第45話<殲滅戦Ⅵ>
2022/05/04 漢数字→アラビア数字に修正
復興歴301年11月10日12時58分
人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊 旗艦〈比叡〉
右舷後方下部第4038区画
金属特有の冷たさを、アイボリーカラーの優しい色合いで誤魔化した艦内の通路。
幅3メートルもない無機質なデザインの通路は真っ直ぐに伸び、所々に閉鎖用ハッチがチェックポイントのようにある通路。通路両脇には緊急時身体固定用兼移動用レールとして機能する手摺り。控えめな照明が上下にあるのは逆さまになっても、無重力時でも問題がないようにとの配慮だ。今は重力があるエリアなので、床を普通に歩けるが重力制御装置の影響圏内から離れれたら、それすら碌に出来ない。吸着靴を履いていなければ、歩くだけで宙を跳ぶことになるだろう。
そんな環境の中、式守直也と天羽智花は短い昼食を終え、一息入れていたところだった。
食事といってもシリアルバーを2本齧り、魚肉ソーセージを食べて、ビタミン剤と下剤止めを飲み物で流し込むと終わりだ。
捜索は午前で終わることはなく、捜索組は全員一斉にその場にて警戒しながら休憩ということになったのが1200。一時間の休憩ののち1300より索敵再開である。
「もうすぐ休憩時間が終わるよ」
「了解」
宇宙服姿の天羽が立ち上がると、壁に背を持たれてた式守も立ち上がった。今は空気がある区画なのでヘルメットは着用していない。すぐにでも被れるようにと、首の後ろの部分だけ宇宙服とヘルメットは連結させている。
天羽が式守の装備品を、式守が天羽の装備をお互いに確かめていく。
「ウェイポンチェック、良し。空気ボンベ良し、銃連結ホース良し、弾納異状なし」
「ウェイポンチェック、OK。エアボンベOK、連結ホースOK、弾薬OK」
二人が持っている銃は艦内用の圧縮空気銃だ。分類的には個人用防護火器《PDW》と呼ばれる小さめの短機関銃で、火薬代わりの圧縮空気は腰の後ろに付けた空気ボンベとなる。
HOWA製の圧縮空気駆動式個人用携帯火器、79式5.7ミリ無薬莢空式短機関銃。重さ1・5キロで赤外線照準支援器を標準で装備、バナナ型弾倉に薄いグリース膜でパッキングされた弾芯が詰めてある。左腰には弾倉を格納したポーチが3つ――中身は配布された弾薬180発。
「生命維持装置、良し。修理スプレー良し、無線機起動良し、安全帯良し」
「ライフパック、OK。リペアキット、OK。ラジオ、OK。セイフティベルト、OK」
宇宙服と半ば一体化している生命維持装置は背中に背負う型だが、循環型酸素ボンベはこちらにある。腰の右側ポーチにはスプレー型補修キットと少々の工具。宇宙服に穴が開いた場合は、凝固剤を吹き付けて応急処置するための大事なものだ。無線機も同様。不要なものなど一つもない。
1300になると同時に、見計らったように派遣隊長であるアニー・〈ケリー〉・トンプソンの声が無線から響いた。
『こちら、3177HQ。各組異状ないか、送れ』
「1組、異状なし」組長の天羽が素早く応える。無線の応答は、天羽に任せっぱなしだ。
『2組、異状なし』応えたのはボブ。彼は葉山と組んでいる。
『3組、異状なし』3組は荒木が応えた。共にいるのはトミー。
『4組、異状ありません』4組は椎名。ン・バックは無線に出たがらない。
『3177HQより各組、前進せよ』端的なアニー派遣隊長の命令。
各組の組長は了解と短く返信して前進を始めた。
式守と天羽も無機質な通路を進み始める。
「式守、後ろを――」
「前衛は僕がやる。天羽が後衛」
天羽がポジショニングを指示しようとして遮られた。
式守は言うと天羽の二メートル先を歩いている。
「これでも、私が組長なんだけど?」
「なら、余計に後衛だ」
天羽が不満を漏らすと、式守が有無を言わさずきっぱりと言い切った。
「ちょっとおかしくない? 私の指示に従ってよ」
「今はもう実戦だ。生き残る可能性は高い方がいい」
「え……ちょっと待ってよ、式守……」
天羽は実戦という実感の湧かない言葉に戸惑いを覚えつつも、式守の後を追った。
数メートル先の扉が見えると、式守は音もなく扉の脇に身を寄せた。扉は引き戸でタッチパネルで開くタイプ。開いたら即座に入れるようにと扉の引き手側の位置に着くと、親指を立ててハンドサインで準備良しと伝えた。
「まったく……急になんなのよ」
天羽はぼやきながらも無線機の通話ボタンを押した。そのまま入れっぱなしにする。
「1組、部屋突入、カウントマイナス10」
『HQ、Over』応えたのはアニー。
天羽は式守の反対側に位置し、カウントダウンを小さく呟く。
「……4、3、2、1、ゼロ」
扉を開け、お互いに相手の死角を確かめるまで約0・5秒――突入は無闇矢鱈に速く動けば良いというものではない。
視線を動かした場所で見落としがあってはならない。
そして何かを見つけたら、それに対して正しい対処を、即座に、その場で出来なくてはならない。
これほど言葉にするのが容易で、実践するのが難しいこともない。
1秒掛からずに、式守が銃を構えながら水が流れるように部屋へと滑り込む。
素早く部屋を確認し終えると、左手で拳を作って天羽に見せた。
異常なし――天羽はそれを無線で伝え終えると通話スイッチを切った。
それから天羽も式守の後に続いて部屋に入った。
「この部屋、何かしら? 病室にしてはあんまり過ぎるんだけど」
さして広くない部屋にあるのは拘束ベルトのあるベッド――拘束ベルトは無重力空間のベッドでは必須に近い――が少し並んでいるだけで、折り畳み式の他には机と椅子が数個あるだけだ。
「仮眠室か、軽傷者を入れるのかな」
「そういえば、午前中に見た倉庫にゴム袋や包帯やら換えの宇宙服とかあったね。ま、次に行きましょう」
式守は、ここは臨時遺体安置所になるんじゃないかと思ったが言わないことにした。
使ったことのない天羽には分からなかっただろうが、あの袋は死体袋だ。
式守が天羽の前を歩き、再び小言を言われたが無視した。




