第44話<殲滅戦Ⅴ>
2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。
復興歴301年11月10日10時32分
人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊 旗艦〈比叡〉
増強第17海兵団臨時作戦室
「3177、3178、3179各駆逐戦隊、捜索開始」
「3180、3181、3182各海兵隊、予定通り捜索開始」
「3190、3192、3196の各小隊、捜索開始しました」
「第1強襲機兵大隊第1中隊、捜索を開始しています」
「第17対コア特殊強襲隊機械化兵小隊、引き続きバイタルゾーンを警戒中。異状なし」
矢継ぎ早に入る報告を聞いた増強第17海兵団司令の黒田大佐は、臨時指揮所内で聞きながら頬杖を付いた。肘宛の付いた椅子に深々と腰を下ろし、目の前にある数枚のスクリーンを眺める。スクリーンは数分割され、部下たちの艦内での位置情報、生体情報、視覚情報――個人装備品の超小型カメラと連動――の他、捜索進捗状況や艦内の警備機器からの情報等も表示されている。
彼がいる部屋は、元々は比叡の戦闘指揮所が損傷を受けた際に使用する予備指揮所の一つ。
今回の捜索のために使用されることになった部屋だが、彼本来の指揮所は増強第17海兵団旗艦である強襲揚陸艦〈剣竜〉の戦闘指揮所である。彼が乗艦する〈剣竜〉は超大型戦艦〈比叡〉に格納――比叡は戦艦であると同時に、第32任務艦隊最大の母艦でもある――されており、原子炉以外はアイドリング状態であったため急いで立ち上げている最中である。
黒田はスクリーンに映る3D地図を見ながら悩んでいた。
彼の部隊が受け持つ捜索区域の区画数は3000を超える。規模にして長さ約4キロ、高さ500メートル、幅500メートルに渡り、これは艦中央部から後方のエリアほぼ4分の1に等しい。一定間隔で無数のセンサーが設置され、その中には当然カメラ等の映像装置もあるが、元々は艦の損害状況を把握するためのものであり死角も存在する。既に問題がない区画や、立ち入り不可能な区画を除外しても相当な広さの空間である。
超大型戦艦〈比叡〉は桁並外れた巨大艦であるが、それ故に母艦としての機能も重視されており、その内部には巨大な空間も数多くある。それらは大概補給庫やパッケージ化された大型コンテナを入れるためであるとともに、重巡洋艦レベルの艦船を格納するための巨大格納庫もある。入りきれない小型の装甲駆逐艦が艦の外壁に係留されるのは、万が一にでも大型のデブリ等による損害を最小限に留め、航行不能の際には極力多くの人員を救助するためだ。要救助者が多い場合、小型艦をいくら揃えても循環型閉鎖環境が無いため手詰まり――酸素不足で窒息死か、糧食尽きて飢死――となる。
だから、ただ艦内を捜索するといっても、そんな巨大な格納庫まで捜索するのである。地球の市街地にあるビル街をシラミ潰して行くのと変わらない労力が必要だ。捜索する隊員たちも各種個人用センサーを装備しているとはいえ、数個先の区画まで分かるような個人用センサーの類はない。
指揮官としての本音を言えば、半数以上の人員を緊急起床して捜索したいところではあるが、そうすると補給の問題が生起する。
それが黒田英雄を思い留めた。
部下である海兵隊員たちは物資の消費を最小限に抑えるために、人工冬眠という手段を用いて木星の迎撃宙域まで運搬されている。純然たる戦闘員としての海兵隊員数は約2000名、他に艦船勤務や後方勤務関係で約2000名、計約4000名。航海はまだ4分の1が終わったばかり。作戦工程で示すなら、やっと5分の1というところだろうか。
全てが計画通りに運べるならば、黒田の部下全員の緊急起床も可能だが、それは虫が良すぎるというものだ。戦闘での損耗――補給物資を積んだ補給艦が撃沈されたり、艦の補給庫が破壊されてしまうことも特に珍しいことではない。
彼の上官であり、恋人でもあった伊佐波少将は何が何でも敵を追撃すると言っていたが、それを行うのはあくまでも人間である。
糧食が尽きれば、戦艦は戦えても、人が戦えなくなる。
当然、それに関しては補給部隊を率いる夏川大佐からも釘を刺されているし、副官の島津雪姫からも強く忠言を受けた。
結果として彼は折衷案を選んだ。
2個中隊を緊急起床させ、もう1個中隊を緊急起床可能な下準備の段階まで進めさせた。
あとは進捗状況で見極めるしかない。
しかし、それこそが黒田の仕事である。
将来を予想し、対策を立て、状況を見極め、混沌の中で決断するのが指揮官の役目。
中央戦闘指揮所や人工冬眠室などの重要装置の1つとして、重力制御装置は戦艦〈比叡〉の艦底部の中央付近に位置し、そこから離れるほど重力制御装置の効果は薄くなっていく。実質、半径1キロ弱までしか重力制御装置の効果はない。そこから先は無重力と変わらなくなる。それ以外の人工重力ブロックは昔ながらの遠心力によるものしかない。
急ぎたい気持ちが逸るが、まずは艦中央部の絶対的安全を確保しつつ、対処行動をとらせなければならない。
「――司令、どうぞ」
副官がコーヒーの入ったマグカップを、黒木の右脇から差し出した。簡易宇宙服を着た島津雪姫の心遣い。いつもは蠱惑的な笑みを浮かべている彼女だが、顔には疲労の色を滲ませていた。
「いただこう」
香ばしい香りを漂わせるそれを手に取り、口に含むと香りと喉越しを存分に楽しんだ。
重力制御下にある贅沢というのは、正にこういう時に実感する。
「……お前の分は?」
「あとで飲みます」
「飲め」
「いえ、今は」
「では、命令だ。次、煎れるためにこの味を覚えろ。俺はこれぐらいが丁度良い」
――それぐらい、もう知っています。
とは、さすがに言えなかった。
これは、この男なりの心遣いなのだ。
不器用で、頑固で、意固地な、手間のかかる、愛おしい指揮官。
これ以上の遣り取りは不毛だと理解している。
雪姫は頂きます。と、一言言ってから口にした。
黒田はそれを察しながらも、スクリーンだけを凝視したまま口を開いた。
「島津少佐、捜索・索敵計画の立案・作成と緊急起床に至るまでの各種調整、時間の無い中、見事だった。それを飲み終えたら、どこで寝てもいいが5時間以上の仮眠を取れ。俺はこれから作戦参謀たちと24時間体制のローテーションを組む。今日一日では終わらんだろう。これは命令だ。分かったな」
雪姫は形の良い唇から小さな溜息を漏らしたが、不意に何かを思い付くと猫のように目を細めた。
そして誰にも聞かれないようにと、黒田に寄り添う。
「了解しました。では何かありましたら、内線1700にお願い致します」
雪姫が黒田の指揮官専用個室にある内線番号を囁くように耳打ちすると、男は声を殺して苦笑いを浮かべ、そのあと微かに頷いた。




