第52話<殲滅戦Ⅻ>
いや~、気付くとこんなに間が空いちゃいましたね。
もうすぐ書き貯めた分が終わりますが、そこまで行ったら再開はちょっと後になります。
数少ない読者の方々に感謝。
2022/05/04 漢数字→アラビア数字。
『許可が出たわよ! 三上少尉もARMSの権限を私に渡して!』
支援軽巡洋艦〈阿賀野〉の中でエイミー・〈ゴードン〉・霧島が叫ぶ。
いつもの知的な表情をかなぐり捨てた声が、彼女の喉から迸る。
「アニー! 誘導完了まで何分掛かるの?」
クリスティーナは身体を囲い込む形で傾斜した艦長席に腰を下ろしながら聞いた。装甲駆逐艦〈磯風〉画面はBVRではなく、近距離での戦闘で使用するIVRモード。簡易宇宙服しか着ていないが、船外作業をするわけではない。今ならこれで十分だ。
シートの右側面にある操縦桿を握り、左側面にあるスロットルの位置を確認して手を置いた。両方とも様々なスイッチが所狭しと取り付けられているが、今回その全てを使うことはない。
この時、既にクリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングとリチャード・ヘイゼルマンは磯風の緊急出航準備をほぼ完了させていた。
あの警報は通常ならば――掃討作戦中であろうとあり得ないもの。
それを耳にした途端、彼女たち遺伝子調整者は弾き飛ばされたように動き出した。
相談したわけではない。
確認したわけでもない。
だが彼女たちは、最低限行なわなければならないことは何か正しく理解していた。
いま何よりも重要なのは時間だ。
重要なのは、最善を尽くすことではない。
最善を求めて、時機を逸したら元も子もない。
最速の判断で次善の策を実行し、事態に対応すること。
これしか正しい道はない。
「リチャード! ARMSは!?」
「自律モードで起動完了。アンカー解放終了まであと30秒」
物静かな青年は努めて平坦に応えた。非常事態だからこそ、いつもより声音に気を遣う。余計なことで周囲を焦らせては悪循環にしかならない。
「急いで!」
クリスティーナは海兵隊を束ねるアニーの返答を待たず、次の行動を起こす。
少し赤みが掛かった長い金髪を左右でシニョンで纏めたクリスティーナに浮かんだ、天啓のようなアイデア。その閃きが彼女を突き動していた。
『非常用周波数も発信しているけど駄目! 数名、返事がない!』
『こちらはこのまま発信し続ける。そちらはそちらの計画で動いてくれ』
アニーの今にも泣き出しそうな声と、猿渡の落ち着いた濁声が、装甲駆逐艦の狭い艦橋に響く。エリートとして育てられ、同年代の少年少女たちよりも圧倒的に上の階級にいるからといっても、彼女が人の命の重さを感じないわけではない。
そこに場違いなほど、冷静な少女の声が割り込んだ。
『クリスティーナ、こちらフランチェスカ。浜風、出撃準備良し。作戦に関しては私も同意。タイミングだけは合わせましょう』
「そちらは今何名で動かしているの? こっちはリチャードと私の二人だけ」
今、シュエランとシウバは海兵隊を支援させるために比叡の艦内にいた。
彼らは被害局限化作業の人員として動いている。
『こんなことするのは、私一人で十分よ』
「貴女らしい責任の取り方ね。参謀コースは無くなっちゃうわよ」
『実力で上がるから問題ないわ』
「じゃあ、お互い気兼ねなく出来るわね」
今は出撃を最優先にしているため、遣り取りは音声のみだが、お互いにお互いが苦笑していると思った。
金髪の少女は正面を見る。
これから飛び立つのは秒速40キロの世界。
スクリーンに映る漆黒の宇宙空間と小さく無数に光る星の瞬きからは、それを感じ取ることは出来ない。
ただ広いだけの空間では、人は速さを視覚情報として感じとれない。
だが、秒速の表示に狂いはない。
係留されているアンカーを切り離せば、彼女たちの装甲駆逐艦は浮き上がり、単独航行となる。
離れれば、ごく僅かずつだが、確実に比叡から置いて行かれる。
操艦ミスで母艦との距離が開けば、それは置き去りと同義であり、宇宙では死へと繋がる結末である――彼女たちが救助される可能性は無きに等しく、救助隊が派遣されたとしても間に合わないだろう。
そんな状況下でさえ、クリスティーナの透き通るような青い眼に何もかも燃やし尽くすような力強い光が宿る。
勝利を信じて疑わない絶対的自信。それが少女の身体の中にはある。
『こちら三上、延長ワイヤー連結中。作業終了まで約3分』
「了解。エイミー、このままだと私の勘でやるわよ! 計算出来る?」
『出来るわけないでしょ! あなたがそのまま……え、誰……ちょっと待って! 作戦開始まで2分待てる?』
クリスティーナは、技術士官であるエイミーが作戦開始を延長しようとする理由を聞く時間は無いと却下する。
「待てない! 理由は何!? フランチェスカ、三上、作戦開始60秒前! 甲板員は安全離隔距離を取れ!」
『クリスティーナ、こちらフランチェスカ。了解。カウントダウンはそちらに任せる』
「了解」
『クリスティーナ、フランチェスカ、こちらエイミー。データを送るわ。これを信じるか信じないかは貴女たちに任せる!』
金髪の少女と銀髪の少女は、くせっ毛の同期が送信したデータを見て驚愕した。
「なに、これ!? 誰が作ったの!」
『出所はどこですか!?』
『EVAってアカウントからよ! どこの誰だか知らないけど、おそらく間違っていない! あとは貴女たちが信じるかどうかよ!』
『「……」』
選ばれし雛鳥たちは送られてきたデータを見て、意味が分からないと絶句した。
その数値や情報、見積もりに関しては、ほぼクリスティーナとフランチェスカが想定した範囲内の数字が記載されている。
問題は、数分前まで3177駆逐戦隊以外の誰にも話してもいない内容を、EVAというアカウントはどうやって知り得たかということだ。
暫し呆然とするクリスティーナとフランチェスカの鼓膜を、焦燥したアニーの声が叩いた。
『……椎名!? 聞き取れない! 再送せよ! もう一度、再送せよ!』
『――天羽から伝達! 式守直也が心肺停止! AED作動中! 蘇生に向かいます!』




