしばって耐えた衝撃。

 だが、クリスティーナとフランチェスカは違う。

 切り刻まれ、引き延ばされた意識の中、少女たちは200メートル近い船体を操った。

 彼女たちは操縦桿とスロットルレバーに取り付けられた小さなボタンを、まるでピアノでも弾いているかのように操作する。

 スロットルを入れるのと同時に撃ち出された、4本の緊急用打ち込み型アンカーは比叡の最外壁に辛うじて引っ掛かり、それを基礎として姿勢制御用スラスターによる逆制動で船体の完全停止を狙った。

 そうすれば、2隻の装甲駆逐艦は切り離された区画を縫い付ける杭となる。

 火星出撃後に増強された第1、第2追加装甲を支える支柱が潰れ、装甲駆逐艦の本体を激しく叩く。

 容赦ない衝撃が船体を叩き割らんばかりに響いた。

 その様を形容するならば墜落と言っても過言ではない。

 艦橋内の全スクリーンにひびが走り、コンソールは歪んで火花を噴いた。

 何度も跳ね飛ぶクリスティーナとリチャードの身体を、シートベルトが無理矢理押さえつける。

 赤い非常灯に照らされた艦橋内で、体中に走る痛みに顔を顰めながらも、クリスティーナは結果を確信して叫んだ。

「――こちら〈磯風〉! 作戦成功! 早く固定して!」


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